レビュー

ロボット・ドリームズ

( 2023 / スペイン・フランス / パブロ・ベルヘル )
2024年11月08日劇場公開
全国公開中&各種動画配信サービスにて配信中
出会いと別れ、そして再会の願い。
孤独なドッグとロボットの温かく切ない友情物語

Text:青雪 吉木

『ロボット・ドリームズ』画像『ロボット・ドリームズ』場面画像1日本では2023年の第36回東京国際映画祭で上映され、翌2024年11月に公開されたパブロ・ベルヘル監督のアニメ映画『ロボット・ドリームズ』は、思いの外、温かく切ないストーリーが話題を呼び、劇場で涙する観客が続出。独立系の外国アニメ映画としては異例のロングランとなって、これを書いている2025年9月の時点でもまだ上映されている。

舞台は80年代、人間ではなく擬人化された動物たちが住むニューヨーク。主人公のドッグは孤独な独り暮らしで、今夜も買い置きの同じメニューをレンジでチンして食べるTVディナー。右手と左手で行う独りTVゲームにも飽きて溜め息をつき、画面を消せば、真っ暗なブラウン管には独りきりの自分が映る。窓から見える向こうの部屋には仲睦まじいカップルの姿……。いたたまれずに再びTVを点けると“あなたは独りですか?”というメッセージと共に友達ロボットのCMが流れる。これだ!とロボットを購入したドッグの元に、大きな箱が届く。説明書通りに組立て、電源を入れると動き出すロボット。もう独りではない!いつも一緒!友情を育んだドッグとロボットは、セントラル・パークでローラーダンスを踊って喝采を浴び、一緒にホットドッグを食べ、夜はレンタルビデオを観る。だが、楽しい日々は過ぎていき、夏の終わりに影が差す。ビーチに繰り出して海水浴を楽しんだ後、海水で錆びたロボットが動けなくなってしまうのだ。重くて動かせないロボットを残したドッグは修理キットを持って、翌日ビーチに向かうが、一日明ければそこは今季の営業が終了し、翌年6月まで閉鎖中。ビーチに入る請願書は却下され、鍵を壊すも怖い警備員に阻まれ、すごすごと引き下がるドッグ。離れ離れになっても再会を夢見る一匹と一体に、それぞれの季節が巡る。そして訪れた6月。果たして彼らの再会は叶うのか……?

アメリカのイラストレーター、サラ・バロンのグラフィックノベルを原作とした本作は、スペインのパブロ・ベルヘル監督による初のアニメーション映画だが、セリフなし、ナレーションなしの無声映画的スタイル、ビタースイートな結末など、白雪姫と闘牛士をモチーフにして白黒実写で撮った過去の監督作『ブランカニエベス』(12)と共通する点は多い。いやむしろグラフィックノベルと言いながらセリフが一切無いサラ・バロンの原作と同様に、セリフなしでシーンを意のままに操るベルヘル監督の手腕こそが本作の肝だと言えよう。今どきのアニメと違うシンプルな線描であるからこそ、ちょっとした表現、例えばロボットのワナワナした黒目の揺れとか、犬を飼っている人なら分かるドッグの尻尾に現れる感情などが、観客の心に直接響く。加えて歳時記のような原作の構成を守りながらのエピソードの取捨選択、あるいは渡り鳥のヒナに羽ばたきを教えるロボットや、意地悪なアリクイ二人組とドッグの雪上レースなど、原作にはない新たなシーンの導入、さらには原作では波線の枠で表現されるロボットの夢のシーンをあの手この手でこれは夢だと観客に伝えるアイデアと、脚本家としてのベルヘル監督の才能も光っている。

『ロボット・ドリームズ』場面画像2『ロボット・ドリームズ』場面画像3かつてニューヨークで留学していたベルヘル監督による、80年代のニューヨークへのラブレター。ベルヘル監督自身もそのように公言しているが、セリフの替わりに留学時代の監督が目にしたであろう膨大なポップカルチャーが満載なのは、この映画の魅力の一つであり、同時に孤独な都市生活者としてのドッグの境遇に説得力をもたらし、観客をノスタルジーに誘う。

まずは映画。空中高く飛んだロボットが海に落下するのを見てドッグが恐怖する瞬間、スピルバーグの『ジョーズ』(75)のドリーズーム・シーンを引用するとか、ドッグの階下に住むキャットが『マドンナのスーザンを探して』(85)の頃のマドンナそのままだとか、ハロウィンでナマケモノが扮する姿が『エルム街の悪夢』(84)のフレディだとか、同じくハロウィンでドッグがシャワーで血糊を落とすと排水口がヒッチコックの『サイコ』(60)だとか、数々のオマージュに溢れていて楽しいが、バスビー・バークレー的な花の群舞を経て『オズの魔法使』(39)のエメラルド・シティ然とした都を目指して歩くロボットの夢のシーンが、書割がドーンと倒れるオチまで含めて最高。ドッグとロボットが『オズの魔法使』のビデオをレンタルしたのが、その数奇な運命が描かれたドキュメンタリー映画『キムズビデオ』(23)の正にその店だというのも、留学時代にマニアックなあの店に通い詰めた監督ならではの視点だ。

次に音楽。ダックとドッグの交流シーンで流れるフィーリーズの「レッツ・ゴー」、ドッグの部屋に置かれたトーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』やR.E.M.の『レコニング(夢の肖像)』のLPは、ドッグのいかにもちょっと尖った80年代趣味が全開。T・ラ・ロックの「ブレイクダウン」はヒップホップ黎明期のクラシック、レーガン・ユースの「アイ・ヘイト・ヘイト」は憎悪が煽られる今の時代にも響くポリティカル・ハードコア・パンクと、ジャンルは違えど、80年代前半のニューヨークを体現するナンバー。ベネズエラの大歌手カネリータ・メディーナがキューバ音楽のソンをカバーした「A Bailar el Son」も、多種多様な人々が住むニューヨークの喧騒と80年代当時のニューヨーク・サルサの盛り上がりをよく示している。

80年代ともニューヨークとも関係ないが、マンションの管理人として働き、何でもDIYで修理するラスカルおじさんのテーマであるウィリアム・ベルの「ハッピー」はスタックス・レコードらしからぬ軽快なナンバーで、60年代後期にイギリス北部で生まれたDJ/クラブ・ムーブメントのノーザン・ソウル界隈で好まれた曲。解体されたロボットに色々な寄せ集め部品を組み付けて甦らせるラスカルおじさんの工作シーンに流れるのは、スタックスの専属スタジオ・バンドであるブッカー・T&ザ・MG’sの「ヒップ・ハグ・ハー」。グルーヴィなオルガンがご機嫌だ。どちらも80年代当時のトレンドを追わず、古いモノを愛するラスカルおじさんの素朴なキャラクターを浮かび上がらせると同時に、スタックス・ソウルの成り立ちにまで思いを馳せられる、粋な選曲だ。

『ロボット・ドリームズ』場面画像4『ロボット・ドリームズ』場面画像5だが、この映画で新たに命を吹き込まれたと言えるほど決定的なのは、アース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」だろう。セントラル・パークでドッグとロボットがローラーダンスを踊る場面に始まり、夢の中のロボットが口笛を吹き、ピーター・ベンスのピアノ・カバーが流れ、と劇中では様々な形で登場するが、中でもサイレント映画を模したアルフォンソ・デ・ヴィラロンガのピアノ劇伴を経て、トマトケチャップの瓶を落として白昼夢から目覚めたロボットが、自らに組み込まれたカセットデッキから流すダメ押しの「セプテンバー」スペシャルミックスで涙腺崩壊は必至。軽快なギターのカッティング、分厚いホーンセクションの鳴りに胸を打たれ、♪Do you remember The 21st night of September?(きみは覚えてる?9月21日のことを)という歌いだしから、熱いものがこみ上げる。ドッグとロボットの友愛を歌うテーマ曲として、またロボットのいじらしさが際立つ、喜びと優しさと悲しみが混在する結末にドンピシャなエンディング曲として、これ以上適切なものはない。アース・ウィンド&ファイアー、竹内まりや、あるいはRADWIMPSの「セプテンバーさん」と、世代や趣味嗜好でどの曲を挙げるかが異なるというセプテンバー問題への最終回答! 誰でも知っている超有名曲に、かくも新たな解釈を提示したパブロ・ベルヘル監督に脱帽である。

配達された箱から取り出したロボットをドッグが組み立てるのも、ラスカルおじさんがバラバラになったロボットを自己流で工作するのも、かけがえのないものを作り出す行為に他ならない。イマジナリーフレンドでも幼なじみでも縫いぐるみでも、あるいはペットでも昔の恋人でも何でもいいが、かつてはかけがえのなかった、だが今は忘れてしまった人や物に覚えがあるなら、必見の感動作。何となく疎遠になった友人、今や忘却の彼方にある楽しい物事。でもそれらの集積なしには現在の自分もない。時にはそんな心の箱にしまわれた思い出を取り出してもいいのではなかろうか?ラストに映る、今は存在しないワールド・トレード・センターのツインタワーもまた、失われたものへの鎮魂と記憶の証として観客に深い余韻を残す。『ロボット・ドリームズ』は、友情の物語であると同時に、失われた時間と存在をめぐる普遍的な追憶の映画だ。ベルヘル監督は、言葉なき映像と音楽の力で、観客それぞれの心の箱に眠る記憶をやさしく揺さぶる。

( 2025.9.27 )

ロボット・ドリームズ ( 2023年/スペイン・フランス/102分/アメリカンビスタ )
監督・脚本:パブロ・ベルヘル 原作:サラ・バロン
アニメーション監督:ブノワ・フルーモン 編集:フェルナンド・フランコ
アートディレクター:ホセ・ルイス・アグレダ キャラクターデザイン:ダニエル・フェルナンデス
音楽:アルフォンソ・デ・ヴィラジョンガ
© 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL
公式サイト 公式 𝕏 

2024年11月08日公開
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2025/10/02/18:00 | トラックバック (0)
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