今週の一本
(2005 / 米・加・仏 / ジョージ・A・ロメロ)
あいつはニュータイプだ。ニュータイプのゾンビだ

針部 ろっく

 映画が終わって外に出ると、辺りはゾンビだらけになっていたらいいのになぁ。人類なんて、 ゾンビに食い尽くされてとっとと滅びりゃいいのになぁ。ゾンビ、いいよね、ゾンビ。
 ゾンビ映画というのは、そんな誰もが持つ密やかな願望にこっそりギアを入れつつ鑑賞するのが一つの王道で、 こういう鑑賞方法は差し当たって男子の特権ということになろうか。
 だって、どうするよ、新宿トーアを出て歌舞伎町広場がゾンビだらけになってたら?
 もしくは劇場の暗がりで、客席の後ろの方から誰かが誰かを食ってるとおぼしきネチョネチョいう音が聞こえてきたら?そして、どうするよ、 いつのまにか自分の手にマシンガンが持たされていたら?腰に手榴弾がいくつかついたベルトが巻かれていたら?……あ、ゾンビと目が合った。 あぁ、あぁ、ゾンビたちがまったく話の通じそうにない目つきで四方八方から擦り寄ってくる……。来るぞ来るぞ、 あっちからもこっちからも来るぞ……。ひぃ。やべやべやべ、マジやばい。ヤダよ、俺、あんなのに食われたくないよ。食われたくなきゃ、撃て。 撃って撃って撃ちまくれ。
 バコバコ殺しまくれ。あれはもう人間じゃない、ゾンビだ。もう死んでるんだ。頭を撃て、頭を。そして、死体の山を築け。 ドラマとかそういうことじゃないんだよ。そんなのあとだよ、あと。

 ゾンビは基本的にバカだ。一人じゃドアも開けられないぐらいバカだ。そして、上記のような妄想を抱く男子もバカだ。 一日二回も三回も御自分でなさっちゃうぐらい勢いの止まらないバカだ。ゾンビ映画とは、 バカにはバカで思い切り対抗したいという男子の子供じみた欲望に、ストレートに向かってくるのである。いや、そうあってほしい。そして、 バカといっても、食うか食われるかなので、どちらも本気なのである。人間、ホントのホントはそういうときにしか本気になれないのである。 というか、その手の本気さに宿るエネルギーには、疑うところがない。だから、ゾンビ映画を見る男子は、かなり全力投球なのである。 全力投球とは、理由はともかくそれだけで素晴らしいのである。言ってることはよく分からんが。

 と、まぁ、そんな品もへったくれもありゃしないゾンビたちが、とにかく人間にがっつきまくってくれる映画を期待したのだが、 実は中身はちょっと違った(なんだそりゃ)。筆者も、なぁんだよ、と肩透かされた思いだったんだけどね。食うか食われるかだけじゃなく、 もうちょっと頭を使ってしまっているのだ。それがダメみたいに言うのもなんだけど。
 ここ一二年で、ゾンビは「ご飯めがけて全速力でつっ走る」という野蛮みなぎる能力を身につけたけども、まず、 ロメロはここでその脚力の進化を帳消しにした。筆者は「なぬ?」と思った。それでは「ドーンオブザデッド」にあったような、 見終わったあとの「へっとへとに疲れました」という感覚を客に与えることが難しくなると思ったからだ。それをこそ、体感したかったのに。
 だが、もちろん、代わりに与えられた能力がある。それは、ある意味ではゾンビらしからぬ能力だ。「ランド~」の中のゾンビたちは、 ゾンビ同士でコミュニケーションを取ったり、道具の使い方を覚えたり出来るようになるのである。更には、 ゾンビ仲間が人間に殺される光景にもやもやした悲しみや怒りの感情を覚え、しまいには「こいつら、コミュニティでも形成するんだろうな」 とまで思わせるのだ。
 このゾンビたちは、「とにかく人の肉が食べられれば他にこれと言った文句はありません」という従来のゾンビではない。このゾンビたちは、 学び始めているのである。もちろん、その学習の様は、人間に似ている。極めて原始的な人間を思わせる姿なのである。ロメロは、ただのバカや、 足が速くてやたらタチの悪いバカではなく、銃の使い方を覚えたところでやっぱりバカ、という新しいゾンビ像を作り出したのだ。

 やっぱりバカ、というのは、ゾンビである以上は仕方のないことなんだけど、それでも、「殺す」 という感覚なくただ噛みついて食ってるうちに相手が死んじゃった、という段階から、まずは銃で撃ち殺す(そしてそれから食べる) ということを覚えるゾンビの姿には、少なからず感動を覚えた。
 しかし、でもなぁと思うのである。ゾンビが人間に近づいてどうするのか、と。食う食われるの関係にある生き物Aと生き物Bが、 限られたスペースの中でごく当然のようにまぜこぜになって生きているというのは、そりゃあ本当のところなんだろうけど、 それはホントただ単に食ったり食われたりしてるだけなんじゃないのか。ただそれだけでいいんじゃないのか。それがいかに壮絶か、陰惨か、 滑稽か、ってことだけでいいんじゃないのか、ゾンビ映画は。ドアが閉まってて先に進めないよ、つっかえちゃうよ、あうーあうー、 人肉食いてー、ってことでいいんじゃないのか、ゾンビ映画は。
 だいたい、もともと同じ人間だったかなんだか知らないが、ゾンビが人間的な進化を遂げた先に出てくるだろう話題なんて、 もうドラキュラ映画で充分にやってることじゃないか。ドラキュラはもっとスマートに人を食ってるじゃないか。 食うべきか食わぬべきかで悩んでいるじゃないか。人間社会といかに共存すべきか悩んでいるじゃないか。いいんだよ、 ゾンビが人間らしい進化なんかしなくたって。
 ラストに、ゾンビが列をなしてあてもなく去っていくのを撃ちもせず、主人公は「俺たちと同じだ。彼らも行き場所を探している」 などと妙にシンパシー込めて言ってみたりするが、そこに何かを感じろと言われても難しいし、「いやぁ今殺しといた方がいいと思うけどなぁ」 と思うし、筆者はとにかく「妙な終わり方だなぁ」と思った。

 ニュータイプのゾンビにばかり言及したが、実を言うとこの映画は、人間同士の争いに関する描写にかなり時間を割いている。 わりとステレオタイプなキャラによる、わりとステレオタイプな争い。外のゾンビも大変だけど、 そんな状況下の人間社会の中だけでも色々あるさ、と。人間的に進化していくゾンビと色々な階級立場の人間それぞれの対比に何を見るのか、 現代社会を描きこみたい欲求が見え隠れして、きっと構想段階では色々考えたんだろうなとは思った。思ったが、ところがいざ撮影してみると、 ロメロ演出はどうしても人間に本気で興味がいっているようには思えなかったのだ。
 きっと、現場に立ちながらロメロは、「やっぱ俺、人間よりゾンビの方が好きだわ」と思ったに違いない、 と筆者はどうしようもない想像をした。その想像はいらぬ飛躍をして、ひょっとすると、このロメロという奴は、ベッドの相手に「ごめん、 ちょっと死んだフリしててくれる?」などと頼んだことがあるかもしれない、などという方向に行きたがった。すいません、バカで。 鑑賞しながらそんなことを考えていたら、もしかするとこの監督はかなりいい奴なのかもしれないと思えてきた。気がつくと、 筆者はロメロを好きになりかけていた。他の映画も見てやろうと思った。えーと。

 まぁ、「ランド~」において、ゾンビたちは「食うことにしか目がない」という唯一にして最大の魅力を削がれてしまっているというわけだが、 ゾンビのことが気になる人はやはり鑑賞の価値は十二分にあるだろう。劇中、「ゾンビの川渡り」のシークエンスがあるが、 水中を歩くゾンビの姿は、水中撮影でぜひ見てみたかった。

 ついでに一つ二つ添えておきたいと思うのだけど、ゾンビって、あれだけたらふく食って、一体どうやって排泄しているんだろうか。 どうも肉を大量に食ったらモリモリ出てくれてないと、こちらが納得できない。 筆者は不勉強なのでゾンビ映画をすべて見ているわけではないけど、どこかでもうやっているだろうか。誰か「排泄するゾンビ」を描けば、 ちょっと人の気を引くことは出来るかもしれない。筆者はぜひ見てみたい。もっとゾンビが一匹でいるところを見てみたい。 ただのバカのままのゾンビが、一匹でいるところを。ドラキュラ映画が一人のドラキュラを主人公にして成立可能なように、 ゾンビ映画も一匹のゾンビを主人公にして成立してもらいたい(一人と一匹を分けてる根拠は別にないんだけどね)。
 それから、どうしてゾンビ映画の客が男子ばかりなのか、思い切って理由を一つ言ってみたい。それは多分、 ゾンビがある一面で女子に似てるからだと思う(食い意地が張ってるとか、集団になると手がつけられないとかいう一面で)。そして、 女子がそのことをかなり快く思わないからだと思う。
 えーと、終わり。

(2005.9.2)

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2005/09/05/11:05 | トラックバック (10)
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