マイ・バック・ページ
冒頭、画面にはまだアスミック・エースやWOWOWのロゴしか出ていないうちから、1分1秒を惜しむかのように、1969年1月の東大安田講堂攻防戦を伝えるナレーションがあわただしく流れ始める。山下敦弘監督の約4年ぶりの長篇『マイ・バック・ページ』は、こうして、いささか性急に姿を現す。映画監督の仕事は究極的には時間をどう扱うか、だと思っているので、これからの時間がどのように使われていくのか、どうしても興味がつのるところ。
いざ本篇が始まると、荒れ果てた建物の廊下に舞う埃、差し込む光の粒、窓を乗り越えて、活動家の松山ケンイチがそこに入ってくる。一方、ジャーナリスト役のはずの妻夫木聡は、なぜかフーテンの格好をしてストリートに溶け込んでいる。このふたりの共演を楽しみにして、監督の名前を意識することなく見たならば、いささかつかみどころのないオープニングと感じるかもしれない。山下監督の作品になじんでいるひとは、いままでのとはちょっと違うぞと身を硬くするだろう。原作を読んでから来た観客は、この調子であの本が映画になるものだろうかと首をかしげるのではないか。
評論家・川本三郎の回想録『マイ・バック・ページ-ある60年代の物語』(平凡社)が原作として選ばれた経緯については、こちらの山下監督のインタビューを参照いただきたい。原作は原作、映画は映画、というのはそれはまったくそのとおり、と認めたうえで、原作を自在に取捨選択し、切り刻み、再構成し、付け加え、それでいてもともとの味をそのままに残した向井康介の脚色にまず脱帽する。原作を一度まる呑みにしてから語り直すことによる、映画の側から原作(者)への積極的かつ批評的なリアクション。今敏『パプリカ』(原作:筒井康隆)や、岡本喜八『江分利満氏の優雅な生活』(原作:山口瞳)にも比すべき仕事だと感じた。
こうしたレビューを書くにあたっては、たとえば、「2大スターの共演で描く、激動の時代の青春グラフィティ」などと内容をひとことでまとめようとする内的誘惑と外的要請とが、あったりなかったりする。そして実際ここでは、イイ味の昭和顔が並ぶ絶妙すぎるキャスティングであるとか、16ミリ・フィルムによる近藤龍人の撮影であるとか、いくら絶賛してもしすぎることはない安宅紀史の美術であるとか、要所要所で隠し味を効かせる当時のサブカルチャーの話題であるとか、すべてが一体となって「あの時代」のムードを再現することに成功しているけれど、その達成を簡単なキャッチフレーズとして片付けたり、懐古主義の中に回収したりするのはもったいない。
なによりこれは、いたるところに豊かさをたたえた2011年の映画なのだし、言い方をかえればつまり、ノスタルジー以外にもやりかたはある、ということ。
……とまあ、ここまで前置きしておいてようやく、主演のふたりの話に入れる気がする。
近年の出演作の何本かをささっと思い浮かべてみただけでも、松山ケンイチの芸風の幅広さには舌を巻くわけだけど、『マイ・バック・ページ』で彼が見せるカメレオンぶりは、とにかく眼に楽しい。教室での討議では熱っぽいアジテーションを見せたかと思うと、あがた森魚からはひとなつっこく活動資金をせしめ、一方では京大全共闘のリーダー(山内圭哉)にはあっけなく威圧されて小ウサギのように縮こまり、不安げな表情を見せる。
対する、妻夫木聡が扮するジャーナリストは、世が世なら堅実な会社勤めをして、小さな庭で子供を肩車でもして、といった歳のとりかたをしていきそうな温厚さの青年。そんな彼が、否応なしに松山に引き寄せられて、たき火にあたって全身が熱を持つみたいに、微熱を帯びていく。
「出会っちゃいけないふたりが出会ってしまって、からまっちゃったみたいな感じ」(インタビューより)という山下監督の言葉から、いわゆるオフビートなユーモアを予想していると、ときに鈍い火花が飛び散らすようなふたりの距離感に驚くことだろう。抜き身の包丁を手にして身構える松山に、妻夫木はカメラを武器に立ち向かう。
かと思うと、ロック・バンド、CCRをネタにしたふたりの長談義をとらえたワン・カットもあって、ここで生まれた親密さは、少なくとも妻夫木の中には、映画の最後に描かれる、事件から7年後の場面まで残り続けているように見える。少し猫背で、無口で、しょぼくれた、30代半ばとは思えぬ、疲れた様子の妻夫木。失踪した夫を待ち続ける妻の風情に似ていると言えばいいか。
たっぷり時間を使ったラストシーンは、妻夫木の独壇場。ここに至って、映画は原作をはるかにはみ出し、乗り越え、飛び出し、「あの時代」を宇宙的に俯瞰しながら、原作者である川本三郎の肩を優しくぽんと叩く。それをおおげさな舞台ではなく、そこいらの居酒屋のカウンターでおこなってしまうのが山下×向井チームの真骨頂。そして、演技者としての妻夫木は、この最後の10分間だけでも、昨年評判を呼んだ『悪人』をはるかにしのいでいると見えた。
矛盾した形容であることを承知の上で「堂々たる実験作」と呼びたいこんな映画を作り上げてしまった山下×向井チームには、できないことはもう何もないだろう。新聞の折り込みチラシだろうが、居酒屋のメニューだろうが、どんなものだって映画にできてしまうのに違いない。
ところで、蛇足めいたアウトロを付すならば、映画のタイトルは、先ごろめでたく古希を迎えたシンガー・ソングライター、ボブ・ディランの曲名からとられていて、エンディングでは、真心ブラザーズ+奥田民生によるカバー・バージョンを聴くことができる。
しかしわたしがこの映画を見て思い出したのは、別の曲。松山がニセモノだとわかった際の(しかし、偽名を使い、非合法行為をも辞さない活動家にとって、ホンモノやニセモノとはいったい何だろうか?)妻夫木の、「なんで俺、信じちゃったのかなあ。信じたかったのかなあ」という嘆き。このセリフを聞いて頭に浮かんだのが、「みんなはそれを罪だと言う/知りすぎたり信じすぎたりするってことを/それでもぼくは彼女が自分の片割れだと信じてる」と歌われる、ボブ・ディランの「Simple Twist of Fate」のことだった。
人生の一瞬、運命のちょっとしたひとひねりが、その後の数十年に影を落としたり、違った角度からの光を当てたりするきっかけにもなる。ふたりの男の、長く引かれた人生という名の線の交錯と進み行きをじっくりと見せてくれる2時間20分だった。
(2011.5.27)
▶ 筆者による山下敦弘監督インタビュー
出演:妻夫木 聡 ,松山ケンイチ,忽那汐里,石橋杏奈,韓英恵,中村蒼,三浦友和
監督:山下敦弘 脚本:向井康介 原作:川本三郎「マイ・バック・ページ」(平凡社)
プロデューサー:青木竹彦,根岸洋之,定井勇二 ライン・プロデューサー:大里俊博
撮影:近藤龍人 照明:藤井勇 美術:安宅紀史 録音:小川武 編集:佐藤崇
配給:アスミック・エース ©2011映画『マイ・バック・ページ』製作委員会
2011年5月28日(土)より、
新宿ピカデリー、丸の内TOEI他全国ロードショー
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映画「マイ・バック・ページ」@よみうりホール E 新・辛口映画館
試写会の客入りは9割くらい、妻夫木×マツケン共演作だからなのか女性客が多い。
Tracked on 2011/05/28(土)15:49:40
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安田講堂事件も終わった後、学生運動の先人達に憧れ、野心や功名心から最後に殺人事件
Tracked on 2011/05/28(土)19:35:36
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4月27日(水)アスミックエース試写室にて映画「マイ・バック・ページ」を鑑賞。 妻夫木&松ケン初共演も気になるが、全共闘時代の事実を元にした映画...
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「マイ・バック・ページ」★★★☆ 妻夫木聡 、松山ケンイチ、 忽那汐里、石橋杏奈、中村蒼、韓英恵出演 山下敦弘監督、 141分 、2011年5月28日日...
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映画「マイ・バック・ページ」観に行ってきました。 学生紛争の末期となる1969年から1972年の日本を舞台に、雑誌記者と自称革命家との出会いから破滅まで...
Tracked on 2011/06/06(月)01:27:58
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妻夫木聡と松山ケンイチの競演が話題の山下敦弘監督の映画『マイ・バック・ページ』。 1969年から始まる映画というので、“LOVE & PEACE”で...
Tracked on 2011/06/16(木)00:00:07
『マイ・バック・ページ』 E 京の昼寝〜♪
□作品オフィシャルサイト 「マイ・バック・ページ」□監督 山下敦弘 □脚本 向井康介□原作 川本三郎 □キャスト 妻夫木 聡、松山ケンイチ、忽...
Tracked on 2011/06/17(金)12:30:35
マイ・バック・ページ E 映画的・絵画的・音楽的
『マイ・バック・ページ』を吉祥寺バウスシアターで見ました。 (1)こうした40年ほども昔の、それも学生闘争という特殊な事柄を扱った映画なら、入りがかな...
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