話題作チェック
(2005 / アメリカ / テリー・ギリアム)
夢の外は悪夢の森?

朱雀  しじま

 19世紀初頭、ドイツの言語学者であり文学者でもあったグリム兄弟は、 出版依頼を受けて各地の民間伝承を収集。これを童話集として編纂したものが、有名な「グリム童話」である。日本人にも馴染みの深い物語だ。 さらに「ほんとうは怖いグリム童話」のような本で、童話の持つ残酷な一面を知った人も少なからずいるだろう。
 彼らの話を鬼才テリー・ギリアムが映画化すると聞いて、期待と不安が半々だったが…思ったとおり、伝記モノにはならなかった。 「グリム兄弟」という設定(兄弟の上下は反対らしい)だけが事実で、あとはひたすら彼のイマジネーションに彩られている。 フランス占領下のドイツで、民間伝承を集めながら魔物退治と偽った詐欺行為を働くグリム兄弟が、本当の魔女に出会ってさあ大変という話だ。 そこに童話のエッセンスを散りばめて彼なりに料理している。
 現実主義で金儲けに目がない兄ウィルにはマット・デイモン、子供の頃に犯した失敗がトラウマになっているロマンチストの弟にはヒース・ レジャー、鏡の中だけで美しさを保つ女王にはモニカ・ベルッチ(ナイス・キャスティング!)、 彼らを魔女退治に向かわせるフランスの将軍にはギリアムお気に入りのジョナサン・プライス、不気味な部下にピーター・ ストーメアといった絶妙な配役。宣伝映像を観て「ハリー・ポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」 系ファンタジーを期待した人は当てが外れたかもしれない。 本来ギリアムの映画は現実と幻想の境目がどんどん曖昧になって混乱させられるパターンが多い。だが、 今回は商業的成功を意識してシンプルなストーリーに徹したため、かなり一般向けに仕上がっていると言える。

 ギリアムにとっては、念願の作品「The Man Who Killed Don Quixote」 が頓挫した経緯をそのままドキュメンタリー映画にした「ロスト・イン・ラ・マンチャ」(01)以来、久々の公開作となる。ドン・ キホーテ役ロシュフォールの腰痛に始まった不運と、ヴァネッサ・パラディとの契約やロケハンの不備などにおける、 杜撰で行き当たりばったりな映画製作の裏側を垣間見ることができ、なかなか興味深いものがあった。だが、 ギリアムにとっては映画を撮れなかった辛い日々の記録でもある。
 もともと彼は問題児で、「未来世紀ブラジル」(85)では配給元の再編集に抗議して新聞広告で喧嘩を売ったし、「バロン」(89) は見事に大コケして予算オーバーした製作費4700万ドルの半分も回収できずじまい。今年亡くなったハンター・S・トンプソン原作の 「ラスベガスをやっつけろ」(98)では、アレックス・コックスの脚本が気に入らず破棄。これでアメリカ脚本家協会を怒らせ、 さらに協会会員証を焼く映像を世間に晒した結果、ボツ企画だけを重ねて7年もの間映画を撮れなくなっていた。
 このまま「過去の人」になっても不思議ではなかった。しかし捨てる神あれば拾う神あり。彼最大のヒット作「12モンキーズ」(95) のプロデューサーが、8000万ドルという(ギリアム的には)破格の製作費でオファー! 過去に一発当てた曲で地方を巡業するキャリアだけは長い歌手が、突然「ある程度」のヒットを約束されたようなもの。
 もちろん現実はそんなに甘くなくて、まずはMGMが撮影直前に撤退しミラマックスが製作を引き継いだ。するとかの有名な 「金は出すけど口も出す」総帥ハーヴェイ・ワインシュタインにチェックされまくることになるのは当然。もちろん黙っているギリアムではない。 抗議の撮影中断6ヶ月!その間に企画が流れなかったことにも驚くが、 この作品に復活を賭けたギリアムの妥協によって撮影は再開されたものと思われる。
 ギリアムは実際かなり譲歩している。兄弟のひとりはヒースに決まったが、もうひとりはお気に入り俳優ジョニー・ デップを起用する予定だった。だが「スリーピー・ホロウ」(99)と同じロケ地と知って断られたらしく(ジョニーよ、 かの地でいったい何があった?)、スタジオ側の推すマット・デイモンに変更。ワインシュタインがジョニーを拒否したとも言われている。 アメリカで、マットは人気俳優でありギャラも評価も高い。精子バンクでもこのタイプが一番人気というからアメリカ女性の審美感は謎 (ジェニファー・ラブ・ヒューイットも大ファンなんだとか…)だが、少なくとも国内では興収に影響しない程度の俳優チェンジだ (日本では人気に差があることをワインシュタインは知らないのだろう)。次に、ギリアムはマットの鼻を潰して歯を汚すメイクを考えたが、 「彼のファンが来ない」と言われて断念(日本ではそんなことないよと教えてあげたい。 ジョニーとマットでは知名度にもまだ開きがあるようだし)。
 猟師の娘を演じるはずだったサマンサ・モートンは「地味」の一言で退けられた。「鏡の女王」モニカ様が超セクシーなので、 ギリアムはあえて対照的なサマンサを選んだが、濃い目の顔立ちが凛々しくなかなかセクシーなレナ・ヘイディに変更。 ウサギの皮をバリバリと剥ぐシーンは野性的であった。他にもギリアムが選んだカメラマンがクビにされ、編集についてもモメたらしい。結局、 公開までに2年ほどかかっている。
 ただ、本人たちのリクエストでマットとヒースの役柄を入れ替えたのは成功だった。いつも中身のないヒーロー然としていたヒースと、 一部のアクションもの以外ではナイーヴな役回りが多かったマットが、それぞれイメージ通りの兄と弟を演じても意外性がないからだ。 ことあるごとに失敗を責めたてるイヤミな兄のマットも悪くないが、 オドオドした態度でコミカルな味を出しているヒースには今までにない新鮮味があった。
 このキャスティングは、女王と対決する時に兄弟の主導権が入れ替わることによって効果を増す。おとぎ話の世界では、 いつも現実逃避をしているジェイコブの方が勇気をふりしぼって女王に立ち向かおうとするのだ。彼は、幼い頃に「魔法の豆」 を信じて病気の妹を助けられなかった過去がある。それをふりきるためにも必要な行為だったのだろう。とは言え、「私は世界一美しい?」 と色香たっぷりに聞くモニカ様(説得力あり過ぎ)に逆らえる者はそうそういないので、兄の助けが必要だ。だが現実主義者のウィルは、 事件そのものを人間が仕組んでいると思いたくて仕方ない。動く森やカエルの道案内などありえないと決めつけている彼は、 なかなか目の前の現象に順応できないのだ。それでも麗しき兄弟愛で、おとぎ話ではなく弟を信じて、カエルを舐めながら助けに向かうのである。
 かくして将軍を倒し、女王の野望を打ち砕いて少女たちを救い、ついでに部下の男も改心するという、文句のないハッピーエンドが訪れる。 これぞおとぎ話だ。そしてギリアムお得意の「空想が現実に打ち勝つ」物語でもある。「未来世紀ブラジル」や「12モンキーズ」 のような悪夢系ではなく、「バロン」や「フィッシャーキング」のように。きっと今のギリアムの心境を表しているのだろう。

 作中には「赤ずきん」「ラプンツェル」「白雪姫」「ヘンゼルとグレーテル」の場面が盛り込まれているが、 もとより「赤ずきん」や「眠れる森の美女」はシャルル・ペローの童話でグリムではない。ミレーの絵画「オフィーリア」 の美しいイメージがそのまま取り込まれていることからも明らかなように、これはギリアムの頭の中にある「童話」のイメージを、 枠に囚われず映像化したものだ。女王や狼の変身シーン以外ではあまりCGに頼らず、凝った美術セットを使っているのもその表れだと思われる。 長く禁じられていた、「イマジネーションの数々をスクリーンに投影できる悦び」が伝わってくるようだ。
 無事に完成した作品は公開され、全米ではもうひとつの興収ながら外国の配給権とDVDの販売で制作費は回収できそうだ。 日本でも意外に出足が良いらしい。まずはギリアム表舞台への復帰は成功と言えるだろう。これがライフワークの「ドン・キホーテ」 に繋がれば良いのだが…個人的にはキホーテそのもののロシュフォールが元気なうちに、ぜひ実現して欲しいと思う。ギリアムの次回作は 「ブラザーズ・グリム」中断時に撮影した「Tideland」という低予算映画で、 厳しい環境に生きる9歳の少女が空想の力で勇気を持てるというストーリー。ギリアムもこれまで厳しい現実に直面しながら 「いつか理想の映画を撮る」と夢見ながら生きていたのかもしれない。もちろん今も夢見ている。イマジネーションが彼を支えているのだから。

(2005.11.19)

2005/11/20/17:12 | トラックバック (7)
朱雀しじま ,話題作チェック
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