映画祭情報&レポート
ドイツ映画祭2009(10/15~18)
高い精神性の実現 

夏目 深雪

HANAMI年度のドイツ映画祭で上映された『HANAMI』(ドリス・デリエ監督)は衝撃的であった。小津の『東京物語』をベースにしたようなプロットで、親と子の断絶、異国への憧れなどを過不足なく描きながら、最後に老父が富士山の前で踊るシーンの、生者/死者、男性/女性の二項対立を、軽々とというよりは、まさにその袖の一振り一振りで、「塗り替えていく」ような踊り。自分は自分でしかなく、死者は蘇らないので、老父は妻のしたかった格好(白塗りの顔、女物の着物)をして、妻の行きたがっていた場所で、踊るしかない。その他にも、事故によって片足を失ったマークが、義足で自転車に乗れるようになるだけの過程がやけに感動的な『PHANTOM PAIN』(英題、日本未公開、Matthias Emcke監督)や、ガンで余命いくばくかの若い女、ローラの尊厳死を扱っていながら、その妹はローラが病床で泣いている夜に、再会した同級生の男と情事に耽ったり、久しぶりに逢った四姉妹が笑いさざめき合っているシーンばかりが印象的な『LIKE IT OR NOT』(英題、日本未公開、Ben Verbong監督)など、昨今のドイツ映画では、「目に見える次元」ではなく、「見えない次元」で何かが起こっているような映画が多いという印象があった。

大体、白塗りで女物の着物を着た老父が富士山のふもとで踊ったからといって、世界の何かが変わるわけではもちろん決してないのである。何か変わるどころか、老父は実子たちの嘲笑と嫌悪の対象となる。マークだって、自転車には乗れるようになったけれど失った足が戻ってくるわけではない。ローラだって、自ら死期を選べ愛する人たちに囲まれて逝けたという意味では幸せだが、若くして死んだことには変わらない。この三作品は、狂人扱いされた老父と、若くして障害を負ってしまった男と、若くして死に至った病人と、非常に嫌な言葉だが、いわば「負け組」の人々の話である。しかし単純な「勝ち/負け」のニ項対立を、無効にするような仕掛けがどの映画にもしてあるような気がして、私はこれらの映画を忘れられなかった。今年の映画祭は、その仕掛けが何であるかの、検証になるであろう予感がしていた。それは、今までずっと良質な映画を上映し続けてくれた、この映画祭への期待の現われでもあった。

『赤い点』

赤い点/Der rote Punkt
写真提供 ARRI Media Worldsales
10/15(木)、まずは日本人で初めてミュンヒェン大学に入学を許可された日本人女性、宮本麻里枝監督の処女作から。幼い頃両親を事故で亡くした亜紀は、大学卒業を控えていたが就職活動に身が入らず、育ての両親の反対を押し切って、18年前の両親の事故現場を訪ねるためにドイツに向かう。時々フラッシュバックされる、事故前の光景とおぼしき車からの風景が、懐かしく、湿った暖かさで観客を誘い、亜紀がその光景に、つまり死者に囚われていることがよく分かる。亜紀は偶然から泊めてもらったドイツ人家族と交流を深めるが、その父親ヨハネスが、亜紀の両親の交通事故の相手であることが分かる。しかし、ヨハネスの罪を追及する方向にも、その長年の苦悩に肉迫する方向にも、映画は進まない。亜紀は黙って亡き両親のためにおにぎりをむすび、三人分の皿を野原に置き、「存在するはずであった」ピクニックを催す。そこで映画は『HANAMI』の老父のダンスシーンのような趣を帯びてくる。死者との交歓—そこにあるべきはずだったもの、反故になってしまったものへの亜紀の苛烈な願いが、両親の姿をそこに現前させる。おにぎりを頬張る亜紀と両親の亡霊は、女装して踊る老父ほど異様ではない分弱いとも言えるが、心に残るシーンである。『HANAMI』の老父がダンスを踊った後、燃え尽きたように自らの生涯も閉じたのとは結果は反対ではあるが、亜紀にとっても、それはその苛烈な願いの終わりでもあった。亜紀は、緩やかにではあるが自身を束縛し、誘ってきた過去と決別することができる。

左:猪俣ユキ 右: 宮本麻里枝監督
左:猪俣ユキ 右: 宮本麻里枝監督
Q&Aには宮本監督と、主演女優の猪俣ユキさんが参加した。宮本監督はドイツで通訳のバイトをしている時に、亜紀の家族のモデルとなった家族に逢い、着想を得たそう。監督は高校生に教えていたこともあり、ドイツにおける戦争責任などを考えるうちに、過去や過去の罪が人の人生にどのように影響してくるかということに興味を持つようになったとのこと。題名の「赤い点」というのは亜紀が持った地図の事故現場を現す点でもあるが、同時にフラッシュバックされる過去の中での赤い太陽でもあり、亜紀が唇にさす母の形見の口紅でもあるということ。

『SOUL KITCHEN』

SOUL KITCHEN
写真提供 The Match Factory
次は、ファティ・アキン監督の新作で、本年度ベネチア映画祭コンペティション部門で初上映され、審査員特別賞を受賞した『SOUL KITCHEN』。私がアキン監督の作品を初めて観たのは『愛より強く』で、そのパワフルさに圧倒されたのだが、次作で日本でも劇場公開された『そして、私たちは愛に帰る』は佳作ながらそのパワフルさが今一つ感じられなかった。コメディ映画であると同時に彼らの故郷であるハンブルグを描こうとした「郷土映画」であるという本作はどうであろうと思って鑑賞したのだが、結果は予想以上のものであった。アキン監督常連のアダム・ボウスドウコスが主人公ジノスを演じるほか、日本でもお馴染みのモーリッツ・ブライプトロイが出所したばかりの弟を、『愛より強く』のビロル・ユーレルが腕はあるが変わり者のシェフを演じ、女優陣も負けずに個性的なパワーを発散し、その個性のぶつかり合い、アンサンブルによってむしろダイナミズムを増した感がある。

ハンブルグで冴えないレストランを経営するジノスは、恋人ナディーンの上海出張を控え、仕事に身が入らなかった。ナディーンとの別れが近づくにつれ、弟の出所や、自身も腰を痛めたりとトラブルに見舞われ、「自分の城」の維持さえ難しくなってく。客に媚びることを拒否し、自分のやり方を決して曲げないシェフ、シェインや店の土地を狙う不動産業者ノイマンの謀略などにより、次々と降りかかるトラブルによるドタバタ劇は、コメディと呼ぶには重量感がありすぎる。これは、自分のやり方(店)と、愛と、両方を維持できるかどうかの闘いである。ジノスはまるでエレベーターが上下するように勝ったり負けたりし、その勝ちっぷりではなくむしろ負けっぷりの豪快さは、アキン監督が持つ最大の美点であるダイナミズムと猥雑さを図らずも現している。そして、ジノスの闘いの結果は6勝4敗といったところであろうか。失ったものもあるが、代わりに得たものもある。去ってしまった人もいるが、新たに留まってくれる人もある。単純なハッピーエンドでもアンハッピーエンドでもない、まるで単純な二元論を突き破るかのように複雑なまま迎えるパワフルなラストは、その6勝4敗度がたまらなくカッコ良く、ほろ苦く、そして何よりも豊かな映画だ。

左:アダム・ボウスドウコス 中央:フェリーヌ・ロッガン
左:アダム・ボウスドウコス 中央:フェリーヌ・ロッガン
Q&Aでは、アキン監督映画の親友で常連、アダム・ボウスドウコスとナディーンを演じたフェリーヌ・ロッガンらが参加した。12歳の時からアキン監督と一緒にいるというボウスドウコス氏によると、アキン監督は根っからの映画好きで「何よりも人間に興味がある人」、そして「映画のためなら全てを出し尽くす人」だそう。トルコ系移民二世であるアキン監督の映画はよく移民が作った作品として語られることが多いが、そういったレッテル貼りをしないでほしい。この映画は何よりも、故郷ハンブルグの魂(ソウル)を伝える映画、故郷映画として作ったとのこと。

『冬の贈りもの』

10/16(金)、カロリーネ・リンク監督の新作。この作品も、『赤い点』と同じように死者に捉われている若い女性リリーが主人公である。ダンスと歌を勉強中のリリーとその母親は、若くして自ら命を絶った美貌の弟アレクサンダーのことを引きずっている。母親は、姉弟の肖像画を描いてもらうため、画家のマックスを訪ねる。最初は抵抗していたリリーであったが、自らも愛する人を失ったマックスと交流することが、徐々に彼女の心を癒していく。常にリリーや母の傍に死者=弟がいる気配を感じさせる演出が素晴らしい。単純すぎる連想だとは思うが、つい夥しい死者の気配とともに歩んできた戦後ドイツの歴史に思いを馳せてしまった。ラスト、リリーは死者=弟と、『赤い点』の亜紀のように決別するのではなく、むしろ「和解」したかのようであった。そこが非常にリアリスティックであり、かつ質の高さを感じさせた。

『ヒルデ—ある女優の光と影』

ヒルデ—ある女優の光と影/Hilde
写真提供 Beta Film
次はカイ・ヴェッセル監督の『ヒルデ—ある女優の光と影』。ナチ時代末期の映画界にデビューし、戦後もスキャンダルにまみれた女優、ヒルデガルド・クネフの生涯を描いた映画ということで、重厚な作品を想像していた。しかし、男装して戦地に赴くシーンなど凄まじいシーンが続くものの、それらも単に凄まじいだけでなく、常にヒルデの魂そのものが醸しだすエネルギッシュさによって画面に惹きつけられる。圧巻だったのは、『罪ある女』を演じた時、ヌードシーンと「売春」というテーマのせいで世間に非難された時の記者会見での一言。「ホロコーストを黙って観ていたドイツ人が、ヌードごときでガタガタ言うなんて」。ヒルデはお金や名声を求めているのではない。常に「自分らしく、正直に自分を表現すること」を求めている。だからセルズニックに招かれてハリウッドに赴いた時も、「飼い殺し」の状態には耐えられず自ら契約解除を申し出た。仕事だけではなく愛する男性に対しても「自分らしく、正直に自分を表現すること」を貫くヒルデには、下積み時代を一緒に乗り越えた米軍士官の夫との別れもあった。

一体何故、「自分らしく、正直に自分を表現すること」、それで幸せになること、ただそれだけがこんなに難しいのだろうか? ヒルデの女優としての毀誉褒貶と、ナチ党院、米軍士官、既婚の俳優といった男性遍歴を見ていくと、そんな感想が漏れてしまう。しかしだからこそ、終盤ヒルデが愛する人の前で、自分の言葉で、自分の魂を歌うシーンはあんなにも観客の心をうつのであろう。そのシーンで観客は、いろんな場所にぶつかって、時には押し込められたヒルデの魂そのものが伸びやかに広がっていくのを実感することとなる。女優ものとはいえ、豪華な衣装や、煌びやかな映画界の描写は意外と少ないのだが、極彩色ともいえるヒルデの魂の、シーンごとに変わる色彩で、映画の印象はなんともゴージャスなものとなっている。何も最初から高尚なテーマを掲げなくても、優れたエンタテインメントというものは、一人の人間をきちんと描くことで、戦争の愚かさも愛や友情の素晴らしさも、そしてそれ以上のことも観客に伝えることができるのである。

左:アドバイザー&司会 瀬川裕司氏 右:カイ・ヴェッセル監督
左:アドバイザー&司会 瀬川裕司氏 右:カイ・ヴェッセル監督
Q&Aはカイ・ヴェッセル監督が参加。日本では馴染みが薄いヒルデガルド・クリフについて解説をしてくれた。1925年生まれであるヒルデはドイツ本国でも若い人にはあまり知られていないが、映画のラストで歌われた歌は非常に有名で、結婚式で必ず歌われるそう。マレーネ・ディートリッヒ(1920年生まれ)より若干若いヒルデは彼女とも親しく、面倒を見てもらうような関係だったそう。戦後のドイツ人にとっては自分たちの過去をどう捉えるかが問題になったわけだが、マレーネ・ディートリッヒは早い時期にドイツを離れてしまったことが批判の対象となり、ヒルデも若い頃にハリウッドに行ったこと、あと理想的な女性像とマッチしなかったことから受け入れられなかった面がある。映画ではいわゆる名作や代表作はないが、女優としてだけでなく歌手としても大きな才能を発揮した。映画の中での歌は演じたハイケ・マカチュが実際に歌っているのだが、それは映画の中でのリアリティを重視した結果だということ。

4本いずれも素晴らしい作品であった。親しい人の死去をきっかけに「生/死」の境を行き来し、そしてそれを違うやり方ではあるが乗り越える2作品(『赤い点』と『冬の贈りもの』)と、あくまで自分のやり方にこだわることで、泥にも塗れ敗北もするが、最終的には自分なりの小さな勝利を掴む2作品(『SOUL KITCHEN』と『ヒルデ—ある女優の光と影』)。特に後者において、未曾有の不況と言われ誰しもが物質面は敗北感に苛まされるような昨今、「勝ち/負け」の単純な二元論を無効にするような高い精神性を映画において実現できたのは非常に意義のあることであろう。そして、芯には高い精神性があるものの、映画としては十二分にエンタテインメントであり、『SOUL KITCHEN』のパワフルさ、『ヒルデ—ある女優の光と影』のゴージャスさは今までの繊細なドイツ映画に対する印象を覆し、今後の期待を育むものでもあった。2作品のヒーロー・ヒロインの清廉潔白ではないもののひたむきで、情に厚く、金銭や名誉よりも自分らしく生きることを優先する人間像は、金融危機により行き詰まりを感じさせる社会の、新たな希望の現われかもなのかもしれない。

(2009.10.26)

ドイツ映画祭2009 (10/15~18) 公式
『赤い点』( 2008年/監督:宮本麻里枝 )
『SOUL KITCHEN』( 2009年/監督:ファティ・アキン )
『冬の贈りもの』( 2008年/監督:カロリーネ・リンク )
『ヒルデ—ある女優の光と影』( 2008年/監督:カイ・ヴェッセル )

そして、私たちは愛に帰る [DVD] そして、私たちは愛に帰る [DVD]
  • 監督:ファティ・アキン
  • 出演:バーキ・ダヴラク, ハンナ・シグラ, ヌルセル・キョセ,
    トゥンジェル・クルティズ, ヌルギュル・イェシルチャイ
  • ポニーキャニオン
  • 発売日: 2009-09-16
  • おすすめ度:おすすめ度4.0
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2009/10/28/05:33 | トラックバック (0)
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