話題作チェック
(2007 / 日本 / 澤井信一郎)
時機を得てこそ大作に

松本 不二人

 2006年はモンゴル建国800周年であった。これに合わせて建国の祖、チンギス・ハーンが世界規模で注目されているようだ。本作 「蒼き狼 地果て海尽きるまで」が発表される一方で、セルゲイ・ボドロフもまた浅野忠信を主演に迎え、 チンギスを主人公とした新作を近日発表するという。この一大モンゴルブームの一翼を担うがごとく、 本作は公開に先駆けて前々より大きくキャンペーンを張っていた。そのための国内の認知度は高いものとなったことだろう。 当初製作者側では相応の興行成績を予想し、国外上映も視野に入れていたようだ。

 本作は、チンギス・ハーンのモンゴル建国に至るまでの半生を描いたものである。裏切り者を許さない苛烈な一面を持つ一方で、 同胞を非常に大切にする義の篤さ、また飽くなき版図拡大への野望を抱き続けたチンギス・ハーンを反町隆史が演じる。 自身の出自に苦悩する一人の人間というより、本作ではモンゴル建国を成し遂げた英雄として描かれているのが特徴的である。

 内容に関しては、確かにこれは角川氏の言っていた「エンタテインメント」なんだな…と呟いてしまう。
 広大なモンゴルの草原で有名俳優が大軍勢を率いる光景は、それだけで壮観である。また簡潔なストーリーは、 じっくり腰をすえて観るのが苦手な人々もとっつきやすい。主人公チンギス・ハーンを中心とした人間の絆、 いわゆる"血"と"義"がテーマとして挙がり、観客に共感を呼びやすい。幅広い客層の観賞に堪えるだけの「分かりやすさ」がある。

 本作のこの「分かりやすさ」は観客に少なからず受け入れられることだろう。例えて言えば、本作は壮大な歴史を紐解いた紙芝居である。 それは歴史としての正確さを求めるものとは異なる。いかに作者のテーマを維持、 展開しつつ娯楽作品として成立させるかが焦点となってくるのだ。そこには国境、人種の差を越える普遍的な感覚、あるいは感情が語られている。 "血"と"義"、すなわち自身のルーツや存在価値、そして他者との絆や家族間の問い直しは、 戦後の仁侠映画から現在の作品群に至るまで日本でも何度となく描かれ、支持されてきた。

 また"血"と"義"のテーマは、昨今の若年層に特に受け入れられ易いかもしれない。最近国内で「ぷちナショナリズム」 が若い世代に広がっていると、ある精神科医は指摘した。この屈託なく平然と国家至上主義を謳う傾向は、 W杯サッカーの応援や日本語ブームが指摘の対象となる。本作も単なる異国の史劇ではなく、いわば「日本人が異国の地で国家統一を行う」 光景とも見え、現在国内で広がる「ぷちナショナリスト」にとっては口当たりの良い作品になるように感じる。

 しかし、キャスト全ての棒読みのごとき台詞回し、「間」すら無視したカットの連続…はっきり言ってげんなりさせられる。「ゲド戦記」 以来の衝撃だった。面白くないのだ。私自身上映10分にして思わず席を立ちたい衝動に駆られた。更には公開から一月余りたった今、 もはや目標収入どころか製作費を超えるのさえ困難だとも言われている。
 角川氏の掲げるナショナリスティックなテーマは確かに遠大で野心的ではあるが、それ以前に映画としての面白みがなければ通用しない。 己が才能に巨額を投じればヒット間違いなしとする男が今回、大博打の読みを誤った。 角川氏にはますます山師の二つ名が良く似合ってくるのだろう。

(2007.4.11)

蒼き狼 地果て海尽きるまで 2007年 日本
監督:澤井信一郎
脚本:中島丈博,丸山昇一
撮影:前田米造
美術監督:中澤克己
出演:反町隆史,菊川怜,若村麻由美,袴田吉彦,松山ケンイチ,Ara,
   野村祐人,平山祐介,池松壮亮,保坂尚希,榎木孝明,津川雅彦,松方弘樹 他
公式サイト

2007/04/13/13:03 | トラックバック (0)
松本不二人 ,話題作チェック
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