シネブック・ナウ
(柳下毅一郎 / エスクァイアマガジンジャパン)
開かれた映画批評のために

佐野 亨

シネマ・ハント 筆者の家の近所にあるA書店には、いまどきの郊外型書店としては珍しく、映画本のコーナーが設けられている。映画批評は死んだ、という声を筆者の周囲でもよく耳にするが、ここの棚を眺めるかぎり、映画本は依然かなりの量が出版されているのだ。
  個人サイトやブログで誰もがプチ映画批評家と化しているご時世であるが、全体を見渡したとき、果たして、映画批評は、前進しているのか後退しているのか。
  この連載を続けていくなかで、筆者はそれを明らかにしたいと考えている。

 そして、初回に取り上げるこの本、柳下毅一郎の『シネマ・ハント ハリウッドがつまらなくなった101の理由シネマ・ハント』(エスクァイアマガジンジャパン)は、まさに恰好のテキストといえるだろう。
  初出は、『エスクァイア日本版』に長期連載されている映画批評。本書には、1996年から2006年までの掲載分が収録されている。デイヴィッド・リンチや黒沢清なども取り上げられているが、おもに論じられるのは、『ツイスター』『タイタニック』『スパイダーマン2』などシネコンで普通に公開されたハリウッド映画だ。

 柳下氏といえば、ファビュラス・バーカー・ボーイズ名義でコンビ活動を行なってきた町山智浩とともに、かつて『別冊宝島』『映画宝島』の編集者兼ライターとして、『映画の見方が変わる本』『異人たちのハリウッド』『地獄のハリウッド』などマニアックな映画本を手がけ、その後の『映画秘宝』の基盤を作った人物である。
  『映画秘宝』が、現在20から30代くらいの映画ファン(プロアマ問わず)に与えた影響は計り知れないが、最大の功績は、ゲテモノ・ホラーやC級プログラム・ピクチュアなど知る人ぞ知るようなクズ映画にツッコミを入れながら鑑賞する、という態度を確立したことだろう。
  こうした態度は、やはり『別冊宝島』出自の物書きである大月隆寛が、ことあるごとに嫌悪感を吐露している鬼畜系、裏モノ系の面白がり方と同種のものに見えるかもしれない。
  だが、他の「映画秘宝」系ライターはともかく、柳下氏は、自らの映画批評が鬼畜系、裏モノ系に連なるものではないことをはっきりと表明している。それは奇しくも、長く“裏モノ”を表看板に商売をしてきた文筆家の唐沢俊一が、柳下氏の最初の映画批評集『愛は死より冷たい』(洋泉社)を“鬼畜映画エッセイ”呼ばわりしたことへの反論としてであった。
  このような言説が往々にしてまといがちな閉鎖性は、一見相反する系統のように思えるカイエ・デュ・シネマ系シネフィルなどにも等しく認められるものだ。もちろん、鬼畜系にせよカイエ系にせよ、その場所でこそ実現しえた良質な仕事の数々は、相応に評価されるべきだけれど。

 本書や、「Weeklyぴあ/首都圏版」の連載をまとめた『シー・ユー・ネクスト・サタデイ』(ぴあ)を読めば、柳下氏がそうしたタコツボ的な映画ジャーナリズムに背を向け、いかに開かれた批評を模索してきたかがわかるはずだ。
  たとえば、本書のもとになった連載の意図について、柳下氏は巻末に収められた樋口泰人との対談で次のように語っている。

<雑誌で評論家が一本作品を選ぶとなると、単館ロードショーのイラン映画やフランス映画ばっかり採り上げて(笑)ブロックバスターなメジャー映画はまったく採り上げない。それはどうなのよ、と昔から思っていたんです>

<で、CG大作がダメだっていうなら、じゃあインディーズの低予算映画がいいのかって話になる。(略)やっぱり、一番おもしろいのってその中間領域の部分じゃないですか>

考えようによっては、当たり前にも思えるこのような認識が、しかし当たり前のものとして通用しなくなっている現在の映画状況こそが、何よりつまらないのではないか。
  柳下氏の姿勢に間接的に呼応していると思われるのが、同じく『映画秘宝』の常連ライターである中原昌也の発言だ。

<ちょっと人と違う映画観てるだけでオタク呼ばわりされたりするわけ。本当に困ったモンですよ。全然違うだろうって。ふざけんな。そんなこと言う奴は死んじまえって感じですよ。ホント。映画ってそんな小さいもんじゃないんです>(『エンタクシー』vol.20「中原昌也の映画墓掘人」より)

映画批評家が、マクロな視点でリアルタイムに映画を観続けていくことの困難を、柳下毅一郎の批評は物語っている。

(2008.2.12)

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2008/02/14/07:07 | トラックバック (0)
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