今週の一本
(2008 / アメリカ / クリスティン・ジェフズ)
足踏みしている人生に効く映画。

寺本 麻衣子

『サンシャイン・クリーニング』1 もう、それほど若くない。仕事もぱっとしない。恋愛だっていまひとつ。周りの人の方が幸せそうに見える。
イケてない現状に納得していないけれど、だからといってどうすればいいのか分からない。「サンシャイン・クリーニング」(09)は、そんな“人生に足踏みしている人”に特にオススメしたい映画だ。

この映画は「リトル・ミス・サンシャイン」(06)のプロデューサーたちが制作したもの、と聞けば、品質が保証されていると思って間違いない。美少女コンテストに出場することになった娘を会場に届けるため、クセものだらけの家族がポンコツの黄色いバスを走らせる「リトル・ミス・サンシャイン」は、とってもキュートな物語だった。決して華やかではない家族の映画が、なぜ全米で7館の限定公開から公開6週目にして上映館が1600を越えた上に、数々の賞を獲得できたのか?キャストや音楽の良さ、散りばめられたユーモアと皮肉、家族の団結とほんのり香る希望を形にしたような黄色いバスの使い方も上手かったし、何よりはみ出し者だらけの家族が絆を取り戻していく姿や、偉そうな顔をした社会に目に物見せてくれた痛快さには、見る人の心をぐっと前向きにしてしまう力があった。派手なアクションやロマンスがなくても、脚本の面白さと込められたメッセージが真っすぐ見る人に届いた好例だろう。
名はないけれど素敵な家族の物語をすくいあげたプロデューサーたちが次に選んだのが、この「サンシャイン・クリーニング」の脚本だ。完成した映画も4館での公開から全米トップ10に入る興行成績を上げたというから、やはり彼らの目に狂いはない。

「サンシャイン・クリーニング」も、ある家族の物語だ。姉のローズ(エイミー・アダムス)はかつてチアリーダーでハイスクールのアイドルだったけれど、今はシングルマザーで昔の恋人と不倫を続けている。ハウスクリーニングの仕事をしつつ資格取得を目指すが、夢はまだ叶いそうにない。おまけに息子のオスカーは問題児扱いされ、学校を退学する羽目になってしまう。妹のノラ(エミリー・ブラント)は仕事が続かず未だに実家で父親(アラン・ラーキン)と暮らしているし、父親は父親で怪しげな商売に次々と手をつけるが上手くいっていない。一家はまさに行き詰まり状態にある。
そんなある日、ローズがお金欲しさに新しい仕事を始める。会社につけた名前は“サンシャイン・クリーニング”。その明るい言葉とは裏腹に、実体は事件現場の清掃業、つまり殺人や自殺が起こった場所のクリーニングを請け負うのだ。残された血液や体液を清掃するので実際に遺体を目の当たりにすることはないが、それでも現場には死者の気配が残っている。気味悪さや悪臭と戦いながらの一風変わった仕事は、姉妹が持つあるトラウマを期せずして溶かしていくことになり、上手くいかない一家が少しずつ変わっていくきっかけにもなるのだった。

『サンシャイン・クリーニング』2それにしても、不思議な気分だ。鏡に向かって「私は強い。私はパワフル」と自分に言い聞かせている姿、30代半ばで人生が停滞してる感じ、年齢を重ねることの不安、孤独……国も言葉も違うのに、ローズには「その気持ち分かるよ」と肩をぽんぽん叩きたくなるくらい共感してしまった。仕事先で会ったかつての同級生が確実に自分よりも幸せを掴んでいるのを見て、本当の近況を言えず見栄を張るところなんて痛いくらい分かる。過去と現在、理想と現実とのギャップって、どうしようもなく苦いものだ。だから彼女が新しい仕事に挑戦する姿を応援せずにはいられない。
けれどこの映画は甘くない。降ってわいたような幸運は訪れないし、スーパーヒーローが救いに来てくれるわけでもない。なかなか魅力的な掃除道具店の店員が登場してローズに力を貸してくれるけれど、二人の仲も安直な恋愛には発展しないのだ。彼は過去と現在のローズを肯定してくれるのみ。でもそのことは何より大切で、彼女はそれを力にしてあくまで自分自身の努力で道を開いていく。ここがこの物語の良さだ。
ある程度仕事もしたし苦労も経験して、「今このままでいいの?」「でもどうすればいいの?」と自問自答している人にとって、地に足をつけて頑張る彼女の姿は自分の今の姿であり将来の姿でもある。苦労しながら技術を身につけ仕事に誇りを見出していくローズを、まるで自分のことのように見つめてしまうはずだ。作業の話を気味悪がり「その仕事、楽しい?」などとつまらないことを聞く同級生たちに、胸を張って仕事の素晴らしさを語る彼女には手を叩きたくなる。「サンシャイン・クリーニング」は人生停滞中の人の気持ちに、ぴったりと寄り添ってくれる映画なのだ。

事件現場の清掃というショッキングな題材を扱いながらも人間ドラマを中心に据えて進む淡々とした物語を、俳優陣の確かな演技が支えている。登場人物たちが丁寧に描かれるこの映画では人物が大写しになることが多いが、実力派ぞろいの俳優たちの演技のおかげでどんな場面も見応えがある。複数の人物が画面に映し出される時は、ぜひそれぞれが見せる表情の違いに注目してほしい。
「リトル・ミス・サンシャイン」に続いて父親役を演じるアラン・アーキンは飄々とした感じが相変わらず素敵で、孫との会話はこの映画でも特に魅力的だ。「魔法にかけられて」(08)「ダウト〜あるカトリックの学校で」(08)などで既に評価の高いエイミー・アダムスの巧さはもちろんのこと、「プラダを着た悪魔」(06)などで強い印象を残しているエミリー・ブラントも眉や目の動きで見せる率直な反応が面白く、やさぐれた妹ノラを愛すべきキャラクターに演じあげた。
そんな二人が演じる姉妹がそれぞれの思いを吐露するシーンは、個性が上手く表されていて面白い。姉は車に備え付けられた無線機に向かって静かに語り(姉の息子も、母親と同じく無線機で天国に語りかけるところがまた良い)、妹は陸橋を走っていく列車の下に潜ってキラキラと舞い落ちる火の粉を被りながら叫ぶ。それぞれが美しく、打ち明けられる本音にじんとしてしまうシーンだ。姉妹が絆を確認する場面にも、二人の関係を繊細に描こうとする脚本の姿勢が感じられる。姉妹しか共有できない小さな思い出でつながりあう様子、あるテレビ映画を見て大切なものを取り戻す姿は、ささやかながら感動的な場面だ。

「リトル・ミス・サンシャイン」「サンシャイン・クリーニング」と、タイトルにサンシャインという言葉が入っているのは偶然ということだが、両作とも見る人の心に差し込む陽射しのようなあたたかさがあることは共通している。けれど、地味とはいえ登場人物が皆強烈な個性の持ち主で物語に仕掛けがたっぷりの「リトル・ミス・サンシャイン」に比べれば、「サンシャイン・クリーニング」はもっと地味でもっと現実的だ。その分、悩みながら現実を生きている人にとって“使える”内容になっている。そのままズバリの答えはくれないかも知れないけれど(それは一人ひとりが見つけるものだから)足踏み状態から脱出するヒントと歩き出す勇気を、この映画はきっとくれるはずだ。

(2009.7.10)

サンシャイン・クリーニング 2008年 アメリカ
出演:エイミー・アダムス,エミリー・ブラント,アラン・アーキン,ジェイソン・スペヴァック,スティーブン・ザーン,
メアリー・リン・ライスカブ,クリフトン・コリンズ・Jr,ケヴィン・チャップマン
監督:クリスティン・ジェフズ 脚本:ミーガン・ホリー 美術:ジョー・ギャリティ
(C)2008 Big Beach LLC. 公式

7月11日(土)より、渋谷シネクイント、
TOHOシネマズシャンテ他全国ロードショー

リトル・ミス・サンシャイン [DVD] リトル・ミス・サンシャイン [DVD]
  • 監督:ジョナサン・デイトン, ヴァレリー・ファリス
  • 出演:アビゲイル・ブレスリン, グレッグ・キニア, ポール・ダノ, アラン・アーキン, トニ・コレット
  • 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日: 2007-06-02
  • おすすめ度:おすすめ度4.5
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2009/07/10/12:42 | トラックバック (4)
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