編集やパンフレットの製作に携わっている手前、こそばゆい感じもするが、筆者があれこれ言辞を弄したところで、『花と兵隊』が素晴らしいドキュメンタリー映画であることには変わりない。僭越ながら、ここに紹介させていただく。
太平洋戦争下で地獄と化したビルマ。過酷な労働条件のもと、多くの犠牲者を出した泰緬鉄道の建設。補給を度外視した無謀な計画で悪名高いインパール作戦――これらの戦場を生き抜きながら、終戦後も日本へ還らず、いまもタイ・ビルマ国境付近に暮らす元日本兵たちがいる。
かつて、今村昌平は、このような元日本兵たちを「未帰還兵」と呼んだ。1970年代、今村は、おもに東京12チャンネルの「金曜スペシャル」枠において、いくつかのTVドキュメンタリーを製作、発表。そのうちの3本の作品(「未帰還兵を追って」「無法松故郷へ帰る」「続未帰還兵を追って」)で、今村は未帰還兵たちを捜索し、祖国日本に対する彼らの複雑な心情を聞き出している。
『花と兵隊』の監督・松林要樹は、今村が創立した日本映画学校の卒業生で、在学中にビデオライブラリーで今村作品と遭遇。もともと戦争や労働問題に関心が深く、アジア諸国を貧乏旅行するのが好きだった松林のなかで、自分と同じ20代の頃(本作の撮影当時、松林は20代後半だった)、異国の戦場を体験した未帰還兵たちの姿が、ある種の親密さをともなって浮かび上がってきたことは想像に難くない。その実感を松林は温存しつづけ、2005年から本格的な取材を開始。ほぼ3年がかりで『花と兵隊』を完成させた。
二番煎じ、という批判は、企画を練っていた段階からあったという。そういう声は、松林の近くにいる筆者の耳にも時折、聞こえてくる。
しかし、ここで語られる未帰還兵たちの言葉、積み重ねられる日常をつぶさに追っていけば、そうした批判がことごとく的外れであることがわかるはずだ。
たとえば、本作で最も異色かつ強烈な存在感を放つ藤田松吉の、ぎこちない言葉の数々。かつて今村の作品で、天皇を悪しざまに言う同胞を牽制し、天皇の子であるがゆえの愛憎を口にした藤田が、あれから三十年経ったいま、祖国日本に対して、天皇に対して、意外なほど率直な言葉を口にする(それは、軽々しく「転向」などと呼べるほど単純なものではない)。
また、坂井勇や中野弥一郎のように、元日本兵というアイデンティティを保ちながら、あるいはいくらか捨て去りながら、彼らは、その土地で生きつづける喜びを、幸福と呼びうる日常を、いかに手に入れていったのか。
当然ながら、それは30年前の今村昌平には捉えられなかった言葉であり、映像である。
しかも、その30年は、未帰還兵たちにとってのみ意味のある数字ではない。今年まさに30歳になったばかりの松林にとっても、戦争を語る言葉を、静かに、実直に受け止めさせることを可能にした30年だったのだ。
戦争は憎むべきもの。だが、戦場における友情は美しいもの。そんなステレオタイプな幻想も、本作で語られる言葉は、突き崩す。戦争をシミュレートすることでしか、そのイメージを具現化できない現代の私たちにとって、その言葉は一種の福音のようにも聞こえる。
映画『花と兵隊』は、撮る側と撮られる側、双方の30年におよぶ隔絶を、ある瞬間、飛び越える。それは、他者を敬い、他者を凝視することにつながる。
最近のドキュメンタリーの多くに、筆者が感じる不満の要因は、じつはここにある。一見、他者を見据える視線を装いながら、キャメラは、じつは、撮る側だけを向いているのだ。もちろん、撮る側を(つまり自己を)意識することは、すぐれたドキュメンタリストの必須条件である。しかし、それは、あくまでもキャメラを介在した他者との関係性のうえに築かれるものでなければならない。
あらためて言うまでもなく、今村昌平は、まさしくそうした他者と自己とのインターコースのなかに、人間を描き出そうとした。そして、今村が創立した日本映画学校では、一年次の締めくくりとして、「人間研究」という課題をおこなう。他者の存在を通じて、それに向き合おうとする自分自身の存在を問うこと。その精神を、松林は、みごとに受け継いでいるのだ。
松林は、だからこそ、他者を選別する。自分が尊敬する、信頼に足る、と感じた人間に対しては、平身低頭、心を砕く。そうでない人間、興味のない人間に対しては、きわめて冷淡である。筆者がここでちょっとでもいいかげんなことを書けば、彼のその選別の視線は、容赦なく筆者を排斥するだろう。
かつて今村昌平が捉えた(今村作品には登場しない人もいる)未帰還兵たちのその後の30年と、松林要樹という映像作家の30年とが、一本の映画のなかで交錯する。ラストにあらわれる今村昌平への献辞に、筆者は胸が熱くなった。
(2009.7.23)
花と兵隊 2009年 日本
監督・撮影・編集:松林要樹 編集:辻井 潔 音楽:津嘉田 泰三
タイトルデザイン・宣伝美術:成瀬 慧 プロデューサー:安岡卓治 配給:安岡フィルムズ
(c)2009 Yojyu Matsubayashi
8月8日、シアター・イメージフォーラムにてロードショーほか全国順次
主なキャスト / スタッフ
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