インタビュー
田中情監督

田中 情 (映画監督)

映画「シンクロニシティ」について

公式

2011年6月11日(土)より渋谷UPLINK Xにてロードショー

女たちにカネを無心しながらモラトリアムを生きる画家志望の男・岡崎と、援助交際でカネを稼いでは彼に貢ぐ女・緑子。ズルズルと関係を続ける二人だが、突然振りかかる暴力の連鎖が彼らの人生を変えていく……。『シンクロニシティ』は現代社会のひずみとそこでの重苦しい青春を描く作品だが、不器用な若者たちが人生に立ち向かう瞬間の鮮烈さに心打たれ、その横では百々和宏や田渕ひさ子ら気鋭のオルタナ・ミュージシャンが軽やかに演技するのに驚かされる。 製作費150万円の低予算の自主映画ながら、様々な楽しみ方ができる良質エンターテインメントに仕上がった本作。新鋭・田中情監督に、異色の経歴から映画作りに対するとても率直な想いまでをうかがった。(取材:深谷直子

田中情 福岡県出身。地元の工業高校卒業後、就職のため18歳のときに単身上京。製造工場で働くが2年でドロップアウト。肉体労働など様々なアルバイトで生計を立てる。上京後から始めたボクシングのプロライセンスを取得するがボクサーの道は諦める。20代中盤より独学で映像制作を開始。2009年に映画制作の知識や経験のないまま、自ら企画、製作、監督、脚本、配給、宣伝を担当した初長編映画『キリトル』が渋谷UPLINK Xで劇場公開される。東洋美術学校夜間絵画科卒。

――『シンクロニシティ』はミュージシャンが多数出演する異色作として話題になっていますが、田中監督ご自身も「元ボクサー」「元フリーター」などのちょっと変わった出自で紹介されることが多いですよね。まずは映画作りを始めるまでの経歴をお聞かせいただけますか?

田中情監督2田中 出身は福岡県の工業地帯の人口3万人ぐらいの小さい町です。そんなところだと町の人にはそこから出るという発想はないんですよね。当たり前のように地元で結婚して子供を産んでという感じで。僕は工業高校を出たんですが、地元での就職にあぶれてしまい上京してきたんです。製造工場で2年間働いたんですけど、そこに馴染めず辞めてしまった。まあちゃらんぽらんだったっていうことですよね、上京したときは18かそこらで何も分からなかったので。
会社を辞めても自分でやりたいというものは何もなかったんですけど、勤めていた時に先輩の影響でボクシングを始めていて、それは続けていました。生活もしていかなきゃならないのでアルバイトをしながら。でもボクシングも特にやることもないのでやっていたという感じで、カッコイイものではないんです。ただ、せっかく東京に出てきたので、何か可能性があるかもしれないとは思っていましたね。
そのうちにアパートの近くのレンタルビデオ店でバイトとして雇ってもらって、いろいろなビデオを観るうちに自分でも撮ってみたいなと思うようになったんです。最初は漠然とした夢物語みたいな感じでしたが。

――それが映像の世界に進もうとするきっかけなんですね。でも思い立っても当時は機材を揃えて自分でやるのも大変ですよね。

田中 まず無理じゃないですか。Hi8とかは出ていましたがパソコンで編集とかはまだ身近なものではなかった。映画の現場に入ってADとかそういうのも僕は嫌だったんです。でも何か映像の技術を身に付けようと思って、その頃、1998年ぐらいかなあ、CGが映画の前面で使われるようになってきていて、そういう専門学校が結構できてたんですね。夜間で行ってみようかなと思って、ローンを組んで、半年間パソコンの使い方から勉強しました。本当に基礎なのでそこでの勉強だけでは全然使い物にはならないんですけど、自分で機材を買って、ビデオ店もやめて朝晩バイトをして、家で独学で勉強してました。
技術を身に付けると映像の仕事が少しずつ入ってきて、テレビ番組のCGを作ったり、アーティストのライヴのオープニング映像やPVなんかを作ったりして、20代後半から映像の仕事で食っていけるようになったんです。でも行き詰まりを感じてだんだん心身ともに疲れていって、ついに倒れてしまって。仕事を辞め、貯金も底を突いてしまいました。療養して体調が戻ると、技術はあったので映像会社に就職したんですよ。でも半年で上司と喧嘩して辞めてしまった。
『シンクロニシティ』それで酒におぼれていたんですが、友人の俳優の青柳尊哉くんが、「俺を使って何か撮ってみてくれよ」と煽るように言ってきたんですよ。じゃあと言って脚本を書き始め、最初は半信半疑だった青柳くんもスタッフやキャストを集めていくうちに本気になっていって、一気にガーッと撮りました。それが前作の『キリトル』(09)です。自信があったので公開するかDVDにするか、どちらかにはしたいと思ってスーツを着て営業に回って、アップリンクさんがかけてくれることになりました。

――組織にはやはりうまく馴染めないということで苦労もされたようですが、自分で映画制作の道を開いていったんですね。『キリトル』は好評で、すぐに『シンクロニシティ』に着手したそうですが。

田中 『キリトル』を2009年の7月に公開して、8月に公開が終わって、10月に『シンクロニシティ』の準備をして。すったもんだがあって2010年の4月に撮って、完成したのが9月ですね。今も公開に向けて音の調整とか少しずつ直してはいるんですが。

――スピーディですよね。私は『キリトル』を観ていないんですが、タイトルのとおり日常を切り取って見せるように作った作品ということです。今回の『シンクロニシティ』も手法としては前作を踏襲したということになるんでしょうか?

田中 そうですね、『キリトル』のほうがもっと日常を切り取っている感じですけどね。『シンクロニシティ』は事件が起こるし、前作よりもダーク。

――今作では確かに事件は起こりますが、全体の印象としては淡々とした感じで。説明というものがなく長回しの撮影で人物の行動や感情の揺れを観察するようなところが切り取っている感じがしました。観る人に余韻を残していろいろ考えさせる映画だと思いますが、この作品でやりたかったことは何ですか?

『シンクロニシティ』2田中 今の日本の様々な問題を詰め込んで、人が普通に生活していく中で気付いていないことを切り取って見せたいと思いました。小林且弥さん演じる主人公の岡崎は働かず女にカネを貢いでもらって暮らしている28歳の男です。社会通念として外れているキャラクターかもしれないけど、そういう人間はダメなのか、会社員だとか誇れるような職業に就いていたら人間性もよいと言えるのか、っていう思いがあって。一般的に見たら無気力で嫌な男だなあという感じの岡崎が、ある出来事をきっかけに感情を爆発させ、暴力がいいか悪いかは別として、自己主張として行動を起こす。観る人にとっても逆転が起こると思うんですよ。人間の本質とは何か、それがいちばん描きたかったことですね。
でも核となるテーマ以外にもいろいろなテーマが散りばめてられていて、観る人によって答えは違うと言うか、様々な観方で楽しんでほしいですね。こうじゃなければ映画じゃない、というようなのは、僕は嫌なんですよ。総合芸術って言うじゃないですか。例えばブラッドサースティ・ブッチャーズのひさ子ちゃんがワンピースを着て出ているのが楽しい、と観てくれてもいいし(笑)。

――確かに観る人によってツボとなるところはいろいろある作品だと思います。私はここで笑うけど、他の人はきっと笑わないだろうなあ、というシーンもいろいろありました。ひさ子さんを起用したのには監督のサービス精神が働いているんですね。

田中 やっぱりいつもジーパンなので、化粧してもらって脚を見せようかな、そうするとファンは萌えるかな、と(笑)。そういうのも楽しみのひとつなんです。もちろん満足のいく演技もしていただきました。

――そうですね、私もひさ子さんの役どころがいちばんのサプライズでした。こんなクールな雰囲気を出せるなんて思わなかった。長回しのシーンをしっかり演じ切っていたし、こういうのワクワクしますね。脇を固めるキャストがミュージシャンなどプロの俳優ではない方ばかりというのがヴィヴィッドな感じで面白いですよね。しかも脇役も、ひとりひとり映画では描かれていない背景がちゃんとあるんですよね。ひさ子さんが演じているのは古着屋を2店舗経営する28歳、とか。映画を観てから公式サイトでそういう設定があるのを見たんですが、このひとりひとりにもドラマがあるんだなあということを考えて楽しみました。しかも結局みんな悪い人ではないんですよね。

『シンクロニシティ』3田中 そうですね。いい人・悪い人ってみんな決めたがるんですけど、そういう単純なものではないと思うんです。人間ってやっぱり多角的な生き物で。本当の善人とか本当の悪人というのは一部の人で、何かちょっとトホホな感じで生きにくい現代を何とか生きている人がほとんどのところだと思います。

――ラストも余韻を残す感じで。この作品はハッピーエンドというわけではありませんが、岡崎と緑子という主人公2人が分かり合って距離を縮めたところで終わります。でも現実には彼らは罪を犯しているわけじゃないですか。このまま幸せにはならないんだな、と映画を観終えてもその先のことを想像してしまうんですよね。でも彼らには人を傷付けようなんていう気持ちはなく、他人の欲望に巻き込まれて、やむを得ずやってしまったというのがやるせないなと。

田中 3.11の地震があって、あれにも言えることなんだけど、突発的な暴力ってあると思うんですよ。一見平和なところでも本当は暴力と隣り合わせなのに、麻痺している部分があるなと思っていて。原発で事故が起きて、200㎞先ってすぐ近くじゃないですか。でもそんなに大変なことなのに、今もこうして普通に過ごしている。戦後からの長いルーツがあると思うんですが、そういう今の日本的な恐さを描きたかったんです。僕自身がやっぱり長い間一人でいていろいろなことがあったので、危機意識が高いんですね。いざと言うときには誰も助けてくれないものだと思っていて。今は結婚していて、よく「守るものがあると強い」と言いますけど、守れなかったらと思うと恐いですよね。考え過ぎだと思う人もいるかもしれませんが、実際そんな体験もしているし、そういう怖さは常にあるというのを意識しなければならないと思いますよね。

――ラストを、事件の決着は付けないまま終わらせようというのは、最初から決めていたんですか?

田中 ええ、醒めた淡々とした若者たちが、成長じゃないんですけど、最後自分自身に気付くっていうところまでを描こうと。ラストについては賛否両論もありますし、まあちょっと不思議な映画だと思いますね。

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シンクロニシティ 201年/日本/カラー
企画・製作・監督・脚本・編集・監督:田中情
出演:小林且弥,宮本一粋,百々和宏,田渕ひさ子,富澤タク,りりィ,高木三四郎,星野あかり,橋本一郎,松田百香
公式

2011年6月11日(土)より渋谷UPLINK Xにてロードショー

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  • 監督:佐向大
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  • 監督:有馬顕
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2011/06/09/21:04 | トラックバック (0)
深谷直子 ,インタビュー
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