1992年、春。ドキュメンタリー監督のキム・ドンウォンが暮らすボンチョン洞にチョ・
チャンソンとキム・ソンミョンという身寄りのない2人の老人がやって来る。
かつて北朝鮮の政治工作員として韓国に送り込まれた彼らは、逮捕後の暴力的な転向工作にも屈することなく共産主義思想を貫き、
非転向長期囚として30年以上に及ぶ獄中生活を余儀なくされたのだった。
彼らの人間性に惹かれたドンウォンは、元非転向長期囚、そして心ならずも拷問に屈してしまった元転向長期囚の老人たちへの取材を開始し、
祖国で暮らす家族を想いながら、不遇に耐えてきた彼らの痛切な心情を知る。
やがて、金大中政権下で徐々に本格化し始めていた送還運動は、
2000年6月15日の南北共同声明をもってついに現実化に向けて動き出した。そして、同年9月2日、
右翼団体が猛烈な反対運動を展開する中、63人の元非転向長期囚が北朝鮮へ送還された……。
韓国のドキュメンタリー製作集団“プルン映像”の代表として数多くの力作を発表してきたキム・
ドンウォン監督が12年の歳月を費やして完成させた本作は、韓国国内で3万人余の観客を動員する大ヒットを記録し、『JSA』
のパク・チャヌク監督や『シュリ』のカン・ジェギュ監督、俳優のアン・ソンギら著名人がこぞって絶賛の声を寄せた。また、
サンダンス映画祭(「表現の自由」賞受賞)、山形国際ドキュメンタリー映画祭など、世界の数多くの映画祭でも高い評価を受けた。
本作は単なる歴史的真実の記録ではない。
人間味溢れる元長期囚の老人たちと彼らを"おじいさん"と呼び慕うドンウォン監督のこれは絆の物語である。取材を通じた交流の中で、
ドンウォンは、長い歳月のうちに多くのものを失った長期囚たちの悲劇的現実(家族に母親との面会を拒まれていたキム・
ソンミョンが30分にも満たない時間の中でようやく母親と再会するシーンなど感動的だ)を目の当たりにする。そこには“北朝鮮スパイ”
という言葉が想起させる禍々しい虚像とは異なる、恐ろしいほどに素朴な人間の姿がある。
全篇を貫く監督による一人称のナレーションなど、作風はどこか『華氏911』のマイケル・
ムーアを思わせる部分もあるが、ムーアの主張が最終的にリベラルな普遍性に寄りかかってしまう(プロパガンダに堕する)
危険性を孕んでいるのに対し、ドンウォンは、例えば北朝鮮を露骨に称える歌を熱唱する老人たちに抵抗感を抱きながらも、
彼らと接する中で悩み、時には彼らに過剰に共感してしまう自己の視点のブレをそのまま提示し、
作品の着地点をリベラルな方向に持っていくことなく、元長期囚たちに対する私的感情にひたすら忠実であろうとしている。
このあまりにもまっとうな姿勢は、
偏見に満ちた報道や言辞に多角的なものの見方を奪われてきた多くの愚かしき日本人にも深く思慮するきっかけを与えてくれることだろう。
(2006.3.3)
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