今週の一本
(2007 / フランス / オムニバス)
映画館をめぐる32個の冒険

仙道 勇人

それぞれのシネマ/北野武「素晴らしき休日」世界中で行われている映画祭の中でも随一の知名度と人気の高さを誇るカンヌ国際映画祭は、今年で61回目を数える。開催60回目の節目に当たった昨年、各国で活躍している著名監督たちが撮ったショートフィルム集が記念製作された。それがこの「それぞれのシネマ」である。
参加監督は豪華絢爛、とにかく凄いの一言だろう。テオ・アンゲロプロス、オリヴィエ・アサヤス、ビレ・アウグスト、ジェーン・カンピオン、ユーセフ・シャヒーン、チェン・カイコー、マイケル・チミノ、デヴィッド・クローネンバーグ、ジョエル&イーサン・コーエン(コーエン兄弟)、ジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ(ダルデンヌ兄弟)、マノエル・デ・オリヴェイラ、レイモン・ドゥパルドン、アトム・エゴヤン、アモス・ギタイ、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ホウ・シャオシェン、アキ・カウリスマキ、アッバス・キアロスタミ、北野武、アンドレイ・コンチャロフスキー、クロード・ルルーシュ、ケン・ローチ、デヴィッド・リンチ、ナンニ・モレッティ、ロマン・ポランスキー、ラウル・ルイス、ウォルター・サレス、エリア・スレイマン、ツァイ・ミンリャン、ガス・ヴァン・サント、ラース・フォン・トリアー、ヴィム・ヴェンダース、ウォン・カーウァイ、チャン・イーモウと、歴代パルムドールホルダーを筆頭に錚々たる面々が総勢36名。上映作品は32本に及ぶ(オリジナルは34本で構成されているが、今回の上映ではマイケル・チミノ作品とコーエン兄弟作品が含まれないため)。

世界的な監督達によるショートフィルムのコンピレーション企画というと「10ミニッツ・ オールダー」(02)が思い出されるが、「10ミニッツ・ オールダー」は「時間制限10分と決められた予算で撮る」こと以外は自由だったこともあって、作品集としてはまとまりの欠いた、些かごった煮的な企画に留まっていたというのが率直なところだった。対する本作「それぞれのシネマ」は、「時間制限3分で『映画館』を題材にしたフィルムを撮る」というかなり厳しいレギュレーションが科せられた結果、映像表現は勿論、テーマに対するアプローチにも各監督の特徴やスタイル、哲学が如実に反映された作品が揃うこととなり、作品集としての統一感が極めて高いアンソロジー映画に仕上がっている。

それぞれのシネマ/チャン・イーモウ「映画を見る」各作品には「映画館」に対する監督の様々な想いが映し出されているが、興味深いのは作品のコンセプトについて一定のグループ分けができる点だろう。
32本の作品の中で、一番目に付いたコンセプトはやはり「映画の原体験」を描いた作品群で、北野武(『素晴らしき休日』)、ナンニ・モレッティ(『映画ファンの日記』)、チャン・イーモウ(『映画を見る』)、ツァイ・ミンリャン(『これは夢』)、ラウル・ルイス(『贈り物』)、クロード・ルルーシュ(『街角の映画館』)、ガス・ヴァン・サント(『ファースト・キス』)、ウォン・カーウァイ(『君のために9千キロ旅してきた』)、チェン・カイコー(『チュウシン村』)らは、映画との出会いや映画にまつわる追憶、幻想を通じて「映画の原体験」的な風景を描き出してみせる。

レイモン・ドパルドン(『夏の映画館』)、アンドレイ・コンチャロフスキー(『暗闇の中で』)、アキ・カウリスマキ(『鋳造所』)、アッバス・キアロスタミ(『ロミオはどこ?』)らは、映画館と観客という点に着目し、映画体験を共有できる場としての映画館の意義を照らし出す。中でも、アンドレイ・コンチャロフスキーの『暗闇の中で』は、フェリーニの名作『8 1/2』が上映される劇場内で、作品に涙を流す劇場従業員の老婆と作品そっちのけでセックスを始める不届きなカップルという対比の中に、映画というメディアを取り巻く厳しい現状を象徴させつつ、映画の衰退や名作が忘却されていくことに対する危機意識を露わにした見事な一本となっている。

このような「映画(館)に対する悲観的な未来像」をもっとストレート描いているのが、ホウ・シャオシェン(『電姫劇院』)、アトム・エゴヤン(『アルトー(2本立て)』)、デヴィッド・クローネンバーグ(『最後の映画館における最後のユダヤ人の自殺』)、ケン・ローチ(『ハッピーエンド』)である。とりわけ、無難すぎる(あるいはクソすぎる)映画しか上映しないシネコンが映画館から観客を遠ざけるという状況を、親子の掛け合いを通じて皮肉ってみせたケン・ローチの『ハッピーエンド』は、シネコンに不満を持ったことがある人なら間違いなくニヤリとさせられるに違いない。

それぞれのシネマ/アキ・カウリスマキ「鋳造所」また、多くの人が集まる映画館ならではの様々な問題を取り上げた監督も多い。ラース・フォン・トリアー(『職業』)、ロマン・ポランスキー(『エロチックな映画』)、ビレ・アウグスト(『最後のデート・ショウ』)らは、「映画館でのマナー」に関する悲喜交々をひねりを効かせて描き出しているし、ダルデンヌ兄弟(『暗闇』)やオリヴィエ・アサヤス(『再燃』)は、「映画館での犯罪」というシビアな問題に着目する。アモス・ギタイ(『ハイファの悪霊』)やマノエル・デ・オリヴェイラ(『唯一の出会い』)、ヴィム・ヴェンダース(『平和の中の戦争』)となると、もっと社会的・政治的なメッセージを打ち出しているが、さすがに3分という時間ではやや消化不良ぎみなきらいがあるのは否めない。

他方、デヴィッド・リンチ(『アブサーダ』)やジェーン・カンピオン(『レディ・バグ』)のように「映画館」をテーマに独自の作品世界を純粋に表現した監督もいる(3分でもきっちり表現されている、リンチの悪夢的映像はファンにはたまらないものがあろう)し、映画監督と映画(館)の関係を吐露するようなユーサフ・シャヒーン(『47年後』)やエリア・スレイマン(『臆病』)の作品もある。しかし、本作品集における白眉と言えば、テオ・アンゲロプスの『3分間』以外に考えられないだろう。

亡き名優マルチェロ・マストロヤンニに捧げられたこのフィルムは、アントニオーニの『夜』(61)でマストロヤンニと共演したジャンヌ・モローが『夜』の台詞を再び語る、というだけの作品である。
だが、ジャンヌ・モローとマストロヤンニの「再共演」という部分だけに捕らわれてしまうと、この作品の凄みは理解できない。実はジャンヌ・モローとマストロヤンニは、アンゲロプロスの『こうのとり、たちずさんで』(91)で既に再共演を果たしているからだ。しかも、アンゲロプロス自身がこの二人の30年ぶりの再会シーン(両作の制作年に注目)を、『夜』に対するオマージュであると明言していることは極めて重要な意味を持つ。
つまり、『こうのとり~』で描かれたエピソードは、『夜』の夫婦――倦怠とすれ違いによって関係が破綻したジャンヌ・モローとマストロヤンニ――の「その後の風景」をアンゲロプロス流に描いたものであり、それと同様に本作も『こうのとり~』で描かれたエピソードの更に「その後の風景」を描いた作品になっている、と解釈するべきだからだ。

こうして本作は『夜』から46年後の二人を描くわけだが、現実世界と同様にマストロヤンニは既に亡く、幽霊となったマストロヤンニと思いがけない邂逅(余談だが、冒頭でいきなりアンゲロプロスファンにはお馴染みの「黄色い雨合羽の人」が登場するのは、本作の舞台となっている映画館を、生者と死者の出会う黄泉的異界に見立てていることを示すために他ならない)を果たしたジャンヌ・モローは、マストロヤンニの幽霊に向かって在りし日の記憶を独白する。それは『夜』のラストシーン――ジャンヌ・モローがその昔マストロヤンニから貰ったラブレターを読み上げることで、二人の別れを決定づけた――の再現だが、決定的に違うのは、相手がもはや生きて傍にいない、二度と触れることができないということである。
本作では『夜』で「愛の不毛/空虚」の証拠として二人の関係を切り裂いた「記憶/思い出」の存在が、逆に「愛の豊穣」の証拠として昇華され、永遠に失われた人に対する永遠に失われることのない思い、文字通り「愛の表白」として吐露されている。しかし、それは同時に永遠に伝えることのできない思いでもある。愛の本質を理解できず、愛すべき人を失って、かなりの時を経て何が大切だったのかに漸く気づいた――そんなやるせなさと深い悲しみを湛えたジャンヌ・モローの佇まいは圧巻の一語に尽きる。

これだけでも3分間のフィルムとは思えない密度なのだが、実は本作の仕掛けはこれだけに留まらない。驚かされることに、「愛と記憶」の問題を描いた本作は、アンゲロプロスの傑作にしてパルムドール受賞作でもある『永遠と一日』(98)のラストシーンの再現にもなっているのである。俄には信じがたいが、あの一大傑作を3分間に凝縮せしめたアンゲロプロス監督の業には、もはや評する言葉すら見つからない。ショートフィルムとはいえ、とにかくアンゲロプロスファンなら必見としか言いようがない作品なのである。


本作品集に収められた作品は、いずれも熟練の匠による業物と呼ぶに相応しい逸品が揃っており、参加監督の中に好きな監督名がある人なら観る価値は十分にある作品集になっている。たかだか3分間のフィルムじゃ大したことはできるわけないだろう、と思う向きもあるかもしれないが、そういう人こそ本作を観るべきだろう。映像表現の深奥と豊饒性、可能性を確認できるまたとない機会になるはずだ。

(2008.7.21)

それぞれのシネマ 2007年 フランス
監督:テオ・アンゲロプロス,オリヴィエ・アサヤス,ビレ・アウグスト,ジェーン・カンピオン,ユーセフ・シャヒーン,チェン・カイコー,デヴィッド・クローネンバーグ,ジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ,マノエル・デ・オリヴェイラ,レイモン・ドゥパルドン,アトム・エゴヤン,アモス・ギタイ,アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ,ホウ・シャオシェン,アキ・カウリスマキ,アッバス・キアロスタミ,北野武,アンドレイ・コンチャロフスキー,クロード・ルルーシュ,ケン・ローチ,デヴィッド・リンチ,ナンニ・モレッティ,ロマン・ポランスキー,ラウル・ルイス,ウォルター・サレス,エリア・スレイマン,ツァイ・ミンリャン,ガス・ヴァン・サント,ラース・フォン・トリアー,ヴィム・ヴェンダース,ウォン・カーウァイ,チャン・イーモウ
(C) 2007 Festival de Cannes- Elzévir Films. All Rights Reserved.
公式

8月2日(土)より、渋谷ユーロスペースにてロードショー
以降 名古屋シネマテーク/梅田ガーデンシネマ
/札幌シアター・キノにて順次公開

それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~
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2008/07/21/15:49 | トラックバック (0)
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