話題作チェック
(2007 / 日本 / 大西裕)
「面白くねえなあ!」とその客は叫んだ

膳場 岳人

『誘惑 あたしを食べて』(佐藤吏監督)のようにハートウォーミングなピンク映画がある一方で、予定調和を嫌い、作家的野心を前面に押し出した新人監督が国映からデビューした。『おんなたち 淫画』の大西裕監督である。

 タイトルの『おんなたち 淫画』から連想されるのは、神代辰巳の『嗚呼! おんなたち 猥歌』(81)だが、本作はまさにそのオマージュである――少なくとも前半部分に限っては。主人公の有(吉岡睦雄)は、30歳までに映画監督デビューを目指す助監督。彼は「ワールドカップを三回跨いだ」ほど長い同棲生活を送る恋人(花村玲子)の肩をもんで、小遣いの2000円をせしめる情けない男である。シナリオを書くぞと机に向かうものの筆は一向に動かず、恋人の目を盗んではAVを見て自慰にふける卑近な人物である。恋人からその怠惰な暮らしぶりを責められると、「神代辰巳は41歳で監督デビューした!」と、筆者も映画業界底辺で幾度となく聞いたセリフを振りかざし、「泥船に乗っちゃったかな……」などと言われる始末。最近では浮気相手の書店従業員(宮崎あいか)の部屋へ行って情事にふけるありさまだ。

 ダメ男の長すぎる雌伏の時とだらしない二股生活を描き、『嗚呼! おんなたち 猥歌』をそのまま踏襲するかと思わせる前半は、はっきり言ってテンポも悪く、何か新しい発見があるわけでもない。ダメ男を難詰する女たちの台詞に(ご同輩よ……)と胃の痛い思いをしながら、事の成り行きを静観するほかはない。やがて二人の女は鉢合わせになるが、この大変に重要な事態に直面しても、ドラマは一向に進展を見せない。物語を、あるいは映画を急転直下させるのは、元映画監督で今は怪しげな商売に手を染める川瀬陽太が登場してからだ。

 見るからに“怪しい”としか言いようがないこの男は、主人公を「箱を持ってトンネルの向こうに置くだけ」というひどく胡散臭い仕事に誘い込み、彼がシナリオ執筆でスランプに陥っていると聞くや、「男女と拳銃と自動車さえあれば一本の映画が出来る」というゴダールの言葉(ウロ覚え)を投げやりに引用する。二言目には「書けない? じゃあパクれ!」だ。しかし、彼の何の役にも立たなそうな助言が、その後の本作の崩壊を巧妙に予言していたのであった。

 川瀬陽太は「わしらはよう、うまいモン食うてよ、マブいスケ抱くために生まれてきとんじゃないの!」という『仁義なき戦い』の名台詞を叫んだかと思えば、『地獄の黙示録』のカーツ大佐さながらのスキンヘッドに汗の粒を浮かべ、主人公を妖しく翻弄する。人の足に喰いついたヒルが血を吹いてねじり潰され、ゴダール映画を模倣するように窓際のカーテンが風になびく。バラバラに切り裂かれた顔写真が再度貼り合わされてアイデンティティの再統一を図り、夢と妄想と現実とがごっちゃになった挙句、写真でしか見たことのない湖の波打ち際にキャメラが据え置かれる。観念的というのとは少し違う。何かを壊そうという破壊衝動があるものの、その対象は作り手自身明確には把握できず、五里霧中、破れかぶれで作られた作品ではないかという気がする。

 筆者が上野オークラで鑑賞していたとき、客の一人が溜息ともあくびともつかぬ息を大きくつき、周囲にわざと聞こえるように「面白くねえなあ!」と言ったが、このような、ある意味純朴なピンク映画の客を当惑の海で溺死させるのが、この映画の本性である。そのような客の反応を目にして、かつて全国の成人映画館館主が“ヌケない”映画ばかり作る国映の監督(サトウトシキ、佐藤寿保、瀬々敬久、佐野和宏)に悪意を込めて「四天王」と命名したエピソードを思い起こした。いわば国映の不名誉な(あるいはまさに名誉ある)お家芸を、大西監督は誰もが忘れたころに復活させたわけである。本作を目の当たりにした成人映画館の館主たちは、当時の悪夢が蘇るにちがいない。

 もっとも、野心は満々でも、幅広い観客に訴える大胆さ、不敵さが今一つも二つも足りないし、確信犯の狡猾さも持ち合わせてはいないように思える。だが後半、映画が壊れはじめてからは、突如として編集に躍動感が生まれ、画面に生気がみなぎった。そこに何か正体不明の表現欲を見てとることはできる。こうした作品は、今やいつ終焉を迎えてもおかしくないピンク映画業界に、風穴を開けるかもしれないし、開けないかもしれないが、少なくともめったにない青臭い何かを思い出させてはくれた。

『誘惑 あたしを食べて』と『おんなたち 淫画』は、まったくベクトルの違う対照的な映画だ。安らぎと快楽とを与えてくれる前者。驚きと当惑とを余儀なくされる後者。優劣はなく比較する意義もおよそ見当たらないが、何につけオーソドックスなものを好む筆者は断然前者が好きである。しかし、ふっと自分自身の心に立ち返るような刺激的な要素を、些少ながら有していたのは、あたかもノイズミュージックのような異物感を残すこの映画であったことも付記しておく。

(2007.12.10)

おんなたち 淫画 2007年 日本
監督:大西裕 脚本:西田直子,加東小判 撮影:田宮健彦 出演:吉岡睦雄,宮崎あいか,花村玲子,川瀬陽太

上野オークラで12/13まで公開後、全国成人映画館で上映。

詳しい上映情報はこちらのページ参照
2007/12/11/12:11 | トラックバック (0)
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