(2006 / スペイン・メキシコ / ギレルモ・デル・トロ)
自由を求める魂の神話

仙道 勇人

(ネタバレの可能性あり!)
パンズ・ラビリンス 「ダーク・ファンタジー」という枕詞が目に付く本作だが、この作品の根底にあるどす黒さ・禍々しさは「ダーク」などという形容詞では到底表現しきれていないのではないだろうか。昨今の清く正しいファンタジーブームの影響か、ディズニー映画の影響か、ファンタジーやおとぎ話に、癒しや救いといったイメージを抱く人も多いかもしれないが、そうしたものをほんのちょっとでも期待してスクリーンに臨むと大変なしっぺ返しを喰らわされるだろう。本作はそんな悪意に満ち満ちた、まさに取扱注意の一本である。

 物語の舞台は1944年。内戦終結後も、独裁者フランコによる圧政とそれに反抗するゲリラ達との間で闘争が繰り広げられていたスペインで、オフェリア(イバナ・バケロ)は身重の母と共に、義父となるヴィダル大尉(セルジ・ロペス)に呼び寄せられる。亡き父親とは対照的に冷酷なヴィダル大尉に馴染めないオフェリアは、森で見た妖精に誘われるまま禁断の迷宮に足を踏み入れてしまう。そこでオフェリアが遭遇した牧羊神・パンは、オフェリアを「地下魔法王国の失踪したプリンセス、モアナの生まれ変わり」と呼び、「3つの試練を乗り越えることが出来れば、本当の両親の待つ魔法王国に帰ることができる」と告げる。元々おとぎ話が大好きだったオフェリアは、パンの言葉を信じて3つの試練に挑むことにするが……。

パンズ・ラビリンス2 一般的に、この種の「試練と冒険」を主題にした物語では、「成長と自立」をテーマにすることが多い。本作も、そうした昔ながらの神話や伝承のスタイルに則っているが、必ずしもオフェリアの冒険がメインというわけではない。勿論、本作はオフェリアが体験する試練を軸に物語が展開されていくのだが、「不思議の国のアリス」のようなオフェリア主体の不思議世界での冒険ばかりを期待していると、物語背景にすぎないと思われていた現実世界のエピソードの濃さに驚かされることになる。

 本作はオフェリアの物語と並行して、冷酷非道なヴィダル大尉に抵抗するゲリラ達とゲリラに協力している女中頭メルセデス(マリベル・ベルドゥ)の過酷な現実が描き出される。このヴィダル大尉に象徴される、絶対悪としてのファシズムに戦いを挑む彼らの姿は、丁度オフェリアが「本当の両親の待つ魔法の王国があり、自分はその国のプリンセス」というファンタジーを信じることによって、現実世界と折り合いをつけようとした姿と重なり合うものだろう。すなわち、メルセデスは彼女達のファンタジーである「勝利」を信じることによって、いつ終わるともしれない試練に挑み続けているというわけだ。

パンズ・ラビリンス3 一見関連性がないように見えるオフェリアの幻想体験とメルセデスの現実風景は、表裏一体の対称性をなしており、双方ともファンタジーが行動を促す原動力となっている点も共通している。尤もその向かう先は根本的に異なるのだが。
  それにしても、驚かされるのはその対称性の徹底ぶりである。オフェリアは試練によって「鍵と短剣」を手に入れるが、メルセデスの物語で重要な役割を果たすのもまた「鍵とナイフ」である。更に、オフェリアは生まれて間もない「弟」を助けるために奮闘するのに対し、メルセデスがゲリラに協力していたのはゲリラ兵である「弟」のためであった点も通じ合う。
  こうした徹底された構図の対称性の中で、流血と死に満ちた世界の残虐性と暴力性が様々な形でこともなげに描き出され、観る者をひたすら暗澹とした気分にさせていく。しかし、この映画が真に素晴らしいのは、そうして世界の圧倒的な暴虐性を暴露しながらも、その途方もない圧力に抗おうとする人間の強さをも浮かび上がらせてみせている点だろう。
  このため、ホラー顔負けの陰惨な場面が頻出する作品ながら、後味は決して悪くはない。寧ろ、鑑賞者側の解釈を委ねる領域が大きくなるよう注意深く設計された幕切れにより、鑑賞後にあれこれ考えずにはいられない不思議な余韻があとを引くこととなっている。

パンズ・ラビリンス4 それにしても観終わった多くの人が気になるのは、本作で描かれたオフェリアの体験は現実のものだったのか否か、という点ではないだろうか。
  例えば、我々の現実感覚から言えば、壁抜けの魔法のチョークやマンドラゴラなんてものは非現実的な、空想の産物にすぎないし、パンや妖精なんているわけないのだから、この話はオフェリアの空想を描いていると考えるのが妥当だろう。その一方で、オフェリアの母はマンドラゴラの効用で体調を回復し、マンドラゴラの効用を失ったために体調を崩してしまう。また、最後の試練を果たすためにオフェリアは魔法のチョークを使ってヴィダル大尉の部屋に忍び込んだ――ようにも見える。
  しかし、注意深く観ると、本作は魔法のチョークで大尉の部屋に忍び込む場面を直接描いておらず(場面を直接描かないことで、魔法のチョークを使って侵入したように錯覚させている)、オフェリアが体験する不思議なエピソードが現実に起こっていたことを示唆する描写は一切ない。実際、それを裏付けるように、パンや妖精、マンドラゴラといった超自然現象の数々は「オフェリア視点」でしか描かれていないし、ヴィダル大尉にはパンの姿が見えていないという決定的な描写が挿入されてもいる。こうして考えると、幕切れに訪れたあの現象も、彼女が抱いた最後の幻想と考えるべきなのだろう。
 
  ギレルモ・デル・トロはこの核心部分を実に巧みに曖昧化することで、結末の解釈に幅をもたせることに成功しているが、更に最後の最後でフィクションのはしごをはずす、という予想外の方法で作品そのものをも曖昧化させ、本作を神話的なレベルにまで昇華せしめた。脚本の一部にどうにも不可解な部分があるのも確かだが、ファンタジーを愛好する者であれば見逃してはならない一本である。

(2007.10.17)

パンズ・ラビリンス 2006年 スペイン・メキシコ
監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ 撮影:ギレルモ・ナバロ 美術:エウヘニオ・カバレロ
出演:セルジ・ロペス,マリベル・ベルドゥ,イバナ・バケロ,ダグ・ジョーンズ,アリアドナ・ヒル,
アレックス・アングロ,ロジャー・カサメジャー,フレデリコ・ルピ,マヌエル・ソロ 他
(c)2006 ESTUDIOS PICASSO,TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ
公式

10月6日(土)より恵比寿ガーデンシネマ他にて全国ロードショー!

2007/10/17/20:23 | トラックバック (4)
仙道勇人 ,今週の一本 ,「は」行作品
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