映画祭情報&レポート
大阪アジアン映画祭2011レポート1

恋愛回帰

夏目 深雪

広がるアジアの輪/ウェルカム・セレモニー

北村豊晴&ペギー・チャオ
北村豊晴&ペギー・チャオ
大阪アジアン映画祭は今年で6回目を迎え、今年は新たにコンペティション部門も開設し、例年にも増して魅力的なラインナップで開幕した。特別招待作品にはジョニー・トー監督のラブコメディ『単身男女』、パン・ホーチョン監督の初劇場公開作品になるスプラッター『ドリーム・ホーム』、カルト的傑作として映画ファンに絶大な人気を持つ韓国映画、『下女』のリメイクである『ハウスメイド』など豪華絢爛たる作品が並び、1990年代の香港映画ブーム、2000年の韓流ブームなど、世間を席巻したアジア映画ブームを思い起こさせた。

『単身男女』のお披露目の前座として、来日ゲストが勢揃いしたウェルカム・セレモニーが行われた。かなり広い壇上の左端から右端まで、ぎっしりとゲストたちが並んだ姿は壮観である。一人ひとり紹介されていくと、その国としてのバラエティの豊かさだけでなく、もはや国に捉われない、国境を越えた交流が垣間見えた。
俳優としても活躍している台湾在住の日本人、北村豊晴監督の初長編作品『一万年愛してる』(コンペ部門で上映、観客賞を受賞)は、本作のプロデューサーを務めたペギー・チャオの授業を、国立台北芸術大学大学院にて受講したのがきっかけで撮ることができたのだという。映画も日台ハーフの加藤侑希が演じる日本人女性と日本でも人気の高いF4のヴィック・チョウが演じる台湾男性のラブコメディであり、異文化のギャップを笑いにつなげている。

杉野希妃&リム・カーワイ
杉野希妃&リム・カーワイ
桃井かおり
桃井かおり
同じくコンペ作品の『マジック&ロス』は、最近日本でも「美しすぎる才人」として話題になっている杉野希妃が主演とプロデューサーを務めた作品。監督はマレーシア出身で大阪大学卒業、日本語も堪能なリム・カーワイ監督が務め、『息もできない』での共演が印象深かったヤン・イクチュンとキム・コッピが出演している。リム・カーワイ監督は本年度のCO2助成監督にも選ばれ、杉野さんは特集企画の深田晃司監督の『歓待』でもプロデューサー&主演を務めており、両者とも国境を越えた国際的な活躍が期待できる。
スピーチには同じくコンペ部門上映のラトビア、香港合作映画『雨夜 香港コンフィデンシャル』の主演を努めた国際派女優、桃井かおりが登場。なみいるゲストたちに気を使い、英語で「ごめんなさいね。私日本では有名なの」と断り会場を沸かせた。映画祭でマリス・マルティンソンス監督の作品を観て気にいった桃井さんは、自分から「一緒に仕事をしたい」と働きかけてこの映画に繋がったということ。桃井さんは日本でまだ公開が決まっていないこと、こういった映画祭の場の重要性などを述べ、その貫禄とともに年齢を重ね地位を得ても失わない美しさ、チャレンジ精神、女優魂に会場は圧倒された。

恋愛回帰

プログラミング・ディレクターを務める暉峻創三氏はコンペティション部門の選考基準についてこう語る。「作家性があるのは前提であり、それ以上に観客の欲望に呼応していることを条件とした」。国内外の映画祭のしかもコンペティション部門で、恋愛映画が上映されることは決して多くはない。昨年の東京フィルメックスで『ふゆの獣』(この映画祭でも特別招待作品枠で上映された)がグランプリを受賞したのは快挙であるが、恋愛映画は先鋭的な映画や社会派映画に較べ、少なくとも映画祭という場では王道ではない。そこで『いつまでもあなたが好き好き好き』『アンニョン! 君の名は』『恋人のディスクール』『一万年愛してる』と、コンペティション部門の10本のうち4本を、シネフィルであればタイトルだけで顔を顰めそうな恋愛映画で占めさせる。或いは今アクション映画の中で最も人気があるといっても過言ではないジョニー・トー監督の特集をするに当たり、わざわざ恋愛映画を集め「ジョニーは恋愛も語る」と名付けるプログラミングは確信犯的である。そして結果として、今名を挙げたコンペティション作品のうち3本が受賞の快挙を成し遂げた。

『恋人のディスクール』
デレク・ツァン、ジミー・ワン監督 コンペティション部門グランプリ受賞

『恋人のディスクール』あるカップルが街を歩きながらじゃれている。カリーナ・ラムとイーソン・チェン演じる男女は単に美男美女というだけでなく、『花様年華』(ウォン・カーウァイ、2000年)のマギー・チャンとトニー・レオンのように、華奢さと清廉さ、そしてそれに矛盾しない色香を持っている。2人を見ているうちに、薄々と感じていた、2人の関係が不倫なのではないかという予感が当たっていることを知る。女(ナンシー)には恋人がいて、男(レイ)には同棲している彼女がいる。2人は罪悪感を持ちながらも、逢うことをやめられず、そしてその喜びを抑えられない。ナンシーに恋人から電話がかかってきた後の、気まずい雰囲気などきめ細かい演出が素晴らしく、それこそウォン・カーウァイ映画を彷彿とさせる、香港の夜の魅力を躍動感たっぷりに伝える撮影もうっとりとさせられる。
『花様年華』が不倫している男女のそれぞれの伴侶は決して画面に出さないことによって、密室的で濃密な愛憎空間を作り上げていたのに較べ、この映画では浮気を疑うレイの彼女が、ナンシーの彼に接近し浮気を告げることによって、複雑な綾を織り成し始める。ナンシーとレイの不倫の疚しさとしかし裏腹の官能と同時に、自分の恋人の裏切りを知るもう一組の男女の苦しみをも真っ直ぐに見据えるこの映画の強靭さを目の当たりにした時、「ウォン・カーウァイの亜流では?」という観客の意地の悪い疑いは、気持ちよく裏切られることになる。

映画はさらに香港の街路のような複雑さを見せ始め、展開される4つのエピソード、ナンシーとレイの話、クリーニング店で働く女の子の片思いの話、友達の母親が夫に裏切られているのを知ってしまう男子学生の話など、それぞれは全く関連しない。がしかし、それぞれのエピソードは決して軽すぎず、シナリオの論理で映画をねじ伏せることもなく、これ見よがしな結末にも飛びつかない。ただ恋愛という極彩色の生き物のような感情と、それに振り回される人々を、そっと寄り添いながら映し出すのだ。人が人を好きになるその感情の、傍から見れば理解できないような切実さ、恋のときめきの儚さとそれ故の貴重さ、裏切られても傷付いても香港の街を回遊魚のように泳いでいる人々の強さと美しさがいつまでも心に残る映画だ。

デレク・ツァン監督&ジミー・ワン監督
デレク・ツァン監督&ジミー・ワン監督
Q&Aにはデレク・ツァン監督、ジミー・ワン監督両者が登壇した。この作品はパン・ホーチョン監督がプロデューサーを務め、2人ともにとって初監督作品となる。まだ若い2人は、静かな熱気に包まれた会場からの質問に真摯に答えてくれた。「ベッドシーンがないのがよかったが、わざと?」という質問が出たが、「香港の俳優はベッドシーンを嫌がる傾向があるので、脚本を書く段階からひかえていた」とのこと。「日本のドラマなどだと不倫の話は陳腐になりかねないが、人が人を好きになる純粋な気持ちを、純粋なまま映しとっていて素晴らしいと思った。ウォン・カーウァイ監督も不倫を描くのが上手かったが、お国柄みたいのもあるのだろうか?」という質問をしたところ、「不倫を描こうと思ったわけではなく、様々な恋愛の形を人々に提示したかった」とジミー・ワン監督。デレク・ツァン監督は「確かに不倫はヨーロッパだと淡白になる。一人の人をずっと好きでいられればいいが、現実はそういうものでもないということを描きたかった。ヴィクトリア公園に行くと、この映画で描いたような人々がいる。映画を観た観客の感想も、「自分もこんなことがあった」というものが多いようだ」と答えた。

自分の夫の不倫が発覚するシーンがあるが、女性として最も嫌な形で発覚するので、「これは本当に監督たちが考えたんだろうか?」と思った、との質問が出たが、「脚本を書きながら必ず女性の知り合いに意見を聞いていた」との答え。Q&Aの最後には、4つのエピソードのどれが一番良かったか? という監督からの質問も出、みなで挙手するなど楽しいハプニングも。監督によるとどのエピソードがよいか国によって反応が違うそう。

『アンニョン! 君の名は』 バンジョン・ビサンタナクーン監督
コンペティション部門来るべき才能賞、ABC賞受賞

『アンニョン! 君の名は』
(c)2010 Gmm Tai Hub Company Limited
タイ・ホラー『心霊写真』の共同監督として有名なバンジョン・ビサンタナクーンの長編第一作目で、韓流ドラマがネタのラブコメディ。ペ・ヨンジュンファンの女の子が、彼氏に黙って韓国に一人旅に来て、同じくタイから一人旅で来ている男と出会う。ひょんなことから一緒に旅をすることになる2人に、恋が芽生え……という話。この映画も、主演の男女がとにかく魅力的で、恋愛映画のキモはどれだけその男女に好感を持て、感情移入できるかどうかだということを実証している。主演男優はタイの2008年度のナンバーワンヒット作『夏休み ハートはドキドキ!』で蒼井そらと共演し、本作では脚本も務めるチャンタウィット・タナセーウィー。彼演じる男が女性の理想の男性像っぽくないのがいい。ちょっと変人っぽくて、クセのある男が女の子と出逢うことによって、段々とフレンドリーに、魅力的になっていく過程がリアルかつ映画的な面白さがあるのだ。ヌンティダー・ソーボン演じる女の子も、日本の女子アナみたいなルックスで、可愛いだけではなく三枚目的なシーンもあり、愛くるしさ爆発! といった感じ。

ギャグも韓流ドラマ(特にペ・ヨンジュン)をネタにしているだけあって、日本人にもウケる部分が多い。ラブコメとしてもレベルが高いのだが、この映画の非凡さはそれだけでは終わらないところ。女は黙って一人旅をしたことが嫉妬深い彼氏にばれてしまい、別れることになるのだが、男となりゆきで旅を続けるうちに恋が芽生え、旅の非日常性もあって気持ちは盛り上がる。がしかし、男の昔の彼女の出現により、2人の関係は急転直下することになる。2人の女性を前にし、戸惑う男。男の決断は恋愛の残酷さを十二分に現し、その後の展開は恋愛という感情の儚さ、脆さを観客に見せつける。しかしだからこそ人はそれを必死で追い求めるのではないだろうか。そんな切実な気持ちをあくまで「等身大」の男女で描いたところがこの作品の成功要因であろう。感動のラストシーンは自分も大恋愛をしたような気になれるし、主題歌もいい。ネタである「韓流ドラマ」とは少し路線が違うけれども、笑わされ、泣かされる、暖かさと愛らしさが目いっぱい詰まった作品である。

(2011.3.27)

レポート1 レポート2

大阪アジアン映画祭2011 (2011/3/5~13) 公式
『恋人のディスクール』 ( デレク・ツァン、ジミー・ワン監督 / 香港 / 2010 / 118分 )
『アンニョン! 君の名は』 ( バンジョン・ビサンタナクーン監督/ タイ/ 2010年/ 130分 )

2011/04/13/04:16 | トラックバック (0)
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