レビュー

ゴールデン・リバー

( 2018 / フランス,スペイン,ルーマニア,ベルギー,アメリカ / ジャック・オーディアール )
全国公開中/2019年11月22(金)、Blu-ray・DVD発売
仏監督による異色の西部劇

Text:青雪 吉木

『ゴールデン・リバー』画像パトリック・デウィットの『シスターズ・ブラザーズ』を原作に、ジャック・オーディアールが初の英語作品として撮った西部劇。舞台はゴールドラッシュに沸く1851年のアメリカ西海岸。粗野で狡賢く、狂犬のように凶暴で飲んだくれの弟・チャーリー(ホアキン・フェニックス)と、文句を言いつつ弟の世話を焼くお人好しの兄・イーライ(ジョン・C・ライリー)。名うての殺し屋兄弟コンビに対して、提督と呼ばれるボスが次に指示したのは、ウォーム(リズ・アーメッド)という男を始末する仕事。既に連絡係のモリス(ジェイク・ギレンホール)がウォームを追いかけているという。殺し屋兄弟はウォームを仕留めるべく、モリスを追跡するが、そこには思わぬ事態が待っていた…。

ブッカー賞の最終候補に残った原作の『シスターズ・ブラザーズ』は2013年に翻訳され、「このミステリがすごい! 2014年版」海外編で第4位、「週刊文春2013年ミステリーベスト10」海外編で第10位になるなど、年末の各ベストミステリにランク入りし、日本でも評判となった。『シスターズ・ブラザーズ』(=姉妹兄弟)?この奇妙な響きのタイトルは、チャーリーとイーライという無法者の殺し屋兄弟のファミリーネームが“シスターズ”であることから付いているのだが、“シスターズ兄弟”以外の登場人物も奇天烈だ。不運続きの歯医者、魔女のような老婆、荒野をさすらう少年、アイパッチをした親爺と賭けをして勝ち続けるイカサマ女、そして2度にわたって幕間の挿話に登場する、純粋な悪意が形になったが如きの謎の少女等々、本筋とは関わりないが印象に残る人物の雨あられである。そうしたキャラクターぐるみの駄法螺話が満載で、激しい暴力の周りにワイルドな哄笑がいっぱいの寓話という世界観が、単なる悪党どもの道中記以上の共感を読者に呼んだ理由だろう。

ところがその映画化である『ゴールデン・リバー』(原題は原作と同じ『THE SISTERS BROTHERS』)には、前述のような本筋と関係ないキャラクターは一切登場しない。そればかりか西部劇の要である筈の銃撃戦にも、カタルシスを得られる演出はないと言ってもいい。冒頭から撃ち合いはあるが、暗闇の中に走る銃火の閃光は敵味方を分けるサスペンスとは無縁。以降に何度か描かれる白昼の銃撃戦も、無慈悲なバイオレンス風味は若干あれど、手に汗握る類いの物ではない。原作に登場する「三つ数えろ」という手など、シスターズ兄弟が他の悪党とシニカルに渡り合う様を見せる名場面で、例えばこれをタランティーノが演出したら、さぞや面白かっただろうと思うのだが、そもそもこの映画には登場すらしない。要するに猥雑で暴力的な与太話はかなりの部分が取り払われているのだ。道中の始めに流れる黒澤明の『用心棒』(61)風の音楽に誘われて、荒くれ男が相見える西部劇を期待した観客は戸惑いを覚えるに違いない。

ではこの映画にあるものは何か?それはイーライ、チャーリーのシスターズ兄弟と、モリス、ウォームという主要な4人のキャラクター造形であり、フランス人の監督がそれを通じて描く、西部劇にはあるまじき暴力的なマチズモの否定である。

『ゴールデン・リバー』場面その末尾で謝辞を捧げられるほど原作に惚れ込んだジョン・C・ライリーは、プロデューサーである妻のアリソン・ディッキーと共に映画化権を獲得し、ジャック・オーディアールに監督を依頼した張本人だが、兄・イーライ役にもこれ以上の適役はいないであろう名演だ。気は優しくて力持ち、殺し屋稼業から足を洗い、洋服屋を開く夢があるのに、そして何をやらかすか分からない弟・チャーリーにうんざりしているのに、それでも従う理由は後半明らかになるのだが、原作ではイーライが弟で、チャーリーが兄という設定を映画では逆にしたことが効いている。ジョン・C・ライリーとホアキン・フェニックスというキャスティングでは年齢的にジョン・C・ライリーを兄にせざるを得ないとはいえ、単にそういう問題ではない。キャラクターはそのままに兄弟を入れ替えたことで、兄・イーライがやるべきだった父親殺しを弟・チャーリーがやり、長年、そこに負い目を感じているというイーライの苦悩が、いや増しているのだ。途中に寄った町で、娼婦を相手にしながら抱くこともせず、後生大事に持ち歩いている赤いショールを介して奇妙な寸劇をさせる、度を越し過ぎて変態性すら宿すイーライのロマンティストぶりは、男根主義とは相容れない。自分の名前を冠したその町の権力者、メイフィールドが原作では男だが、映画では女になり、しかもそれを演じているのがトランスジェンダーの女優、レベッカ・ルートだというのも、そうした文脈だろう。もっと言えば、普段は穏やかだが、キレると自分を抑えられなくなり、凄惨な所業に及ぶという原作に描かれたイーライの設定を巧みにツイストし、ボスである提督を相手に一種の父親殺しを行う場面にすら、拍子抜けするユーモアはあっても暴力性は薄い。

一方、ホアキン・フェニックス演じる弟・チャーリーには、憎悪していた父親譲りの粗暴な血が流れており、そのお陰で殺し屋がやれるとうそぶくのだが、提督と屋敷で話をする導入部の場面での父と息子的な佇まい、提督に心酔する様子は彼にとって理想の父子像であるようにも思える。ちなみに提督を演じているのは、先ごろ亡くなったルトガー・ハウアー。一言の台詞もなく、一瞬映るだけだが、ある種の威厳を身にまとっているのは流石。ジャック・オディアール監督の映画で言うなら、『預言者』(09)で刑務所内の囚人を仕切るボスを演じたニエル・アレストリュプの系列だ。話を戻すと、チャーリーはイーライと違い、ギラギラした欲望に憑りつかれていて、結果的にはそれがジョン・ヒューストンの『黄金』(48)以来の伝統である、一瞬の富を得た者が無に帰すという展開につながるのだが、その後、利き腕で銃を使えなくなる状況に陥るのは、正に去勢されたが如しで、ここでもマチズモは否定されていく。

ゴールデン・リバー [Blu-ray]2019年11月22(金)、Blu-ray/DVD発売 [amazonで買う]原作では半分過ぎた辺りでようやく登場するモリスとウォームが早々に現れるのも、この映画の特徴。ジェイク・ギレンホールが演じるモリスが、リズ・アーメッド扮するウォームに「前に会った?」と話しかけられて慌てる場面は、『ナイトクローラー』(14)でのギレンホールの怪演やアーメッドとの恐怖の師弟関係を思い出すと苦笑せずにはいられないが、この映画での2人の関係は良好だ。化学者であるウォームは、川の中で金を見分ける薬を発明し、それで得た金を足掛かりに野蛮な世界を終わらせ、暴力のない理想郷を作る計画を打ち明ける。原作では発明家に至るまでのウォームの人生が長々と綴られるが、映画ではその部分は丸ごと割愛され、代りにモリスが、父親を軽蔑し、家を出て自由に生きてきたと思っていたが、父への憎しみに操られていたと告白。モリスは提督を裏切って、ウォームの理想郷の話に乗るのだ。そこにシスターズ兄弟も合流して、最終的には意気投合。ある夜、いよいよウォームの薬を川に流し、金を得ようとするのだが、そこには悲惨な結果が待っている。一夜明けた後の川面で、魚やビーバーの死骸(原作を読んでいればピンと来る)と共に漂う無常観は何とも言い難い。ここでモリスとウォームは強制退場である。

提督を裏切ったシスターズ兄弟は、追われる身になるが、イーライは満身創痍のチャーリーを護りきる。兄弟の父親の亡霊ともいえる提督との決別は、原作と違って前述のように拍子抜けするほど滑稽だが、原作通りの幸福なラストシーンは、彼らが一攫千金で得ようとした黄金以上に美しい。ワンショット風の凝った撮影で代わる代わる登場する兄弟が、食事や風呂やベッドのまどろみを謳歌する幻夢的な映像の素晴らしさは格別で、この世の物とは思えないほど。ウォームとモリスが夢見ていた、野蛮な世界が終わり、暴力の必要がないという理想郷は、小さいながらも見事に花開き、ぼんやりした日常の尊さを知った兄弟は、そこに安住の地を見出すのである。そしてそれは、2人兄弟の兄を亡くし、その兄にこの映画を捧げたジャック・オーディアール監督自身の理想郷でもあるだろう。

(2019.9.12)

ゴールデン・リバー ( 2018/フランス,スペイン,ルーマニア,ベルギー,アメリカ/120分 )
出演:ジョン・C・ライリー,ホアキン・フェニックス,ジェイク・ギレンホール,リズ・アーメッド,ルトガー・ハウアー,キャロル・ケイン
監督:ジャック・オーディアール 製作総指揮:ミーガン・エリソン,チェルシー・バーナード,サミー・シアー
原作:パトリック・デウィット 脚本:ジャック・オーディアール,トマ・ビデガン 撮影:ブノワ・デビエ
美術:ミシェル・バルテレミ 衣装:ミレーナ・カノネロ 音楽:アレクサンドル・デスプラ
配給:ギャガ © 2018 Annapurna Productions, LLC. and Why Not Productions. All Rights Reserved.
公式サイト

全国公開中
2019年11月22(金)、Blu-ray/DVD発売

シスターズ・ブラザーズ (創元推理文庫) シスターズ・ブラザーズ (創元推理文庫)
ゴールデン・リバー [Blu-ray] ゴールデン・リバー [Blu-ray]
  • 監督:ジャック・オーディアール
  • 出演:ジョン・C・ライリー, ホアキン・フェニックス, ジェイク・ギレンホール, リズ・アーメッド, レベッカ・ルート
  • 発売日:2019/11/22
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2019/09/14/21:34 | トラックバック (0)
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