佐向 大(映画監督) & 小林 且弥(俳優)
ナンセンスな笑いと空虚感が混じりあった、これまでにない感触を持った映画、それが「ランニング・オン・エンプティ」である。恋愛映画でもコメディーでもシリアスドラマでもない、明日なきヤツらの姿をあるがままに焼きつけた「青春失走ムービー」とも呼べる作品に仕上がっている。
主演のどこかヌケてる男のヒデジ役に『リンダリンダリンダ』、『ビルと動物園』で鋭い演技を見せた小林且弥。その恋人のアザミ役に『SR サイタマノラッパー』での演技が光っていたセクシーアイドルみひろ。アザミの計画に巻き込まれる祐一役に『赤目四十八瀧心中未遂』、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、先日のベルリン国際映画祭での受賞も話題の『キャタピラー』の公開も控える大西信満。また都合よく利用される情けない後輩の田辺役を『パンドラの匣』の杉山彦々。『ラスト サムライ』の菅田俊、『HANA-BI』の大杉漣、『ウォーターボーイズ』の角替和枝といった日本映画界を代表する名優が快演し強烈な存在感を発揮する。
監督は自主映画ながら劇場公開されたロードムービー『まだ楽園』で脚光を浴び、死刑に立ち会う刑務官の心の揺れを描いた『休暇』では脚本家としても注目を集めた佐向大。商業映画監督デビューとなる本作では秀逸なコメディセンスと高い構成力を発揮し、堂々とした快作をものにした。撮影に『亀虫』、『パビリオン山椒魚』など冨永昌敬監督の作品を手がけてきた月永雄太。録音・効果・整音に『人のセックスを笑うな』、『パンドラの匣』の高田伸也と日本映画の注目のスタッフが参加。また主題歌「EMPTY RUN」をインディーズで活躍し、佐向監督もファンであるガレージロック・バンドのミサイルズが提供しているのも話題だ。
なお、このインタビューはわたなべりんたろうが講師を務めた講座の受講生のフリーペーパー「人の映画評<レビュー>を笑うな」と提携している。インタビューが掲載される「人の映画評<レビュー>を笑うな」Vol.2は近日発行予定である。発行され次第、情報をアップするのでお待ちいただきたい。
<New Cinema Crusaders>
邦画ブームと呼ばれて久しいが、大資本主義の中で生まれていく大型作品を横目に、我々のようなインディーズ映画界に身を置くものにいったい何が可能なのか。大型資本を投下しないと良い映画を製作することはできないのだろうか、また、多額の宣伝費を使わないで多くの観客に見てもらうことは不可能なのだろうか。本シリーズは、まだ商業デビューしていない作家監督たちの、まだ見ぬ才能の発掘をサポートし、そのステージを提供することにより、新たな感動を観客に提供できればと思っています。
Crusadersの語源と思われるCruciataはラテン語で十字軍という意味があります。その昔、十字軍が聖地エルサレムを奪回しようとしたように、我々は何を取り戻そうと言うでしょうか?我々にとってのエルサレムとは何なのでしょうか?その問いへの挑戦を始めたいと思っています。
<あらすじ>
ヒデジ(小林且弥)は働きもせず、バンド仲間の前田(伊達建士)やコウタ(村上和優)とつるんで怠惰な日々を送っている。同棲中の恋人アザミ(みひろ)もついにぶち切れ、ある計画を思いつく。祐一(大西信満)と田辺(杉山彦々)を仲間に引き入れ、自分が借金取りに拉致されたことにしてヒデジから50万円を巻き上げようとするが……。
「ランニング・オン・エンプティ」
監督:佐向大氏インタビュー
<プロフィール>
1971年、神奈川県出身。自主制作のロードムービー『まだ楽園』(06)が黒沢清監督から「ヴェンダースの真の後継者」と評されるなど各方面から絶賛され劇場公開、注目を集める。死刑に立ち会う刑務官の姿を描いた『休暇』(08)では脚本を担当、ドバイ国際映画祭審査員特別賞、ヨコハマ映画祭で主演男優賞(小林薫)・助演男優賞(西島秀俊)を受賞するなど、国内外で高く評価された。他の脚本作に、玄侑宗久原作・加藤直輝監督の『アブラクサスの祭』(10)。
インタビューを始める前に、弊誌「人レビ Vol.1」を手渡すと、表紙のイラストを見て開口一番「あ、『断絶』じゃないですか!」と嬉しい反応を見せてくださった佐向監督。リバイバル公開時のレアなポスターを持っていることを自慢し出すほど思い入れある作品だそう。佐向監督の、説明や理屈を削ぎ落として行為だけを描くという潔い物語作法は、アメリカン・ニューシネマにも通じるなと妙に納得したのだった……。新作『ランニング・オン・エンプティ(以下ROE)』の公開を間近に控えた監督に、映画作りへのこだわりを語ってもらった。
――今までは自主映画を撮られていて、『ROE』は初の商業映画ですが、いきさつは?
佐向 アムモのプロデューサーの小田泰之さんが、新人監督を起用して青春映画を撮る企画を考えていると聞いて手を挙げました。男が女のために走るんだけれど無駄に終わるような映画にしたいとのことで、第1稿も小田さんが書きました。それを僕が書き直し、半年ぐらいやり取りをして、現在の形になりました。
――最初のプロットから、佐向さんがこだわって変えた部分はありますか?
佐向 初めの企画にはなくて自分で入れた最も大きな点は、家族の話にしようというところですね。限られた予算と時間の中で映画を作るには、話を広げるよりも狭くしていったほうがいいんじゃないかなと思い、登場人物がみんな血が繋がっているようなイメージでやりました。
――コメディタッチでありながら、家族のテーマを入れることでシリアスになっていきますが。
佐向 自分の中では、シリアスとかコメディといったジャンルにこだわらず、ある種プログラム・ピクチャー的なものをやりたいなと思ってて。笑っていいのか真面目に観るべきなのか分からない、何じゃこりゃ!?っていうものに挑戦しようと。打ち合わせを重ねる中で、家族の話を入れるには、どうしてこういう関係になったかの背景を描かないと成立しないんじゃないかとも言われましたが、自分としてはそんなことはどうでもよくて、もっと飛躍した構造を見せていきたいなという気持ちがありました。
――工場地帯が舞台になっていて、ラブストーリーなのに工場のノイズがずっと鳴り続けているのがリアルでおもしろいなと思いましたが。
佐向 工場の音は、映画を観ている人にとっては異様な音かもしれないけど、登場人物にとっては日常の音で、おそらく聞こえてもいないのではないかと。そういう日常と異常のズレに気付いてほしいなという思いがありますね。
――走るシーンでだけ音楽が使われますが、音楽を最小限にしようということは最初から決めていたんですか?
佐向 ええ。今回は工場のノイズがBGMの代わりと考えていましたし、既成の曲がたくさん使われている映画も個人的には好きなのですが、音楽はとても強いものなので自分の映画ではシーンを選んで効果的に使いたいなと思います。まあそれ以上に予算の問題が……。主人公のヒデジが初めて走るシーンでミサイルズが演っているラモーンズのカヴァーを使おうとしたら、製作費の半分ぐらいかかるということであきらめました。結局中学からの仲間のバンドであるミサイルズのオリジナル曲と、彼らと同じレーベルのJET BOYSに曲を提供してもらいました。
――今回初めてプロの俳優を使われましたが、どのように選んだのですか?
佐向 みひろさんについては、自分のイメージではもっとセクシー系の女優さんを考えていたものの、実際会ってみたらとても可愛い女性で、小悪魔的に男を振り回せるんじゃないかなと思いました。小林且弥さんは今まで真面目な役柄が多かったようなのですが、絶対ダメでアホな男が似合うはずだ、と(笑)。ふたりの身長差があるので撮りにくいかとは思ったんですが、逆にそれだけの身長差を前提にやったらおもしろいのかなと思いました。祐一役の大西信満さんはオーディションです。いらした方の中で、いちばん変わってるように思えたので(笑)。これまで荒戸源次郎監督、若松孝二監督というすごい方と組まれているのに、目の奥に不思議な暗さを感じたんです。オーディションなのに『自分よりも、もっとマッチョな人の方がいいんじゃないですか?』って言われて。それを聞いて、この人しかいないと直感したのです。
――商業映画と自主映画の違いは?
佐向 自主映画は撮り直しも自由でしたし、友達に出演してもらっていたので、何も考えなくていいよ、と役柄の説明もせずに演技してもらうことができました。でも今回は撮影時間は限られているし、役者やスタッフの方々に、何を思い、なぜそう行動するのか納得させなければならない。……実は『ROE』の決定稿では、祐一が車で街を出ていくときに、みひろさん演じるアザミの服を着ているという設定だったんです。男としての機能を果たせない彼が、自分の価値観をガラッと変えて出ていくということにしたかったし、何事にも深刻な祐一が女装するというのはビジュアル的にもおもしろいと思ったので。でも自分自身でもうまく理由づけできずやめました。そのような試行錯誤も含め、当たり前のことですが、がんばってみんなでひとつのものを作っていく楽しさみたいなものは感じましたね。作品をいいものにするという唯一の目標のもとに、役者とスタッフがプロフェッショナルな仕事をする、そこに純粋に感動しました。
――次はどんな作品を撮りたいですか?
佐向 デカイ話をやりたいですね。歴史ものとかそういうことではなく、今回のような小さな世界の物語だとしても、根底に大きなものが描けるものをやりたいなと。そんな中で感情がどうのではなく、運命や神話に近い部分を描きたいと思うんです。どんな題材を扱おうと、そういう境地まで行けるものが個人的にはすごく好きで、兄弟とか血の話に寄って行ってしまうのは、そこから来ているのかもしれませんね。とにかく観客としていちばん観たい映画を作っていこうと思います。
(TEXT&撮影:深谷 直子)
「ランニング・オン・エンプティ」
主演:小林且弥氏インタビュー
<プロフィール>
1981年、山口県出身。01年春夏東京コレクションにモデルとして参加。その後、02年にNTV「東京ぬけ道ガール」でデビュー。主な出演作に「ROCKERS」(03)、「スクールウォーズ HERO」(04)、「YUMENO」(05)、「school daze」(05)、「リンダリンダリンダ」(05)、「真木栗ノ穴」(08)、「ビルと動物園」(08)、「ネコナデ」(08)、「スラッカーズ」(09)、「Lost Paradise In Tokyo」(09)などがある。テレビドラマや舞台などでも活躍中。
ダメ人間(?)な主役・ヒデジを見事なまでの自然体で演じた小林且弥さん。
お会いして、映画との印象の違いに、人レビ一同「さすが役者さん!」と驚きました。
“アツいのは照れくさいのでダサいくらいで(笑)”と、ご自身を全く大きく見せようとされない気さくな方で、インタビュー中も何度も爆笑が起こるほど。そんな小林さんに、役作りやご自身のことを伺いました!
――この役は最初からやってみたいと思ったんですか?
小林 面白いなと思いました。つなぎ目というのがなくてすんなりいってないところとか、僕は好きです。最低限のバランス感でつないでいくもの、それがない。そういう意味でもどうなるのかわからなかったし、完成した映画も、“普通こうなるだろうな”という予想と違っていて。
――ヒデジというキャラクターを、どんなふうに捉えられましたか?
小林 今回は、自分の中にある“こんなヤツがいたら面白いな”というイメージとすり合わせていったところが大きいです。このヒデジがどうしたら面白いかな、コイツっぽいかな、というのを探っていくということなので、“あの人だ”“どういう体験だ”というような想定はしていないですね。 同じ台詞でも、ニュアンスの出し方だったり、間がちょっとおかしかったりとかで、ヒデジが表現できたら、というのはありました。随所に“らしさ”を出すところがあったので、針の穴を通すようにニュアンスで出していかなきゃ、ということはなかったです。
――「こんなヤツがいたら面白い」というヒデジらしさとは?
小林 ヒデジというのは、全体を通して基本は受け身なんです。起こる事柄に対してどうやっていくか。周りの人との関係性もありますし、相手が違う人であればまた違ったと思います。僕は結構妄想族なので(笑)、いろんなシチュエーションで、「この人がこれやったらヤバい面白いな」とか考えちゃったりするんですよ。そういう中で生まれてきたって言うと雑ですけど……。
上手くいかない時もあるんです。血が通ってないというか、キャラクターが先行してしまって気持ちで演じてないというか。そこにしっかり“居る”ということができてないうちからキャラクターになりきろうすると。
――なりきってかっこいいと言うと、例えばベニチオ・デル・トロとかショーン・ペンとか?
小林 彼らは、基盤がすごいですよね。キャラものではジョニー・ディップも、説得力あるというか……。脚本家が、役者に挑戦している時があると思うんです。「君、このセリフ言えるの?」みたいな。本来なら生理的にすっと入ってくる筈のセリフがバシッと入って来た時、これはわざと書いてるんじゃないか、というような。それが言える役者って、稀有な存在だと思うんです。舞台の仕事をした頃から、それが言える役者かどうか、すごく意識していますね。
――まず理屈で落としこんでから動くものと思っていましたが。
小林 演技って、瞬間でやるもので。武器をすごく装備して行ったのに、実は攻撃は上から落とされた、というような、いろんなことがありますよね。勿論ある程度自分の中でイメージしていかなきゃいけないんですが、そのバランスは難しいですね。
――ここで、先ほどインタビューした佐向監督が再び登場。撮影中の小林さんのエピソードを聞いてみると……
佐向 実は、初めて会った時、「この脚本もうちょっとおもしろくなると思うんですよね。」って言われたんです。失礼だな(笑)ってびっくりしたんです。撮影中も、こうした方がいいんじゃないか、と言ってくれたりするのが、初めはちょっとウザいなって(笑)。でもだんだん期待するようになって、最後の部屋のシーンも、助監督と小林さんと相談して、結果的にすごくよくなりました。
小林 いや、そんな言ってないですよね?(笑)監督が助監督と話している時に横にいて聞かれたら、答えるぐらいですよ。「ハイ、みんなここ集まって」とか言ってないですからね。
(一同爆笑)今、一番笑いが起こりましたね(笑)
――小林さんは、なぜ役者になろうと思われたんですか?
小林 うちが貧乏だったんで。やる前は単純に、有名になりたいとかお金持ちになりたいとか、そういうことですよね。全然違いましたけど(笑)。役者になろうと思ったのは、やってみてからです。
世の中に意外と蔓延している、“伝わらない”っていうあきらめ感みたいなものってあると思うんです。役者という仕事は、一瞬だけでも、何か込めたりできるじゃないですか。役者をやっていなかったら、そういうものを信じなかったと思うんですけど、伝わるものってあるんだろうなっていうのが、やればやるほどわかるし、できている人をみると羨ましいし、自分もそうなりたいなって思いますから。
――海外にも進出されたいですか?
小林 海外、行きたいです!英語も勉強していて、ドバイの映画祭に行った時は、パーティーで海外の監督に売り込んでたんです、次の映画に忍者は必要じゃないかって(笑)。
――この作品を通じて、観る人にどんなことを伝えたいですか?
小林 何かメッセージを、というより、好きな人はすごく好きになってくれると思うので、楽しんでもらえたら、と思います。いろんな人に見てもらえたら嬉しいですね。
(TEXT&撮影:笹川 路子)
総合監修:わたなべりんたろう
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