レビュー

アイリッシュマン

( 2019 / アメリカ / マーティン・スコセッシ )
Netflixにて配信中
ギャングとスコセッシとデ・ニーロの終活

Text:青雪 吉木

アイリッシュマン(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
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マーティン・スコセッシの新作がNetflixの製作とは時代も変わったが、アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』(18)同様、日本では東京国際映画祭での上映で初お目見えした後に、幾つかの映画館でも上映を果たしたから、Netflix加入者以外のスコセッシ映画好きも、その多くが劇場で目にしたに違いない。もっともその後のコロナ禍の緊急事態宣言で4月以降はほぼあらゆる映画館が2ヵ月の休映になるとは誰にも分からなかったし、結果Netflixで視聴した人もかなりの数がいたことだろう。

『カジノ』(95)以来となるデ・ニーロ&ジョー・ペシのコンビにハーヴェイ・カイテルまでもが出演し、さらにアル・パチーノがスコセッシ組に初参加。このキャストで全米トラック運転手組合委員長ジミー・ホッファの失踪と絡む裏社会を描く映画となれば、『グッドフェローズ』(90)から連なる実録路線として期待も高まろうというもの。マーベル映画を“あれは映画ではなく別物。最も近いのは、良くできたテーマパーク”と意見したスコセッシ自身によるギャング映画のテーマパークと言えなくもない布陣である。もっとも今のハリウッドでは、多数のマーベル映画が製作される一方、スコセッシのような巨匠でも『アイリッシュマン』という大作ギャング映画をスタジオ製作の劇場公開作として作れなくなっており(スコセッシ曰く、1927年にトーキー映画『ジャズ・シンガー』が登場して以来の変革の時)、それゆえにNetflix作品となったという実情もあるようだ。

『グッドフェローズ』や『カジノ』がニコラス・ピレッジによるノンフィクションを原作にしたのと同様、『アイリッシュマン』はチャールズ・ブラントがアイリッシュマンことフランク・シーランに取材をしたノンフィクション本を基にしている。アル・パチーノがパワフルに怒鳴りながら怪演するジミー・ホッファ、ジョー・ぺシが不気味な存在感をまとって扮する組織の大物、ラッセル・バファリーノ、そしてロバート・デ・ニーロがほぼ出ずっぱりで演じるタイトルのアイリッシュマン=フランク・シーラン。映画はこの3人の長きにわたる忠誠と友情と裏切りがテーマだが、その構造も複雑で、老人ホームでのフランク・シーランの語りから、物語のクライマックスとなるジミー・ホッファの失踪に関わる道中記の回想を経て、ギャングと関係する以前の若者時代に戻り、そこからようやく話が始まる。ここまでで約6分。冒頭の短い時間だけでも第二次世界大戦後から21世紀初頭まで、老人、熟年、青年と目まぐるしい年齢の変化を一人の役者に演じさせるにあたって採用されたのは、ILMの新技術De-Aging Process。要するにCG処理で若返りが施されているのだが、その恩恵に預かっているのは上記のデ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシの3人だけだという。この3人とスコセッシが映画について語り合う『監督・出演陣が語るアイリシュマン』という25分弱のドキュメンタリーでは、各カメラにレンズが3つ必要でどこを見ていいか分からなかったという苦労話が語られるが、その甲斐あって顔の造作についてはそれほどの不自然さは感じられない。もっとも動作についてはCG処理がされておらず、年寄り臭さが拭えない場面もあるのも、また事実である。

物語は、食肉を横流しする運転手→借金の取り立て屋→ヒットマン→組織の中核と出世していくシーラン(デ・ニーロ)の視線とナレーションで進行していく。かつてのスコセッシ映画では狂犬役が多かったジョー・ペシは凄みを見せつつも今回は抑えに回り、代わりにジミー・ホッファ役のアル・パチーノが暴力抜きの強気演技で攻めまくる。お前が謝るなら俺も謝ってやるとマフィア役のスティーヴン・グレアムとなじり合うシーンが最高。状況を分かっていながら、自らの暴走を止められず頑固に貫き通した意地が命取りになる男の滑稽さと悲哀と崇高さを全身全霊で演じる姿は圧倒的。前述の『監督・出演陣が語るアイリシュマン』では、ほとんどインタビュアーのように他の2人と監督に穏やかに話を振っているのだから驚くばかりだ。

アイリッシュマン(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
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もちろん『グッドフェローズ』や『カジノ』再びな実録物として大変面白い映画だが、ストーンズ始めロックは流れない。時代背景の中心はキューバ危機やケネディ暗殺やウォーターゲート事件の頃だが、かかる音楽はロック以前のフィフティーズのドゥーワップやインストものが多い。よっていつものスコセッシ映画のようなロックと暴力シーンのエモーショナルなコラボは無い。だが、『ラスト・ワルツ』(78)以来のスコセッシの盟友ロビー・ロバートソンのスコアはブルースハープが暴れまくり、悲哀と不穏をまき散らす。

今回は『カジノ』と違って女をめぐるいざこざは描かれず、カネの流れもそれ自体を描きはしない。要するにギラギラした欲望は排除されるが、代わりに描かれるのはアンナ・パキンが演じる、すべてを見ている娘との関係。暴力的な父デ・ニーロを嫌い、ある事件を契機に75年8月3日以降は口を閉ざして父と話さなくなり、最後まで和解することはない。

面白かったのは多くの登場人物の初登場シーンで、ストップモーションと共にいつどのようにして死ぬかがテロップで示されるところ。山本直樹の漫画『レッド』で人物に付される番号と似た効果というか、登場するなり死へのカウントダウンが始まっているのだ。また、殺し屋目線で廊下を行ったり来たりしていたカメラが途中で離れて花に寄り、殺しを直接描かずに銃撃音を響かせるシーンなど、華麗なるカメラワークも見もの。

人が少し心配と言うときはかなり心配で、かなり心配と言うときは必死だとか、こういう場合はこれを使うという凶器の選択等、殺しのテクニックを語りかけるデ・ニーロの語り口は軽妙だが、冒頭でカメラが侵入する建物は老人ホーム。ペンキ塗りという言葉が、アクションペインティングのように壁に飛び散る血、つまり殺しの暗喩であり、それがこの映画のムードであるのも間違いないが、同時にこれは老いたるアイリッシュ系ギャングの独白なのである。原作では作者のチャールズ・ブラントがフランク・シーランとのインタビューを繰り返し行い、過去に迫っていくのだが、この映画ではあたかもデ・ニーロが神父に告白しているかのような体裁になっているのも象徴的だ。

『カジノ』を超える長さの209分の大作である本作だが、従来のギャング映画であれば、抗争が終わった後の終盤30分は不要。だが、実年齢が70代も後半に差し掛かったデ・ニーロ&スコセッシとしては、むしろそこをこそ描きたかった節もある。アル・パチーノが時間に厳しい設定を繰り返し見せるのも、残り時間の少なさを示しているような気がしないでもないし、墓は教会の地下聖堂がいいとか、棺桶のキャデラックだとか言いながら棺桶選びをするシーンがあるのはギャング映画の新機軸。ギャングの終活、安らぎの郷。劇中、人は齢を取らないと時間の速さに気付かないという台詞もあったが、総決算的なギャング映画を作りながら、スコセッシもデ・ニーロも死の準備を考えている可能性は否定できないだろう。とはいえ、『アイリッシュマン』は今のところ遺作ではない。スコセッシとデ・ニーロは、レオナルド・ディカプリオも迎えてまたも強烈なノンフィクションを映画化するという。先住民の連続不審死事件と石油の利権が絡んだ陰謀を描くデイヴィッド・グランの『花殺し月の殺人』を原作にした新作がそれで、撮影は2021年2月からスタートする予定。逆に言えば、創作欲があるスコセッシとデ・ニーロはまだまだ死ねないに違いないのだ。

(2020.10.5)

アイリッシュマン ( 2019/カラー/アメリカ/209分 )
監督:マーティン・スコセッシ 脚本:スティーヴン・ザイリアン 音楽:ロビー・ロバートソン
出演:ロバート・デ・ニーロ,アル・パチーノ,ジョー・ペシ,ハーヴェイ・カイテル,レイ・ロマノ,
ボビー・カナヴェイル,アンナ・パキン,スティーヴン・グレアム,ステファニー・カーツバ,
キャスリン・ナルドゥッチ,ウェルカー・ホワイト,ジェシー・プレモンス,ジャック・ヒューストン,
ドメニク・ランバルドッツィ,ルイス・キャンセルミ,ポール・ハーマン,ゲイリー・バサラバ,
マリン・アイルランド,セバスチャン・マニスカルコ,スティーヴン・ヴァン・ザント
配給:Netflix 公式サイト

Netflixにて配信中

アイリッシュマン(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) アイリッシュマン(上)
(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
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(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

2020/10/09/19:37 | トラックバック (0)
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