日本軍がハワイ・アメリカ海軍真珠湾基地を奇襲攻撃し、太平洋戦争が開戦してから今年の12月で70年めを迎えた2011年。
戦争を仕掛けたが結果的に多くの犠牲と共に敗戦国となった日本は、歴史的愚行を繰り返さない為に先人たちが戦争を知らない子孫たちへ戦争の悲劇と恐怖を映画の中でも伝えてきた。
戦争体験者が年々減っていき、若い世代に戦争の悲惨さ、恐ろしさを語り次ぐ機会が少なくなっていく中で、戦争を体験した昔の映画人が作り残した戦争映画は文字通り重要な文化遺産であり、それらの作品を若き世代が観て先人の意思を知るのは必要な事だと思う。
戦後に作られた我が国の戦争映画は厭戦感漂う作品が大半で、戦勝国が作るような娯楽性と爽快感を前面に打ち出した明るい作品は殆んど無かった。そんな中で東宝が作る戦記映画、いわゆる<8・15>シリーズは円谷英二特技監督をはじめとする、特撮スタッフによるミニチュア・ワークによる艦船、戦闘機のメカニック群のパノラミックな特撮戦闘シーンが最大の売り物で、反戦色と娯楽色が程よくバランスを取って暗いムードを薄める事に成功しており、大局的な歴史上の出来事として描いているので見やすい作品も多い。
話を東宝戦争映画の音楽に移ろう。太平洋戦争終結から60年の節目を迎えた2005年に東宝の映画音楽制作を行う東宝ミュージックからリリースされた、『男たちの戦記 東宝戦記映画音楽集』は数ある東宝戦記映画の中から15作品を選び、2枚組CDに各映画のメインタイトル曲を中心に主要曲、計99曲を収録した、貴重なコンピレーション・アルバムである。
洋の東西を問わず戦争映画の名作には名曲が付き物だ。今回紹介する『男たちの戦記』の場合、佐藤勝(「日本海大海戦」、「連合艦隊司令長官 山本五十六」、「ゼロファイター 大空戦」、「海軍特別年少兵」、「激動の昭和史 沖縄決戦」、「日本のいちばん長い日」)、松井八郎(「青島要塞爆撃命令」)、服部克久(「連合艦隊」)、眞鍋理一郎(「激動の昭和史 軍閥」)、團伊玖磨(「ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐」、「太平洋奇跡の作戦 キスカ」、「太平洋の翼」、「潜水艦イ-57降伏せず」)、伊部晴美(「零戦燃ゆ」)、津島利章(「大空のサムライ」)といった、錚々たる顔ぶれの映画音楽の達人といえる作曲家たちが手がけた、東宝戦記映画のスコアが収録されている。
東宝戦記映画の音楽は、劇場公開時にアナログ盤で作品ごとの単独サントラ・アルバムやテーマ曲を収録したシングル・レコードがリリースされていたが、これらの楽曲がCD化される機会は滅多になかった。サントラ・ファンの間では作品ごとに単独アルバムとしてCDの形での復刻リリースを要望する声が多かったが、東宝ミュージック社長の音楽プロデューサー・岩瀬政雄と数多くの日本のアニメ・特撮作品のサントラ盤の企画・曲目構成・解説執筆を手がけてきた音楽ライター・早川優と中村哲が、ファンの要望に応えて制作したのが本アルバムである。
コンピレーション・アルバムという性質上、CDのキャパシティに限界があるため、作品ごとのオリジナル・スコア全曲収録は不可能に終わったが、ファンのニーズに応えたアルバム制作スタッフが各作品の主要曲を網羅してCDの限界時間ギリギリまで収録したのは賞賛に値する。
東宝戦記映画シリーズのミニチュア特撮によるメカニック描写およびバトル・シーンは作品の華なので、これらを聴覚面で支える映画音楽自体も重要な使命を担う事になり、音楽を担当する作曲家の力量が問われてくる。
シリーズ各作品における特撮シーンに付けられた音楽を大観すると、艦隊の進撃を重量感あふれるブラスによる旋律とスネア・ドラムのリズムで表現した曲や航空機隊の飛行を軽快な雰囲気で描写した曲が多いのが特徴である。
アニメや特撮作品の音楽は、その音楽を担当する作曲家の実力が一番試されるという話を聞いた事がある。線で描かれた画やミニチュアや着ぐるみで作られた映像は、現実にはありえない事象をビジュアル化した物であり、映像の人工度も高く、画面に映っている線画やミニチュア、着ぐるみのキャラクターの感情表現も、生身の俳優が演じているのとは違って乏しい。
したがって、作曲家は音楽によって人工度の高い映像に感情を与えるという重要なミッションを課せられる。
ミニチュア特撮で戦闘シーンを描いた戦争映画の場合、特撮シーンに兵器の重量感、戦闘の勢いと迫力、兵器を操って命を奪う戦いに臨む兵士たちの悲壮感を作曲家は音楽で表現する必要に迫られる。だからこそ戦争映画は映画音楽作曲家たちにとって、自分の持つ全ての技をさらけ出して真剣勝負を挑む場になるのだ。
映画監督がフィルムに込めた戦争に対する複雑な思いと平和への祈りを読み取った映画音楽作曲家たちは、さらに自らの意思を曲に封じ込めて奏でていく。
これが戦争映画の音楽に名曲が多いという理由のひとつではなかろうか。
戦争という過去と真摯に向き合い、質の高いスコアを書いてきた東宝戦記映画の音楽作曲家たちは、映画という名の戦場で常に援護射撃を行い、最前線で戦ってきた歴戦の勇士なのだ。
最後に僭越ながら、この拙文を戦争で亡くなられたすべての方に謹んで捧げさせていただき、結びとさせていただく。
(2011.12.21)
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