映画祭情報&レポート

第66回カンヌ国際映画祭レポート【2/5】
深谷 直子

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親としての悩みを突き詰めた是枝裕和監督を祝福が包む
『そして父になる』

是枝裕和監督
是枝裕和監督
コーエン兄弟やスティーヴン・ソダーバーグ、ロマン・ポランスキー、ジャ・ジャンクー、日本からは是枝裕和監督と三池崇史監督、直前にジム・ジャームッシュが追加発表され、昨年同様カンヌ常連の実力派監督が揃ったコンペティション。その一方でヴェネチア常連のアブドゥラティフ・ケシシュといった巨匠から新鋭までのカンヌ初参加組も混じり、偏りはあるが昨年よりは国際色も監督の層も豊かだった。ただ、作品は全体的に小粒で現実的であり、米仏の常連監督の作品も彼らの最高傑作を超えるものはなく、名前だけで選ばれたかと思わせるものも多かった。監督・俳優とも女性の影が薄いのも気になるところではあった。しかしそんな中、重厚で挑戦的な作品がしっかり星取表の点を集め、結果的に賞の行方もほとんどそこに一致した。家族、恋愛から暴力までを日常の繋がりの中で描き、ありのままの社会の現実とそこで生きる人間の姿が力強い「映画」となる。監督たちがこの混乱した世界で自分は何を撮るべきなのかしっかりと向き合い、批評家も、監督・俳優で固められたチームの審査員もそれを真摯に受け止めた。喜ばしい結果となった受賞作を中心に振り返りたい。

昨年からカンヌに参加した私にとって、コンペ3日目に上映された是枝裕和監督の『そして父になる』はコンペで観る初めての日本の作品であり、また映画祭序盤から心を大きく揺さぶられた作品であった。6歳になるまで育てた息子が、実は出生時に病院で取り違えられていたことを知った家族の葛藤を描く物語だが、主人公となる父親をエリートビジネスマンに設定したことで、親子を繋ぐものとは何かを問うのに加えて、現代人の脆弱さも考えさせるものとなった。主人公は実の息子が地方で商店を営む夫婦に育てられていたことに動揺し、彼らを露骨に蔑みながら偏狭な自我をむき出しにする。その姿は本当に弱く醜く、彼は孤立していくが、そう簡単に関係を投げ出せないのも、親身に考えられるのも、家族というものだ。彼らがともに苦悩を乗り越えて家族として再生する姿が、是枝監督ならではのドキュメンタリー風の演出で生々しく映し出されていた。
一方、取り違えの相手の夫婦は子だくさんで家業も忙しい中精一杯の愛情を子どもたちに注ぎ、清水宏や小津安二郎といった昭和の名匠が描いた厳しくあたたかい家族像を思わせた。むしろこちらは今の時代に幻想的だが、そうした対比も海外で分かりやすさと親しみをもって受け入れられる要素となったことだろう。ちなみに『そして父になる』上映の前日にはカンヌ・クラシック部門で世界の映画に描かれた子どもをテーマとするドキュメンタリー『A Story of Children and Film』(監督:マーク・カズンズ)を観たのだが、そこには清水、小津から相米慎二監督、是枝監督の『誰も知らない』(04)と『奇跡』(11)まで、新旧の日本映画も数多く取り上げられており、今子どもを理解することの重要性とともに、純真な子どもの視点や家族の姿を繊細に描くものとしての日本映画の評価の高さや人気を実感した。だからこそ、是枝監督がこの作品で家族のテーマとともに経済格差という現代の日本の社会問題をも描いたように見えることを意外に思う海外記者もいたようだった。是枝裕和監督、福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー是枝裕和監督、福山雅治是枝裕和監督、福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー記者会見では内容や演出に関する質問が活発に飛び交った。監督はこの作品を「自分が父と母を亡くし、子どもを持つようになったことで家族の中での立ち位置やあり方について考えるようになった」ことから撮り、そうした自分自身を考察するために設定したであろう主人公について「プライドが高い主人公が子どもの問題と直面したときにいちばん負荷がかかるよう経済レベルの違う家族を相手に置き、ショックを与えて価値観が逆転していく様子を描きたかった」と語った。また、実生活では独身の福山雅治は、主人公の父親役への抜擢に戸惑ったそうだが、監督からは「この物語はだんだん父親になっていく男を描くものなので、むしろ父親に見えない方がいい」と言われ、「撮影していく中でだんだん成長していけたら、と考えて撮影に挑んだ」と語った。さらに福山演じる父親を、実の息子が「なんで?なんで?」と畳みかけることで追い込んでいくシーンがあるが、これは子役の俳優本人の口癖を取り入れたものだとのこと。俳優の個性から役を作り上げる是枝演出は今作でも活きているが、そうした監督の洞察力が、本作では父親としての自分自身を突き詰めたいという思いにも向かった。「個人的なテーマについての映画が国境を越えられるのか」という不安もあったというが、そこはこれまでにない周到さで臨み、映画として効力を発するように明確な構図を築くことで突破した。
養子縁組が珍しいことではなく離婚率も日本よりも高い、血縁ではない子どもと接する機会の多いカンヌの観衆にとって、「血のつながりか、過ごした時間か」を問うこの作品は、ごく身近な問題として響いたようだ。公式上映後の10分近くも続いたスタンディング・オベーションは、何度かコンペ上映を体験している是枝監督も「ああ、届いているな」と心から感激するものだったとのこと。深夜の囲み取材で、監督と俳優たちの自信と喜びに溢れた興奮の声を聞き、映画祭という祝福の場に居合わせることの幸せを、私も初めて噛みしめた。星取表でも高得点で、その後映画祭後半まで、上映待ちの列に並んでいるときなどに『Like Father, Like Sun』という英題や是枝監督の名前が賞賛とともに語られるのを聞いては受賞への期待を高めていたが、審査員たちにもその感動は鮮明に刻まれ、スピルバーグからの「会期中何らかの賞から外そうと思ったことはなかった」との賛辞とともに『そして父になる』は見事に審査員賞を受賞した。

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第66回カンヌ国際映画祭 (2013/5/15~26) 公式

2013/07/27/14:42 | トラックバック (0)
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