『パンチドランク・ラブ』『マグノリア』、
そしてアカデミー賞8部門ノミネート『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』から5年――
ポール・トーマス・アンダーソン最新作。
第37回トロント国際映画祭スペシャルプレゼンテーション部門正式出品
第69回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門 四冠達成
(銀獅子賞、主演男優賞W受賞、国際批評家連盟賞)
2013年3月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、
新宿バルト9ほか全国ロードショー
第二次世界大戦後、1950年代のアメリカ。
希望にあふれ、そして、混沌に満ちていた――。
物語は第二次世界大戦末期から始まる。海軍での海外赴任から戻った帰還兵のフレディ・クエルは、デパートでのカメラマンとして一般生活に戻っていたが、戦地で患ったアルコール依存を断ち切れず、職場で問題を起こしてしまう。その後も日常生活に適応できず、あてのない放浪の旅に出ていた彼は、あてのない旅に出た彼は、密航した船で<ザ・コーズ>という新興宗教団体に遭遇し、その船の主であり、教団の指導者である“マスター”ことランカスター・ドッドに迎えられる。そこからフレディの人生は180度変わる。マスターはあるメソッドで悩める人々の心を解放し、カリスマ的な人気を得ていた指導者だった。フレディは次第にその右腕として地位を得ていくが、その陰にはマスターの妻が潜んでいた――。そして3人の関係は次第に力の均衡を崩しはじめ、教団をも壊そうとするのだった。
ホアキン・フェニックス
フィリップ・シーモア・ホフマン エイミー・アダムス
抗えない力で求めあい、ゆえに反発する魂を描く究極の人間ドラマ。
主人公のフレディを演じたホアキン・フェニックスは『グラディエーター』(00)でオスカー候補となり、マスターを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンは『カポーティ』(06)でオスカーを手にした経験を持つ演技派。そして、マスターの妻ペギーを演じたエイミー・アダムスもまたアカデミー賞候補の常連だ。初期作品から批評家筋をだまらせる根っからの映画作家ポール・トーマス・アンダーソン監督は、本作をもってカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの世界三大映画祭の監督賞に輝くという偉業を成し遂げた。そんな彼にとっても、今回は最も刺激的なキャスティングとなったはずだ。マスター役のあてがきだったフィリップが「相手役はホアキンがいい。なぜなら僕にとって彼は怖い存在だから。」と提案して決定したというホアキンとフィリップの対峙から伝わる危うさと緊迫感には、目が離せない。「人は誰もが指導者(=マスター)が必要だ。だが、フィリップ演じるマスターもまた、指導者が必要だった。それがフレディ(ホアキン)だったんだ。」と語るとおり、家族、父と子、血縁というテーマを描いてきたアンダーソン監督が、現代ではもはや使われることのない65mmフィルムでの撮影、そして細部までリサーチされた衣裳や技術、すべてを完璧に融合させ、人間同士の深層心理をえぐりだす刺激的で重厚かつ芳醇なドラマを新たに完成させた。
1950年代とは
第二次世界大戦が終わると、アメリカの不安定さが浮き彫りになった。空前の好景気で希望に満ちあふれる時代だったが、同時に長引く社会不安も渦巻いていた。この2つの相反する事柄が口火となって、人生を見つめ、真理を探し求めるという新たな文化が芽生え、新興宗教が台頭してきたのが1950年代初頭である。この流れは、イラク戦争後、21世紀の現在までつながっている。戦争という闇から故郷に戻った若者たちは、大量消費社会という、光輝く新しい世界を作り上げた。その一方で多くの人々が、より豊かな人生を求めて、世の中の不安や混乱に抑止をかけてくれる何か大きな存在を見出そうと模索していたのだ。
ストーリー
ポール・トーマス・アンダーソンは、これまでの作品で、常に人間の感情、家族の問題、歴史的な問題などを描いてきた。監督デビュー作『ハードエイト』(96)では、負け続きの不運な男の面倒を見ることになったラスベガスのプロ・ギャンブラーを、続く『ブギーナイツ』(97)では、ポルノ映画産業で働く人々を描いた。また『マグノリア』(99)は、とある夜を舞台に、それぞれに問題を抱える人々が交錯する群像劇であり、『パンチドランク・ラブ』(02)は、思わぬ女性との出会いに遭遇して面食らう孤独なビジネスマンを描いたロマンチック・コメディ。そして、前作の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)は、20世紀初頭、石油のために自分自身のみならず街全体を変えてしまう一攫千金を狙う山師の男の物語である。
アンダーソンは本作で、第二次世界大戦の激変から生じたアメリカの新しい家族形態の始まり、精神的なつながりを持つ新興宗教を描きたいと考えていた。1950年代の初めには、人間の潜在能力についてのヴィジョンを理解しようという団体が数多く誕生した。アンダーソンは、ドラマチックな物語を描く格好の素材だったと語る。「ことの始まりをたどっていけば、善意が元にあったことが分かる。その火花が、人々の心を突き動かし、自分たち自身と、周りの世界を変えていくだろうと考えたんだ。大戦後、人は楽観的に将来を考えていたわけだけど、同時にその過去には、極めて多くの痛みや死があったんだ。大戦から帰還した僕の父は、その後の人生を不安感にさいなまれて過ごした。スピリチュアルなムーブメントや新しい宗教というのは、いつの時代にも起こり得るものだけど、特に戦争の後という時期が起こりやすい。多くの死や破壊を目にした後、人は“なぜこうなる?”とか“死んだらどこへ行くのか?”ということを考える。この2つは非常に重要な問いなんだ。」この“なぜ”という言葉が、フレディという人間を突き動かす。初めてマスター(=ランカスター・ドッド)と会った時、彼は人生の目標を見失っていた。ドッドは、人間の心にある闇をどうやって克服するかということに答えを導き出したと主張する人物である。フレディを核に、物語は彼の心の奥の深い部分を描きながら、紆余曲折を経てマスターの率いる<ザ・コーズ>にはまり込んでいく経過を描いていく。
プロデューサーのジョアン・セラーは語る。「ポールは、戦争が人間にどんな影響を与えるかということに非常に興味を持っていたわ。戦場から故郷に戻った男たちは皆、現実の社会で再び生き甲斐を見つけなければならなかった。途方にくれていた人々は答えを見つけようとしていて、そういった気持ちが精神的なよりどころとなるコミュニティを生んだわけで、そこにポールは惹かれたのね。典型的なアウトサイダーであるフレディがコミュニティを変え、その結果、フレディとマスターの悲劇的なラブストーリーが生まれる。フレディは自身の力量を超えた人間になろうとするけど、覚悟ができない。マスターはフレディに息子のような存在になってもらいたいけど、それがまたうまくいかないの。」
アンダーソンはスタインベックからL・ロン・ハバード(サイエントロジーの創始者)まで当時を描いた本を数多く読んだと言うが、伝記映画を作るわけではなかったので、セリフはリサーチしたものに想像力を加えていった。事実、脚本を何度も改訂することで想像力の方が勝っていき、<ザ・コーズ>は“代理家族”のような一体感があるものになった。どのシーンにも、主要なキャラクターの中に敵愾心や愛、あるいは憧れと混乱といった相反する感情が渦巻いている。
アンダーソンは2人の関係について「今、映画を見ると、フレディとマスターが一緒にいて、お互いのつながりを強く持とうとしているのが分かる。思うに、彼らはお互いの能力を知っていて、それゆえ相手に弱点を気付かせようとするんだ。2人共寛大な人間だけど、相手に伝えようとするコミュニケーションの方法が全く違うんだと思うね」と語る。
脚本がセットで命を吹き込まれると、第二次世界大戦後をテーマにした“熱病的な夢”が形になって現れてきた。今までになかった設定で、家族や信仰、成功と人との結びつきといったものを探し求めるというのがテーマである。アンダーソンが映画を作り始めた時から共に仕事をしてきたプロデューサーのダニエル・ルピは、こう語る。「この脚本は『ブギーナイツ』に通じるところがある。あの作品はポルノ産業が舞台になっていると言えるかもしれないけど、本当は一風変わった家族の関係を描いている。<ザ・コーズ>も、言ってみれば“複雑な家族”なんだよ」
キャスティング
『グラディエーター』(00)の陰湿な皇帝コモデゥス役や『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(05)の破天荒なアーティスト、ジョニー・キャッシュ役でアカデミー賞にノミネートされたホアキン・フェニックスが、マスターを困惑させ、魅了するフレディ役を生々しく、野性的に演じている。フェニックスは役柄に真っ向から取り組み、徹底的に入り込んだ。アンダーソンは脚本を書いている時から、フレディ役としてホアキンを頭に浮かべており、「僕は12年間、彼に映画に出てくれと頼み続けていたが、いつも何らかの理由で実現しなかった。今回、イエスと言ってくれたことに感謝しているよ。」と語る。
<ザ・コーズ>の指導者であり、作家であるランカスター・ドッドは、明らかに矛盾した論理でフレディを説き伏せる。彼にはカリスマ性があり、インテリで博識、寛容な心の持ち主だが、同時に癖のある、妄想家であり、またひどく貧しいことが垣間見えるのだ。この微妙な明暗が混在する比類なキャラクターを演じるのが、『カポーティ』(05)でアカデミー賞に輝いたフィリップ・シーモア・ホフマンである。彼はアンダーソンの『ブギーナイツ』(97) と『マグノリア』(99)にも出演している。マスター役は、もともとフィルを念頭に書かれたものであり、アンダーソンは「フィルと僕は、お互い一緒に仕事をする機会を探してたんだ。脚本にもアイディアをくれたり見直しをしたり、フィルはすごく貢献してくれている」と語っている。
ドッドが<ザ・コーズ>の顔になっていく一方で、成長する組織の陰に力を持つ人間が存在していた。ドッドには慎ましく見えていたが、実は無情な妻、ペギーである。影響力を持つペギーを演じているのは、エイミー・アダムス。彼女はインディーズ映画『Junebug(原題)』(05)、戯曲家のジョン・パトリック・シャンリーが自ら映画化した『ダウト ~あるカトリック学校で~』(08)、ボクサーのミッキー・ウォードの気骨のある恋人に扮した『ザ・ファイター』(10)で3度、アカデミー賞にノミネートされている。今回また彼女は、今まで演じたことのない役柄に挑戦している。アンダーソンは「エイミーはどんな役でもこなせるよ。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(02)や『魔法にかけられて』(07)、『ザ・ファイター』(10)を見て、そう思っていた。彼女の出演は、この作品の目玉の1つだよ。フィルも何度も彼女と仕事をしてきていて気が合っていたから、当然のキャスティングだった。彼女も出演を快諾してくれてうれしかったよ」と語る。「エイミーはペギー・ドッドをマクベス夫人のように演じてくれたから、ドラマに真実味が加わったわ。」とジョアン・セラーは分析する。
65mmフィルムでの撮影
本作は完全なフィクションであるにも関わらず、アンダーソン監督は海の上でも陸の上でも、細部に至るまで当時の雰囲気と<ザ・コーズ>という想像上の世界をリアルに表現するために、スタッフと何度も検討を重ねた。なかでも大きな決断だったのは、現在では非常にまれな65mmフィルムをでの撮影を決断したことである。当初から彼は、時代を映し出す特徴的な映像にしたいと考えていた。『めまい』(58) や『北北西に進路を取れ』(59)といった50年代のクラシックの鮮やかな色合いや色感にはまったことのあるアンダーソンは、その過度とも言える鮮やかさを模倣し、そこに自分のスタイルである明確な抒情性を融合したいと思っていたのだった。荒れ狂う海やキャラクターが織りなす光と影を表現するのに、65mmフィルムはぴったりの組み合わせだった。
この選択は手探り状態で始まったのだが、ひとたび決心すると『ザ・マスター』という物語を紡ぐのにとても合っていた。「65mmのスタジオ・カメラで撮影し始めると、どのシーンを見ても、これが正しい選択だったと思えてきた。素晴らしく力強い映像だけれど、映像の鮮明さ云々ということ以上に、この物語とキャラクターにぴったりだった。気取った感じとか、独特のスタイルを模倣したという感じではなくて、アンティークのような感じで、うまく説明するのは難しいんだが“これだ”って感じだった。」
脚本・監督:ポール・トーマス・アンダーソン
プロデューサー:ジョアン・セラー,ダニエル・ルピ,ポール・トーマス・アンダーソン,ミーガン・エリソン
出演:ホアキン・フェニックス,フィリップ・シーモア・ホフマン,エイミー・アダムス,
ローラ・ダーン,アンビル・チルダーズ,ラミ・マレク,ジェシー・プレモンス,
ケヴィン・J・オコナー,クリストファー・エヴァン・ウェルチ
製作総指揮:アダム・ソムナー,テッド・シッパー
撮影監督:ミハイ・マライメア・Jr
プロダクション・デザイン:ジャック・フィスク,デーヴィッド・クランク
編集:レスリー・ジョーンズ(ACE),ピーター・マクナルティ
衣装デザイン:マーク・ブリッジス
音楽:ジョニー・グリーンウッド
キャスティング:カサンドラ・クルクンディス
アメリカ映画/カラー/138分/R-15 日本語字幕:松浦美奈
配給:ファントム・フィルム ©MMXII by Western Film Company LLC All Rights Reserved.
http://themastermovie.jp/
2013年3月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、
新宿バルト9ほか全国ロードショー
- 監督:ケイシー・アフレック
- 出演:ケイシー・アフレック, ホアキン・フェニックス, アントニー・ラングドン, ジェイミー・フォックス, ビリー・クリスタル
- 発売日:2005/05
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- 監督:ポール・トーマス・アンダーソン
- 出演:ダニエル・デイ=ルイス, ポール・ダノ, ケヴィン・J・オコナー
- 発売日:2012/02/08
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