向井康介(脚本家)
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わたなべりんたろう
「HotFuzz」劇場公開を求める会主宰)
映画『ダウト』について&ヒップホップに関して
◆「ダウト」を見て
◆脚本家向井康介及びヒップホップ
◆日本映画に関してなど
「レボリューショナリー・ロード」を荒井晴彦さんと対談した第一回に続く、脚本家と一つの映画に関して対談するシリーズの第二回は向井康介くんと行った。対象になった作品は映画「ダウト」。思わぬヒップホップ談義にも途中なったが、興味深い内容になったと思う。
向井康介(脚本家)
1977年、徳島県生まれ。大阪芸術大学で山下敦弘と知り合い、二人で共同で脚本を書き始める。「鬼畜大宴会」、「どんてん生活」、「ばかのハコ船」、「リアリズムの宿」では照明、「悲しくなるほど不実な夜空に」、「ばかのハコ船」では撮影(共同)、「どんてん生活」では編集(共同)も手掛ける。代表作品:「どんてん生活」、「ばかのハコ船」、「リアリズムの宿」、「青い車」、「リンダリンダリンダ」、「松ヶ根乱射事件」、「神童」、「俺たちに明日はないッス」、「ニセ札」、「色即ぜねれいしょん」など
<「ダウト」を見て>
わたなべ 今日は忙しい中をありがとうございます。
向井 いえいえ。
わたなべ 「ダウト」は見ていただけました?
向井 見ました見ました。直前に見た方がいいと思って。一昨日かな、何の予備知識なくて見たんですけどね。
わたなべ 予備知識なしで映画を見るのは一番いいですよね。今作に関して言えばメリル・ストリープは何の予備知識もなく基になった演劇を観たらしいんですよ。それでいたく感動したそうです。
向井 これって演劇なんですか。実話じゃなくて?
わたなべ 最近の舞台なんです。2004年の11月にオフブロードウェイで上演されてから、翌2005年の3月にブロードウェイで上演されてトニー賞とピューリッツアー賞も受賞した戯曲が基です。こちらも映画を観た後に知ったんですが。
向井 確かに舞台っぽいかな。ちゃんと映画にしてますけどね。普通に面白かったですね。そういう話なのかと。終わり方とかが文学的だとは思ったんですが、今元々が舞台だと聞いて、なるほどなって思いましたけど。
わたなべ でもきっと日本じゃできない映画ですよね。結末がはっきりしてないから。
向井 やったかやってないかは“ダウト”って話だもんね。そういうことなんだろうなって思って見てはいたけど。
わたなべ こちらも面白かったんですが、何が面白かったかといえば、フィリップ・シーモア・ホフマンが激昂するシーンがすごい好きで。ホフマンが激高するだけで、その映画は好きなぐらい(笑)。シドニー・ルメットの「その土曜日、7時58分」もそうですが、最近のホフマンはよく激昂するんですよ。
向井 だってこの人、キレてるかダウンしてるかどっちかしかないじゃないですか(笑)。
わたなべ それに演技もいいですしね。「童貞放浪記」でインタビューした山本浩司さんもホフマンが一番好きな俳優だって言っていましたね。
向井 班長さん(山本浩司さん)は好きな俳優だろうなあ。
わたなべ 「ダウト」に関してだと、脚本って制約にもなるんだけど、この映画はテーマはあっても膨らまし方を自由にやってるじゃないですか。
向井 うん。
わたなべ でも、観る前は絶対につまらない映画だと思ってたんです。修道院が舞台でシスターと牧師の話なんて。審問とかあって堅苦しいだけの映画かなと思っていた。
向井 むかしはよくあったじゃないですか、宗教界が舞台の映画。クリスチャン・スレーターが出ていた「薔薇の名前」とか。そういう類いのものかなとは思いましたよね。
わたなべ デ・ニーロ&ロバート・デュヴァルの「告白」とかね。
向井 そうそう(笑)。
わたなべ でも別に宗教がテーマじゃなくて、監督のジョン・パトリック・シャンリィは、政治討論番組でパネラーみんなが確信を持って意見をぶつけている様を見て「この世に確信できることなんてありはしないのに、なぜそれほどまで確信を持ってぶつかりあえるんだろう?」と思ったことから今作を発想したそうです。その疑いや寛容さを描くことはできないだろうかと思ったらしいんです。映画を観ても発想の原点が分からないぐらい消化されて、しかも見応えのある作品に仕上がっている。そこが面白いと思って、これは脚本家と話したい作品だと考えたんです。
向井 なるほど。
わたなべ それにシャンリィ自身がこういうニューヨークのブロンクスの神学校で育ったことも影響していたみたいです。だから舞台設定に使った。そして、舞台ではエイミー・アダムスの演じた若い修道女が主役なんです。
向井 映画ではメリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンが中心ですよね。
わたなべ そう。でも舞台はアフロアメリカンのお母さんを加えて4人だけの室内劇なんです。
向井 子供も出てこないんですね。
わたなべ 出てこない。しかもすべて部屋のなかでの話。脚本のやってはけない原則の一つで、人が部屋で話しているだけなので、よほど工夫を加えないといけない。だから、こんな発想は日本じゃなかなか生まれないですよね。つまらないだろうという考えが先に立って。ただしゃべってるだけなんて、面白くないだろうと。最近では「キサラギ」ぐらいしかない。
向井 それにしても演技合戦って感じだったなあ。すごい気合はいってるなあ、なんて思って見てました(笑)。一番最初に「おや?」と思うところって、ホフマンがロッカーに何かを入れるところをエイミー・アダムスが見てしまったシーン。決定的だったでしょ。なんかあるぞって思わせる。あそこまでの描き方はうまいですよね。さりげなさっていうか、あまり見せすぎない、説明不足でもないし、うまいなあと思って見てましたね。
わたなべ 映画は見応えはあった?
向井 ありましたよ。フィリップ・シーモア・ホフマンがどっちなんだ、という顔をしてるじゃないですか。神父の顔でもあるけどゲイかもしれない。うさんくさいっていうか。俺はそこが好きなんですけどね。それと、メリル・ストリープがフィリップ・シーモア・ホフマンを呼び寄せて、エイミー・アダムスと3人で話をするくだり。あそこで思うじゃないですか? サスペンスじゃなくて疑いをテーマにした人間ドラマなんだなって。
わたなべ キャラクタースタディのドラマですよね。でも向井くんもそうじゃないですか。キャラクターを転がして展開させていく人だなと思ってるんですけど。
向井 どっちかというとそうかもしれないですね。でもこれはキャラクターというよりテーマ性が強くないですか?
わたなべ 確かにドンと強く置いてますね。
向井 冒頭から疑うことについての神父の説教ではじまって、最後にメリル・ストリープが泣きながら一言。ラストのあの一言はすごくよかったですね。
わたなべ メリル・ストリープも確信がないわけですよね。疑いに心が揺れている。
向井 そう、それで泣いちゃう。わたしがやめさせたという事実と、その責任とで。でも疑いの心が晴れないという。そこが俺は文学的だなって思いました。
わたなべ 「セックスと嘘とビデオテープ」のような。
向井 そうそう。突き進んでいくけど答えは出さない、みたいな。
わたなべ キャラクターの話をすると、みんな両方の側面を持ってますよね、いい面と悪い面と。脚本の基本ではありますが、そこがうまい。ホフマンも、なんか信じられるじゃないですか、誠実さを。
向井 そこは微妙かも。
わたなべ 信じられない?
向井 だってみんなグレーじゃない? 白か黒かをはっきりさせちゃうと成立しない映画じゃないですか。ホフマンが少年を抱きしめて「大丈夫だ」というシーンにしても、エイミー・アダムス演じる若い修道女なんかは感動するんだろうけれども、あれだってどうかわからないわけでしょ。
わたなべ そうしたデリケートなテーマをどう転がすかにおいて、今作のストーリー展開をどう思いました?
向井 うん、やってることは常套かな。3人の設定自体は簡単じゃないですか。偉い人が2人いて、2人の間に下の人がいて、その人が見てしまった。そこに疑いが生まれるという。わかりやすいですよね。偉い人たちの間で何かを見せないとならない時は、エイミー・アダムスの演じた女の子を使えばいいわけですから。一番疑問に思ったのは、なぜメリル・ストリープがあそこまで神父を追いつめるのか? 疑うのか? ということ。理由がどこかで描かれるのかと思ったけど、なかったですよね。とにかくあの神父を貶めたいっていうだけで。
わたなべ 貶めたいわけではないんじゃないかな。
向井 でも黒人のお母さんに向かって言うじゃないですか、「わたしは貶めたいんだ」って。でもお母さんは「6月までの辛抱だからわたしには関係ない」と。そこではっきり言うじゃないですか。お子さんをどうこうしたいんじゃない、わたしは神父を貶めたいだけなんだって。そんな悪いことをした神父をね。
わたなべ そうそう、許せないってことですよね。
向井 なぜそこまで疑うのか、許せないのかについて、なんでなんだろうと思いましたね。それで最後に、メリル・ストリープが疑いの心が晴れないと言って泣くので、少しは腑に落ちたんだけど。でもさりげなくサインを示してくれると、もう少しメリル・ストリープの存在が際立つのかなと思ったな。
わたなべ でもバランス的にメリル・ストリープだけに偏らせたくもないじゃないですか。
向井 そうかもしれない。誰に寄って見るという映画じゃないのかもしれない。だれが正しいって映画じゃないから。
わたなべ 見る人によって見え方が異なる映画ですよね。メイキングでも、その点は言われていましたが、見る人のそれまでの人生が反映されるみたいだと。メリル・ストリープの気持ちもわかるという人もいるし。
向井 それでいくと、フィリップ・シーモア・ホフマンには何も思わなかったかな。あの人は疑われる方だからね。
わたなべ ストーリーとしては、進歩的な牧師と進歩的なものはいけないという保守的なシスターとの対立物。ただ、監督はホフマンを肯定しているわけじゃないんです。「人はわかりあえる、愛で解決できる」……そういう、あまりに60年代的で楽観的すぎる考え方である人物であるだけだと。それにしても、メリル・ストリープはすごいよね。
向井 いいですよね。
わたなべ キャスティングについては、まずメリル・ストリープを最初に決めたらしいんです。そして、互角にできる人は誰か、ということでフィリップ・シーモア・ホフマンが決まった。
向井 分かる気がするな、メリル・ストリープから決まったというのは。ハマリ役過ぎて、他に思い浮かばないですもんね。
わたなべ もし向井くんが今作のようなテーマで、3人という設定ならどう書きますか?
向井 わからないな、なってみないと。だけど好きなテーマですよ。疑惑をテーマに、自分でもどうしようもなく、疑惑がなくならないことに罪の意識を感じるラストという落としどころはすごくわかりましたけどね。俺も、泣かせるかどうかはわからないけど、着地点はここにするんだろうなって。こういうラストを好むから、逃げてるってよく言われるんだけど、俺も白黒をハッキリつけるのはあまり好きじゃないんでね。こういう映画みたいに無力感を味わってほしいですよね。世の中にはどうしようもないことがあるっていう。
わたなべ メリル・ストリープ演じるキャラクター自身、疑ってる自分をイヤなわけじゃないですか。
向井 そうそうそう。
わたなべ そういうことが人間的ですよね。
向井 そこが大事ですね。
▶「ダウト」を見て - 脚本家向井康介及びヒップホップ - 日本映画に関してなど
- 監督:ジョン・パトリック・シャンリィ
- 出演:メリル・ストリープ, フィリップ・シーモア・ホフマン, エイミー・アダムス, ヴィオラ・デイヴィス
- 発売日: 2009-08-19
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