アバター
構想14年、製作4年――。映画技術の英知を結集して製作された本作は、本年の東京国際映画祭<2009年10月17日~25日>で、完全招待制となる『アバター・スペシャル・プレゼンテーション』と銘打たれた27分間のフッテージ映像としていち早く御披露目され、一般のオーディエンスにとっては長らくベールに包まれていた期待の3D-SF超大作だったが、過日、ついに全世界公開となった。アカデミー賞11部門の栄冠に輝き、映画史上歴代トップの18億ドルという世界興行収益を記録した『タイタニック』(97)から12年、今年ハリウッドの殿堂(ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム)入りを果たした当代きってのヒットメーカー、ジェームズ・キャメロンの手による最新作である。
「僕はもう3D以外の映画を作ることに興味はない」とは、当のキャメロンの言葉である。『タイタニック』以後の12年、彼は彼のイマジネーションを支えるSFXや視覚効果のテクノロジーの開発に紆余曲折を経ながらも、妥協することなく取り組んできた。
そして2009年、ついにキャメロンは、自らのイマジネーションを可能とするデジタル立体映像技術の熟成を手にして、異次元の創造を実現するジャンルを超えた映画を作ることに成功した。
映像作家ジェームズ・キャメロンの真髄は、映像のソフト、ハードの両面から人間の知覚体験を創造する<カレイドスコープ>開発へのチャレンジ精神である。2005年3月、ラスベガスで開催された映画興行関係者向けの展示会Show Westにおいて、彼は、彼と同じく映画の未来を杞憂するジョージ・ルーカスやロバート・ゼメキスらとともに、「映画館が‘わざわざ出かけていく価値のある環境’である必要」を説いて、立体上映設備の導入を強く呼びかけ、業界内に大きな波紋を投げかけた。
映画の歴史とは、同時にメディアの技術的変遷の歴史でもある。1894年、アメリカでエジソンが開発したキネトスコープによる動画の誕生。動画はフランスのリュミエール兄弟によって改良され、シネマトグラフとして映画となり、1927年、サイレント映画は『ジャズ・シンガー』によってトーキー映画と進化し、1935年、テクニカラーによる『虚栄の市』が映画に色彩をもたらした。ついに近日某所、そこに坐しているすべての人々が同じメガネをかけて同じ時間を共有する映画体験が生まれる。そして、そこで展開されるドラマに一喜一憂を得る術として、この「メガネとスクリーン」は必要不可欠な技術であることを広く大衆に膾炙せしめた。ここに、かつて波紋を呼んだキャメロンの念願は時代の要請として実を結んだのである。
キャメロンを介して映画が進化した事実は上述の通りであるが、しかしながらその進化に没入感を高めたのは、キャメロンが幻視するイマジネーション豊かなスペキュレイティヴ・オペラであったことも見逃せない。映画を技術的に、産業的に、芸術的に取り込んだこの超大作は、映画の成長過程のマイルストーンとして尊大な存在感を示している。
いまでこそ破格のフィルム・メーカーとして、その巨星ぶりを誇示してやまないジェームズ・キャメロンであるが、彼の出自はあの「低予算映画の王者」という異名を持つロジャー・コーマンのニューワールド・ピクチャーズである。1950年代から70年代にかけて、予算、技術、人的資源の限られたリソースの中で、極力大衆の嗜好に迎合しようとするシネマツルギーが肝であったコーマンのB級映画プロダクションで、若き日のキャメロンはキャリアをスタートさせた。
1981年、アメリカとイタリアの合作映画となる『殺人魚フライングキラー』で初めてメガホンを取る。アマゾン川などに生息するピラニアを空飛ぶ殺人怪魚として焼きなおしたホラー映画であったが、ストーリーは、スティーヴン・スピルバーグが75年に大ヒットさせた『ジョーズ』の二番煎じともいえる風合いのもので、それに追い打ちをかけて低予算、準備不足とくる。後のインタビューでキャメロンは、このデビュー作を「葬り去りたい過去」として語るほど、惨憺たる代物であった。しかし、失意の底にありながら、彼は自らの才能を信じ、低予算SFアクション『ターミネーター』(84)を撮り上げ、これが世界中でヒットとなる。この一作で世界中の映画ファンにその名を知られることとなり、2年後、『エイリアン2』(86)では全世界興行収入1億8000万ドルを叩き出す。
デビュー3作目にして希代のヒットメーカーの称号を手にしたキャメロンは、その後、彼が高校時代以来構想を練っていたとされる海洋SFファンタジー『アビス』(89)の制作にとりかかる。海底における異生物と人類の遭遇を描くイマジネーション豊かな物語に、キャメロンが苦心するのは‘生命をもった海水のモーション’をどう描くかであった。ここでキャメロンは自らの創造性に基づく未知世界を最新のCG技術で表現することを採用する。苦心の末の甲斐あってか、『アビス』ではアカデミー視覚効果賞を受賞した。
次いでこのCG技術の完成度に感心したキャメロンは、91年、『ターミネーター2』で、CGとデジタル合成、モーションコントロール撮影による映像技術への深化を決定づける。『ターミネーター2』は、全世界で大ヒットを記録し、興行収入も5億6000万ドルを超えた。もれなくアカデミー視覚効果賞も受賞し、キャメロンは自らのシネマツルギーにデジタル映像技術が必須であることのさらなる確信を強めるのである。
1993年、キャメロンは、ジョージ・ルーカスのCGプロダクションで副社長を務めていたスコット・ロスらと共に、自身のVFXプロダクション「デジタル・ドメイン」を設立した。翌年、キャメロンはこのデジタル・ドメインで、製作費120億円という触れ込みで話題をさらったスパイアクション映画『トゥルー・ライズ』(94)の特撮を制作する。しかし、この作品では『アビス』から参加しているVFXスーパーバイザー、ジョン・ブルーノが貢献した派手な空中アクションに、その技術的効果を介して一興を添えたものの、当のキャメロンにとってその仕上がりは満足のいくものではなかったようだ。そこでキャメロンは、自らが生み出す幻想的なジオグラフィック映画を画策し、『アバター』の脚本執筆に取りかかる。しかし、彼のイメージする壮大な映画構想は、この95年の時点でテクノロジーが追いつかず、棚上げとなってしまう。1997年、ならば今持てる技術で最高峰の映画を作ってやろうと、キャメロンはデジタル・ドメインの技術を総結集した超大作『タイタニック』を手がけることとなる。モーション・キャプチャーによるデジタル・アクターの増殖、たゆたう海面の描写にはCG技術がフル活用されている。まさにこの映画のために用意されたといわんばかりの怒涛の映像技術は、デジタル・ドメイン八面六臂の活躍ぶりであった。
このように、VFXの進化とその技術の可能性が、自らのイマジネーションを表現する最適なツールであるとして試行錯誤してきた歴史こそ、映画作家ジェームズ・キャメロンのシネマツルギーである。しかし、ここで見落としてならないのは、このジェームズ・キャメロンという作家が、単にVFXに頼った技術集約的な画面処理表現だけで終始する作家ではなく、オーディエンスを映画的記憶に誘うポエジーを生み出す、類まれな創造主であるということだ。野心の念から生まれた『アバター』構想の筆を折ってから十余年――。時代がキャメロンに追いついたその全貌の真価は、決して技術のみに託されているわけではない。
22世紀の地球。元海兵隊員のジェイク・サリー(サム・ワーシントン)は、地球上での戦闘で負傷し、下半身不随の身として今は車椅子で失意の生活を送っている。彼には亡くなった双子の兄トミーがいた。科学者だったトミーは生前に、地球の燃料危機の解決に繋がるとされた資源開発の宇宙プロジェクトに従事していたが、計画実行直前に事件に巻き込まれ命を落としていた。
資源開発機構RDA(Resources Development Administration)は、はじめ、21世紀のシリコン・バレーに生まれた小さなガレージ企業であったが、いまでは地球からおよそ5光年離れたアルファ・ケンタウリ系の巨大ガス惑星ポリフェマスの衛星のひとつ、パンドラで発見した超伝導性物質「アンオブタニウム」の発見により、地球経済を牛耳る巨大企業として君臨していた。いまや地球経済を左右する重要な資源「アンオブタニウム」の唯一の産地であるパンドラは、環境は地球によく似ているが、窒素と酸素を含む大気の空気密度は地球より20%高く、二酸化炭素がひじょうに多く含まれているため、その大気をじかに吸い込んだ人間はたちまち意識を失い死亡してしまう。RDAは、このパンドラにしかない天然生成物質の採掘を円滑に行うために‘アバター・プロジェクト’を進めていた。
‘アバター’(分身)とは、このパンドラに住む地球人によく似た‘ナヴィ’というヒューマノイドと地球人のDNAを遺伝子操作によって合成して作り上げた肉体である。このアバターは、特殊な装置に乗り込んだ人間の意識をその肉体に転送し、その肉体とリンクされた人間が遠隔操作することによって、パンドラで生命体となり活動が可能となる。ジェイクは、このプロジェクトに従事していた双子の兄トミーと同じDNAを所有するという理由から、代役としてこの任務を負うこととなったのだ――。
ここまでが、この映画の序章であり、この仮想世界を定義する概念素である。<SF>を、従来の原始的な呼び慣わしに沿って<サイエンス・フィクション>とするとき、その醍醐味は科学的な整合性に依拠したイマジネーションの強度によって生まれるものだ。本作はジェームズ・キャメロンが書き下ろした完全なオリジナル作品である。徹底したリアリズムを追求し、すべてのデザインを完成させるのに2年が費やされている。完全主義者といわれるキャメロンは、宇宙植物学、地質学、人類学、古生物学、生態学などの科学的リサーチデータを援用し、その緻密な空想の構築力によって、この壮大なフィクションに一分の隙もないリアリティを与えている。生態系そのものを創造するというマクロ的幻視、その巨大なチャレンジ精神はやはり、キャメロンの本領として特筆すべきだろう。
リンクが成功し、身体の自由を取り戻したジェイクは、パンドラの森を探索中に猛獣に襲われ、危機一髪のところをネイティリ(ゾーイ・サルダナ)というナヴィの娘に救われる。しかし、ネイティリはアバターであるジェイクを訝りパンドラから出ていくように告げるのだった。
この幻想的で美しい星にナヴィは有機的でバランスの保たれた高度な文化生活を営んでいる。ナヴィの生態系はすべての動植物が魂の絆によって結ばれる豊かなネットワークである。ナヴィはそれを「エイワ」と呼び、部族の繁栄と維持に欠かせない叡智として畏敬の念を抱いている。予言をもたらすとされる‘聖なる木の精’がジェイクの身を包んだとき、ネイティリはジェイクが‘選ばれた存在’だとして、パンドラに召喚されたことを悟った。また、地球よりの使者であったジェイクも、ネイティリの教えを通してパンドラの大自然への結びつきを称え、やがて二人は、種族を超えた愛の交歓を得ることとなった――。
ここで描かれるジェイクがネイティリと出会うパンドラの森の光景が実に美しい。俯瞰から捉えられるランドスケープの画面余すところなく、蛍光色の発光が異次元世界の神秘的情緒を高め、高貴な佇まいがゆるぎなく支配している。このキャメロンの視覚的壮麗さは、前作『タイタニック』においても、海底に眠る記憶を呼び覚ます大スケールのヴィジュアルとして実現したが、彼のフィルモグラフィを遡って、この「パンドラ」の風土と結びつくのはやはり、深海での未知との遭遇を‘水’と‘光’のマリアージュによって描く『アビス』の神秘世界である。
キャメロン作品を語る上で重要なキーワードは「水」である。もともとカレッジでは海洋生物学を専攻していただけあって、「水」への嗜好、造詣は深い。『アビス』では、その「水」そのものの深度へと没入する人間の未知との遭遇を描く物語ではあったが、あくまでも人間の軋轢のドラマが中心となっている。確かにこの時点では、「水」が用意された深海という舞台設定は、彼が思い描くフィクションにおける背景としての嗜好以上のものではなかったかもしれない。しかし、この『アビス』において描かれた暗黒の深海で優美に揺らめく光彩のイメージは、その視覚効果以上に、心理的に印象を深くする霊感があった。それは彼が提示する逞しい映像技術によるだけのものではなく、どこか怜悧な空間に漂う体温のような温もりに安堵する、人間の深層心理に根ざした集合意識とでもいうような感覚である。
本作『アバター』は、「水」の作家であるキャメロンには珍しく、印象的な「水」のモチーフは見当たらない。しかし、本作で描かれる「パンドラ」には、前述の『アビス』で描かれた海底世界と通じるたおやかで温かな触覚と結びつく神秘的なファンタジーに溢れている。それは本作で描かれるキャメロンのSFが、これまで物質を描くことで求めた喚起力を超越して、精神的な覚醒と結びついた変容であることを物語っている。
緻密な描写力によって描かれた「パンドラ」のランドスケープに立ち上る風情は、例えば、母親の胎内にある嬰児の感覚とでも呼ぶべき、羊水に浸っているかのような包容力のある神秘世界である。もしかすると、この「羊水感覚」こそが、「水」の作家、ジェームズ・キャメロンの進化なのかもしれない。また、この「包まれる」という感覚は、キャメロンが本作を最高の環境で視聴してほしいと、スクリーンフレームの端が視野に入らないほどの大スクリーンで上映されることを強く望んでいることにも表れている。画面の比率を1.78:1や2.35:1などに変えたいくつものバージョンを用意しているとのことであり、本作の魅力が、この神秘の星「パンドラ」に没入することで得られる臨場感であることを自認する彼は、単に映画(パンドラ)を見せるというだけではなく、映画(パンドラ)を体験させることで、自らの表現を完成させようとするこだわりを見せている。
SF映画やCG映画など、そのデジタル技術でもって描かれる数多の未知世界は、どこか無機的でメタリックな印象が強く、情緒的なものとは結びつきがたいものであるが、それに反して、これだけ親近感を抱かせる未知なるイメージを創造できるのは、やはりこのキャメロンのイマジネーションの豊かさが偉大であることを証明している。
ジェイクを「アンオブタニウム」略奪の使徒としてパンドラに送り込んだ資源開発機構RDAは、遅々として任務を遂行できずにいる彼に業を煮やし、ついにRDA保安部門の指揮官クオリッチ大佐(スティーブン・ラング)が武力行使に出ることとなった。
ジェイクは愛するネイティリ、その家族であるナヴィたち、そしてこの美しい大自然パンドラを守るために地球人と戦うことを決意する。だが、それは同時にジェイクがもう二度とアバターとしてネイティリに会うことができないという究極の選択を意味していた。ひとつの文明を救うため、振り返ることのできない試練にジェイクは立ち向かっていく……。
以上がキャメロンの幻視した神話空間である。2009年サンディエゴで開かれたコミック・コンベンションにて、キャメロンは、本作『アバター』のテーマを「アクションとアドベンチャーのファンの一人として、自分がわくわくするような内容を少しと、同時に、良心を持ったもの――映画を楽しみながらも、自然界とのかかわり、人間同士の関わり方について、人々を多少なりと考えさせるようなものを製作したい。」と語った。
本作を見ると明らかなようにキャメロンの考える自然界とは、人間の憧れる理想郷であり、人間の高尚な部分を体現する人類の未来像であった。一方、人類には、善良な部分も持ち合わせながら、生態系を破壊し、荒廃した未来へと突き進むおろかな存在としての性格を与えている。乱開発、環境破壊、大気汚染――欲に目がくらんだ人間たちへの警鐘として、また、生物多様性への危機提言としてのメッセージが込められた本作は、人類の来るべき未来へのシミュレーション映画として硬派な一面も見せている。
映画の未来は決して楽観はできない。しかし、ジェームズ・キャメロンが本作で提示したエモーショナルなストーリーテリングは、映画という娯楽メディアがエンターテイメントの雄であることを高らかに宣言した一大事件であったと言いたい。希代のヒットメーカーであり寡作の作家、ジェームズ・キャメロンが次に手がける大作にはますます興味が尽きない。現在『猿の惑星』や『ザ・マミー』など、壮大なスケールが期待される彼の次回作に様々な憶測が飛び交っているようだが、ややもすると『タイタニック』以降のように、また十余年の歳月を経なければ、彼の作品には出会えないかもしれない。かつては、その大作主義を掲げて不名誉な結果を招いた先輩達、エリッヒ・フォン・シュトロハイムやマイケル・チミノの系譜として語られる過去をもつキャメロンである。それは前人未到のイマジネーションを孕んだ作家にはつきものの宿命であり、確かに、彼の完全主義による巨大映画は、現在においても一発の失敗でハリウッドと即決別する可能性は否定できないだろう。しかし、キャメロンが他の追随を許さないスペキュレイティヴ・オペラをものとするのは、自己内省に根ざした創造性への挑戦が、彼の克己心として厳格な映画づくりを辞さないその超人ぶりにある。比類なき大衆性と作家性を共存させるジェームス・キャメロンの真髄に託して、彼の次回作は何年待ってでも熱望したい。
本作『アバター』において、映画を新たなるステージへと押し上げたキャメロンの功績は大きい。また、この『アバター』以降、キャメロンが自身に課すハードルの彼方へと目指すものを期待できることは、映画の未来への希望である。次回作にはさらなる大言壮語を期待したい。
(2010.1.3)
アバター 2009 アメリカ
監督・製作・脚本:ジェームズ・キャメロン 製作:ジョン・ランドー
撮影監督:マウロ・フィオレ 音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:シガーニー・ウィーバー,サム・ワーシントン,ゾーイ・サルダナ,スティーヴン・ラング,ミシェル・ロドリゲス,ジョヴァンニ・リビシ
20世紀フォックス映画 配給 (C)2009 Twentieth Century Fox. All rights reserved.
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