社会の閉塞感にもがきながら、必死に居場所を探そうとする現代の若者を描いた『ロストパラダイス・イン・トーキョー』。破天荒ながらも漲るパワーで彼らの迷走に誘い込み、やがて驚きのカタルシスをもたらす、白石和彌監督の渾身のデビュー作だ。3人の俳優たちのアンサンブルが見事であり、彼らの間の息苦しい空気感まで映し取るようなカメラは、ときに不穏に、ときに優しく、リアルな世界を形作る。この印象的な撮影は若松組での盟友・辻智彦氏によるもの。ドキュメンタリー出身ならではの「掴まえに行く」撮影術を伺った。(取材:「人の映画評<レビュー>を笑うな」編集部 文:深谷直子)
辻 智彦
1970年、和歌山県出身。TV撮影技術会社に勤務後、フリーとなる。 『ザ・ノンフィクション』『世界の車窓から』などTVドキュメンタリー多数撮影。若松孝二監督『17歳の風景』(05)より劇映画にも進出。『日本心中』(05)でJSC審査員特別賞、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)で三浦賞、毎日映画コンクール撮影賞受賞。本年公開作に『キャタピラー』。
――本作で監督デビューを果たした白石和彌監督との盟友関係をお聞かせいただけますか?
辻 白石さんとは彼が助監督のときに若松孝二監督の作品2本でご一緒したんですが、何かのときに彼が「人は相手のことを分かっているようでいても結局分かり合えないものなんだ。でも分からないことを分かることが大事なんだ」というようなことを言っていて、それを聞いてこの人は信頼できるな、と思ったんですよね。分かり合えなくても絶望ではなく、分かり合おうとすることに人間があるという、その感覚をそうだなあと思ったりして。
――それはまさにこの作品のテーマですよね。
辻 あと、白石さんはロマンポルノが好きなんですよ。特に『(秘)色情めす市場』(74/監督:田中登)が好きだということで、僕もものすごく好きなので、そういうところでも、なんかいいなあと思ったんですね(笑)。共有する感覚があるなあと。で、今回、白石さんから「映画を撮ることになったんだけど撮影をやってもらえませんか」と電話がかかってきて。脚本を読む前にもう、白石さんからの指名ということでやることに決めていましたが、脚本を読んだらすごくいいので、これは行けそうだなと思いましたね。
――先に白石監督にお話を聞いた中では、ドキュメンタリー出身の辻さんに、現場で初めて芝居を見せて勢いで撮ってほしいというのが狙いだったそうですが、撮影プランはその場でご自分で考えていく感じだったのですか?
辻 もちろん僕の一存ではないんですけど、この映画で白石さんは多分、俳優さんたちの感情をどううまく引き出すかということに主眼を置いていたのではないかと思うので、芝居を見てその場でどうそれを掬い取っていくかという感じでしたね。演技を見ながら、この感動をどう撮ればいちばん掴み取れるかを考えて。そういうこともあってほとんど手持ちで撮っているんですけどね。
――最初のほうでの朝ごはんのシーンがおもしろくて。テーブルを挟んで両脇にいるマリン(内田慈)と幹生(小林且弥)を交互に映すところで、ふたりに温度差があるのがくっきりと分かるのが絶妙だなと思いました。
辻 俳優さんたちが作ってくれる空気感があるので、その空気をどうすればいちばん表現できるかを考えて。少し溜めを持ってパンして、その間の悪さみたいな、そういうものです。芝居を見ながらその空気をどう掴まえるか、と。
――印象に残っているシーンはどこですか?
辻 早朝の海で幹生とマリンが言い合っているシーンですね。それと実生(ウダタカキ)がいなくなって、アパートで幹生とマリンが言い合いをして、幹生が出ていきマリンがひとり残されるところも、個人的には思い入れがありますね。テンションを上手く掴まえられたな、という気がします。
――顔のアップなども多くて、カメラの存在感はあるんだけれどもわざとらしさはない、絶妙なカメラワークですよね。
辻 白石さんがそういう撮り方を信用してくれたということもあると思います。撮影に入る前に白石さんからこういうイメージで、と渡されたのがマイケル・ウィンターボトム監督の『ひかりのまち』(99)というイギリス映画のDVDなんです。都会で暮らす女性の不安定な生き方を描く映画なんですけど、それもフリーハンドで撮っていて、心理を繊細に掬い取るようなタッチの絵で。そこは意識しましたね。でもヨーロッパの映画は動きがすごく速かったりするんですよ。それで白石さんには、日本人なので自分の中に染み付いたカメラワークのリズムがあるから、それは多分そういうリズムで行くことになりますよ、とは話していたんですね。カット割りもそんなに細かくはならないだろうしと。白石さんはそれでいいんじゃないですかと言ってくれて。
――狭くて雑然としているアパートの中のシーンでも、光の入り方などがてもきれいなのが印象的でした。
辻 ライティングとかで特にきれいな映像にしようというようなことはないんですよ。基本的に自然光で、コントラストも結構見せているし、暗いところは暗いままにして。照明の大久保(礼司)という、いつも若松組で一緒にやっているヤツがいて、気心が知れているのですぐに意図が伝わるんですよ。シーンの意味を理解してやってくれるんですね。美しく撮るっていうつもりは全然ないんですけど、力のある映像にはしたかったですね。具体的に言えばカメラのアングルとか距離とか、そういうものになるんですけど。やっぱりカメラと芝居する人との距離と角度が大事ですね。泣いている人に真正面から入るのも変だし、ガラスがあったら入れないし、みたいな。距離感で作っていくと言うか。
――俳優さんもいい顔に撮られているなと思いました。
辻 俳優さんはみなさんよかったですね。リアリティがあると言うか、その場にちゃんと生きているような芝居をしていたので。俳優さんもやっぱり撮り方を信用してくれているところがあったと思うんですよね。カメラを構えているから泣くときに無理にこっちを向いて泣くとか、そういうことを一切しない人たちだったので、それは非常によかったですね。表情が映らないとなったらこちらが回り込んでいくという感じで、緊張感と言うか映画のテンションがそれで上がっていくというところもあったと思います。カメラに向かって演技するという感じではなくて、感情で演技をしているところをカメラで掴まえていく感じで、そういう意味では俳優さんたちともうまく噛み合えたかなと思いましたね。
――劇映画もドキュメンタリーも撮られていますが、違いをどう意識されていますか?
辻 劇映画とドキュメンタリーとでは撮るものが違うという感じですね。ドキュメンタリーは人そのものを撮っていって、人そのものに奥行きやリアリティがあるから、その奥行きで世界が見える。ドラマのほうがもっと一段上の見えないレベルを撮るという感じです。俳優さん自身の奥行きには別にリアリティはないけれども、その代わりに核心というのは別にあるんですよ、全体を作る世界というのが。ドキュメンタリーも劇映画も核心を掴まえるということでは同じですけれど、核心がどこにあるかが違うということですね。
――撮影に特にこだわったところはありますか?
辻 幹生のアパートの空間の見せ方というのはかなり意識しました。すごく狭い2DKの部屋をどうドラマ空間にしていくかということで。マリンと実生が下で踊っていて幹生が起きて探しに行くというシーンでは、動きながら注文させてもらいましたね。外に出てここに入って、カメラはここで、というように、空間的なものを見せるようにした部分ですね。あとは白石さん的なこだわりのシーンというのもあって、そこはどうしようかなあと。
――どのシーンですか?
辻 踊るシーンとか(笑)。
――ああ(笑)! 今までああいう現実的ではないシーンを撮ることはあまりなかったと思いますが、辻さんとしてはあのシーンはどうでした?
辻 まあ途中からファンタジーになるということで納得はしていたんですが、難しいですね(笑)。でもかなり勉強にはなりました。白石さんは信頼できる演出家なので、やっていると分かるんですよね、ちゃんと見えているな、とか。白石さんがこうしたいんだ、と言ったらああそうか、という感じでやりましたね。
――最後に公開にあたってのメッセージをお願いします。
辻 小さい規模かもしれないですが、感情の喚起力のある映画だと、僕は観て思ったんですね。非常にストレートだし、いい映画になっていると思いますので、どうぞ多くの方に観てほしいです。
(2010年9月9日 東中野・ポレポレ坐で)
取材・撮影:「人の映画評<レビュー>を笑うな」編集部 文:深谷直子
- 監督:若松孝二
- 出演:坂井真紀, ARATA, 伴杏里, 地曵豪, 並木愛枝
- 発売日:2009-02-27
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- 監督:マイケル・ウィンターボトム
- 出演:ジナ・マッキー
- 発売日:2010-08-27
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