特集
『フランス映画祭2010』
もうすぐ開幕!オススメ映画3本をご紹介!

富田 優子

2010年3月18日(木)~22日(月)の5日間、東京・六本木のTOHOシネマズ六本木ヒルズを会場として、フランス映画祭が開催される。団長のジェーン・バーキンをはじめ豪華ゲストも多数来日し、選りすぐりのフランス映画の長編14本と短編集1本が上映される運びとなった。今年の日程は3連休とも重なっており、すでに発表されている上映スケジュールとにらめっこをしながら「どれを見ようかな……」と鑑賞計画を練っている方も多くいらっしゃるのではないだろうか。どれを選んでもハズレはないのだけれど、特にオススメしたい3作品を本サイトでご紹介したい。甚だ簡単ではあるが、皆さんの観賞の参考になれば、幸いである。

『オーケストラ!』
4月17日(土) Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座 他全国順次ロードショー

『オーケストラ!』『オーケストラ!』2
(c)2009 - Les Productions du Trésor
まず最初にオススメしたいのが、この『オーケストラ!』。監督は『約束の旅路』(05)で高い評価を得たラデュ・ミヘイレアニュ。ユダヤ人のアイデンティティを大切にしながら、母と子供が離れ離れになっても互いに思い合い、求め合う姿を、力強く感動的に描いた作品だったが、本作でもそのテーマは共通している。
ロシア・ボリショイ交響楽団で劇場清掃員として働く、冴えない中年男アンドレ(アレクセイ・グシュコブ)は、かつてボリショイの天才指揮者だった。だが、当時のソ連の権力者ブレジネフはユダヤ系の演奏家たち全員の排斥を命じたのだが、アンドレはそれを拒否。そのため、名声の絶頂期に解雇され、劇場清掃員に身を落としていた。それから30年、アンドレは支配人部屋を清掃中に一枚のFAXを目にする。それは、パリのシャトレ劇場でのコンサートをキャンセルしたオーケストラの代わりに、ボリショイに代演してもらえないかとの依頼だった。FAXを見た瞬間、アンドレは自分とともに追放されたオーケストラ仲間を集め、偽の楽団を結成し、コンサートに出場することを思いつく。
アンドレの計画はとてつもなく無謀ではあるが、その無謀さが彼らの行く先々でさまざまな騒動を巻き起こし、爆笑を誘う。また、バッハ、チャイコフスキー、モーツァルト、シューベルト、パガニーニ、シューマンなどのクラシックの数々の名曲も映画に彩りを添え、フランス版『のだめカンタービレ』といった趣もある。
だが、ミレイレアニュが最も描きたかったことは、親子の絆の深さだろう。アンドレはコンサートに絶対に譲れない条件として、ソリストには新進バイオリニストのアンヌ=マリー・ジャケ(『イングロリアス・バスターズ』(09)のメラニー・ロラン)を指名し、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲を選曲した。なぜアンドレが彼女の起用にこだわり続けたのか、そしてなぜチャイコフスキーのバイオリン協奏曲に固執するのかということが、クライマックスで明らかにされる。ボリショイを追放されて30年、真実を心に封印してきたアンドレと、心の奥底で実の親を求め続けているアンヌ=マリー。バイオリン協奏曲を媒介として、二人の心が共鳴し、音楽を通して真実が語られ、そして音楽が高みへと到達していく様子が非常に感動的であって、もう、涙なくしては観ることができない。演奏終了直後に、アンヌ=マリーの瞳からも一筋の涙が流れるが、それは30年秘めていたアンドレとアンヌ=マリーの思いが結実したものであり、結晶のように透明で美しく輝いていて、この上ない幸福感に満たされる。
このチャイコフスキーのバイオリン協奏曲のシーンには、たっぷり12分をかけていて、普通の映画であれば長く感じてしまうかもしれないが、アンドレとアンヌ=マリーの心を映し出すためには必要な長さだったはずだ。クラシック音楽のファンも満足できる映画に仕上がっているし、そうでない人でも十分に笑いと涙を堪能できる作品となっている。

『旅立ち』(原題)

『旅立ち』劇場での公開が現時点で未定ながら(いや、未定であるからこそ)、ぜひ多くの人に観てもらいたいと強く感じたのが、英国人女優クリスティン・スコット・トーマス主演の『旅立ち』(原題)。『イングリッシュ・ペイシェント』(96)以降、どうもこれ!という代表作が見当たらないクリスティンだが、昨年末に劇場公開された『ずっとあなたを愛してる』(08)では、幼い息子を自らの手で殺害し、言い訳もせずにその罪を自分1人で背負い込む女性を好演し、その健在ぶりを嬉しく思ったファンは多いはず。本作はその『ずっとあなたを愛してる』に続いてのフランス映画への主演だが、フランス語のセリフにも違和感もなく、彼女の堂に入った演技には、ただただ圧倒される。
エリート医師(イヴァン・アタル)の妻で二人の子供の母親でもあるスザンヌ(クリスティン)が、自宅の改装のために現れたスペイン人作業員のイヴァン(セルジ・ロペス)と恋に落ちてしまう。まあ、裕福な生活を送る一方、何か満たされない思いを抱えている女が、夫以外の男との情事にのめり込むというストーリーは、特段目新しいものではない。トルストイの名作『アンナ・カレーニナ』やD・H・ロレンスの問題作『チャタレイ夫人の恋人』を彷彿させるヒロイン像と言うべきか。
イヴァンと恋に落ちた後のスザンヌの支離滅裂な行動はすごい。特に呆気にとられるのは、スザンヌがイヴァンとともに生きる決意をし、そのために無理難題な要求を夫に突きつけることだ。「離婚して早く慰謝料を寄こせ」というのは、あまりにも身勝手過ぎる。夫はそれまでスザンヌに対して、高圧的な態度を見せることもなく、暴力を振るったこともなく、彼女に理解を示していたほうだ。夫は妻の裏切りに対して許す度量も見せていた。客観的に見ても、非があるのは明らかに、勝手に別の男に走ったスザンヌのほうで、夫からすれば慰謝料を支払ういわれはないはず。むしろスザンヌに対して「アンタが慰謝料を払うっていうのが筋だろうが!」とツッコミたくなるくらいだ。それなのに、離婚に応じず、銀行口座も止めた夫にスザンヌは逆上。それにより夫も意地になり、強硬手段に訴える。次第に精神的に追いつめられた彼女が最後にとった行動は常軌を逸したもので、とても悲しい。この物語の幕切れを告げるかのように、次第に近づいてくるパトカーのサイレンが、暗澹たる気持ちにさせる。
そんなヒロインを演じ切ったクリスティンだが、本作で2年連続セザール賞主演女優賞にノミネート。エゴ丸出しで恋に生きようとする姿に共感することは非常に難しいのだが、一方で不器用にしか生きられなかった悲哀も感じさせ、「悪女」とばっさり切り捨てることには躊躇してしまう。これには、クリスティンの知性的なキャラクターに起因するところが大きいだろう。脚本も担当したカトリーヌ・コルシニ監督は、スザンヌ役を当初からクリスティンを想定して脚本を書いたとのことだが、彼女の起用は大成功だったと言える。
また、クリスティンの表情の落差がとても素晴らしい。例えば、彼女は全裸で生々しいセックス・シーンも披露するが、イヴァンとの情事の際は恍惚として、貪るような、まさに「渾身」と言えるような激しい表情を見せていたのに、夫との情事の時のそれは、無表情で虚空を見つめたまま。イヴァンに対する狂おしいまでの愛と、夫に対する冷めた感情のコントラストが引き立っていて、秀逸だ。
ハリウッドでは、ヒロインの上司役や母親役というポジションに甘んじているクリスティンであるが、大作映画の“One of them”の立場よりも、本作のように小規模でも力のある佳作の主演を張るほうが、当然ながら本来の彼女の演技力が発揮される。だが、残念ながら今のハリウッドでは、クリスティンのようなアラフィー女優が主演できる映画は少ない(例外はメリル・ストリープだろうが)。それであれば、堪能なフランス語を生かして、第2の母国とも言えるフランス(クリスティンの夫君はフランス人のお医者様)の映画界での活路を切り開いたことは賢明な選択だったと思う。ぜひ、この映画祭の機会にクリスティンの活躍ぶりを改めて確認いただきたい。

『パリ20区、僕たちのクラス』
2010年6月12日(土)岩波ホールにてロードショー

パリ20区、僕たちのクラス
(c) Haut et Court – France 2 Cinéma
一昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)の栄に浴したローラン・カンテ監督作品。2年前の映画であるのに、今年、ようやく日本でお目にかかれるのか……と待ちに待った作品である。
実際の中学校の授業の風景を撮影したドキュメンタリー映画と思わせる作風なのだが、実はすべてフィクションというのが興味深い。原作はフランソワ・ベゴドーが自らの教師経験を綴った『教室へ』だが、そのベゴドーが国語の教師役として主演している。彼が指導する24人の生徒役も、演技経験のない子供たちばかりなのだが、とても自然体で臨場感に溢れている。
日本とフランスの学校のシステムが違うところもあるので、理解しがたいシーンもある。例えば、教師たちが生徒の成績を決定する会議に、そのクラスの生徒代表が参加しているというのは、日本の教育現場では恐らく皆無だろう。また、多民族国家ゆえの問題も発生する。中国からの移民の生徒は、素直で誰からも愛される少年なのだが、なかなかフランス語が上達しない。しかも彼の母親が不法滞在で逮捕されてしまうという事件まで起こる。また、アフリカからの移民の生徒も多く、それぞれの出身国の違いによって口論がたびたび生じてしまう。まさに移民国家フランスの縮図のようだった。
それでも、13~14歳という、思春期特有の子供たちのヒリヒリ感は伝わってくる。些細なことで教師に食ってかかって傷ついたり、自分の感情を自分のなかで処理できずに、他者に乱暴を働いてしまったりするなど、「子供の考えることは理解できないなあ……」と思いつつも、ふと我に返ると、自分にもそういう時代があったことに思い当たる。その一方で、何とか生徒達と対等にコミュニケーションをとろうとする教師の奮闘ぶりにも同じ大人として応援したくなる。教師と生徒のどちらの行動に対して共感を覚えたり、逆に反発を感じたりするなど、どちらか一方だけに感情移入して観ることは困難だ。だからこそ、面白い。
本作は1年を通しての物語だが、当初はバラバラだった生徒が一つにまとまるとか、クラブ活動で何かの大会で優勝して物語が完結するというような、典型的な学園モノではない。本作で、爽やかなラストを期待するとしたら、それは間違いである。教師と生徒は和やかな雰囲気になることはほとんどなく、常に一触即発状態の緊張感が漂っている。映画は終わっても、教育の現場にゴールは見えない。そもそも教育にゴールがあるのか、という問い自身もナンセンスなのだろう。とは言え、ラストのある女子生徒の衝撃的な一言には、「この1年はいったい何だったんだ?」という脱力感すら覚える。教師の真摯な思いが100%生徒に伝わるというのは、現実的に見ても、まずあり得ないことではある。教師は喜びや落胆が交錯する感情を抱きながらも、それでも教育の現場に向き合っていく……。そんなリアルな学校の姿を、無駄なシーンもなく、緊張感を保ちながら描いた秀作である。

上、特にオススメの3本をご紹介したが、その他、顔合わせの豪華さならピカ1である、アルノー・デプレシャン監督作品『クリスマス・ストーリー』(原題)。配役がとにかくすごい。母親がカトリーヌ・ドヌーヴ、長男がマチュー・アマルリック、次男がメルヴィル・プポー、次男の妻にキアラ・マストロヤンニという、ファン垂涎ものの鉄壁の布陣だ。そんな彼らが織りなす家族の、数十年の長きにわたる確執や愛憎や絆を、ぜひじっくり味わっていただきたいと思う。

また、今回の映画祭団長ジェーン・バーキンの主演作『テルマ、ルイーズとシャンタル』(原題)は、とても気持ちのいい映画だ。タイトルで「あれ?どこかで聞いたこと、あるような……」と思う方もいるだろう。そう、ジーナ・デイビスとスーザン・サランドン主演『テルマ&ルイーズ』(91)である。本作はジェーン扮するネリーとその友人2人が繰り広げるロードムービー。では、いったい誰が「テルマ」で、「ルイーズ」で、それで「シャンタル」って何者?と疑問に思う方もいらっしゃると思う。だが、タイトルの類似点に注目するよりも、ほろ苦い旅を経て、自分自身を解放することに目覚めた3人が、それぞれが下す新たな決断に、大いに勇気づけられる映画だ。特に、旅の間のネリーは、色気度ゼロの「おばさんパンツ」を履いているのだけど(あまりのデカさに爆笑)、ラストの変貌ぶりは必見!特に女性なら「そうこなくっちゃ!」と嬉しくなってしまう。

見応えのある力作が揃った、今回のフランス映画祭。映画の内容に興味がそそられるという動機からでもいいし、好きな俳優が出演しているから、もしくは好きな監督の作品だから、という理由でもいい。ぜひ、多くの方に来場いただき、お気に入りの作品を見つけていただきたいと思う。
また映画祭期間中は、来日ゲストによるトークショーやサイン会などのイベントも予定されている。フレンチ・スターを間近に見ることができる、貴重な機会でもある。乞うご期待!

(2010.3.15)

『フランス映画祭2010』
オーケストラ! ( 2009年/フランス/ラデュ・ミヘイレアニュ )
旅立ち(原題) PARTIR ( 2009年/フランス/カトリーヌ・コルシニ )
パリ20区、僕たちのクラス ( 2008年/フランス/ローラン・カンテ )

2010年3月18日(木)~22日(月)、TOHOシネマズ六本木ヒルズにて開催!

約束の旅路 デラックス版 [DVD]
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  • 監督:ラデュ・ミヘイレアニュ
  • 出演: ロシュディ・ゼム, シラク・M.サバハ, ヤエル・アベカシス
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  • 監督:カトリーヌ・コルシニ
  • 出演:エマニュエル・ベアール, パスカル・ブシェール, ジャン=ピエール・カルフォン, サミ・ブアジラ, マリル・マリーニ
  • 発売日:2003-04-25
  • おすすめ度:おすすめ度4.0
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2010/03/17/18:57 | トラックバック (3)
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