港 岳彦(脚本家)
映画「結び目」について
2010年6月26日(土)より、
シアター・イメージフォーラムにて
モーニング(11:00~)&イブニングショー(19:30~)
7月10日(土)より、21:00~からの上映
脚本家・港岳彦さん。スリリングにして深遠、そして寡黙な大人の恋愛映画『結び目』を書いたとは思えぬほど、饒舌でユーモラスな人柄ながら、そこは言葉の達人。脚本家としての原体験も含め、実に興味深いインタビューとなった。(取材:「人の映画評〈レビュー〉を笑うな」編集部 文:青雪吉木)
なお、このインタビューはフリーペーパー「人の映画評<レビュー>を笑うな」と提携している。6月下旬発行予定のVol.3にも掲載される予定となっている。
港岳彦 (脚本家)
1974生まれ。宮崎県出身。日本映画学校ドキュメンタリー演出コース卒。『復讐するは我にあり』等の脚本家・馬場当に師事し、98年『僕がこの街で死んだことなんかあの人は知らない』で、シナリオ作家協会主催・大伴昌司賞受賞。06年『ちゃんこ』(山田耕大と共同脚本、サトウトシキ監督)で脚本家デビュー。08年『イサク』で第四回ピンクシナリオ募集入選。同作品はいまおかしんじ監督によって『獣の交わり 天使とやる』のタイトルで映画化された。他に『ヘクトパスカル~疼く女』『サルベージ』(両作とも亀井亨監督と共同脚本)等。脚本業のほかに、ZINE「映画時代」を共同発行するなど精力的に活動している。
――小沼監督のお話では、元々のタイトルは『エデンから遠く離れて』とお聞きしましたが。
港 そのタイトルは観念的な意味合いも込めたものだったんですけど、シネフィルっぽいという理由で却下されて(笑)。今では、シナリオを直す途中でプロデューサーの小田さんが付けた、この『結び目』以外のタイトルは考えられないですね。実際、タイトルにリンクさせて加筆した部分も多いんです。
――宗教的なモチーフが込められている、ともお聞きしました。
港 最初の創世記のエピグラフは第1稿から出してたんですけど、宗教的なシナリオだったり、宗教的な映画をやろうという考えは全く無くて。説明しにくいんですけど、映画って、表面にあるもの、フィルムに映し出されるものがあるじゃないですか。シナリオはその為の設計図と考えた時に、一つの意味だけでは面白くないと思うんですよ。二重三重くらいの観念的な、ある種の重層的な構造をシナリオは作らなきゃいけない気がするんです。一つの映画を百人が観たら、百通りの観方が出来るようにした方が面白いって思うんです。
――mixiの港さんのコミュでも“ドメスティックな女性と駄目男を描かせたら右に出るものはいない脚本家”という惹句で紹介されてますが、今回の主人公・啓介も駄目な男ですよね。
港 個人的には女の人の方が面白い。それは現実生活でもそうだし、シナリオを書く時でも。男を下に見てる訳ではないですけど、分かりやす過ぎるし、しょうもないことに凄く真剣になったりしてる様を、僕はかなり冷たい目で見てるところがあって。まあ自己嫌悪ですよ。駄目男というのは単なる自己投影でしょう(笑)。でも女の人はそうじゃない。よく分からないし、分からないから作りたくなる。それにやっぱり、女の人は女の人であるってだけで、なんかこう、素晴らしいなあ、とか思っちゃうんですよ。
――その割には結構おいしい立場ですよね、川本さんの役は。
港 川本さんが心憎いほど上手いんです。僕はもっと見るからに駄目な男を想定してたんですよ。川本さんは好きな俳優ではあるんですが、この役にはカッコ良過ぎるんじゃないかと思ってたんですよ。でも現場を見学してみて、それ位じゃないと、まず絢子(赤澤ムック)にとっての一生に関わっていく恋にはなり得ないし、撫で肩の文学青年の、繊細でナイーヴな感じがあって、しかもそれをナルシズムで演ってないんですよ。全ての演技をきめ細やかに計算されている。確かに天使みたいに可愛い奥さんもいて、かつての教え子と不倫もして、一見良い立場ですけど、実のところ、女の人に容易く食われている男なんですよ、彼は。気がついてみると、女たちが望むものを与え続けるだけ、という。
――最後にある女性キャラクターがお腹をさすってるところでは、そういう感じがしました。
港 三浦誠己さんと川本さんがガレージで、ああだこうだ言い合うシーンは、二人とも凄く真剣に熱心に演技していて、素晴らしいと思うし、カメラも物凄く細かく丁寧に作っていて、緊迫感もあって凄く好きなシーンなんですけれども、結局彼らがああやって命懸けで緊迫した事をやっていても、女の人たちの生命力には勝てないというか、掌の上で踊らされているだけ、みたいなところはあるんですよね。
――ある意味意外な結末は、始めから決まってたんですか?
港 いちばん悩んだのが結末で。この作品をやるに当たって、絢子と茜(広澤草)という二人の女が輝けば良いというか、バーッと激しいものが出ればいいというのは漠然とあったんですが、話の収め方が分からなかったんです。基本的にこの手のメロドラマは、トリュフォーの『隣の女』もそうですけど、悲劇以外にあり得ない。誰かが誰かを刺すとか、駆け落ちして残された奥さんが悲嘆にくれる的な。でも、そんな芝居を僕自身見たくなかった(笑)。収まりがいいのは分かるけど、それは嫌だなって。あらゆるパターンを書いてみたんですが、ここは一つ冷静になって、現実的に考えようっていう風になった。恋愛映画なのでロマンはあるんですけど、徐々に後半は現実の方が強くなってくる構成にしたいって。それは小沼さんも、プロデューサーの小田さんもこうなるしかないんじゃないかな?と、ある時たどり着いたというか。多分、この結末って男の客は気持ち悪いと思うんですよ。でもまあ、男はいいやって。暗いものを抱えた女の人がいて、パーッと燃え上がって、また暗く終わってしまう話というのが嫌だっていうことがとてもあった。結局、何事もなかったかのように彼らの人生は続いていく。でも、現実はそうだなって。悲劇的な結末だったり、派手な結末っていうのは、ちょっと嘘っぽいというか、映画を再生産した映画のような気がするんですよ。ドラマのようなドラマ、映画のような映画を作る。それはあまり意味ないんじゃないかなと。現実の方が強い訳ですから。
――港さんは、そもそもINTROで執筆されてらっしゃいますし、ブログでも映画批評をお書きになってらっしゃいます。脚本も過去の映画を凄く研究して執筆されてるのかなと思っていたのですが、映画の再生産という視点から考えると、案外そうでもないのでしょうか?
港 いつも思うんですが、好きな映画=作れる映画ではないと思うんですよ。僕は男っぽい映画『ミスティック・リバー』とか『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』とか『グッドフェローズ』が大好きなんですけど、いざやろうとなると、自分の興味のある女の人にしか行けない。営業的に言えば、何でも書きますけど、上手いか下手かは別にして、そっちの方が好きだなって感じがあって。いや、いろいろ参照はするんですよ、映画は。シナリオ書く時はいっぱい観ますしね。滅茶苦茶観るんですけど、飽くまでそれは参考にしかならないし、指針を示してくれるものでしかないので。映画愛みたいなものは、僕個人はやらなくていいんじゃないかと。僕自身、そうしたものからかけ離れた監督たち――ベルイマンとかカサヴェテスとか北野武とか――の映画に痺れてきたところがありますしね。
――小説家志望でもあったとお聞きしましたが、脚本家になられたきっかけは?
港 脚本命、脚本という道を徹底的に追求しようみたいな気持ちであったかというと、そうではないです。元々高校演劇をやっていて、戯曲を読んでいたんですよ。いっぱい読んでいたわけではないけど、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』が凄く自分的にショックで。小説も書きたかったんですよ、当然。小学校6年生くらいから何か物書きをやるとは思ってたんですけど、難しいだろうと。これ大学行かなきゃ駄目なんじゃないかみたいな、頭の悪い事考えてて(笑)。俺、大学行く頭はないしな、みたいな。でも戯曲はセリフばっかりだし、自分でも書けるんじゃないかと(笑)。高校演劇の台本は学芸会に毛が生えた程度のものだったけど、それなりに一生懸命書いたりして、戯曲って面白いなっていう。小説と戯曲とシナリオ、これ全部別の形態であって優劣はないなって、ずっと後になって分かるんですけど。シナリオは今でも正直言ってそんなに読んでないですし、最高の表現形態だとも別に思わないというか。かなりフラットな目で見ているところはある。やっぱり監督のものだと思うんですよ、映画は。総責任者だし、現場には、脚本家が頭で考えたものとは全く違う現実が横たわってくる訳で。監督がそれを取り仕切るし、最終的には現場にあるものが実際の映像を作り上げますからね。
――でも、一番最初に脚本が無ければ始まらないわけですし。
港 もちろんだから責任は重大ですし、脚本家は作家であるべきだし、徹底的に自己主張をしますけれども、絶対的な立場にはなりえないところがあって。演出家や制作状況との関係性を常に考えなくちゃいけないし、一種のバランス感覚が必要な職業であるって気はしますよ。
――これからどんな脚本を書いていきたいですか? 人間ドラマとか、或いはもっと別のサスペンスとか。
港 基本的に思うのは、どんなジャンルでも良いと思うんですよ。ミステリ、サスペンス、SF、ホラー、ピンク、アニメ。媒体とかジャンルとか実は関係なくて、最終的には自分の思うことしか語れないし、語るべきでない気がするところがあって。さっきの映画みたいな映画を再生産しちゃいけないんじゃないかという事と同じで、ジャンル・ムービーだからジャンル・ムービーを作る、というのは違う気がします。どこまでも個人としてそこに向き合わなきゃいけないんじゃないかなあっていう。もちろん個別のジャンルにお客さんがいるので、その人たちを楽しませるのは大事な事なんですけど、あらゆるジャンルに個人として対峙するって事が一番理想的なんじゃないかと思います。
――ちなみに『ガラスの動物園』は戯曲だけで衝撃を受けたんですか? ポール・ニューマン版の映画をご覧になったとか?
港 未だに観てないですね(笑)。舞台では3回くらい観てるんですよ、いろんな人のを。東京に出て来てからですけど。シナリオってよく言われるんですけど、構成が凄く大切。簡単に言えば起承転結ですけど、もっと奥深いもので、多分脚本家は構成って何だろうって事を死ぬまで延々と悩み続けるんだろうと思います。高校の時読んで、それを初めて気付かされた。それもある種凄く繊細な劇なので、自分の中に染み込んだということですね。
――話を『結び目』に戻しますが、脚本家としてこの作品を観て、どう思われましたか?
港 最初っからセリフを少なくしようと思ってて。セリフを少なくするってことは、演出と演技が上手い人でなければ悲惨な事になるんですよ。これはハッキリ分かってた。だから偉そうな言い方をすると、やれるもんならやってみろと(笑)。で、一日だけ現場を観に行った時に4人のメインキャストがいらしたんですけど、彼らの佇まいを見て、あれ?これは……って思って。その後、最初の編集、ちょっと繋げた感じのプレビューを観た時に、これはもう完全に上を行かれた、という感じがして。それはどういうことかというと、小沼監督と僕の持ってる資質が、実は全然違うんですよ。小沼さんは理数系。人間を見る目もちょっと距離を置いて見る事が可能な人なんです。僕にはそれが出来ない。茜が魚の食い方を喋りながらワンワン泣いたりするシーンがあるんですけど、もうブルブル号泣しながら書くんですよ。誰かが泣くシーンだと号泣しながら書いて、笑えるシーンになるとゲラゲラ笑いながら書く(笑)。僕は、創作するものに対して距離が置けないんです。小沼さんは距離が置ける。それはもしかすると脚本家と監督の資質の違いかもしれないですけど。僕はもっとドロッとした、生々しい、人間の腋の下とか、股間の臭いがぷんぷん匂うようなものとして書いてたところがあったんですね。ところが、小沼さんは逆に自意識を消した演出をしているんですよ。撮影の早坂さんもそういうところがあるんですけど。僕は自己主張の塊みたいな脚本しか出来ないし、普通だったら監督はそれを潰しにかかるとか、いろんなやり方があると思うんですね。でも今回、小沼さんは幽霊のように気配を消して全てを俯瞰しているところがある。演出家として大人になった感じ(笑)。カメラの持ってる特徴としてフィックスだし、とても綺麗だし、演技に関しても抑制されたものになっているのを観た時に、上を行かれたって感じがしたんですよね。初号で観て、ふ~ん、この程度なんだ、と言って帰るのが僕の理想なんですけど(笑)、思わずいいじゃないか、と。これはもう、皆さんがプロの仕事をしているってことで、とてもありがたいことです。
――最後に、この映画はどんな人に観て貰いたいとお思いでしょうか。
港 あらゆる人にという前提はあるにしても、女性になるのかなって気がするんですけどね。いや、男の人にも観て欲しいですし、R指定も付いてないので、学校帰りに、会社帰りに、買い物の途中に、どうぞという(笑)。ありそうでないんですよ、こういう企画で、しかもオリジナルというと。奇跡的と言うと大げさですが。もちろん予算面での制約はいろいろあるんですけれど、キャストだったり、スタッフだったりが創作上の自由を得て最大限実力を発揮したという。あんまり例のないことなので、そういう意味では自分の中で凄く大事な作品で、大事に書いたので、大事に観ていただけたらな、と思います。
(2010年5月26日 四ツ谷・アムモで)
結び目 2010年 日本
出演:赤澤ムック,川本淳市,広澤草,三浦誠己,上田耕一,辰巳琢郎,玄覺悠子,小橋川よしと,山崎海童,野口雅弘,今野悠夫,水野神菜,朝宮美果
監督:小沼雄一 脚本:港岳彦 撮影:早坂伸(J.S.C.)
プロデューサー:小田泰之 照明:大庭敦基
録音:杉田信 助監督:木ノ本豪 制作担当:森田理生
編集:前嶌健治 音楽:宇波拓 衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:岩都杏子(ゴールドシップ) 配給・宣伝:アムモ
2010年/カラー/HD/91分 (c)アムモ
2010年6月26日(土)より、シアター・イメージフォーラムにて
モーニング(11:00~)&イブニングショー(19:30~)
7月10日(土)より、21:00~からの上映
- 監督:小沼雄一
- 出演:赤澤ムック, 川本淳市, 広澤草, 三浦誠己, 辰巳琢郎
- 発売日: 2010-09-24
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主なキャスト / スタッフ
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