いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46
全国公開中
公開初日に引き続き、2回目を観て今作は乃木坂ファンは勿論だが、そうでない映画好きにも観てほしい作品だと確信したので映画評を書くことにした。連載している週刊誌の短評を除けば久しぶりの映画評になる。
冒頭に岩下力監督の言葉として「乃木坂46は名前しか知らなかった」「アイドルの醍醐味は少女たちの成長譚。では、すでにスターである彼女たちのいったい何を映せばいいのだろうか?」のテロップが出る。しかし、岩下監督は「BEHIND THE STAGE IN 4TH YEAR BIRTHDAY LIVE」(73分、2017年)、「乃木坂46 meets Asia! ~シンガポールver.~」(60分、2017年)、「乃木坂46 meets Asia! ~香港ver.~」(60分、2018年)の乃木坂関係のドキュメンタリーを既に手掛けている。それなのに敢えて先述した言葉を冒頭に置くのである。対象であるアイドルとの距離感が、この映画の最大の特徴である。そして幾多のアイドルドキュメンタリーと違って「誰が監督しているのか」がはっきり分かるのはマイケル・ムーアや森達也監督などの作品と同じである。東宝映画で大メジャーの乃木坂46を対象にこのようなことをしている大胆さが分かるだろう。
映画は2018年からの1年間を追う。この時期の大きな出来事として西野七瀬の卒業を取り上げる。2018年大晦日のレコード大賞及びNHK紅白歌合戦を経て2月の感動の卒業ライブでの様子なのだが、この間に作り手の監督の視点は殆ど消え失せる。淡々としながらも適確に対象を観察していくのがメインだ。レコード大賞の直前リハーサルというかダンスの確認で廊下での練習における衣装の音がバサバサと大きく響くのがとてもいい。そこでの振付師のSeishiroさんの言葉と本番へ向けての輪になって隣りのメンバーの手を握り、握られた相手は反対の手を握り、反応が1周したら掛け声を掛ける様子も強く印象に残る。ここに来て、フレデリック・ワイズマンや想田和弘監督の作品の様相も呈するのだ。
通常なら、西野七瀬の卒業シーンで映画は終わるのが美しいのだろうがそうならないことで「作り手の視点」に続いての今作の第2の特徴「卒業で残された人たち。そこに希望がある」が浮上する。感動的でありながらヒリヒリした緊張感もあった西野七瀬の卒業に続いて、雰囲気ががらりと変わって与田佑希が故郷でヤギを散歩させている様子が映し出される。家族から強く大切に思われている様子が伝わる与田佑希の故郷でのシーンが小ブレイクになって続くのは斎藤飛鳥のスコットランドへの旅行である。この展開は先が全く読めなく初見時は見応え充分だった。このスコットランドでのシーンで「誰が監督しているのか」が大きく戻ってきて映画は終わる。この構成はリスキーである。唐突とも思える展開なので脱線しているようにも見えかねないからだが(西野卒業ライブの前には斎藤飛鳥の成人式参加及び同窓会参加という限りなくプライベートな映像まである)、「卒業で残された人たち。そこに希望がある」ことが明示されて通底しているので観ている側はそれほど大きな違和感を抱かない。
ここで明かすと、こちらにとって岩下監督は近所の映画好き友人でもある(去年に引っ越した為、正確には過去形なのだがそれほど遠くではない。友人でもあるので以下は岩下くんとする)。岩下くんと出会ったのは「或る深夜の出来事 It Happened One Midnight」(12分、2012年 )だった。地元の目白のDVD/ビデオレンタルショップの最終日を追った短編ドキュメンタリーで、こちらもお別れに来ていた。それからは地元映画好き仲間で飲みながら映画に関して話す仲になった。なぜ、「或る深夜の出来事」に関して触れたかというと岩下くんの原点であり、基本的には今作と変わっていない点も多々見受けられるからである。観察映画でありながら監督の視点がはっきり出ている(同じくテロップで冒頭から出てくる)。こちらもドキュメンタリー監督であり、「3.11日常」(2011年 公式サイト)が劇場公開第一作で、比較的近年に監督したテレビ番組「花筐花言葉、今伝え遺したいこと。大林宣彦×岩井俊二×常盤貴子特別鼎談」(2017年)が第一作と似ているのを今年に会った人から指摘されて気付いたことがあった。それぐらい作り手の個性というのは出てしまうものだ。黒沢清さんと対談した時に「学生によく言うのですが、監督の個性がどこに出るのですか、ではなくて出ちゃうのです」と言っていたのを思い出す。
岩下くんを通して、こちらは乃木坂を知って興味を持つようになった。きっかけは先述した「BEHIND THE STAGE IN 4TH YEAR BIRTHDAY LIVE」を見たことだった。ブルーレイなら27500円の「4th YEAR BIRTHDAY LIVE 2016.8.28-30 JINGU STADIUM」(完全生産限定盤)にのみ収録で岩下くんから借りて見た。「2016年夏に神宮球場にて行われた乃木坂46「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」が映像作品となってリリース! 完全生産限定盤は3日間にわたる熱狂のLIVEをあますところなく詰め込んだ永久保存盤」と商品説明にはあるが、それまでに発表された全曲を歌うという慣例ながらメンバーにとっては強い負荷がかかるライブをリハーサルからライブの裏側を追った内容。緊張感が相当に凄まじく、ライブが戦場だとすれば正に「戦争映画」(リハーサルでメンバーが複数倒れるのもある)。象徴的なのがライブ当日に大きな台風が迫ってきていて、早朝の風向計のスケールがゆっくり凪いでいる様があるが戦場ではためく旗のようなのだ。ライブ中にステージ下を走りながら移動する様子はキューブリックの「突撃」の塹壕シーンのようだし、岩下くんは「ここは戦場だ」と分かって編集している。
それに比べれば「何でこんなに仲が良いのだろう」との言葉が出てくる「いつのまにか、ここにいる」は「学園青春グラフィティ」である。そして「BEHIND THE STAGE IN 4TH YEAR BIRTHDAY LIVE」で輝いていた斎藤飛鳥が「いつのまにか、ここにいる」では一段と大きく扱われている。アイドルとしての異質さを含めて斎藤飛鳥に岩下くんが興味を持っているのが伝わってくるが、2016年6月発売の「裸足でSummer」以降、センターを何回も務める立場なのだから大きく扱うのに異議はない。 今作の感想で「このメンバーの扱いが何で小さいのか」があるが乃木坂は46人いるのだから取り上げられないメンバーがいるのは仕方がない。何人かに絞って、その何人かを描くことで全体像を描き出すのは映画の常套手段である。群像劇の「マグノリア」で登場人物が均等に描かれていなかったり、「レザボア・ドッグス」の色にちなんだ名前の6人のうち殆ど台詞が無い者がいるのと同様である。推しが映っていなかったら、そう思うのも分からないではないが時間的に描けないメンバーはいるし、何よりも今作が監督の視点で見たドキュメンタリーであることが肝要である。
今作で印象的ないシーンに西野七瀬の卒業コンサートで西野と白石麻衣がデュエット曲「心のモノローグ」歌唱前に言葉を交わすシーン、レコード大賞の舞台裏で大園桃子と斎藤飛鳥がハグするシーンなど観ている側が感情が高まるシーンがある。全体に淡々と静的な映画だからこそ、これらのシーンが映える。シーン転換時のスローモーションの繋ぎなど緩急の付け方は映画好きの岩下くんならではの見事さである。同窓会に出た後の気持ちの高まりとそこから来る疲労を話す斎藤飛鳥は車内での撮影だから逆光であり、その表情は殆ど伺いしれないが、だからこそ言葉の生々しくも力強さが如実に伝わる。優れた大衆映画のみが持つ普通の人と映画好きの人の両方が満足出来る作品に仕上がっているのが今作の魅力だ。岩下くんが好きなドキュメンタリーに岩井俊二監督の「六月の勝利の歌を忘れない/日本代表、真実の30日間ドキュメント」がある。「いつのまにか、ここにいる」を観てから「六月の勝利の歌を忘れない」を見てみるのも興味深いことだろうと付け加えておく。成人式後に近所の川の土手で空を見る斎藤飛鳥のショットに岩井映画を感じるのもありだろう。初日終映後にロビーで「こんなドキュメンタリーを国民1人1人に作ってほしいなあ!」と言っている人がいて今作に関する最高の言葉の1つだと思ったので、そのことを書いて締めの言葉とする。
(2019.7.31)
企画:秋元康 監督:岩下力 出演:乃木坂46
製作:今野義雄,北川謙二,大田圭二,秋元伸介,安齋尚志 エグゼクティブプロデューサー:石原真,磯野久美子
プロデューサー:上野裕平,金森孝宏,菊地友,中根美里,佐渡岳利 ラインプロデューサー:渡辺洋朗
監督補:菅原達郎,河本永 制作担当:宮田陽平 撮影:小暮哲也,岩下力 編集:岩下力
音楽:袴田晃子,熊谷隆宏,塩野恭介 制作:ノース・リバー 制作協力:パレード・トウキョウ
製作:乃木坂46合同会社,東宝,Y&N Brothers,NHKエンタープライズ 配給:東宝映像事業部
© 2019「DOCUMENTARY of 乃木坂46」製作委員会
公式サイト 公式twitter
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