映画祭情報&レポート
第4回UNHCR難民映画祭(10/1~8)
映画を通して難民問題を考える

富田 優子

回で第4回目を迎えたUNHCR難民映画祭――東京。世界各地には、迫害や紛争を逃れ、故郷を追われて避難生活を強いられている難民・避難民などが4200万人もいるとされている。この映画祭の目的は、一人でも多くの人に難民問題への認識を向上してもらうことで、国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所と国連UNHCR協会によって2006年より開催されている。
この映画祭が他の映画祭と決定的に違うことは、入場料が無料であること。ただ、来場者の善意に支えらえて運営していることもあり、寄付を募っている。もちろん寄付云々を無視して、映画を観っぱなしでも非難されることはないけれど、筆者はこの映画祭がこれから先も続いてほしいと願っているので、ほんの心ばかりだけど、寄付させていただいている。それに、今、自分にできることはそのくらいしかないとも思うし、可能な範囲でできることには目を背けずに協力していきたいと思う。

民族や宗教の紛争がない日本にいると、「国を追われる」とはどういうことなのか想像し難いが、せめて映画を通して彼らの苦しみや痛みに接することで、何かを考えるきっかけができれば、この映画祭の意義は大きいと思う。難民映画祭に関していえば、作品のクオリティの批評や俳優の演技などを云々するよりも、「知ること」「感じること」「考えること」を意識することのほうが、はるかに大切だろう。

映画祭で上映される作品は、主に難民問題を扱ったものだ。それにしても日本初上映のものも多く、非常に興味深い。本来ならばこういう社会派の作品がどんどん一般公開されて然るべきなのに……とも感じ、安易にヒット作の続編や高視聴率を稼いだテレビドラマの映画版を製作するような昨今の傾向に憂慮の思いを、改めて深めてしまう。

さて、今回は20本の作品が上映された。筆者のスケジュールの関係上、鑑賞できたのはわずか4本だったが、以下簡単ではあるが、ここにレポートさせていただく。

10月2日(金) (於:イタリア文化会館)
『西のエデン』

西のエデン
(c) 2008 KG Productions
社会派の巨匠コスタ・ガヴラス監督の作品で、今年3月のフランス映画祭にも出品されている。ある青年が密輸船に乗り込み、夢の都パリを目指すロードムービーだ。
本作を見て、フランスでは2007年の大統領選において、右派サルコジ氏と左派ロワイヤル氏が激しく争ったが、争点の1つが移民問題であったことを思い出した。サルコジ氏は技能に基づいて移民の選抜し正規入国させる一方、不法移民の国外退去に関して規制を強化する方針。ロワイヤル氏はサルコジ氏が内相時代に廃止した「フランス国内に10年以上居住した不法移民に市民権を付与する制度」の復活を掲げていた。結果的にサルコジ氏が勝利し、大統領に就任したが、本作はフランスの移民問題を取り上げ、厳しい現状を描いていると言えよう。
難民と移民には定義的には違いがあるが、主人公の青年が何らかの事情(恐らく貧困によるものと推測される)で故国を離れざるを得なくなり、不法入国をしてまでパリを目指すというのは、迫害や紛争に巻き込まれて故国を追われる難民の姿と重なる。時にユーモアを交え、時に厳しさを交えて彼の旅を追っているが、最も印象的なのは、警察官が自分とは人種的に異なる他者を見かければ、特段不審な行動をしているわけでもないのに、身分証の提示を求めたりすることだ。また、青年がパリへの道を尋ねるときも、ほとんどの人が外見で彼を無視する。他者に対する寛容や許容の精神が失われているようで、寒々しさを覚える。
フランスは移民労働者が産業の底辺を支えているのに、彼らに対する扱いは矛盾だらけだ。カヴラス監督自身もギリシャ系の移民でもあり、移民に対する世間の冷たい視線に一石を投じたいという思いが伝わる作品だった。

10月3日(土) (於:イタリア文化会館)
『戦場でワルツを』

戦場でワルツを
(c) Distributor: Twin / Hakuhodo DY media partners
11月28日より銀座シネスイッチにて公開
映画祭最大の目玉とも言える『戦場でワルツを』が上映。11月28日(土)からの劇場公開は決定しているが、今年のアカデミー賞外国語映画賞で『おくりびと』(08)の対抗馬(というより本作のほうがオスカー本命だったはず)として注目を浴びた作品だ。そんな前評判も手伝ってか、予期していたことだけど会場は満席。
本作の監督アリ・フォルマンの実体験に基づくアニメ。アリはレバノン侵攻に関する記憶を求めて戦友たちを訪ねる。彼の記憶を取り戻す旅をアニメーションで描いているが、これがとても力強い。冒頭の猛犬が集団で街を疾走するシーンには迫力があり、否応もなく映画に引き込まれていく。また、アリをはじめ登場人物の顔の陰影が際立っていて、それが彼らの心の闇や痛手や空虚さを表している。
正直なところ、なぜこの映画が難民映画祭で上映?とちょっと疑問に思っていたのだが、観て納得。本作のクライマックスは1982年9月16日に起きたイスラエルのレバノン侵攻での「サブラ・シャティーラ大虐殺」だ。パレスチナ難民キャンプを襲撃し、多数の難民を虐殺した事件。その犠牲者は3000人以上とも言われている。犠牲となった難民は何の力も持たない弱者だ。それをいとも簡単に命を奪うという非人道的行為があったということには、行き場のない怒りを感じる。何よりも本作のすごいところは、アニメーションから実写に切り替わる瞬間だ。それこそがアリが失っていた記憶だ。幻想ではなく、それは真実。この切り替えは非常にショッキングではあるが、真実を封印してはいけないという、フォルマン監督の覚悟のほどが伝わる。
中東の民族や宗教の紛争は、本当に複雑である。国の権力者が争いを始めるとき、一番悲惨な目に遭うのは、サブラ・シャティーラ大虐殺事件のように力のない難民だ。レバノン侵攻について、ある程度事前に予備知識を持っていたほうが映画をより理解できたと思うが、争いの愚かさや弱い者を虐げる様子には、予備知識がなくとも誰もが心を痛めることだろう。それだけの説得力を持って見る者の心に迫ってきた映画だった。
映画上映後、バイオリニストの川井郁子さんがゲストとして登場し、映画で使用されたショパンのワルツとご自身が作曲された難民への思いを込めた曲を演奏。また、難民に対する真摯な思いを語ってくれた。

10月3日(土) (於:セルバンテス文化センター東京)
『カンボジア-ある家族の夢』

カンボジア-ある家族の夢(c) 2008 Cambodia Film Partnershipカンボジア内戦によって祖国とタイの難民キャンプとに別れて暮らすようになったヤン・チェンの家族のドキュメンタリー。ヤン・チェンは12年も難民キャンプで過ごし、孫たちはキャンプで生まれたため祖国カンボジアを知らない。孫たちのためにも1日でも早くカンボジアへ帰還したいと願うヤン・チェン。その一方で彼女の長女の家族は、祖国を捨て逃げ出し、ぬくぬくと国連の保護を受けていたのに(難民キャンプで暮らしている事を指す)、帰りたいだなんて自分勝手だ、と考えている。そんな両者の心の溝が埋まっていき、ヤン・チェンのカンボジアでの帰還、そして祖国での生活の様子を追っている。ヤン・チェンの祖国や家族への深い愛情がカメラの前で語られて、心を打つ。
本作を見て改めて感じたのは、難民が最終的に希望していることは祖国への帰還ということだ。難民への支援というと、難民キャンプでの保護をイメージしてしまうが、難民キャンプが彼らの「終の住処」になってはいけないのだということを思い知らされて、なぜそんな当たり前のことに気がつかなかったのか、自分の短絡的な思考に腹が立った。
本作の監督はニュージーランド出身で、ロマン・ポランスキー監督や名優ジョン・ギールグッドなどと仕事をした経験のあるスタンリー・ハーバー。上映後のQ&Aでは、観客からの質問に熱く答えてくれた(ご本人は人前で話すのは苦手という前置きがあったものの、そんなことは全く感じさせなかった)。観客も難民問題への意識が高い人が多かったと見受けられ、カンボジアやタイの難民キャンプの現状や、ヤン・チェンのように難民が祖国への帰還を果たし、離散した家族が再会できたケースは多いのか、というような質問が続いた。
監督の回答の「家族が再会できたケースはごく稀なこと」「祖国以外の第三国で新しい生活を始める人も多い」というものには、あぁ、やっぱり……と失望を感じた。それだけ難民を取り巻く現状は過酷なものなのだということが、実際に難民キャンプを20年近くかけて取材した監督が語ると、ずしんと重みをもって伝わる。
監督は何度か「地球は共同体」という言葉を口にしたが、非常に印象的であった。私も、あなたも、そして世界の全ての人が地球という一つの共同体の一員なのだ、という意識を持てば、難民問題への取り組み方にも変化が起こるのではないか、と感じた。

10月5日(月) (於:セルバンテス文化センター東京)
『ヨドク・ストーリー』

ヨドク・ストーリー(c) 2008 Piraya Filmヨドクとは北朝鮮の強制収容所のことを指す。現在は韓国で暮らす脱北者の、ヨドクでの実体験をミュージカルに仕立て、公演を目指した姿を追うドキュメンタリーだ。
アンジェイ・フィデック監督の発想には舌を巻いた。1980年代の北朝鮮の一糸乱れぬマスゲームの映像を見て、「これだけのマスゲームができるということは北朝鮮には優れた演出家が数多くいるに違いない!」というもの。事実、韓国にいる脱北者にそういう人がいるのを探し当て、彼らがミュージカル「ヨドク・ストーリー」の製作をしようとしているのを取材するのだから。
収容所で恒常的に行われている虐待、公開処刑、レイプ、強制中絶、貧困の現実が脱北者の口から次々に語られていく。当初はそんな様子をミュージカル?と疑問に思っていたのだが、さすがマスゲームで鍛えられている(?)彼らのこと、踊りや歌には自信があることが伝わってくる。それも手伝い、とても迫真のミュージカルに仕上がっていて、あまりにも悲惨な様子に心が痛くなる。イメージとしては戦争の悲惨さ、虚しさを描いた劇団四季のミュージカル昭和三部作(『李香蘭』『異国の丘』『南十字星』)といったところか。
脱北者に関する映画といえば、昨年の東京国際映画祭アジアの風部門に出品された韓国映画『クロッシング 祈りの大地』(08)は脱北者の親子の悲劇を描いたが、本作はノルウェーとポーランドの合作映画で、北朝鮮の捉え方が韓国や日本と異なるのが興味深い。ナレーションで「北朝鮮が核を持っていなければこんなに注目されなかっただろう」とあり、言い換えれば北朝鮮が核開発を行わなければ、欧州は北朝鮮の現状には見向きもしなかったということだ。拉致問題を抱えている日本とは、やはり温度差があると改めて感じてしまう。
本作は直接難民とは関連性はないが、もし北朝鮮の国家体制が崩壊したときには、中国と韓国の国境には多数の北朝鮮国民が難民と化して押し寄せることが推測されている。北朝鮮については、日本ではお昼のワイドショーでも取り上げられるほどだが(特に最高権力者一家の大奥やお家騒動を連想させるような後継者問題等)、世界全体から見れば関心は低いほうだろう。欧州の監督がアジアに目を向け、このようなドキュメンタリー映画を作ったことには意義があると思う。
なお、本作の上映に先立ってベン・アフレックが監督した短編ドキュメンタリー『GIMME SHELTER』が上映された。楽曲を提供したのはミック・ジャガーとキース・リチャーズ。「シェルターをくれ!」と叫ぶような歌声に乗せて、コンゴ民主共和国の難民キャンプの様子が映し出されていく。子供たちの澄んだ目がかえって悲しく映っていて、胸が締め付けられるような思いがした。

民映画祭は、観ていてワクワク、ドキドキするような高揚感を感じることができる映画祭ではない。難民を題材に選ぶ映画には「楽しい」や「明るい」といった要素は少ない。むしろ、困難な環境で生きている人たちの状況に対して、辛い発見をすることが多いだろう。

それでも、一人でも多くの人に対して難民問題への理解を深めてもらうという映画祭の方向性には賛同する。何か行動を起こそう!と考えたとき、まずは「知る」ことから始めなくては。UNHCR親善大使のアンジェリーナ・ジョリーが「映画は、世界各地における難民の多種多様な境遇や生き様を紹介できる重要な手段であり、エンターテインメントを通じ、この問題へのより良い知識と理解を育むでしょう」とコメントしているように、「知りたい」という欲求のサポートを、映画は果たすことができると思うのだ。ぜひ来年も第5回目の映画祭が開催されることを心から祈りたい。

(2009.10.10)

第4回UNHCR難民映画祭 (10/1~8) 公式
『西のエデン』( 2009年/フランス、イタリア、ギリシア/監督:コスタ・ガヴラス )
『戦場でワルツを』( 2008年/イスラエル、ドイツ、フランス、アメリカ/監督:アリ・フォルマン )
『カンボジア-ある家族の夢』( 2008年/ニュージーランド、カンボジア/監督:スタンリー・ハーパー )
『ヨドク・ストーリー』( 2008年/ノルウェー、ポーランド/監督:アンジェイ・フィデック )

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2009/10/11/15:30 | トラックバック (0)
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