ベルマ・バシュ(映画監督)
シェイマ・ウズンラル(女優)
映画「ゼフィール」について
第23回東京国際映画祭 コンペティション出品作
初めて監督した短編作品が2006年のカンヌ国際映画祭で正式上映され、近年好調のトルコ映画界の中でも飛び抜けた存在感を放っていたベルマ・バシュ監督。待望の長編デビュー作は、山岳地帯の村を舞台に、母の愛を希求する少女の心理を繊細に描く美しい映像詩であった。独特の濃密な世界観を形作る要素のひとつとして、キャストに監督の家族や村の住人を起用していることが挙げられるだろう。主演のシェイマ・ウズンラルさんも監督とは親戚同士。東京国際映画祭に出品するために来日したおふたりに、映画の成り立ちから舞台裏までを伺った。(取材:深谷直子)
ベルマ・バシュ
1969年トルコのオルドゥに生まれ、92年にイスタンブール大学で英文学の学士号を受ける。90年から文学の翻訳を手がけ始め、91年から98年までトルコのフィルム・インスティテュートで国際関係のマネージャーとして働く。監督デビュー作の短編“Poyraz”は2006年のカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門で正式上映された。『ゼフィール』は、彼女の長編初監督作品である。
シェイマ・ウズンラル
1998年オルドゥ生まれ。2006年にベルマ・バシュ監督の短編“Poyraz”で主演を果たす。08年、イスタンブールの子供向けクリエイティブ・ドラマ・ワークショップに参加。現在は6年生。主な作品に、“Boreas”(06/短編)『ゼフィール』(10)がある。
――映画祭の公式記者会見の中で、今回の『ゼフィール』は『ポイラズ』という短編を発展させる形で撮られた作品であり、制作のきっかけとして、トルコの東黒海地方の急激に失われつつある自然の美しさを記録して残さなくては、という想いに駆り立てられたためということを伺いました。そんな情熱が伝わる映像美に優れた長編デビュー作となりましたが、映画制作についてはどこかで学んでいたのですか。
ベルマ・バシュ監督ベルマ・バシュ監督(以下バシュ) 大学での専攻は英語と英文学でした。映画作りについて、特に専門的な勉強をしたわけではないのです。でも大学時代からイスタンブールの映画祭で国際関連の業務に携わるようになり、そこでタルコフスキーやシュヴァンクマイエル、パゾリーニなどの偉大な監督たちと出会い、映画に興味を持つようになって、冒険が始まったのです。映画祭には7年間関わったのですが、その中でワークショップやセミナーに参加したりもしていました。映画の見方を学んだり、インターネットで調べたり、著名な映画人に会う機会も多かったですし、私にとってはワークショップでの体験はとても貴重なものとなりました。
また、一緒にワークショップに参加した仲間との関係も大事なものです。映画の美しいビジュアルは、撮影監督であるメフメット・Y・ゼンギンの影響が大きいです。メフメットとは前作『ポイラズ』から組んでいて、それは彼にとっても初めての作品であったのですが、制作に入る前にはメフメットと会っては様々な映画や絵画を見たものでした。私の親戚にも画家がいて、その影響もあって元々芸術への関心は高いのですが、メフメットと一緒にアンドリュー・ワイエスやマックス・クリンガーなど19、20世紀の有名な画家の作品を見て論じ合い、その意識が映画作りに影響していると思います。
あとは、この映画は私の実家で撮ったのですが、よく知っているところですので、どこで撮ればいいのか考えを凝らし、いちばん合っているところを選んで撮っていきました。
――家の中にはあまり光が入らず、暗いシーンが多いのですが、撮影に苦労されたのではないでしょうか。
バシュ そうですね、実際は家の中はもっともっと暗いのです。照明が非常に重要なのですが、時間の経過とともに角度や明るさを変えていかなくてはならず、その調整には苦労しました。影のゲームをしているようでしたね。実家に住んでいたのは子供のころ、1970年代で、家の中の照明は今よりも乏しかったので暗闇の中で恐い思いをしていたのです。でもその暗闇は私の想像力を育てるのに役に立ったのではないかと思っています。そのような闇の中での恐怖感などを、映画を観る人にも感じ取ってほしいと思いました。
――一方で自然の風景はとても美しく、不可思議な力にも満ちていました。映画の途中で死んだと思っていた牛が、最後にまた現れたことに驚いたのですが、精霊のようなものになって存在が続いていくということでしょうか。
シェイマ・ウズンラルバシュ 自然の中に動物はたくさんいて、危険な目に遭っても死なないものもいるのです。その牛は死んではいなかったのです(笑)。理解しているつもりでも、それを超えたことが現実の世界では起こり得る、と、そういうイメージを伝えたかったんです。牛が死んでいないことには宗教的な意味合いもあります。死を意識し出した子供の気持ちとしては、自分が牛を死なせてしまったかもしれないということで恐れを抱いたことでしょうし、その牛が生きているのを知ったら非常にびっくりする。そういうことすべてが関連し合うラストシーンなのです。
――主人公であるゼフィールを演じたシェイマ・ウズンラルさんはほとんど笑顔を見せない役で、お母さんへの複雑な想いがよく表現できていたと思いましたが、演技は難しかったですか?
シェイマ・ウズンラル(以下ウズンラル) シーンによっていろんな気持ちになりました。自然の中でのシーンは楽しかったけど、お母さんと二人のシーンはちょっと怖いような感じで、上手くできるかなって心配になったりしました。でも楽しかったです。
――出来上がった映画を初めて観たのはいつですか?
ウズンラル 2週間前、トルコのアンタルヤでの映画祭でです。
バシュ 役者には試写など内輪だけの場で映画を見せるのではなく、一般の観客と一緒に観てもらいたいと思っていたんですよ。実は映画の中でゼフィールの祖父母を演じているのは私の両親で、シェイマも親戚なのです。作品だけを観ると、「ここが上手く演じられなかった」などと自分の演技ばかり気になってしまうかもしれませんが、それまでの観客の反応がとてもよく、気に入ってもらえていたので、役者たちにもお客さんと感動を共有してほしかったのです。それは成功しましたね。アンタルヤでも多くの人に「いい作品ですね」と言ってもらえたので、一緒に盛り上がりを実感することができ、とてもよかったと思います。
――作品を観て自分の演技をどう感じましたか?
ウズンラル 実は今でも自分が映画に出ているなんて信じられない感じです(笑)。自分の演技については、ここがよかったとか悪かったとかは言えないです。これはベルマさんの映画で、私はうまくやろうなどとは考えず、言われたとおりに演技することに集中していました。結局は映画を観て、よかったなと思いました。言われたとおりに全部できましたよって。大変なところもたくさんありましたが、やっぱりとても楽しかったです。
――ゼフィールの気持ちは分かりましたか?
ウズンラル ゼフィールを可哀そうだなと思いました。お母さんと一緒にいたい、離れたくないという気持ちが湧いてきて、ゼフィールのようにはなりたくないなと思いました。
バシュ ナイギスという牛を飼っている隣人のハヴァを演じているのは、シェイマの実のお母さんなんですよ。
ウズンラル そうなんです。本当のお母さんと一緒のシーンもありましたが、「いいえ、私はゼフィールよ。私のお母さんはこの人じゃないのよ」と、役になり切るよう自分に言い聞かせていました(笑)。
――ところでトルコと言うとイスラム教国で、女性が不自由を強いられることが多いのではというイメージを持っていたのですが、ゼフィールの母親は進歩的で自立しています。今はこのような女性が多いのでしょうか。
バシュ トルコについて、外から見るといまだにイスラム教が重んじられているものと思われているようですが、そのような時代はもう終わっています。ゼフィールの母親のような女性もたくさんいるのです。もちろんイスラム教を信仰する人も多いのですが、伝統的なものと近代的なものとを融合させて問題なく暮らしています。イスラム教は外から思われているほど生活に影響を与えるものではないのです。
私はオリエンタリズムには反対の立場を取っていて、近代的なものと伝統的なものを混ぜ合わせているけれどもオリエンタルではないというアプローチをこの映画の中でも心がけています。映画に出てくる村の人たちもとても自由です。彼らの多くは最初から村で生まれ育ったわけではなく、元々は町に住んでいた人たちが、仕事を引退したあと、自然の美しい土地を求めて越してきて住んでいるのです。日本人の家族もいるんですよ。男性・女性の別なくそこに暮らす人々はとても自由なのです。
――次回作も『ポイラズ(北風の神)』、『ゼフィール(西から吹くそよ風)』の続編となる、風を越えて進む少女を描く作品を撮るおつもりとのことですが、そこでもシェイマさんを主役に考えているのですか?
バシュ それにお答えするのは難しいですね。シェイマはとても成長が早くて、一方私は次の作品を撮るには時間が必要なので、その間に大きくなってしまうかもしれず、今は何とも言えません。でもできれば同じ役者で撮りたいですね。
――シェイマさんは女優を続けていこうと思っていますか?映画祭の会場でファンに囲まれている姿を見かけました。大人気ですね。
ウズンラル もうファンがいっぱいです(笑)。アンタルヤの映画祭では、ラストシーンでのゼフィールの行動を受け入れられないお客さんが結構いるようで、その反応に少し驚いたのですが、日本のお客さんはそこは気にならないようで、よかったです。 これからも女優を続けていきたいです。アクションやコメディがやりたいです。
――『ゼフィール』とはちょっと違うタイプの作品ですね。
ウズンラル 強い女性の役がやりたいんです。弱くていつも悲しんでいる哀れな女性ではなくて、強くて自分をはっきり表現できる役がやりたいな。もちろん台本によりますが、落ち着いた映画よりは、楽しくハッピーな作品や、困難を乗り越える女性を描く作品に出たいです。アンジェリーナ・ジョリーが演じているような強いヒロイン役のお話があったら絶対「はい!」と手を挙げます!
――監督はこれからどんなふうにこの映画が広まっていけばいいと思いますか?
バシュ 『ゼフィール』についてはこの後もさまざまなところから誘いがあって、嬉しく思っています。映像の美しさを評価してくださる声が多く、自然がきれいなことをまず何よりも伝えたかったので、その目的は達成されたことになります。日本でも、劇場公開されてたくさんの人に観ていただけたらと思っています。
(2010年10月26日 六本木アカデミーヒルズ49で)
取材:深谷直子
監督/脚本:ベルマ・バシュ
プロデューサー:セイハン・カヤ プロデューサー:ビロル・アクババ 撮影監督:メフメット・Y・ゼンギン
編集:ベルケ・バシュ 美術:ジャナン・チャユル 録音:イスマイル・カラダシュ
アソシエイト・プロデューサー:ジハン・アスル・フィリズ
出演:シェイマ・ウズンラル,ヴァヒーデ・ギョルドゥム,セヴィンチ・バシュ,
O・リュシュテュ・バシュ,ファトマ・ウズンラル,ハールン・ウズンラル
2010年/トルコ/96分/トルコ語/カラー/35mm (c)FiLMiK / FC ISTANBUL, 2010 TURKEY
第23回東京国際映画祭 コンペティション出品作
- 監督:ファティ・アキン
- 出演:アレキサンダー・ハッケ
- 発売日:2007-08-24
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- 監督:ハンダン・イペクチ
- 出演: ディラン・エルチェティン, シュクラン・ギュンギョル
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