率直に言ってずいぶん物足りない映画だったし、ミャンマー政府軍に虐げられるカレン族にすっかり肩入れし、「ミャンマー政府軍最低だな! 殺せ! ぶっ殺せ!」と思ってしまう自分の単細胞ぶりにもうんざりだが、映画を見ている間の高揚感は得がたいものだった。無駄を省いたスピーディな展開が気持ち良かったし、人体が破壊されつくす残虐な戦闘場面にも昂りを覚えた。「天分」を巡る物語という構造も良かった。ランボーと行動を共にする傭兵たちがミャンマー軍の囚われの身になり、虐殺されようとした瞬間、すーっとフレームインするスタローンの姿には、問答無用で胸が熱くなった。そして何より、いろいろな思い出が胸に押し寄せてきて、ひどくノスタルジックな気持ちになっちまった。だってランボーだもん。『ロッキー』よりランボーなのよ、俺は。宮崎の田舎育ちだから。ランボーが「1」や「2」で棲息する密林っぽい場所が身の回りにあったし、「3」の山岳地帯を模すことのできる工事中の山にも事欠かなかった。それに何と言っても、怨嗟に満ちたランボーの暗い表情のほうが、ロッキーのポジティブな生きざまよりずっと感情移入しやすかった。
『ランボー 怒りのアフガン』(88)を見て大変に興奮した中学生の筆者は、一時期「ひとりぼっちのランボーごっこ」にはまっていた。学校から帰るなり、犬を連れて近所の裏山に行き、上半身シャツ一枚になり、バンダナを巻いて、打ち捨てられた長い棒状の工具をM60重機関銃に見たて、架空のソ連軍向けてバリバリバリと乱射していた。あの映画のラスボスは戦闘ヘリだった。ヘリは孤軍奮闘の俺ことランボーをあざ笑うように空からミサイルを発射し、機銃掃射をぶちかます。俺ことランボーは地面を転げ廻り、岩陰に隠れ、崖から穴ぼこへダイブし、泥まみれになりながら虚空へ向かって必死に撃ちまくった。そして最後は、工事現場に放置されたショベルカーに乗り込み、戦闘ヘリとのチキンレースだ!
……盛りあがったなぁ、あれは。俺は空想の世界に遊ぶことこそこの世でもっとも幸せな時間だと考えていた。山を訪れる者はおらず、俺は無心になってランボーごっこに興じることができた。ところがある夕方、その現場を見られてしまったのだ、同じ中学の男子生徒に。そいつとはクラスも違うし、口もきいたことはない。名前だって知らなかった。でもお互いに顔は知っていた。俺と同様、山に犬の散歩にきていたらしい。もう長い間、必死の一人芝居に興じる俺を見つめていたらしかった。目と目があった時はさすがの俺も凍りついた。そいつはなぜかバツが悪そうな顔をして慌てて歩み去った。(大変なことになった……)。頭を抱え込んだ。中学生にもなって、「ダダダダダダ」「ボカーン! ドカーン!」と叫びながら一人で地面を転げまわる俺の姿……。学校中にこのことをばらされたら、もう生きていけない……と思いつめるほどの羞恥心を持っていなかった俺は、やつが去った後、即座にソ連軍の待つアフガンの砂漠へと戻っていった。
そいつとはそれからも何度か山中で出くわした。初めはやつの存在を感知すると仕方なく遊びをやめていたが、やがてどうでもよくなった。そいつが戦闘区域に足を踏み入れるほどこちらに近づくことはなかったし、ただ見られるだけなら無害じゃん、と割り切った。俺がランボーになりきっているのを見守る間、そいつがどんな表情をしていたのかはわからない。そいつは一定の距離を保ちながら、じっと俺のことを見つめていた。戦闘ヘリを撃破する頃になると、その姿は消えていた。彼の観劇は毎日のように続いた。そのことを誰かに話したのかもしれないが、学校で俺の異常行動が問題となることはなかった。
やがてスタローンは、渋いけれど面白味には欠ける『ロックアップ』(89)に出演し、『デッドフォール』(89)で迷走を始め、『ロッキー5』(90)で、過去の遺産で飯を食う、どうでもいい感じの元スターに成り下がった。アーノルド・シュワルツェネッガーの時代だった。高校生になった俺は、さすがに山で一人遊びに興じることはしなくなったものの、毎朝の新聞配達の合間に、折り畳んだ新聞を手にのっしのっしと歩き、真向かいで迎え撃つエド・オロスを何百回もぶち殺した――『レッドブル』(88)のクライマックスシーンである。高校背の俺にとって、寝静まった町はバスの残骸が横たわるシカゴ郊外の引き込み線だった。『怒りのアフガン』? 戦闘ヘリと戦車のチキンレースなんて子どもじみている。やっぱバスと貨物列車のチキンレースだよな!!! 新聞を配りながら俺はそうひとりごちた。
ギャラリーのいない世界での一人芝居は楽しかった。誰気兼ねなく「タカ!」「ユージ!」なんて言いながら、銀星会の放った刺客と撃ち合った。『あぶない刑事』はお気に入りのドラマだった。宮崎というのは国内でもっとも降雨量が多い県の一つで、ひんぱんに台風が訪れた。だから暴風雨の中、雨合羽を着こんでのベトナム戦争ごっこは実にスリリングだった。その頃、テレビだかビデオだかでふと『ランボー』を見返した。記念すべき第一作だ。俺が映画日記なんかをつけ始めていた頃である。いや、びっくりするほどの傑作だった。追い詰められたランボーの孤独と怒りが市街戦の形で炸裂し、号泣必須のエンディングに突入する。映画には「時代背景」というものがあることを学んだ。勢いに乗って「2」「3」と見返したが、「1」に比べるとだいぶ見劣りがした。大がかりではあるが、ずいぶん能天気なアクション映画だと感じた。そして中学時代、山中で旧ソ連軍と一人で戦っていた自分を思い出し、ようやく「恥ずかしい」という感覚がせり上がってきた。必定、俺の戦闘を見つめていた彼のことが記憶によみがえった。あいつの名前は知らなかったし、どこの高校に進んだのかもわからない。追憶が誘う赤面がおさまった頃、あいつはどんな気持ちで俺のことを静かに見守っていたのだろうと急に気になった。バカにしていたのだろうか。笑っていたのだろうか。気持ち悪いやつだと思っていたのだろうか。
……違う。遠目でもあいつのたたずまいから侮蔑が感じられたことは一度もなかった。むしろ、俺が感じていたのは羨望だ。そう、あいつは、中学生になっても小学生のマインドで自由にひとり遊びにふける俺のことがうらやましかったに違いない。あわよくば俺と仲良くなり、一緒になってランボーごっこをしたかったに違いない。(バカヤロウ……早く言えって!)。その時になってようやく、俺は親友になれたかもしれない相手を永遠に失ってしまったことに気づいたのだった。還暦を過ぎたスタローンは、老いた体を晒すどころか、前作よりはるかに不自然なマッチョ体型でスクリーンに現われた。還暦を過ぎても小学生マインドを持つスタローンとは実に呆れた男だ。そしてこの呆れた映画を、俺のただ一人のギャラリーだったあいつもまた、どこかの映画館で見ているのかもしれないな、なんてヤワな空想に浸ったのだった。
(2008.5.29)
ランボー 最後の戦場 2008年 アメリカ
監督・脚本:シルベスター・スタローン 撮影:グレン・マクファーソン 美術:フランコ=ジャコモ・カルボーネ
出演:シルベスター・スタローン,ジュリー・ベンツ,ポール・シュルツ,マシュー・マースデン,
グレアム・マクタビッシュ,ケン・ハワード,レイ・ガイエゴス ティム・カン,ジェイク・ラ・ボッツ
(c) 2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH & CO. KG IV
2008年5月24日より日比谷スカラ座ほか
全国東宝洋画系にてロードショー
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ランボー 最後の戦場 観てきました E よしなしごと
代休を足らねばならず時間ができたので今日はランボー 最後の戦場を観ることができました。
Tracked on 2008/05/31(土)19:12:07