映画祭情報&レポート
第4回UNHCR難民映画祭(10/1~8)
「彼らの世界」と「私たちの世界」

夏目 深雪

5日目:『沈黙を破る』『ジェニンの心』

沈黙を破る
(c)『沈黙を破る』
土井敏邦監督
土井敏邦監督@ドイツ文化センター
10/8(木)、映画祭最終日は、北上する台風に気を揉まされたが、午後にはすっかり晴れ間が広がった。まず、5月から全国各地で上映を行っている、土井敏邦監督のドキュメンタリー『沈黙を破る』から。映画は2002年春、イスラエル軍のバラータ難民キャンプ包囲とジェニン難民キャンプ侵攻によって破壊と殺戮にさらされるパレスチナの人々を描きながら、同時にイスラエル軍の元兵士たちが自分たちの加害行動を告白する「沈黙を破る」という活動を描く。

「難民映画祭」という枠にはめて語るとしたら、破壊され瓦礫の山となった自分の家の前で途方に暮れる男や、それでも土井監督が再訪した時には、家を再建し新しい生活を営んでいる同じ男の希望に満ちた顔のことを語るべきであり、勿論それらも人間の生命力を現していて素晴らしいのだが、私はどちらかというとイスラエル軍の元兵士たちの告白により強く惹かれてしまった。それは、機械的により効果的に人を殺す訓練を受け、感覚が麻痺し、残酷さがエスカレートし、日常生活に戻れなくなるような兵士の生の声というものを聞く機会が、筆者にほとんどなかったということもある。彼らはみな若く、中には若い女性兵士の姿も見受けられた。街を闊歩する女性兵士たちは溌剌として見えたが、告白する元兵士の目は自分の加害活動を告白するにつれ、澱んでいくように見えた。
当初は「何故日本人がパレスチナ問題を扱っているのか、その答えは映画の中にあるのだろうか」などと愚かにも考えていたが、元兵士の告白が進むにつれ、全くそんな問題ではないことに気付いた。どこの国であろうと関係ない一人の優れたジャーナリストの姿が、パレスチナ人たちの、イスラエル元兵士たちの瞳を通して見えた。そしてイスラエル元兵士たちもまた、パレスチナにだけ存在するのでは決してない。

上映後、土井監督のトークショーが行われた。土井監督はもともと日本軍が戦争で行った加害の歴史に興味を持っていたということ。パレスチナへの取材は20数年に渡り、文字通り「パレスチナの人々に人間として、ジャーナリストとして育てられた」。この映画は本年度完成した、『届かぬ声―占領と生きる人びと―』全4部作のうちの、第4部にあたる。土井監督は構造を描き、占領の実態を描くことが目的だったと語るが、この最終章だけ観てもその目的の達成は明らかであろう。

ジェニンの心
(c) 2008 EIKON Media GmbH
マルクス・フェッター監督
マルクス・フェッター監督@ドイツ文化センター
映画祭最後の作品は、マルクス・フェッター、レオン・ゲラー監督の『ジェニンの心』。パレスチナ自治区のジェニン難民キャンプで、息子をイスラエル軍に射殺された父親イスマエルが、イスラエル人の子供たちへの臓器提供を決意する姿と、その後を描いたドキュメンタリー。この後の山形国際ドキュメンタリー映画祭にも出品が決まっている。客席は満席で、なんと立ち見が出ていた。 なんといっても題材が面白く、臓器を提供したイスラエル人の女の子メヌハを訪ねた際の、メヌハの父親と母親の貼りついたような笑顔が印象的。イスマエルのことを「ジェニンでは仕事がない」とイスマエルの伯父が紹介すると、メヌハの父親は「じゃあどこかに移住すればいい」と言う。それを聞いたイスマエルが「彼が出て行けばいい」と冷たく言う。複雑に絡み合った歴史と感情の縺れは、簡単に解けるようなものではないのだろう。ただメヌハの笑顔とそれを見たイスマエルの破顔が、一筋の希望を現してはいないだろうか。

Q&Aは、マルクス・フェッター監督が登場。この映画は自身の企画ではなく、2007年に誘いを受けて取り掛かるようになったとのこと。イスラエルはこの映画の製作に対して前向きではなく、当時学生であったレオン・ゲラー監督と共同して進めるうちに、自分なりにパレスチナ問題について考えを持つようになったそう。ヴェッター監督自身、ジェニンにある映画館でのこの映画の上映運動に関わっていて、映画を観てもらううちに地元の人のイスマエルの行動への理解が深まったりしたので、改めてドキュメンタリーの力というものを感じたということ。

計10本を観ることができたが、さて、「彼らの世界」と「私たちの世界」の境界線は可視化できただろうか? その境界線に揺さぶりをかける端緒だけでも、見つけることができただろうか? 10本の内訳は劇映画3本、ドキュメンタリー6本、アニメドキュメンタリー1本であるが、劇映画の頂点にあるといえるのは『西のエデン』であろう。言葉の不自由と無銭という、移民や難民の特徴そのものを主人公に課し、観客に「擬似難民体験」を強いることに成功した。それはいいことと悪いことが交互に訪れるような秩序を欠いた世界であり、身に纏うものによって人々の態度が変わるような世界、常に警官の影に怯えるような世界である。シリアスに描けば咽び泣くしかないようなこの世界を、コスタ・カブラス監督はユーモアを加味したエンターテインメントとして観客に提示することに成功した。この映画を体験した後の観客は、もはや「難民体験」について知らぬ存ぜぬを決めこむことはできないであろう。
そして一方数多い優れたドキュメンタリー作品の頂点にあると言えるのは『要塞』であろう。「彼ら=難民としての庇護希望者の世界」と「私たち=収容施設の職員の世界」を、どちらに肩入れするでもなくニュートラルに、無機質に描き続け、徐々にその間に存在する境界線を浮かび上がらせることに成功している。Q&Aでは、私たちがその境界線を作り出す心のメカニズムまでを暴くことに成功した。

来年度も「難民映画祭」が開催され、優れた作品が上映することを願ってやまない。がしかし、決して年に一度のお祭りで終わらせることなく、各人の心に育った何かを、日常的に形にしていく行為こそが重要なのではないか。上映作品の質の高さ、監督たちの難民問題に対する意識の高さ、会場の熱気、それらを痛切に感じ、そのように思った。

(2009.10.12)

レポート1レポート2レポート3

第4回UNHCR難民映画祭 (10/1~8) 公式
『沈黙を破る』( 2009年/日本/監督:土井敏邦 )
『ジェニンの心』( 2008年/ドイツ、イスラエル/監督:マルクス・フェッター、レオン・ゲラー )

沈黙を破る―元イスラエル軍将兵が語る“占領” (単行本) 沈黙を破る―元イスラエル軍将兵が語る“占領” (単行本)
2009/10/12/18:42 | トラックバック (0)
夏目深雪 ,映画祭情報
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