緒方貴臣 ( 映画監督 )
映画『終わらない青』について
2011年6月4日(土)より、渋谷アップリンクにて3週間レイトショー上映!
20代前半女性の7人に1人が自傷行為を経験している。この事実に衝撃を受けて制作された映画『終わらない青』は、鮮烈な色彩表現と、仮借ない描写で観るものにリストカットと性虐待の現実に否応なく向き合わせる。本作が最初の作品となる緒方貴臣監督に、作品の背景を伺った。(取材・構成=萩野亮 )
■ 観客に衝撃を与える
――父親からの虐待のシーンですとか、一般に目を背けたくなるようなものが徹底して画面に映されています。
緒方 ぼくはこの映画を作って、いろんな人に楽しんでほしいとかはまったく考えていないんですね。もともと怒りがあって、それは偏見を持っていた自分に対してでもあるのかもしれません。けれどインターネットで「リストカット」というワードで検索するとかなり悲しくなるようなことが書かれていますよね。そのほんの一部しかぼくたちは知らなくて、そういうことをもっとぼくたちは知るべきだと思ったんです。けれどそれを感動させて描くのではなくて、たとえばぼくが映画館で涙を流したとしたら、それはそのときの一時的な感情で終わってしまうと思うんです。(映画館を出て)おなかがすいたからごはんを食べに行こうとか、そういうことができなくなるくらいの衝撃をあたえないと、人はわからないんじゃないかとぼくは思います。そこまで観客は馬鹿じゃないという人もいますが、数日間忘れられないような映像を見せることで、心に刻んでやろうかなとぼくは思っています。
水井さんのリアルな演技を引き出そうと思ったら――ぼくは本当はこれは20分くらいの作品にしようと思っていたんですが、(編集で)切れないんですよ。編集していても、ここで緊張が途切れたら絶対に成立しないと思ったので。全部のシーンとシーンのあいだに黒コマを入れているんですけど、あれもいやな人はいやみたいで、でもぼくは途切れさせることでなるべく客観的に見てほしいし、感情移入できないように作りたかった。だからシーンとシーンでつながっていると自然と感情移入してしまうんじゃないかと思っていて。秒数なんかはかなり計算しています。第三者の目線を表現したくて、あの黒コマはまばたきなんです。
■ 青と赤、色彩にこめられたもの
――タイトルが『終わらない青』なんですが、冒頭から赤が印象的に登場します。青と赤という色彩についてどのようにお考えでしょうか。
緒方 ぼく自身赤がすごく好きなんです。タイトルは決めずに始めて、あとから『終わらない青』というタイトルにしたんですけど、もともとは何も考えずに赤と青と白の3色をうまく配色して、と考えていました。ぼく自身色彩の勉強をずっとしていたんで、色彩にはこだわりたい、色に意味合いを込めて表現したいなと思っていました。ぼくは晴れた空が大っ嫌いで、過去にいじめられていたこともあって、そういうときに晴れた空を見るとすごくむかつくんですよね。自分がこんなに苦しんでいるのに、なんか元気な感じで照らしている。それがすごくいやで、自分が悲しいときくらい雨が降ってほしい。それをシーンにも入れているんですけど、赤というのは、自傷行為をする人たちにとって、血を見るだけで落ち着くとか、生きている実感を得るとか、そういうことを聞いていたので、生命の象徴としての赤としてぼくは描きたいと思って。色について考えながら見てもらえると、ぼくが意図していることが見えてくるかもしれません。
■ さまざまな反響
――夕張や沖縄の映画祭で上映がされてきたわけですが、4月に東京でも女性限定の上映イベントがありました。ここでの反響は。
緒方 実際いらしたお客さんの8割が自傷経験者でした。なるべく当事者の方に見てもらいたいと思って、「リストカット割引」というのをやっていたんです。作品を見てほしいというよりはゲストが自傷行為に詳しい方々ばかりだったので、作品とトークのセットで何か感じもらえたらと思いました。ぼくは大成功だったと思っています。お客さんは満員になるほどは来なかったんですが、(見に来てくれた)彼女たちはすごくよかった、と言ってくれて。ぼくは彼女たちにとってよかったんじゃないかなと思いますね。自分以外にも苦しんでいる人がいて、そこで出会えたということ。そこで出会って、仲良くなったりとかもあるらしくて。自分のことを必要のない人間だと思っている人がやっぱり多いんですね。自分たちのような人を助けようとしている人、理解しようしている人がこんなにいるんだということにも彼女たちは気づいた。もともと傷を持った人たちがそういう子たちを助ける側に立っている現実も知ることができた。そういういろんな意見を聞けたことで、すごく有意義な時間だった。アンケートもとりましたし、手紙ももらいました。
――これからのロードショー上映でより幅広い観客をむかえることになります。
緒方 思い込みや間違った認識でそう思っていることって、ファッション的にリストカットをやっている一部の人たちの影響もあると思う。ただたんに切って見せびらかす人もやっぱりいるんですね。その人たちがすべてではないですし、それってほんの一部なんですよ。それでほかの人も一括りにされて、「かまってちゃん」だとか、実際には隠している人がいっぱいいるんですよ。そういう偏見を持っている人たちに、まずは見てほしいと思うんです。お母さんとか、自分の娘が自傷行為をしていてどうしたらいいかわからないという人とかにも、作品を見てもわからないかもしれないですけど、作品と必ずトークショーがあるので、そういうときに来ていただければ、子どもに対してどう接すればいいかということもわかってくるだろうし、作品を見ても彼女たちの苦しみとかそういうことはわかると思います。当初から自傷行為の人たちに向けて作った作品ではないので、当事者を偏見を持っていた人たちにまずは見てもらいたいですね。いまのところは当事者の方に多く見てもらっているのですが、それはぼくにとってとても心強いことで、上映が始まると同じ客席のなかに自傷行為をしている人と偏見を持った人とが集まるわけです。そこでどうなるのか不安でもあり、トークショーのときにゲストも交えてディスカッションしたいとすごく思っているんです。
■ 次回作『体温』
――最後にこれからのことをお伺いします。『体温』(2010)という次の作品がすでに完成していると聞きますが、この作品は。
緒方 3部作にしようと決めているのですが、カラーで言うと『終わらない青』が〈青〉だとすると、『体温』は〈赤〉、その次は〈白〉をテーマにしたいと思っています。孤独、コミュニケーションが取れない人たちを描いた3部作。『終わらない青』だと主人公の楓もそうですし、お父さんもお母さんもそうですね。次の作品は主要キャストが2人の、70分以上ある長編なんですが、主人公が引きこもっている男で、対人恐怖症。ラブドールを恋人にしている男の話で、その男が人形と瓜二つなキャバ嬢と出会う。キャバ嬢というのも孤独を感じているとぼくは思っているんですが、(作品に登場するのは)源氏名と本名とがあって、その本当の自分とキャバクラでの自分との間で葛藤している女性なんです。そのキャバ嬢と引きこもりの全然違う世界に住んでいる2人が、あるときお互いの孤独を埋め合ってゆくという、そういう話なんです。
――次の作品もたのしみにしております。今日はどうもありがとうございました。
緒方 ありがとうございました。
( 取材・構成=萩野亮 )
監督・脚本・撮影:緒方貴臣
出演:水井真希、小野孝弘、三村純子、池崎みなみ、八木亜由美、樋口海生、高橋永、もも
予告編ナレーション:若松かずさ 撮影助手:杉本博史 録音:野田花子 照明:植野雅子
記録:中川薫 美術:狩野恵 特殊造型:戸塚聡 特殊メイク:若松直人 助監督:鳴海潤、 原野柊人
制作進行:草本雄志、 野村新作 整音:武田慎二 編集:澤井祐美 スチール:福田晃弘
協力:下川友理子、 中村さやか、 後藤将士、 五代聖人、 宮本学弥、 藤本幸治、 山岡直人
宣伝協力:酒井慧 グラフィックデザイン:木下デザイン事務所
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主なキャスト / スタッフ
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