『果てなき路』
『断絶』ニュープリント版
( 1971 / アメリカ / モンテ・ヘルマン )
『断絶』ニュープリント版
いやー、見ました、モンテ・ヘルマン。名前だけは知ってたモンテ・ヘルマン。しかも長編では21年振りという新作だけでなく、アメリカン・ニューシネマのシーンそのものの代表作まで。
『果てなき路』(11)と、同時に上映される『断絶』(71)ニュープリント版をどちらも試写で拝見したのです。ありがたいことです。しかし監督作に初めて接したばかりで、まともな原稿にできるかどうかは心もとありません。それに、非専門ライターの立場で映画について書くのをたまにあれこれ言われてしまうため(カンにさわるのは理解できるので半分は申し訳ない)、海外の伝説的なビッグネームなんてホントは遠慮したいですし。
それでも、なにをぜひ書かせてもらいたいかというとですね。『断絶』の冒頭のクレジットにゲイリー・カーツの名前を見つけた。要はこの1点なんです。
後にあのジョージ・ルーカスと組んで『アメリカン・グラフィティ』(73)と『スター・ウォーズ』(77)のブロデューサーをつとめた、ゲイリー・カーツです。あ、そっかー、いずれもロジャー・コーマン近辺の若い衆同士だもんなあ。そういう時代の映画だよねえ……と頭の片隅でうっすら感慨を抱きつつ『断絶』を見ていたら、あるカットでいきなり鳥肌が立ちました。
ドライバーとメカニック、ガール(としかクレジットされない)の車内のスリーショット。これがミレニアム・ファルコン号の操縦席に座るハン・ソロとルーク・スカイウォーカー、レイア姫と重なったのです。しかもそれがイメージの相似に留まらず、人脈もつながっていた。
「スカイウォーキング ジョージ・ルーカスの栄光と軌跡」という本があります。著者はデール・ポロック。原著は1983年発表で、訳書はバンダイから1993年に発行されました。海外のジャーナリストによる成功者伝記の多くの例に漏れず、大仰さが一本調子で、読み進めるのには少し骨が折れたものですが、とにかく情報量は厚い一冊です。
この本によると、主にコーマンのプロダクションで働いていたカーツ(40年生)とルーカス(43年生)が出会い、親しくなったのは1969年。ルーカスが南カリフォルニア大学(USC)を卒業し、メイスルズ兄弟に雇われた当面の仕事として『ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター』(71)の撮影隊に加わっていた頃なんだそうです。カーツもUSC出身ですから、大学の先輩にあたります。
『断絶』ニュープリント版なんかこうして書き出すだけで、映画大学出身のヤル気のある連中がコーマン・プロや〈ダイレクト・シネマ〉の周辺を出入りしていた図が、活き活きと目に浮かびます。昔はどんな本を読んでも当時のオフ・ハリウッドのようすがなかなか頭に入らなかった。そういえば映画学校を出た後、ピンクやVシネマ、ドキュメンタリーや自主映画の現場に同窓の連中が散らばったのと似てるじゃないか、と自分に引き寄せて考えればよく分かります。映画大学が日本でも存在感を得た今の若い人ならなおさらでしょう。
で、カーツは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)出身でコーマン・プロの先輩にあたるモンテ・ヘルマン(32年生)が監督する『断絶』に参加。1971年の公開時は興行面で惨敗を喫します。ヘルマンがこの打撃によって第一線で撮れなくなったのは、まさに伝説としてよく語られてきた通りです。
一方のルーカスも、卒業制作をリメイクしたディストピアSF『THX-1138』で長編デビューするも(映画そのものは見事なのですが)、商業的には大失敗。これがやはり、1971年のこと。
そんな、チンチンにやられた2人がめげずに初めて組み、仲間内の超出世頭になっていた兄貴分のフランシス・コッポラを製作として立て、メジャー・スタジオの低予算枠に『アメリカン・グラフィティ』の企画を通したのは翌1972年でした。公開されて起死回生どころか、記録的な大ヒットになったのは1973年。
カーツの名前から偲ばれる、ルーカスとヘルマンの明暗。これを念頭に入れると、『断絶』の田舎町の若者たちが深夜の賭けレースに熱中するようすの生々しい風俗感、猛スピードで走る車のフシギな色っぽさ、音楽の使い方の鮮やかさが『アメリカン・グラフィティ』とつながっていることにゾクゾクさせられます。それに、改造しまくって見た目はオンボロなのに銀河一早い(自称)ミレニアム・ファルコン号をかっ飛ばす『スター・ウォーズ』のハン・ソロと猿人チューバッカのコンビだって、チューンアップした55年型シェビー(シボレー)で無敵を誇るドライバーとメカニックの姿と通じる。
ルーカスはよく知られている通り、映画と出会う前は自分でエンジンまでいじったフィアットを駆るレース・マニアの少年でした(交通事故で入院しレーサーになる夢は断念)。成功作2本のスピード狂描写は自分の実感そのものなのですが、体験を映画に素直に盛り込むためのヒントとして、友人カーツが関わった『断絶』が果たした役割は、小さくないと思います。
もし自分の外国映画オールタイム・ベストテンを繰り返し見た回数で選べば、『アメリカン・グラフィティ』と『スター・ウォーズ』はどっちも入りそうなほど好きな映画です。なので余計に、『断絶』からルーカス、という連想が刺激的でした。
『断絶』ニュープリント版
「スカイウォーキング」をもう少し読み直してみると、『断絶』と『アメリカン・グラフィティ』には、実はとても具体的なつながりがあったのが分かります。『アメリカン・グラフィティ』はオールディーズ・ロックンロールが全編で流れることでも画期的な作品ですが、当初は楽曲使用料が莫大になることが(当然)予算面の大きな障害だったそうです。ところが、
「カーツは、映画の仕事で一緒に働いたことからビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンを知っていた。ビーチ・ボーイズの曲のうちの二曲の使用権を握っていたウィルソンは、格安で曲の使用を許可してくれた。ビーチ・ボーイズを手にすると、他の曲の使用権も次々に入ってき始めた。」
そう、メカニック役で出演しているデニス・ウィルソンのことです。ここまで大事な逸話を拾っているのに『断絶』のタイトルは出てこないところに、本が書かれた当時の評価が窺えます。
メカとスピードに憑かれた、或いは、ただただ運転し移動するのみの忘我の時間に進んで囚われた男たち。本当に目指すべき目的地はないので、ロードムービーにもなれない筋立て。一片の抒情や感傷も滲み出ない乾いた無為。つくづく『断絶』は凄まじい映画です。
ただ、大コケした理由は作品のレベルが高すぎたから、と短絡的に持ち上げるべきでもないと思います。ジェームス・テイラーとデニス・ウィルソン、ウォーレン・オーツの顔ぶれが魅力的なんてのも今だから言える話で、当時のビーチ・ボーイズはほぼ“あのひとはいま”状態に近い過去の存在ですから(だから『アメリカン・グラフィティ』の大ヒットがグループ再評価のきっかけとなったのは余りにも運命的だった、と因縁話は続く)デニスと当時人気随一のシンガーソングライターとの共演は、かえって食い合わせが悪かったのではないかと想像されます。それに僕自身が、90年代にリバイバル上映された時に、とっつきにくそうだなーと思って劇場に足を運ばなかったのでした。敷居の高そうな、尖った問題作の匂いはいまだに強烈なのですから、いっそあっぱれですが。
まずは見てもらい、ただもうドライバーとメカニックが走り、ガールがヒッチハイクし、GTOに乗る男とレースをする、そのものずばりの内容であって何かの象徴とか暗喩を探す必要はないのだと分かってもらいさえすれば。得難いタイプの映画を見たと、きっとどなたにでも満足して頂けるはずです。……宣伝の人みたいな気分になってきたな。
ヘルマンが若い頃は演劇活動に打ち込み、ベケットの「ゴドーを待ちながら」を演出していたというプロフィールを読んで、僕は『断絶』のストイックさにかなり合点がいきました。ドライバーとメカニックは、〈移動し続けるヴラジーミルとエストラゴン〉でもあるのです。いくら走ってもゴールが見つからないのと、ひとつところに留まって待ち続けるのはほぼ同じ意味です。
『果てなき路』『断絶』から、約40年。最新作である『果てなき路』のほうは筋立てが真逆で、かなり入り組んでいます。
実際の計画殺人事件を題材にした映画を、舞台となった町に滞在して撮影する映画クルー。主人公の新進監督は、事件の当事者だった女性がモデルのヒロイン役にイメージ通りの新人女優を抜擢して張り切りますが、女性のキャラクターをリサーチしてもなかなか掴み切れない。一方で新人女優には男としても惚れ込んでしまい、現場でどんどん公私のバランスを崩していってしまう。ところが当の女優にもモデルとなった事件に関わる秘密があって……。
フィルム・ノワールの〈悪女もの〉の系譜に則ったストーリーが基本なのですが、どこまでが劇中劇で、どこからが映画を撮っているクルーの話なのか。それとも、そんなクルーの姿も含めての劇中劇なのか。すぐには分からないつくり。
ふだん推理ジャンルを見て「途中で犯人がわかった」ことがただの一度もない、謎解きの興味で映画を見るセンスに欠けている僕でさえスッキリしない気分を覚えたのですから、ロジックを楽しみたいタイプのひとは、かなりのストレスを感じるのではないかと思います。いや、一応はいろいろ解決しますけれど、いわゆるレクチャー(謎解きの説明)にあたる部分がゴソッと抜けている、もともと用意されていないという異例のシナリオなのです。
こう書くとあまりオススメできない失敗作のように読めてしまうでしょうが、あ、だから原題が〈ROAD TO NOWHERE〉なのか、と気付けば、味わいは随分と変わります。ミステリーの装いはあくまで身振りであり、数多く引用・言及される古典や固有名詞もひっくるめて、全てはモンテ・ヘルマンの〈映画をめぐる夢〉の断章と省察なのだと。
実際、主人公の監督がロケ先の宿で『レディ・イヴ』(41)や『ミツバチのささやき』(73)などのDVDを見る場面は、作品の選択自体が、複雑なストーリーのようで実はやりたいことはシンプルなのだという種明かしのように思えます。「傑作だ……」と惚れた女優さんに向かっていちいち能書きを垂れるウディ・アレン的おかしさも、ヘルマンの照れ隠しなのかもね。僕はどちらかというとATGっぽくていいなーと思いました。大島渚『東京戦争戦後秘話』(70)や松本俊夫『修羅』(71)がめざしたような、主観と客観、過去と現在進行形の時制、虚構と現実といった枠組から外れた、どこにも(どのジャンルの記憶にも)回収されない映画固有のものへの路。ミステリー・ファンには、よそでやってくれ、と言いたくなる迷惑な話かもしれませんが……。
もっとズバリと言えば、『果てなき路』はかなりパーソナルな作品。数奇なキャリアを歩んできた(そろそろ80歳になる)老境のフィルムメーカーが、自身の映画観、モチーフそのものをテーマにした映画だと思います。実はその繊細さにかなり近しいと思った映画が、老監督が自分の映画人生のなかに入り込む、池島ゆたか『超いんらん やればやるほどいい気持ち』(08)です。こういうところでピンク作品を挙げるとかえって読む人を選ぶ、スノビズムが出てしまうかな。でも、これもいい映画なもんですから、ご参考までに。
『果てなき路』前述したような、ストーリーの嘘と映画作りの嘘が円環していく迷宮構造のなか、若くて小規模な撮影クルーのあまり手慣れていない、しかしみんな熱心でひたむきな感じ。この部分だけがどうにも嘘のつけないリアリティを持っているところに、僕はホロリときたわけです。ヘルマンの〈ROAD TO NOWHERE〉は結局、『断絶』を撮っていた頃の自分自身に戻るルートなのではないか。新進監督が新人女優を見出して高揚する姿には、ヘルマン自身がローリー・バードという少女と出会って『断絶』のガール役に抜擢した時の思いが当然、重ねあわされているのではないか。
〈ROAD TO NOWHERE〉=どこにも無い場所に通じる路(意訳)を探して走れば、自分のインナーに辿り着くしかないし、もしかしたら、もともとそこから離れてはいなかったかもしれないからです。青春の普遍のテーマといえますが、それを映画とロックでストレートに表現できる術と環境を最初に整えた点で、1960年代のアメリカで青春を過ごした世代はやはり特権的です。
ヘルマンとはなんにつけ好対照の存在であるジョージ・ルーカスも同じなんです。地方から都会へ旅立つ物語によって権威的な父との確執から離れ、ルークという名の辺境の星の若者が銀河大戦で自己実現を果たす叙事詩を編んだけれども、現代の新・神話のクライマックスは、ルークと父(ダース・ベイダー)の和解だったという。少なくとも『ジェダイの復讐(帰還)』(83)までのルーカスが、パーソナルなテーマに真摯に向かい続けた作家であったことは強調しておきたいです。
ルーカスとの対比に必要以上に拘ってきたかもしれませんが、おかげで、当初はまるで別のひとが作ったように見えた『断絶』と『果てなき路』だけど、そんなことはないんだと分かりました。あんまり昔の映画をなつかしがっていてはダメだと思い、アメリカン・ニューシネマからずいぶん離れていたものの(公開時はリアルタイムではないけど、十代の頃のテレビの深夜劇場は60~70年代のアメリカ映画ばっかりだったのです)、ニューシネマはいまも若くてヒリヒリしていました。
ここまで書いたところでようやく僕は、モンテ・ヘルマンについて考えるための入口に立つことが出来た気がします。
(2011.12.8)
監督:モンテ・ヘルマン 脚本:スティーヴン・ゲイドス 製作:メリッサ・ヘルマン、モンテ・ヘルマン、スティーヴン・ゲイドス
製作総指揮:トーマス・ネルソン、ジューン・ネルソン 撮影:ジョセフ・M・シヴィット 音楽:トム・ラッセル
音楽監修:アナスタシア・ブラウン 編集:セリーヌ・アメスロン VFX:ロバート・スコタック 美術監督:ローリー・ポスト
出演:シャニン・ソサモン,タイ・ルニャン,ウェイロン・ペイン,クリフ・デ・ヤング,ドミニク・スウェイン,ロブ・コラー,ファビオ・テスティ
©2011 ROAD TO NOWHERE LLC
断絶 (ニュープリント版) 1971年アメリカ
出演:ジェームス・テイラー,デニス・ウィルソン,ローリー・バード,ウォーレン・オーツ,ハリー・ディーン・スタントン
監督:モンテ・ヘルマン 脚本:ウィル・コリー、ルドルフ・ワーリッツァー 製作:マイケル・S・ローリン
撮影:ジャック・ディアソン 音楽:ビリー・ジェイムズ 編集:モンテ・ヘルマン
©1971 Universal Pictures and Michael Laughlin Enterprises Inc. All Rights Reserved.
2012年1月14日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開!
- 監督:モンテ・ヘルマン
- 出演:ジャック・ニコルソン, ウォーレン・オーツ, ウィル・ハッチェンス, ミリー・パーキンス
- 発売日: 2005/04/06
- おすすめ度:
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- 監督:モンテ・ヘルマン
- 出演:ジャック・ニコルソン, ハリー・ディーン・スタントン, キャメロン・ミッチェル, ミリー・パーキンス
- 発売日:2005/04/06
- おすすめ度:
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主なキャスト / スタッフ
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