緒方貴臣 ( 映画監督 )
映画『終わらない青』について
2011年6月4日(土)より、渋谷アップリンクにて3週間レイトショー上映!
20代前半女性の7人に1人が自傷行為を経験している。この事実に衝撃を受けて制作された映画『終わらない青』は、鮮烈な色彩表現と、仮借ない描写で観るものにリストカットと性虐待の現実に否応なく向き合わせる。本作が最初の作品となる緒方貴臣監督に、作品の背景を伺った。(取材・構成=萩野亮 )
■ 7人に1人
――作品の成り立ちからお伺いしたいと思います。パンフレットのコメントでは、「20代前半女性の7人に1人が自傷行為を経験している」ということを知って衝撃を受けた、とお書きになっていますが、この事実をお知りになったときのことからお聞かせください。
緒方 映画学校を辞めて、学校に払うお金があったらそれで映画を作ったほうが早いなと思って、その題材を探していたんですね。新聞なり本なりを読んでいて、あるとき雑誌のひとつの特集で、リストカットについて書かれていたんです。『DAYS JAPAN』という雑誌なんですが、そこで岡田敦さんという写真家の方の、『I am』(赤々舎)という写真集が紹介されていて、それがリストカットの傷を写したものだったんです。そこで「7人に1人」ということを最初に知ったんです。
――それはいつごろのことですか。
緒方 映画が一昨年(2009年)の作品で、その撮影のたぶん半年前くらいだと思います。リストカットってドラマとか小説では軽い扱い方をされていて、それがファッションに発展しているというか、流行になっている感じがあったんです。ストーリーのアクセサリーとしてリストカットを描くのはよくないと思ったので、描くならちゃんと向き合いたいなと思ったんです。ただぼくにはそういう直接の知り合いがいなくて、どっちかというと(リストカットに対して)すごく偏見を持っていたので、友人づたいに紹介してもらって話を聞いたりしたんです。一番大きかったのは(主演の)水井(真希)さんが自傷経験者だったことで、彼女からの話をかなり作品に盛り込んでいます。
■ ジャーナリズムから映画へ
――今回の映画がはじめての作品になるわけですけど、この企画を映画でやろうと思われたのは。
緒方 もともとぼくは、映画を作りたいというよりジャーナリストになりたいというのが強くて。20歳から5年間会社を福岡で経営していたんです。そこを辞めたあとに、海外を放浪していて、そのとき日本以外の国をはじめて知りました。たとえば東南アジアとか行っても、貧しい生活をしている方とかかなりいますよね。そういう海外のことを伝えたいなと思ったんですよ。そのとき偶然にマザー・テレサの本を読む機会があったんです。日本人がインドへボランティアによく来るらしいんですが、マザー・テレサは、日本にいても求めている人たちがたくさんいるから、まずは自分の周りの人たちを大事にしなさい、と言うんです。それで目を身近なものにまず向けました。そのときいろんな問題がはじめて見えてきたんです。 映画を作りたいとは小学生のころから思っていたんですけど、でも映画ってなかなかひとりでできるものじゃないですよね。それで東京に来たときに『DAYS JAPAN』の編集長の廣川隆一さんの写真展があって、そこでお話しさせていただいたことがあったんです。もともとぼくはイスラエル・パレスチナ問題に関心があって廣川さんを知ったんですが、ぼくが映像を作りたいという話をしたら、マザー・テレサと一緒で、海外に行ってパレスチナ問題などを扱っている人はたくさんいるから、日本のたとえば東京にいて、孤独とか、リストカットもそうですし、そういうところに目を向けてほしいと言われたんですね。
――映画で描こうというときに、たとえばドキュメンタリーとして彼女たちを取材して作るということもできたと思うのですが。
緒方 まだ映像を何も撮っていない人間が言うべき言葉ではないですけど、ドキュメンタリーには限界があると思っているんです。カメラで撮って見せたい人物がいますよね、その方にカメラを向けた時点でもうぼくはリアルではないと思っているんです。他者が近くにいるということは、その人間を萎縮させるか、逆に饒舌にさせるかのどっちかだと思うんです。その意識は必要ないなと思って。いろんな過去のドキュメンタリーなんかを見ても、極論で言えば、『ゆきゆきて神軍』(原一男監督)なんかがわかりやすいですが、ああいうパフォーマンスになってしまう。ぼくはなるべく日常を見せたいなと思ったので、劇映画のほうがいいと思ったし、ドキュメンタリーは人を傷つけてしまうことがあるじゃないですか、そういうことはぼくにはできなかった。 ぼくの好きな映画監督の人たちは、もともとドキュメンタリーを作っている人がほとんどなんですけど、やっぱりその限界を感じて、劇映画を撮っている。ダルデンヌ兄弟やキェシロフスキ、是枝(裕和)監督もそうです。
■ 主演・水井真希さんとの出会い
――主演の水井さんとはどのような出会いだったのでしょうか。
緒方 ぼくは学校に行っていない分、スタッフやキャストの知り合いがまったくいない状況だったんです。福岡から上京してまだあまり経っていなくて、そういうツテもなかった。どういうふうにして集めればいいかわからなかったんで、インターネットで映画の出演者募集というのがいろんなところであるんですね。とりあえずそこでいくつか出して、10~20人くらいから応募があったうち3、4人とお会いしました。最後に会ったのが水井さんで、一発でこの人だと思って。でもそのときに頼むのは、ぼくも初めての経験だったので(できなかった)。それで先に脚本のたたき台を渡して、読んでもらったんです。それから水井さんとは何回か会って、電話して、家の間取りとか、寝るときに枕を使うかとか、そういう細かいことまで聞いて、それを全部(脚本に)盛り込んで、実際に親との関係なんかも聞きました。リストカットの方法も、彼女がやっていたやり方がちょっと変わっていたので、それもそのまま盛り込みました。
――インターネットで募集をかけられたときは、リストカットの経験者ということで呼びかけたのですか。
緒方 そういうわけではなくて、題材がリストカットと性虐待を扱っている作品ということで、あらすじを載せました。黒の長い髪で、細身の女性ということを最低限の条件として募集しました。それで、(水井さんは)自分に合っていると思ったんでしょうね。出演をお願いしたときには、(自傷経験者であることを)まだ知らなくて、話をしているうちに、「周りで自傷行為をしている方とかいますか」って聞いたら、実は自分がやっていたということを聞いて、それで知ったんですね。ただ会ったときから何か翳があるなとは感じていて、それが主人公のキャラクターにぴったりだなと思ったんです。
――リストカットのディテールがすさまじいと思いました。カッターナイフを包んでいる布の感じ、しかもそれがかわいらしい箱に入っている。あのあたりはすべて水井さんのアイディアなのでしょうか。
緒方 箱はぼくの手作りなんです。彼女のキャラクターの設定として、ものを大事にしている、思い出を大切にしているというのがあったんです。水井さん自身もそうだったんですが。それで小学生のときに作ったような粘土細工みたいなものが机にほしいなと思っていたんですよ。それに大事にしまいこむというふうにして。それとあの布ですね。あれはさらしなんですけど、あれは水井さんの、むかし本当に使っていたさらしで、そこについている血は水井さんの当時の血がついているんです。あたり前ですが、だからリアルなんです。彼女もやめたとはいえそのときの身体の感覚をずっと憶えていると思うんですね。彼女自身が言っていますが、心臓がばくばくするというか。
――切った血をティッシュでふき取るという行為と、父親が食事の際にナイフと箸をやはりティッシュでていねいにふき取る。この「ふき取る」という行為が重ねられているように見えました。
緒方 そうですね。この映画は性虐待を扱っているんですが、性虐待はよく義理の父親がやっていると思われている、ぼくはそう思っていたんですけど、実際には実の父親からの性虐待のほうが多いんですね、データとしては。それをぼくは台詞では伝えたくなかったんです。脚本を読んでもらったときに、「これは義理の父親?」って聞かれたんです。ぼくは映像で、言葉じゃないもので、それを表現したいと思いました。彼女はお父さんことを嫌いではないんですね。けどそういうこと(虐待)をされているから恐い存在であるわけです。でも、皮肉にも親子だから似ているところをどこかで出したいと思って、潔癖な部分と、ふき取ったティッシュが山盛りになっているというのを、父親の食卓と主人公の机に並べてみたんです。
監督・脚本・撮影:緒方貴臣
出演:水井真希、小野孝弘、三村純子、池崎みなみ、八木亜由美、樋口海生、高橋永、もも
予告編ナレーション:若松かずさ 撮影助手:杉本博史 録音:野田花子 照明:植野雅子
記録:中川薫 美術:狩野恵 特殊造型:戸塚聡 特殊メイク:若松直人 助監督:鳴海潤、 原野柊人
制作進行:草本雄志、 野村新作 整音:武田慎二 編集:澤井祐美 スチール:福田晃弘
協力:下川友理子、 中村さやか、 後藤将士、 五代聖人、 宮本学弥、 藤本幸治、 山岡直人
宣伝協力:酒井慧 グラフィックデザイン:木下デザイン事務所
2011年6月4日(土)より、渋谷アップリンクにて3週間レイトショー上映!
- (著):岡田 敦
- 発売日: 2007-07-11
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- (著): 林 直樹
- 発売日: 2007-10-19
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主なキャスト / スタッフ
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