特集
(2009 / 日本 / 井土紀州)
のけぞる映画

佐野 亨

行旅死亡人1土紀州は、いまもっともスリリングに、エンタテインメント映画の本質を追求する映画作家である。
『ラザロ-LAZARUS-』で各地の大学生を巻き込み、映画製作をおこなった井土が、今度は日本ジャーナリスト専門学校を製作母体として、本作『行旅死亡人』を完成させた。

主人公・滝川ミサキ(藤堂海)は、ルポライターとして一角のものになることを夢見るフリーター。ある朝、彼女の携帯電話に、「滝川ミサキ」という女性が倒れ、病院に運び込まれたという知らせが入る。ミサキが病院を訪れると、そこにはかつて同じ出版社で働いていた先輩の女性(長宗我部陽子)が横たわっていた。やがて、正体を明かさぬまま、女性は死亡(タイトルの「行旅死亡人」とは、身元不明の死亡者を意味する)。ミサキは彼女が何者なのか、なぜ素性を隠さなければならなかったのか、その真相究明に乗り出す。

筆者が映画に求める要素の一つに、「のけぞる」という体験がある。
お行儀よくまとまっている映画、隙のないほどに洗練された映画というのは、どこか味気ないものだ。それより、多少荒削りでも観客をグイグイ引っ張っていく映画、なにかが突出しすぎて全体としてはバランスを欠いてしまったような映画のほうがいとおしい。
本当に映画が好きな観客なら、そういう破綻を作品に許すことは、きわめて知的で、かつ体力のある映画作家にしかできない芸当であることを知っているはずだ。そのアクロバティックな芸当を目の当たりにしたとき、観客は思わず「のけぞる」のである。
いまの日本映画の多くが、おしなべてヒヨワに見えるのは、破綻を恐れ、作品を安定的な形式に、しかし結果的にはきわめて矮小化されたスケールに落とし込んでしまうからではないだろうか。
行旅死亡人2いや、それ以前に、いまの日本映画は、「物語る」ことを、あまりにないがしろにしているように思える(たとえば、周防正行は、そのような状況に対する不満から、かつて『Shall we ダンス?』の冒頭で、「物語せよといへ、われ汝の耳を魅する話をせむ」というシェイクスピアの言葉を掲げてみせた)。「物語る」ために、映画作家は並々ならぬ体力を費やす。周到にシナリオを組み立て、カットを積み上げながら、ときに過剰なまで語り口をヒートアップさせ、観客を映画特有のリズムに巻き込んでいくほどの強靭な体力。
井土紀州の『ラザロ-LAZARUS-』は、そうした強靭な体力をもって、エンタテインメント映画の本質、すなわち「物語る」ことをきわめて高い水準で成し遂げた、まさに「のけぞる映画」であった。
そして今回、井土は、その映画的達成をさらに深めるべく、高度な実験を試みている。
つまり、ある時期までのエンタテインメント映画がもっていたケレン芝居の要素を、ほとんど強引なまでに展開してみせたのだ。
特に、物語が一気に動き始める中盤以降は、さながら橋本忍脚本、野村芳太郎監督によるミステリー映画の様相を呈する。主人公とその友人が残されたヒントを手がかりに真相を探る道中は、まるで『砂の器』ではないか。事件の経過を訥々と語ってみせる保険調査員(たなかがん)は、まるで『八つ墓村』の渥美清ではないか。
その破綻を恐れぬ語り口こそは(じっさい、保険調査員によって明かされた驚くべき過去が現在の状況と一致する瞬間など、ケレン芝居のレベルがあまりに過剰であるため、つい笑ってしまうのだが)、行旅死亡人3ひたすら「物語る」ことに徹しようとする井土紀州の誠実さのあらわれにほかならない。

メジャーとよばれる日本映画の多くが、「物語る」ことを忘れ、映画の本質を見失っている昨今、インディペンデントの制限のなかで、真にエンタテインメント的興奮に満ちた映画がつくられているという事実。映画に向き合う者なら、必ずや身震いを感じるはずだ。

(2009.10.13)

井土紀州監督インタビュー:映画『行旅死亡人』について

行旅死亡人 2009年 日本
監督・脚本:井土紀州
企画:上野昂志,柳沢均 プロデューサー:沼口直人,吉岡文平
撮影・照明:伊藤学 録音:小林徹哉 音楽:安川午朗
出演:藤堂海,阿久沢麗加,たなかがん,小田篤,本村聡,長宗我部陽子
製作協力:スピリチュアル・ムービーズ 製作:日本ジャーナリスト専門学校
公式

11月7日(土)より、シネマート新宿にてロードショー

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2009/10/13/19:05 | BBS | トラックバック (0)
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