今週の一本
(2007 / 日本 / 佐藤吏)
Sweet & Lovely!!

膳場 岳人

 湘南の小さなイタリアンレストランを舞台に、妻を亡くした店主と女店員との恋の行方をリリカルに綴った作品である。作家的な野心もなくこぢんまりとしているが、とにかく可愛らしい。見終わった後、両頬が緩む和やかでハッピーな感覚は、07年度ピンク映画大賞で作品賞、脚本賞、主演女優賞をかっさらった『恋味うどん』(竹洞哲也監督)に相似する。むろん主演は同じ吉沢明歩。いまの彼女には幸福の女神がついているのかもしれない。

 アキ(吉沢明歩)は、湘南の小さなイタリアンレストランでアルバイトに励むフリーター。浮気な恋人(千葉尚之)と惰性的な関係を続ける一方で、レストランの店長・川野(西岡秀記)にほのかな恋心を抱いている。その川野は湘南に店を構えるだけあって、かつては愛妻・恭子とともにサーフィンを楽しんでいた。しかし恭子はサーフィン中の事故で帰らぬ人に。川野の心には今なお死んだ妻が居座っている。生前、恭子が手掛けて評判だった店のデザートは、彼女の死とともにメニューから姿を消した。常連客はそれを淋しがり、アキも再開を願っている。閉店後、こっそり菓子作りにチャレンジするアキだが、腕前は恭子の足元にも及ばない。そんな折、学生時代の友達リカ(大沢佑香)が、川野に猛烈なアタックを始め、アキは動揺する……。

 ヒロインが携帯電話の目覚ましで起床し、脱いだ部屋着をきちんと畳んでベッドに置き、その上にタオルケットをかぶせるという日常的な所作を捉えた導入部からして丁寧だ。バイト先に向かう路電から、視界いっぱいに広がる江の島の風景を目にした彼女の顔に、嬉しそうな笑みが広がる。そんな簡潔なショットから、彼女がこの土地をいかに愛しているかが端的に伝わってくる。その時、彼女の背後に忍び寄るけしからん痴漢の手……なんて展開は断固としてない。時として作品への没入を妨げる、ピンク映画ならではの“いらない官能描写”は可能な限り排除され、最後の最後まで川野とアキとの淡い恋模様に焦点を絞っているあたりも好感が持てる。

 江の島の玄関口である青銅の鳥居から続く坂道や、半裸で路上電車の線路を横切るサーファーの若者たちなど、ロケーションを生かした絵作りも作品の穏やかな情緒を醸成し、いっとき、潮の匂いを感じながら緩やかな歩みの恋模様に身をゆだねることができる。

 気になる個所もいくつかある。劇中、唐突に登場する拳銃は役目を終えると早急にフレームアウトする。同様に、ヒロインの級友・リカ(大沢佑香)もドラマを動かす役を演じ終えるとお役御免である。ハッピーエンドに持ち込むためのご都合主義的なドラマ展開には若干の違和感が残るのは否めない。また、アキが川野に寄せる思いは切ないくらい伝わるが、川野のアキに対する思いはずっと曖昧である。川野を演じる西岡秀記の儚くも優しげなたたずまいが、漠然とふたりの相思相愛を了解させてしまうが、川野の気持ちの揺れ動きをもう少し見せてほしかったという気はする。小島よしおの「そんなの関係ねぇ!」というギャグの導入や、眠っている恋人の顔にマジックでいたずらをするといったエピソードも独創性には欠ける。しかし、その薄い風味のエピソードの集積が、作品の淡い味わいに繋がっており、これはこれで捨てがたい。

 多少の瑕疵を補ってあまりあるのが、ひたすら可愛く撮られた吉沢明歩である。清楚な給仕姿が何ともそそるし(だから、彼女目当てに店に通い詰める男性客がいないのは不自然なのだ!)、黄色い部屋着から伸びる真っ白な脚の美しさには陶然とさせられる。川野を友達にとられた同じ日に彼氏の浮気現場に遭遇し、ひとりぼっちで浜辺にたたずむ彼女。その寂しそうな表情に思わず「きゃーっ! あっきー可哀そう!」と悲鳴さえあげたくなる。だが、そのアイドル然とした彼女をバッドエンドに叩き落とす野暮天など映画業界には一人もいまい。心地よい予定調和に浸りながらクライマックスに辿り着くと、これまた気の利いた結末が待ち受けているのである。ハリウッドの恋愛映画のような完全無欠のハッピーエンドでなく、ちょっぴり余白を残す大人の余裕が心憎い。

  佐藤吏監督の前作『奴隷(つまらないあたしのどうでもいい物語)』は、平沢里菜子を主演に迎え、SM道をひた走る女性の過激な性生活を追った力作だったが、SMのハードな世界を描くには、人間に対するまなざしがナイーヴにすぎた。本作を見て、そのナイーヴで優しい感性こそ監督の本分であったかと得心した。こういう柔らかい映画に触れると、素直に嬉しくなる。急に誰かを喜ばせたくなる。誰かの笑顔を見たくなる。

(2007.12.10)

誘惑 あたしを食べて 2007年 日本
監督・脚本:佐藤吏 撮影:長谷川卓也 出演:吉沢明歩,西岡秀記,大沢佑香,千葉尚之,日高ゆりあ

新宿国際名画座で12/17まで公開後、全国成人映画館で上映。

詳しい上映情報はこちらのページ参照
2007/12/11/03:50 | BBS | トラックバック (0)
膳場岳人 ,今週の一本 ,「ゆ」行作品
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