話題作チェック
(2009 / アメリカ / P.J.ホーガン)
世知辛い時代だからこそ……、ハッピーエンドに浸りたい!

富田 優子

(結末に関する記述あり!)
百年に一度の未曾有の大不況と言われている今、レベッカ(アイラ・フィッシャー)の大胆かつ無計画な買い物っぷりに「こんなこと、現実にはありえんだろうが!」と心のなかで毒づいた。この不況下で、明日の生活でさえどうなるのか先の見えない世の中だ。レベッカのように、何種類ものクレジットカードの限度額を超え、借金取立人に追われるまで買い物にうつつを抜かしている場合ではない、とどうしても思ってしまう。確かに彼女の勤めていた園芸雑誌会社は倒産するが、不況の影響のせいなのかどうかは窺えない。それに、すぐに再就職先も決まる。本来希望したファッション誌ではなく経済誌の会社ではあったものの、このご時世、就職先がなかなか見つからず、苦労している人が多い現状を考えると、彼女のケースはあまりにも幸運すぎて非現実的に感じてしまう。また、日本人の筆者から見ると、派手な服で出勤するレベッカの姿にはやはり違和感があり、彼女のような格好で毎日出社できる女子が、実際にはいったいどのくらいいるんだぁ!と叫びたくなった。

このように反発心を招く要素はある映画なのだが、「いいじゃないか、これは映画なんだ。映画で夢や愛を語って何が悪い?現実逃避して何が悪い?」と言わんばかりに度胸がすわっている。中途半端に経済危機について重苦しく語ったりしない。ラブコメに社会情勢や現実感はさほど重要ではない、とのポリシーを貫いているようだ。
まず、レベッカが着せ替え人形のように、イエローやピンクやパープルなどのカラフルなお洋服を、これでもか!とばかりに取っ替え引っ替え着こなす様子には目を奪われるし、女心をくすぐる。それに女子たるもの、買い物でストレスを発散させることは、多少なりとも誰でも経験していることだろう。まあ、たいていの人は自分の収入や生活を考えて、欲しいものでも我慢することは多々ある。レベッカの場合、それを押さえることができないのは問題ではあると思うが、本能の赴くままに買い物をしてしまうという彼女の行動に羨望を覚えたのも事実だ。
また、本作は典型的なラブコメである。起承転結の構成もはっきりしていて、話の筋は予想できてしまい、意外性はない。運命的な「ボーイ・ミーツ・ガール」があり、その彼が名家の御曹司で、2人の関係も順風満帆に発展すると思いきや、恋のライバルが出現し(それも足長の超スレンダー美人)、仕事での挫折や予想外のアクシデントもあるけれど、それを乗り越えて大好きな彼とのハッピーエンド。まったくもってベタだなと冷ややかに思ってしまう。でもラブコメだったら「ベタ」でいいのだ!この「ベタ」こそ、女子の憧れの構図なのだから。製作者側はそれを分かり切っているから余計なヒネリなどを入れず、正攻法でこのラブコメをつくり上げた。その度胸の良さゆえに、反発心や冷めた視点もいつの間にか脇に追いやられてしまう。

とは言え、ストーリーがありきたりであるからこそ、キャストが魅力的でないと作品の価値は落ちるという危険もはらんでいる。さて、本作の場合はどうだろうか?
監督を務めるのは、P・J・ホーガン。『ミュリエルの結婚』(94)では、オーストラリアからトニ・コレットの実力を世界に知らしめ、ハリウッドに進出した『ベスト・フレンズ・ウェディング』(97)では、それまで低迷気味だったジュリア・ロバーツに輝くばかりの笑顔を取り戻させ、キャメロン・ディアスのコメディエンヌとしての才覚を引き出したという、女優の才能を開花させることに関しては実証済み。そんなホーガンの指導の下で、レベッカを演じるアイラも臆することなく輝きを放っている。
アイラは小柄で(失礼ながら)飛び抜けた美人というわけではないが、親しみやすいルックスで好感が持てる。コミカルで奇抜なダンスは爆笑ものだが、何といっても表情の豊かさが素晴らしい。グリーンのスカーフを手に入れた時の恍惚の表情、借金取立人に追われて動転している表情、バーゲン会場でブーツをめぐり、他の客と取っ組み合いをする時の鬼のような形相、親友を失って涙をこぼす切ない表情……と目まぐるしく変わる表情に魅了される。

もう一点、アイラに肩入れしたいと思わせるのが、彼女の年齢だ。1976年生まれのアイラだが、同世代の女優には、アンジェリーナ・ジョリー(1975年生)、シャーリーズ・セロン(1975年生)、ケイト・ウィンスレット(1975年生)、リース・ウィザースプーン(1976年生)、ヒラリー・スワンク(1974年生)、ペネロペ・クルス(1974年生)など、オスカー・ウィナーがずらりと居並ぶ。彼女達は20代のうちに実績や評価を積み上げ、今やトップ女優として確固たる地位を築き上げている。
他方、10代や20代前半の若手女優やアイドルも台頭。そんな状況で、今までこれといった出演作もなく、若手と呼べる年齢を過ぎたアイラが、ここに来てブレイクというのは、多くの30代女子の共感や支持を得ることができるはず。自動車会社のCMでの日本の某人気女優の「女は30からが旬!」と意気込むセリフには同感する(というより、あえて自分に言い聞かせている)ものの、実際のところ30歳を過ぎた自分に何ができるのだろうか……?と悶々と悩んでいる人も多いことだろう。そういう世代の女子から見れば、アイラの女優としては遅めのブレイクに勇気づけられる思いだ。

また、女子というものは大概にして、実年齢よりも若く見られると嬉しい生き物。女性誌でもアンチエイジングの特集を頻繁に目にするし、陰で努力を怠らない女子も大勢いる。現在33歳のアイラは、25歳のレベッカを違和感なく演じていた。仮に合コンで、実年齢、外見年齢ともに33歳の女が無理に若づくりして、「25歳です」と言い張っていたらイタいが、本作のアイラの場合、彼女のキュートなルックスも功を奏し、「若い!かわいい!(33歳には)見えない!」と好意的に受け入れられ、彼女を応援してあげたいという気持ちが湧いてくる。アイラにとっても同性からの支持は、何よりも今後のキャリアに生きてくることだろう。

そして重要な人物がもう1人。レベッカと恋に落ちる、経済誌会社の上司ルーク役の英国人俳優ヒュー・ダンシーがとてもチャーミングだ。最近は『いつか眠りにつく前に』『ジェイン・オースティンの読書会』(共に07)などの話題作に出演しているが、メジャーな作品での大役は本作が初めて。ちなみに筆者は、テレビドラマ『エリザベス1世~愛と陰謀の王宮~』(05)で16世紀のイングランド女王エリザベス1世(ヘレン・ミレン)の最後の恋人エセックス伯を演じ、母親とも言えるほど年の離れた女王の母性本能をくすぐる魅力を振りまいていたのを見てから注目していたので、本作での抜擢は嬉しい。今までは「知る人ぞ知る」という存在だったダンシーだが、本作での好演はもちろんのこと、小動物を思わせるルックスが女子の人気を集めそうで、第2のジェームズ・マカヴォイになる可能性大だ。

ヒロインとその相手役のキャストが魅力的で◎、衣装も見ていて楽しくて◎、ストーリー展開も◎。まさに女子の心を捉える映画に仕上がっている。
ただ一点、惜しむらくはレベッカの「お買いもの中毒」の原因があいまいであり、彼女がその原因を真剣に追求していないことだ。「買い物依存症」とは何かが満たされないから衝動的に買い物をしてしまう病気として認知されていて、実際にこの病気で苦しんでいる人も少なくないという。本作のなかでもレベッカが親友スーズ(クリステン・リッター)に諭されて(半ば脅されて)、ワークへ通うことで「お買いもの中毒」を克服しようと試みた。レベッカの場合は、原因が果たして何なのか?園芸雑誌会社での不本意な仕事のストレスなのか、子供の頃のトラウマなのか。それらも一因なのだろうが、とどのつまりは「お買いもの大好き!」ということで明るく片付けられてしまい、根本的な原因について多くを語っていない。一時はスーズもルークも失ったレベッカが、買い物に走ってしまう自分の心の弱さに自己嫌悪に陥る場面は描かれているものの、原因の追求という面での描写は物足りない。「自分はどうして買い物が止められないのか?」と原因にきちんと向き合うシーンがあれば、レベッカの成長物語としてのサイドストーリーも加わり、映画全体にふくらみが増したのではないかと思う。
そして、ルークとのハッピーエンドは喜ばしいことなのだが、「お買いもの中毒」の原因を解決して自分を見直さないと、結局はまた何かに依存してしまうのでは……、つまり、買い物の次には、今度はルークに依存してしまうのでは……という心配もしてしまった。

だが、ラストをご覧あれ。レベッカは「就職活動なんてハッタリよ」とばかりに、履歴書に「特技:フィンランド語」と堂々と書いていたが(実際には喋ることができないのに)、ハッピーエンドのその先に、フィンランド語をばっちりマスターしたレベッカの姿が描かれている。しかも、ルークをめぐる恋のライバルへのささやかな(?)仕返しも込められていて、小気味良い。このちょっとしたエピソードを盛り込んだことで、レベッカが何かに依存しているだけの女の子ではなく、恋が彼女を成長させ、向上心のある女性への変化を遂げたことを描いており、非常に爽快だった。恋人べったりの女性よりも、恋するパワーを自己研鑽に変えることができる女性のほうがずっと魅力的だ。そう、恋の力は偉大なのだ。

現実との乖離にどこか冷めた目で見てしまうところはあるけれど、筆者はやはり諸手を挙げてこの映画を歓迎したい。この世知辛い時代、映画で夢を見て疑似体験や疑似満足をしたっていいじゃないか!と声を大にして世間に訴えたい。社会の闇を掬い取った作品や人間の善悪に迫る作品や社会派ドキュメンタリー映画ももちろん悪くない。むしろそういうジャンルの映画が存在し、多くの人から支持されることはとても大切なことだと思う。だが、映画を見た人を能天気なまでに明るく楽しくハッピーな気分にさせることも、映画の大事な役割の一つのはずだ。本来、映画は娯楽として出発したのだから。そんなことに気付かせてくれた、愛すべきラブコメ映画の登場だ。

(2009.6.15)

お買いもの中毒な私! 2009年 アメリカ
監督:P・J・ホーガン 脚本:トレイシー・ジャクソン,ティム・ファース,ケイラ・アルパート
撮影監督:ジョー・ウィレムズ S.B.C.
出演:アイラ・フィッシャー,ヒュー・ダンシー,クリステン・リッター,ジョーン・キューザック,ジョン・グッドマン,
ジョン・リスゴー,クリスティン・スコット・トーマス,レスリー・ビブ
公式

5月30日(土)より全国ロードショー

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レベッカのお買いもの日記 1
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2009/06/16/12:16 | トラックバック (5)
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