特集
( 2009 / 日本 / 松江哲明 )
フィクションのように、ノンフィクションのように

島田慎一

「あんにょん由美香」1んにょん由美香』という作品がとにかく必見の傑作なのだと他人に告げることが、どこかプライベートな経験の告白にも似たためらいを感じさせるのは、林由美香というとらえどころのない広がりをもつ女優を、ごく些細な思い入れから切り取ろうとした松江さんの無謀な試みのしわ寄せなのかもしれません。
しかし、そういったあやうさも含めてこの映画を受け止めたとき、やはり見逃せない傑作なのだと大急ぎで言い直したくなってしまうのは、ドキュメンタリーの持つ、作品と現実の境界線の曖昧さをも作品の魅力にしてしまう、松江さんの実力なのでしょう。
いや、ほんとのところ、この映画の主題歌を歌っている川本真琴さんが公開記念ライブにゲスト出演することや、林由美香の未見の出演作が特集上映されていることに今は関心を奪われていたりもするのだけれど、そんなこんなで作品の境界線が滲んでしまう前に、自分なりに言っておきたいこの作品のすばらしさを三つ、すくいあげておきたいと思います。

まずは松江さんが、年季の入った稀少映画(ソフト)ハンターとしての手腕を発揮して、ということなのか、「バカ映画」の扱いに習熟していること。
――という言い方に気を悪くされる方がいるかもしれませんが、バカ映画、クズ映画、といった不遜な映画の見方は、ここ十年ほどの観客が手に入れた、最も便利でお気軽な批評の方法だったと考えています。従来の映画評論の文脈を無効にして、より多種多様な映画へと興味をつなげるために、これほど小回りがきく道具はありません。フェミニズムよりもポストコロニアルよりもはるかに気安く、誰でもいつでも、『ふぞろいな秘密』と『ウィークエンド』と『怪談せむし男』と『スターシップ・トゥルーパーズ』と『幻の湖』と、そして韓国産エロVシネの珍品『東京の人妻 純子』といった、まるでかけ離れた作品を一緒くたにして笑えるのだから。
とはいっても、しょせん「バカ」は浅はかな道具でしかなく、安易に使えば、映画を観る目を濁らせ、作品の作り手や賞賛者の怒りを招くだけです。でもうまく使えば、思いもよらない事物と事物を結びつけ、新鮮な切り口の批評を展開できる。柳下毅一郎氏や中野貴雄氏の周到な笑い飛ばしの方法には多くのことを教えられてきたのだし、『あんにょん由美香』の冒頭で松江さんが見せた、爆笑の末に人をしんみりさせて内省させる(いったんはバカ笑いの対象にされた『東京の人妻 純子』を、瞬時に愛すべき作品へと変貌させてしまう)「バカ」使いのクレバーな芸に、まずは引きこまれたのです。

「あんにょん由美香」2二つ目は、ドキュメンタリー映画であることに踏みとどまらず、今の時代の新しい低予算映画のありかたを完成させていること。
一群の映画にあるまとまりを感じさせるジャンル・様式・ムードといったものは、ほとんどの場合、個人がこしらえるものではなく、その時代、場所、社会状況の枷に縛られながら固まっていくものです。
ハリウッドの衰退の予感や冷戦の不安、ヨーロッパ映画人の流入といった外的要因からフィルムノワールが、倫理規制の緩和、男性の社会的な去勢不安への反発、長引くベトナム戦争や若者文化の勃興からアメリカン・ニューシネマが、スタジオや照明を充分に使えない低予算撮影とインテリ階級の批評的姿勢からヌーベルヴァーグが、なんて映画史の周知を引くまでもなく、日本でも、ピンク映画、やくざ映画、怪獣映画、ホラー映画、Vシネマなどなどが、周囲の制約と折り合いをつけながら独自の進化を遂げたのだけれど、さらなる資金難に苦しみ、まともな劇映画を作ることさえ困難になった低予算映画の現状のなかで、「ドキュメンタリーは嘘をつく」ことを肯定的に呑み込んだ上でのドキュメンタリー手法によって、新しい映画の進むべき道を切り拓いてきた作り手のひとりが松江さんだったことは間違いないでしょう。
これまでに蓄えた技術・経験を駆使して、偶然と仕掛けの化学反応がどう現れたのかを掌握したうえで、劇的に構成された本作を観れば、松江さんが辞書的意味どおりの「記録映像作品」とは似て非なるありかたを自分のものにできたことは一目瞭然です。

さて三つ目は、そうして作られた劇映画的ドキュメンタリー(いや、ドキュメンタリー的劇映画なのか)の展開がとにかく面白いということ。最終的に自分が受け取ったのは、まるで(笑わないでくださいね)クリント・イーストウッドの監督作ととてもよく似た感動でした。
ヒーローであり続けることを自他共に認めながら、なにかしらの引け目やハンディを背負い、虚勢を張りながらも、主人公が緩やかに周囲との譲歩を重ねて自分を変えていく前半と、まるで映画のジャンルがすり替わったかのような劇的な展開を迎えて、前半で身につけた新しい価値観を巻き込みつつ自己決着を図る後半にしばしば分断されるイーストウッドの作品は、信念に従って自分自身にけりをつけることのとてつもない困難と、それをやり遂げることの苦々しい清々しさ、とでもいった、アンビヴァレントだが美しい余韻を残します。

林由美香、松江哲明、カンパニー松尾かたや『あんにょん由美香』で松江さんは、林由美香への愛を標榜しながら、そのことに関しては自分よりウワテだろう男たちをあえて訪問する。いっけん、ドキュメンタリーとしての展開に必要不可欠な取材を装いながら、ここでの真の目的は、彼らの林由美香愛に気圧されて、満身創痍になること、であるかのようです。
いくつかの由美香作品の再現ショットのなかで、松江さん自身が在りし日の林由美香の立ち位置にすり替わって立つことも興味深い。まるで男たちの威嚇のなかで、絶対的な逃げ場所はそこにしかないとでもいうように。
さらに、林由美香の足跡をたどる行為の裏には、同時にあらためて彼女の不在を強調するという、情感の溜め込みも巧妙に配置されています。

この、いささかマゾヒスティックな由美香彷徨のとどめとして、松江さんは『由美香』(1997)を撮った平野勝之監督から、「誤魔化すような真似すんなよ」と釘を刺される。そんな深傷を負いつつ、韓国へと旅立つ姿は、がぜん格好いい。
そこで松江さんは、最新ステルス機を奪取するのか、疑惑の登山チームと死の岩壁をよじ登るのか、カバンに二本のアドレナリン注射を忍ばせるのか、丸腰でギャングを挑発して全身に銃弾を浴びるのか、なんてことを期待するわけではないのだけれど、じっさいそこには、ドキュメンタリー作品ならではの、現実は創作よりも奇なりな困難と、あっと驚く逆転劇が待ちかまえています。

もちろん、現実の肉体としての林由美香は不在のままです。しかし、「誰かが記憶している限り、人は亡くならない」という冒頭近くの中野貴雄さんの印象的な言葉を実証するかのように、観る人は彼女の「最新主演作」をまのあたりにすることで、「純子」を追う旅に「けり」をつけてしまった清々しさとせつなさを感じることでしょう。
そして松江さんは、映画には、そんな不可能を可能にする力があるのだと信じさせる離れ業さえもなしとげてしまう。もしここで、ひたすら格好いい松江さんに嫉妬を禁じ得なかったとしたら、それは彼がイーストウッドではなかったことの罪なのです。

(2009.7.7)

あんにょん由美香 2009年 日本
演出・構成:松江哲明 編集:松江哲明,豊里洋 構成協力:向井康介 音楽:豊田道倫
出演:林由美香,ユ・ジンソン,入江浩治,キム・ウォンボギ,カンパニー松尾,いまおかしんじ,平野勝之
柳下毅一郎,中野貴雄,野平俊水,華沢レモン,柳田友貴
挿入曲『ほんとうのはなし』(唄:川本真琴) 『さよならと言えなかった』(唄:豊田道倫)
プロデューサー:直井卓俊 撮影:松江哲明,近藤龍人,柳田友貴
制作・配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS 配給協力:インターフィルム
製作:『あんにょん由美香』フィルムパートナーズ
公式

7月11日より、ポレポレ東中野でレイトショー公開

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2009/07/08/02:02 | BBS | トラックバック (1)
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映画「あんにょん由美香」 A おそらく見聞録

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Tracked on 2009/09/11(金)14:00:18

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