映画祭情報&レポート
大阪アジアン映画祭2011 レポート【2/2】
映画のあらたな〈アジア的状況〉へむけて

萩野 亮

アジアン・インディーズの最新鋭――アジアン・ミーティング1

『父、吠える』
『父、吠える』
メインプログラムはメジャー作品を中心に構成されているが、今回2日間にわたって開催されたアジアン・ミーティングはアジアのインディペンデントの映画作家にフォーカスを定める。これまでも多くの個性的な作家を紹介してきたが、今回は、昨年のぴあフィルムフェスティバル(PFF)でも特集の組まれた韓国のイ・サンウ監督、ベトナムのファン・ダン・ジー監督、そして作家・詩人としても活動する中国のリー・ホンチー監督の三人を招聘、それぞれの近作が上映された。私にとっては未知の作家ばかりだが、各氏ともすでに各国の映画祭で受賞暦がある。いずれもきわめて作家性の強い、挑発的ともいえる作品ばかりだった。
イ・サンウ監督の『父、吠える』(2010)とファン・ダン・ジー監督の『ビー、心配しないで!』(2010)は、いずれも不安定な家族を描いた家庭劇。韓国の父権社会をシニカルに見つめる『父、吠える』は、知的障害でホームレスの女を部屋に連れ込むなどの、露悪的にグロテスクな描写を重ねつつ、同時に可笑しみやペーソスを感じさせる「軽さ」がある。この軽さが現代的と思われ、今村昌平のフィルムのような「重喜劇」を180度反転させた「軽悲劇」の感がある。寝たきりの祖父を宅にむかえたことで夫婦間に微妙な亀裂の生じるさまを描く『ビー、心配しないで!』は、冒頭の氷工場から空間のとらえ方が実におもしろく、ベッドの下からエピソードが始まるなど「ビー」という子どもの低い視点がうまく生かされている。同じベトナムの代表的作家であるトラン・アン・ユンの作品とも共通するような、亜熱帯の湿った肌の描写も印象的だった。
ファン・ダン・ジー監督
ファン・ダン・ジー監督
リー・ホンチー監督
リー・ホンチー監督
この「家族」というテーマについては、第一夜のシンポジウムで、イ監督と今年度のCO2助成作品『適切な距離』(2011)の大江崇允監督のあいだで応答がなされた。韓国に根強く残る父権社会を描いたイ監督に対し、大江監督は「父権というものが、実は最初からなかったというようにさえ、いまは感じる」と語り、韓国と日本の社会構造の現在的な差異を際立たせた。ただし『父、吠える』には、すでにそうした父権構造のグロテスクを冷徹に眺める視点がある。日本がかつての父権構造をすでに「なかった」もののように乗り越えている現況をかんがみれば、韓国社会もまたいずれは『父、吠える』の視点をさらに越えてゆくかもしれないと感じた。

いっぽうリー・ホンチー監督の第2作『ルーティーン ホリデー 黄金周』(2008)は、ベケットを思わせる静かな不条理劇で、「先生」と思われた人物が次のシーンで実はそうでなかったりなど、演劇的な空間構成と台詞回しで、相当居心地のわるい作品に仕上がっている(Q&Aでたずねてみると、やはりベケットには影響を受けているとのこと)。フライヤー等々には「中国のカウリスマキ」との形容も見え、たしかに両者ともオフビートを基調としてはいるが、カウリスマキ映画が嘘のような展開で嘘のように美しい物語をつむぎだすのに対し、リー監督の関心はおそらく現実の不確かさにある。「私の作品は観客をだます。現実はそれほどわかりやすくはないからだ」。またスタッフはリー監督の交友関係で組織されたというが、注目すべきはプロデューサーとして、『キムチを売る女』(2007)の監督であるチャン・リュルの名前があることかもしれない。ちなみに最新作のWinter Vacation(2010)は、『冬休み』のタイトルで東京での上映がすでに為されている。

メジャー/インディーズを超えて――アジアン・ミーティング2

二夜にわたるシンポジウムで主な議題とされたのは、インディペンデント映画をめぐるアジア各国の現状とその打開策について。韓国、ベトナム、中国、そして日本の四つのケーススタディにおいて、インディーズのこれからが討議された。まずメジャーとインディペンデントという大勢において、後者が苦戦を強いられているはどの国も変わりないことが確認され、そのなかでCO2ディレクターとして出席した板倉善之氏は、「メジャーとインディペンデントというその区分け自体をなくしたほうがいい。どちらも映画であることに変わりはない」と提言。それを受けた司会の富岡邦彦氏は、「この映画祭自体が、メジャー作品の裏でこうしたインディーズの映画をやっている。こうした試みを広めてゆくべき」と話をひろげた。
この「メジャー/インディーズ」の二項対立は、「エンタテイメント/アート」という対立図式にほぼそのまま転換しうる。ベトナムでは、前者の代表としてハリウッド映画があり、本国の映画もまた旧正月の公開を目指した一大エンタテイメントとして制作され、いわゆる作家の映画は「映画祭とヨーロッパ市場を目指すしかない」とファン監督はいう。先にも名前を出した同国のトラン・アン・ユンは「映画作家」として活動する稀有な例で、やはり「国内で一般受けはしていない」とのこと。彼はベトナムの若い作家に多大な影響をあたえ、また積極的な支援を行なっているともいう。本国での回収が見込めないのは中国も同じだとリー監督も語った。
これに対し、日本同様本国での劇場公開が行なわれているのは韓国だ。ただしここでも「メジャー/インディーズ」の構図は厳格に守られ、インディーズ作品はその専門館での上映となり、しかも成績のわるい作品はすぐに打ち切られてしまうという。回収の回路を求めて、韓国ではすでにウェブでの上映が広まりつつあるともイ監督は語った。
日本でも韓国でも、やはりインディーズは映画祭を通じてヨーロッパ市場に訴えることが大きな方途となっていることは、ベトナムや中国、ほかのアジア諸国と変わらないだろう。おそらくここで示唆されているのは、映画をめぐる言説が、「メジャー/インディーズ」や「エンタテイメント/アート」という安直な図式を捨てて、作品の多様性をより評価してゆくべきだということだ。これまではどっちつかずととらえられてきた中間的な作品をより多く紹介してゆくこと。中間を積極的に埋めてゆくことで、両極の交流を促し、やがて作家性の強いフィルムにも本国での公開や回収の見込みが立つ可能性が出てくるかもしれない。その意味で今回の大阪アジアン映画祭は、コンペティション部門のセレクトにも印象されるように、作家性だけに回収されない作品が数多く選出され、賞があたえられていたと感じる。

新しいアジア映画へ

『マジック&ロス』
『マジック&ロス』(c)2010 Magic and Loss Film Partners
さらに国境を超えた人的な交流は、たとえばコンペティション部門に出品された『マジック&ロス』(リム・カーワイ監督/2010)に顕著に現れている。このフィルムでは、クアラルンプール出身のリム監督が、香港のリゾート地を舞台に日本人と韓国人の俳優を起用して制作された。制作国にはフランスも入っている。これだけでも、すでにこのフィルムの国籍を問うことが無意味であることがお分かりいただけるに違いない。出演は、本作のプロデューサーもつとめる杉野希妃と、『息もできない』(2008)のキム・コッピ、ヤン・イクチュン。曇り空のつづく海岸は、間違ってもそこが香港だとは思わせず、ホテルの受付のヤンは、韓国語と英語と片言の日本語を話す。そこはどこでもない場所、強いていえば「アジアのどこか」なのであり、そうした匿名性がまさに「魔術」と「喪失」とを確実に準備している。だからこそ互いに理解しないはずの杉野とキムの言葉(日本語と韓国語)が容易に入れ替わるのであり、彼女たちの経験と記憶も交錯して、やがてエロティックな交感へとすべりこんでゆく。ここでもダメ男のヤン・イクチュンは、そうした彼女たちの閉じられた「魔術と喪失」をただ傍観することしかできないのだ。
リム監督は北京電影学院からキャリアをスタートしながら、個人単位でネットワークを構築して、どこの国の作品ともいえない「アジア映画」を作り続けている。今年度のCO2の助成作品も監督しており(『新世界の夜明け』)、いまは大阪に住んでいるという。雰囲気だけに流されてしまう危険性も多分にあるが、『マジック&ロス』は、そうした「匿名のアジア」を表現した興味深いフィルムになっている。この作品に加え、本映画祭の深田晃司監督特集に出品された『歓待』(2010)でも同じく制作と主演をつとめた杉野希妃氏もまた、今後の「アジア映画」においていっそう重要な人物となるだろう。
「メジャー/インディーズ」といういわば縦の境界線と、国を隔てる横の境界線を飛び越えようとするこれらのフィルムは、これからの「アジア映画」における重要な視座をあたえてくれる。混沌を内に抱えたテン年代の〈アジア的状況〉が、真にアジア映画界に訪れつつある予感がする。

(2011.4.14)

レポート1 レポート2

大阪アジアン映画祭2011 (2011/3/5~13) 公式
『ルーティーン ホリデー 黄金周』 ( リー・ホンチー監督 / 中国 / 2008 / 81分 )
『父、吠える』 ( イ・サンウ監督/ 韓国/ 2010年/ 94分 )
『ビー、心配しないで!』 ( ファン・ダン・ジー監督 / ベトナム・フランス・ドイツ / 2010 / 92分 )
『適切な距離』 ( 大江崇允監督/ 日本 )
『マジック&ロス』 ( リム・カーワイ監督 / 日本・マレーシア・韓国・香港・フランス / 2010 / 82分 )
2011/04/17/15:30 | トラックバック (0)
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