話題作チェック
(2009 / 日本 / 伊藤善亮・林昌幸)
たたかい続ける人の心を誰もがわかってるなら

若木 康輔

『昭和八十四年』1製作・上映もろもろを含めた映画のデジタル化。この約10年のうちに、すっかり既成のこととなりましたね。僕たちはその推移にリアルタイムで接してきた分、いつのまにか馴染んでいて、それがどういう意味を持っているか、ちょっと把握が遅れているところがあります。
フィルムからデジタルへの移行は、サイレントからトーキー、モノクロからカラーに代わったのと同じぐらいの、巨大な質的変換です。そこを読み間違えていたら、映画の産業としての未来はかなり危なかった。デジタル技術を取り込むことによって、ようやく21世紀も生き残れるメディアになれそうなメドが、初めてついた。実は、冷や汗ものの事態だったのです。
まあ、こういうことは、一介のライターが思いつき任せに言っても仕方ない。間もなく評論家や専門家の方々が、きちんとデータに基づいた形で総括してくれると思います。その時やっと、この約10年が、映画史に残る大きな転換点だったことが明確になるでしょう。

こうした映画のデジタル化の、特に機材費や興行などのコストダウンの面にいち早く対応してトランスフォームを遂げたのが小規模制作のドキュメンタリーであることは、みなさん御承知の通り。地味でも実のあるビデオ・ドキュメンタリーが、ミニシアターで公開されることはもはや当たり前になりました。
『昭和八十四年 1億3千万分の1の覚え書き』も、そのうちの1本です。現在86歳になる飯田進という男性が、太平洋戦争のBC級戦犯として裁かれ、戦後はサリドマイド薬害裁判の原告団リーダーとして闘った半生を裂帛の気合で語りまくる。ロング・インタビューで大部分が構成された、もろに重厚な社会派の証言ドキュメンタリー。
一昔前までなら、〈文化映画〉の枠内でなければ成立が難しかった種類の映画です。16ミリで撮影され、キネマ旬報文化映画ベストテンに入選して初めて一般に存在が知られ、公民館やホールの上映会が近隣で行なわれた時にやっと見られるという。それが今では、ロードショーの新作であることに不自然さは無いのですから、世の中変わったと改めて思います。

そうした見せる側の変容と、見る側・受け取る側の意識の変化はうまくシンクロしている気がします。内実のある人の話をたっぷりと聞くのは、実はとても面白いのだという発見。勉強の姿勢で聞く堅苦しさから離れるのではなく、逆にがっちりと聞いて知り、学ぶことが新鮮な娯しさにつながる。そういうニーズが世の中全体においても定着してきている感触があります。『昭和八十四年』年は、まさにそこに適った映画です。社会的意義のある内容であることはもちろんですが、語る本人の気迫あふれる姿が相当な見どころで、その力強さによって劇場公開のチャンスを引き寄せてさえいるような。
面白いなんて言葉を飯田進さん本人が聞いたら、「失敬なことを言うなッ」と怒るかもしれないなあ。ドキドキしてしまいますが、だけど本人の話しッ振り自体が自由自在な語彙と描写力たっぷり、人の気を逸らさない色気たっぷりなんだから、しようがない!

『昭和八十四年』2僕が『昭和八十四年』を見て、序盤にまずオッとさせられたのは、飯田さんが、
「戦争の大義を心から信じる興亜少年だった。降伏を知ってホッとしたという気にはなれなかった。敗戦によって一時期、精神的痴呆状態に陥った」
と言いにくい過去を、率直に語るところです。
また飯田さんは、戦時中の外地での〈戦争犯罪〉を問われ、BC級戦犯として数年間入獄したことが自分の戦後の原点だと認めていますが、
「東京裁判の歴史的是非については言いたい事は山ほどあるが、私自身の良心に照らしてみれば、自分は無実であったと主張することは到底できない」
とも、やはりハッキリと語っています。なおかつ、自分の話を効果的に伝える間みたいなものを心得ているのがおそろしい。
明晰な話術の背後には、今も福祉団体の理事長をつとめ、執筆やテレビの取材、講演などで多忙というバリバリの現役環境があるのですが、やはりそれだけではない。芯にあるのは、時代や他人のせいにしない人格的な強さ。だから飯田さんの話はめっぽう興味深く、人を引き付ける磁力に満ちている。

かつて大日本帝国によるアジア解放、大東亜共栄圏の理想を信じていた青年が、死線を越え、スガモプリズンから帰還して事業を起こし、障害を持って生まれた息子のため国と闘うことになる。逆境をそのつど不屈に撥ね退け、確固たる社会的地位を築いてきたが、成長した息子との断絶が待っていた。その悔恨の念を胸に、再びアジアの地を訪ねる……。
本作を見れば多くの人が、飯田さんの人生はなんと劇的か、と感慨を抱くでしょう。僕もそうでした。しかし、冷静に考えれば、実は逆なのですね。《オレの身に起きたことはオレの問題》と腹を括れる胆力と倫理を持った男が、逆境に噛みついてみせる闘争心を持って生きていれば、それはもう自然とドラマティックになるのです。劇的なるものを、自分のほうから呼び寄せているといってもいい。大変なことがいろいろあったんだ……と思いながら飯田さんの話を聞くよりも、いろいろあった大変なことを、人生を燃やすガソリンにしていく生きざまのモデルケースとして本作を見てほしいと思います。

『昭和八十四年』3さて、ここまでは僕、ライオンのように雄々しい飯田さんのことを大絶賛。
しかし、個人的には、仲間としてならばおそろしく頼りになる存在だけど、自分がもし部下や家族ならたまらん人だったろうなあ、というのが実感です。外に向けた実行力や組織力、また政治力に長け、求心力を発揮できる人物は、その分、身内に対して無慈悲になるところがあります。良くも悪くも昭和のリーダー・タイプ。随所に往年のワンマン振りが見え隠れする飯田さんに、ああオレ、こうして映画で間接的に見ているから、安心して飯田さんの話は魅力的と言えてるわけだよなあ、と感じたのは確かです。

だから本作のスタッフが、取材と構成の工夫によって、飯田さんの弱さまで抽出していることに、僕はとても感心しています。近所に住み、職業は医師という娘さんが、あけっぴろげなユーモアを交えて、家では相当やっかいな家長だった父への愛憎を語るインタビューは、飯田さん自身が重厚に語ってみせる〈私の履歴書〉とは好一対。ものすごく作品の幅を広げています。
それにかなり前半に置かれた、持病のための通院の場面。なにげない取材の一コマのようですが、年下の主治医に「前も言ったでしょう? ちゃんと指示を守ってください」などと叱られ、モグモグと口ごもっていた姿のペーソスが、飯田さんが相当の人物だと分かるにつれてジンワリ沁みてくる仕掛けです。成長し、疎遠になってしまった息子さんとのことは、本作の白眉と言えるシークエンスなので、実際に見て頂くとして。強く生き、息子にも強くあれと望んだ昭和の父親の哀しさ、僕はかなり打たれました。

構成・演出/伊藤善亮、制作・取材/林昌幸というクレジットになっていますが、試写の席で初めてお二人にお会いして話を伺いましたら、飯田さん宅にカメラマンと出向いて話を聞いたのが主に林氏、映像素材を編集したのは主に伊藤氏、とダブル・ディレクターに近い方式で作業を進めたのだそうです。いや、撮影の若尾泰之氏は企画者でもあるそうだから、3人のチームでといったほうが正確かな。いずれにしろ、個人の映像作家がハンディカムで取材し、自分で編集するのとは別のやり方を模索した上での選択だそうです。
うっかりとどっちがいいとは言えませんが、『昭和八十四年』の場合は、ディレクター・チーム制(これは同じドキュメンタリーでも番組作りに近い)が功を奏しているようです。1人で飯田さんと付き合っていたら、途中で客観視できなくなってしまい、編集/構成に相当詰まることになったのでは? 飯田さんの魅力には、そういう予想をさせるだけの、人を取り込むデモーニッシュな面も窺えるのです。
その迫力に感動し、敬服しながら取材しつつ、時には話の質量があまりに濃すぎて正直お腹いっぱい。続きは、こちらが予習復習してからにしてくれませんか……と辟易しかけた局面もあったろうことが、画面からビミョーに感じられる。これ、本作が持っている独特のチャーミングさです。伊藤氏と林氏には、もっと取材するみなさんの顔が見える構成にしてもよかったのでは? と感想を述べたのですが、後で考えれば、ユニークな形でエッセンスは表現され得ていたのでした。

『昭和八十四年』4逆に言うと、社会派で立派な証言ドキュメンタリー作品が往々にして持つ窮屈さって、こういう作り手の正直さが現れないからなのかもしれません。聞き手/カメラがなんでもすかさず理解し、どんな重い言葉にも、ハイよく分かります……とかなんとか一緒に沈痛な顔をしてみせる、優等生過ぎる態度でいると、きっとなにかが相殺されてしまうのだ。
前述した、内実のある人の話をたっぷり聞くのは面白いという話に戻りますが、途中で話に付いていけなくなったり、迫力に呑まれて往生したりしても、全くオッケーなわけです。
なにしろアナタ、一度は〈戦争犯罪〉で死刑を求刑され、スガモプリズンで暮らした傷の痛みを半世紀以上経っても忘れず、86歳になっても筋トレを続け、孫ほど年の離れた女性をディナーに誘う男のたぎらせる熱情がどんなものかなんて、すぐに理解できたり論じたりできるものですか。まずはそれだけの人に会って聞いて、浴びること。浴びてびっくりすること。お互い、そこからスタートしませんか。本作はそのお手本です。

今回は「名作のナニナニを想起させる」式の、固有名詞を引き合いに出すことを抑制する文を書き通してみましたが、本作についてはそれで良かったと思います。
なので最後の余談は、固有名詞ばなしを。見終わって部屋に戻り、なぜか、急にバカでかい音で聴きたくなったのはカルロス・サンタナの代表曲「ソウル・サクリファイス」でした。おなじみ『ウッドストック』のサントラではなく、77年の2枚組アルバム『ムーン・フラワー(夜顔)』のライブ・ヴァージョンね。ワタシは魂の燃焼と浄化を音楽に求める! と熱く広言していた時期のサンタナのギターが、10分以上にわたって咆哮し続けるやつ。『昭和八十四年』を見て聴きたくなったのがこれかよ……と自分でもおかしかったのですが、なんか、つながってるんですよね!

(2009.8.3)

昭和八十四年 2009年 日本
構成・演出:伊藤 善亮 / 企画・撮影:若尾 泰之 / 制作・取材:林 昌幸
音楽:乗松 安土,鈴木 智昭,四谷 聡 / MA:協映スタジオ
公式

8月22日(土)より、渋谷UPLINK/
8月29日(土)より、横浜ジャック&ベティ他にて公開!!

魂鎮への道―BC級戦犯が問い続ける戦争 (岩波現代文庫) (文庫) 魂鎮への道―BC級戦犯が問い続ける戦争
2009/08/09/21:52 | トラックバック (1)
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