今週の一本

サバイバル・オブ・ザ・デッド

( 2009 / アメリカ / ジョージ・A・ロメロ )
ゾンビ映画という名の祈り

鈴木 並木

『サバイバル・オブ・ザ・デッド』1まずは質問。あなたがいちばん最近見た映画を思い出してください。ふむふむ。ジャンルはなんでしたか? 恋愛? 青春? コメディ? ミステリー? SF? 社会派? 人間ドラマ? アニメ? なるほど。

ではそもそもそのジャンル、どうやって決められるものなのでしょうか。登場人物が恋愛のことぱかり考えていれば恋愛映画。主人公が悩める若者だったら青春映画。謎の解決に向かって進んでいくのがミステリー。などなど、あたかも商品が種類別に並ぶコンビニの棚のように、映画もたいてい、整然と区分けされています。ときどきは、ふたつの棚にまたがって陳列されている場合もありますね。ラブコメとか、社会派ミステリーとか。それでも区分けしきれなかったり、考えるのが面倒くさかったなら、“新感覚”とか、“ニューウェーブ”とか頭につけておけばOK。

ゾンビ映画の巨匠であるらしいジョージ・A・ロメロ監督の最新作『サバイバル・オブ・ザ・デッド』は、その仕分け方法に従えば、十中八九、ゾンビ映画として処理されることでしょう。それはおそらく、正しい。ゾンビがたくさん出てきますから。と同時に、全面的には正しくない。この映画は、ゾンビを鈍く光る鏡として、ほかではなかなか見かけないようなやり方で人間の姿を映しているから。

『サバイバル・オブ・ザ・デッド』は、『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(2007)の後日談のようにして始まります。『ダイアリー』では、主人公(映画撮影に出かけた大学生たち)の持つカメラの映像がそのままわたしたちの見る映像でもある、POVの手法が効果的に使われていました。その劇中で学生たちが出会う元州兵のサージ(アラン・ヴァン・スプラング)が、『サバイバル』の主人公。ストーリーはとくに大きくつながってはおりませんので、いきなり本作から見始めても大丈夫です。

(ロメロ監督はさらなる続編を構想しているそうですから、最終的にはこのふたつを含むいくつかの作品によって、巨大な総体が構成されるのかもしれません)

『サバイバル・オブ・ザ・デッド』2強盗とゾンビ退治を続けながら移動を繰り返すサージたちは、ある日、少年(デヴォン・ボスティック)を車に乗せます。彼が見せてくれた動画によると、デラウェアの沖には、死者がよみがえらない島があるのだとか。半信半疑のまま渡ってみると、島はまっぷたつの意見に割れていて、期待していたような楽園ではなかったのでした。

まずもってこの映画は、図式的に読み解きたくなる誘惑をたっぷりとたたえています。島を二分するふたりの長老は、シェイマス・マルドゥーン(リチャード・フィッツパトリック)とパトリック・オフリン(ケネス・ウェルシュ)。どちらも過剰なほどのアイリッシュ性を秘めた名前です。マルドゥーンのテンガロン・ハット姿からわかるように、ふたりの対立構造は、西部劇を意識したもの……などなど。

対立の争点は、もちろんゾンビの処遇をめぐってです。一方はゾンビは人間を襲うから皆殺しにすべし、と主張する。もう一方は、ゾンビはもともと自分たちの家族や隣人だから共生は可能、と飼いならすことを説く。

そもそも映画の冒頭には、「殺すのは別につらくない、それが友人でなければ」といった内容のセリフがありました。そこでいきなり観客は極限状態に引き込まれる仕組み。数分おきに決断を迫り続ける展開は、もはや人間ドラマの域を超えています。義理人情の入り込む余地のない化学実験か、あるいは山形県あたりでおこなわれている、人間を駒として使った将棋のほうに近いと思いました。

とはいえ、高みから見下ろすような不快感はありません。神が世界を創りたもうた際の心配りや苦悩に似たものを、ゾンビの造物主であるロメロは見せてくれているのです。たとえば、ゾンビを鎖につないで飼う描写があり、同時に、亡くなった家族の写真が家に飾られているショットがある。一般的な感覚では、前者は異常で、後者は普通、とみなされるはず。しかし、亡くなった者を思い切れずに一緒に住み続けようとする心性と、死んだばかりの家族の写真を撮って思い出のよすがにしようとする行動と、このふたつ、本質的な部分で何か異なっているのでしょうか。

『サバイバル・オブ・ザ・デッド』3もちろん、ゾンビは生きた人間に噛み付き、すると、噛み付かれた生者は、しばしのちにゾンビになります。このゾンビ性がある限り、いかに見かけが人間のようでも、共に暮らすことは難しい。そこでロメロ監督は、人間とゾンビが共生可能な世の中を実現するための、奇策を提示しています。いわゆるネタバレの範疇に属すると思われますのでここでは明言しませんが、さすがは数十年にわたってゾンビのことを考えてきたひとならではのアイディアだ、とうならされます。

また、ゾンビの殺され方の豊富なヴァリエーションには、ロメロ監督のゾンビ愛がよく出ていると感じました。モズのはやにえのようにいくつもの頭部が串刺しになって地面に植えられていたり、消火器のノズルをくわえさせられて頭部を破裂させられたり、頭部を燃やされたり(その炎でタバコに火をつけるのには笑いを誘われます)。人間に害悪をもたらすゾンビが、同時に必然的にかかえてしまう哀しみとおかしみが、ここにはあふれています。ふだんからゾンビの観察を怠らない者だけが到達できる境地なのでしょう。

そうそう、テーマにばかり注意を奪われて、繊細な映像美を見逃してはもったいない。薄曇りの空の下、島を去っていくボートの描写はテオ・アンゲロプロスのもっとも美しい場面と比べてもひけをとりませんし、適度な湿り気を帯びた雑木林や草の茂った水辺はアンドレイ・タルコフスキーを思わせます。

そして最後のカット。この世のものとも思えぬ大きさの巨大な月をバックに、かつての長老ふたりが向き合うシルエットの美しさ。これにはまいってしまいました。笑いと美という、およそ両立は難しそうな要素を、あまりにもあっけなく映像として定着させてしまう手際には脱帽します。

見ながら思い出していたのは、日本のロマン・ポルノのことでした。よく言われるように、女性の裸が一定頻度で登場しさえすればテーマ選択や映像表現の面では大幅な自由が許されていたのがロマン・ポルノでした。その自由度がいくつもの傑作を生んできたわけですが、ロメロにとってのゾンビも、同じようなものなのではないでしょうか。ゾンビが出てきさえすれば、あとは好きなことをやってよいという、プログラム・ピクチュアとしてのゾンビ映画。

『サバイバル・オブ・ザ・デッド』4前作『ダイアリー』は、それこそ映像系の学校の教材として使用したい、真摯な映像論でもありました。そして今回の『サバイバル』では、生と死、自己と他者、寛容と不寛容、といった、ほとんど哲学や神学が扱う領域へと大胆に踏み込んでいます。瞬間風速的には、イングマール・ベルイマンを越えているかもしれません。ロメロ監督の次なるステップがどちらへ向かうのか、予測はまったく不可能ですが、ゾンビのごとくゆっくり着実に歩を進めていくことだけは、間違いないところでしょう。

わたしはこの映画『サバイバル・オブ・ザ・デッド』が、就活に疲れた大学生や、幼稚園の保母さんや、リストラされそうなお父さんや、うまくいかない恋に悩むOLさんや、その他いろんなひとに届いてほしいと思います。本当なら、教材として全国の中学校や高校で上映されたり、あるいは小さなお子さんを連れて一家で出かけて行ったりしてほしいのでもあるけれど、R18+に指定されているから(また仕分けが出た!)、それはかなわない。残念です。ゾンビの問題はぜんぶ人間の問題だから、年齢は関係ないはずなんですけどねえ。

(2010.6.12)

サバイバル・オブ・ザ・デッド 2009 アメリカ
監督・脚本・製作:ジョージ・A・ロメロ プロデューサー:ポーラ・デボンシャー
製作:ピーター・グルンヴォルド,アート・シュピーゲル,アラ・カッツ,ダン・ファイヤーマン,
パトリス・カーソン,パトリス・セロウス,D.J.カーソン,マイケル・ドハーティ
撮影:アダム・スウィカ,CSC 美術:アーヴ・グレイウォル 編集:マイケル・ドハーティ 衣装:アレックス・カヴァノー
音楽:ロバート・カールリ 特殊メイク:フランソワ・ダジュネ 特殊メイクコンサルタント:グレッグ・ニコテロ
特殊効果スーパーバイザー:コリン・デイヴィス キャスティング:ジョーン・ブッチャン(CSA),ジェーソン・ナイト(CSA)
出演:アラン・ヴァン・スプラング,ケネス・ウェルシュ,キャスリーン・マンロー,デヴォン・ボスティック,
リチャード・フィッツパトリック,アシーナ・カーカニス,ステファノ・ディ・マテオ,ジョリス・ジャースキー,エリック・ウルフ
ウェイン・ロブソン,ジュリアン・リッチングス
2009年/アメリカ/カラー/90分/DOLBY DIGITAL/シネマスコープ/字幕翻訳:川又勝利
提供・配給・宣伝:プレシディオ/協力:ハピネット R-18
(C)2009 BLANK OF THE DEAD PRODUCTIONS INC.ALL RIGHTS RESERVED

6月12日(土)より、シネマサンシャイン池袋、
TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開!

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  • 監督:ジョージ・A・ロメロ
  • 出演:ミシェル・モーガン, ジョシュ・クローズ, ショーン・ロバーツ,
    エイミー・ラロンド, ジョー・ディニコル
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  • おすすめ度:おすすめ度3.0
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2010/06/13/22:33 | トラックバック (4)
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