レビュー

ヒッチコック/トリュフォー

( 2015 / アメリカ・フランス / ケント・ジョーンズ )
新宿シネマカリテにて1月20日(金)まで公開、全国順次公開

わたなべ りんたろう

伝説の本「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」にまつわるドキュメンタリー

『ヒッチコック/トリュフォー』 『ヒッチコック/トリュフォー』マーティン・スコセッシマーティン・スコセッシ 『ヒッチコック/トリュフォー』ウェス・アンダーソンウェス・アンダーソン 『ヒッチコック/トリュフォー』ディヴィッド・フィンチャーディヴィッド・フィンチャー 『ヒッチコック/トリュフォー』黒沢 清黒沢 清 ドキュメンタリー「ヒッチコック/トリュフォー」がまず素晴らしいのは本ではコマ割りの図版で解説されていたヒッチコックの映画シーンが解説付きで実際に見ることが出来ることである。今作のもとになった本であり名著の「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」(以下「映画術」)が発売された時代と違い、今はソフト化されていたり(ビデオよりもDVDやブルーレイはコマ送りも容易だ)、動画をネットで見ることが出来るとはいえ、今作を見ていてとても心が躍った。

「映画術」の特徴はトリュフォーの質問が抽象的ではなく、ヒッチコックのこの作品のこのシーンは具体的にどう撮ったのかを聞くことにヒッチコックが「よくぞ聞いてくれた」とばかりに具体的に答えていることだが今作はそこをきっちり押さえてくれている。職人肌の名匠が具体的に秘密を明かしていく様の躍動感がより伝わるのだ。
なお、今作は正確に言えば「映画術」に影響された後進の世代のケント・ジョーンズ監督が同じ体験をした同世代の監督たちにインタビューを敢行して、そのインタビューを含めて「映画術」の内容をあらためて紹介しているものだ。ケント・ジョーンズがインタビュー相手に選んだ基準はヒッチコック好きながらヒッチコックに映像スタイルが影響されすぎていない監督であり、ディヴィッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソン、ジェームズ・グレイ、ポール・シュレイダー、オリヴィエ・アサイヤス、ピーター・ボグダノヴィッチ、マーティン・スコセッシ、黒沢清、アルノー・デプレシャン、リチャード・リンクレイターになっている。どの監督も興味深いことを言っているが、フィンチャーはイギリスの映画雑誌「EMPIRE」のオールタイムベスト特集で「裏窓」を挙げていたのでヒッチコック好きは知っていたが、ヒッチコックの映画のシーンを分析して具体的に話してくれる。デプレシャンがヒッチコックを語る様の熱さが印象的だった。フランス人だからヒッチコック好きとはいえ、激賞ぶりが際立っていた。黒沢清さんは他にも話している内容を是非知りたくなるがほんの少ししか登場せず、ソフト化時には特典に入ることを願っている。

今作を見た後に図書館で借りて読んでいた蓮實重彦「映画狂人、語る」には次の記述がある。

蓮實:階段から落とすために人々がどんな努力をしたかということはヒッチコックがトリュフォーのインタビューに答えて『映画術』の中で綿々を語っていることですよね。ヒッチコックなんか階段を静かに男と女が下りるというだけでサスペンスが盛り上がるわけですから―――」

伊丹:『汚名』ですね。あのラストの階段を下りるシーンは素晴らしいですね。バーグマンとケーリー・グラントが無事階段を下りると映画館の中がホッという溜め息で溢れるんです。

今作でも「汚名」をトリュフォーが「わたしにとって最高のヒッチコック映画」と言ったうえで、ケイリー・グラントとイングリッド・バーグマンとのキスシーンが語られる。当時のハリウッドの倫理規定でキスは三秒以内であることを逆手にとってヒッチコックは三秒以内のキスを繰り返させて二分半ほどに及ぶ官能のシーンを撮ったエピソードだ。グラントとバーグマンが、キスするために身体をくっつけたままなので演技がやりづらいと不満だったがヒッチコックは全く意に介さなかった「映画術」にもないことが出てくる。思わず「汚名」を見直したくなること請け合いだ。

今作を見たらクロード・シャブロル、エリック・ロメールの本「ヒッチコック」を読むのも面白い。トリュフォーと同じくシャブロルとロメールは「カイエ・デュ・シネマ」でヒッチコックを再評価する文章を書いていた。「映画術」「ヒッチコック」は原書は前者は1966年、後者は1957年であり「ヒッチコック」は「映画術」より早く、初のヒッチコックの本格的な研究書である(日本発売は2015年1月なので今作のことは解説で触れられている)。公開当時に批評・興行の共に失敗したヒッチコックのバーグマン主演作「山羊座のもとに」を「ヒッチコック」では相当高く評価していたりする。

今作で印象的に取り上げられている「間違えられた男」を見直すことにし、未見の「パラダイン夫人の恋」をこちらは見ることにしたが、今作を見ることでヒッチコック作品を見直したくなったり、未見の作品を見たくなるだろう。

(2017.1.13)

ヒッチコック/トリュフォー ( 2015年/アメリカ・フランス/80分/ビスタ/カラー/5.1ch )
監督:ケント・ジョーンズ 脚本 : ケント・ジョーンズ、セルジュ・トゥビアナ
出演:マーティン・スコセッシ,ウェス・アンダーソン,デビッド・フィンチャー,オリヴィエ・アサイヤス,ピーター・ボグダノヴィッチ,アルノー・デプレシャン,ジェームズ・グレイ,黒沢 清,リチャード・リンクレイター,ポール・シュレイダー,ボブ・バラバン(ナレーター)
原題:HITCHCOCK/TRUFFAUT 日本語字幕:山田宏一
提供:ギャガ=ロングライド 配給:ロングライド
Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos © COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト 公式twitter 公式Facebook

新宿シネマカリテにて1月20日(金)まで公開、
全国順次公開

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー 定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー
  • (著):フランソワ トリュフォー, アルフレッド ヒッチコック
  • (翻訳):山田 宏一
  • 発売日:1990/12/1
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  • 監督:アルフレッド・ヒッチコック
  • 出演:イングリッド・バーグマン, ケーリー・グラント
  • 発売日:2014/10/17
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2017/01/18/21:04 | トラックバック (0)
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