今月の注目作
(2005 / 日本 / 樋口真嗣)
ハイブリッド映画としての和流エンターテイメントの可能性

仙道 勇人

 本格潜水艦アクション映画と銘打たれた本作は、観る人をはっきりと選ぶ映画である。そもそも本作のようにSF色の強い作品を、 純然たる戦争映画の如く扱うことに少なくない誤解を与えるだろうし(架空戦史物だが、内容は殆どSF映画と言っていい)、 そうした面を差し引いたとしても、恐らく生粋の「映画ファン」には余り受けはよろしくないに違いない。なぜなら、 映画として観た場合の本作の作劇が、余りに安易で軽薄に過ぎるからである。 それは説明なしでもある程度同じ価値観を共有可能な戦争物の枠組みを利用したことによる甘えの結果、とも受け取れる。 錚々たるメンバーを揃えた役者陣の熱演はともかく、 最後まで説得力の欠ける超兵器や将校のみならず一兵卒まで髪の毛ぼうぼうというリアリティの無さに加え、 あざとい展開と気恥ずかしさを禁じ得ないようなド直球の演出の連続に、せいぜい音響効果の素晴らしさくらいしか楽しむことができない―― そう感じる者も少なくないことだろう。

 確かに本作を「映画」という観点で見渡すと、演出の切れ自体は悪くないとはいえ、全体的に詰め込みすぎのきらいがあり、 言いようのない座りの悪さとちぐはぐ感以上のものを見出すことは難しいかもしれない。しかし、だからと言って本作を、 観る価値のない愚作と切り捨てるのは早計だろう。なぜなら、本作「ローレライ」は「映画」 とは別のものを強く意識して製作された作品だからである。それは言うまでもなく「アニメ/漫画」に他なるまい。私見だが、従来の所謂 「映画化」が原作を映画の文脈で捉え直すことを指していたのに対し、本作は物語を「映画」の文脈ではなく「アニメ/漫画」 の文脈で捉えようとした一種の実験的作品――即ち、実写表現における「アニメ/漫画」的レトリックの援用という、 画期的なアプローチを実現したハイブリッド作品と思われるのである。

 本作の一体どこがそこまで「アニメ/漫画」的だと言うのか。平成「ガメラ」シリーズの特技監督・樋口真嗣が監督を務めていることを筆頭に、 画コンテ協力に庵野秀明が参画するなど、本作のスタッフに特撮やアニメ畑で活躍する人材が名を連ねていることは言うを俟たないが、 まず第一に挙げられるのは物語の基本的な枠組みである。本作の原作者である福井晴敏が無類のガンダム好きとして知られているが故に、勢い 「ガンダム」、更に言えばガンダムの創造者である「富野由悠季=富野節」の流れで読み解きたくなるが、 そうした要素が多分に見受けられることは認めつつ、筆者は寧ろ「ガンダム」ではなく「宇宙戦艦ヤマト」の影響を指摘したい。

 滅亡が目前に迫った祖国の窮地を救う為、残された唯一の希望が託された一隻の船。 そしてタイムリミットが迫る中で苦闘を余儀なくされる乗組員の生き様――原作のある本作だが、こうして見ると本作のストーリーラインが 「宇宙戦艦ヤマト」のそれに酷似していることがよく分かる。更に、本作が海底という閉鎖空間を舞台にしているのに対して、「ヤマト」 が宇宙という閉鎖空間を舞台にしている点も同じである(私見だが、本作に潜水艦内らしい閉鎖感が表現されていないのは、 宇宙船内でありながら全く閉鎖感が表現されていなかったヤマトの影響による部分が少なくないのではないか。もとより、二次元で構成される 「アニメ/漫画」は空間表現が得意とは言い難い)。遥か未来の話か、50年前の話かといった時代設定上の差異はあるが、 ここまで平仄が合っていることに、前出のスタッフ陣が無自覚であったなどということが果たしてあり得るだろうか?否、否、否である。 本作の脚本や演出面の至るところに、隠し味的に「ヤマト的エッセンス」を盛り込んだことは想像するに難くない。 恥ずかしながら原作は未読ゆえによく分からないが、例えば機関長による一升瓶パフォーマンスは、恐らく原作にないものではないだろうか。 戦時下に当然のように酒を調達しているという不自然さに目をつぶってまで、敢えてこのパフォーマンスを挿入したのは、「ヤマト」 の酒好き艦医を髣髴させる人物を登場させることで、「ヤマト」に対するオマージュを表明したかったとしか考えられないのである。

 もう一点、本作の「アニメ/漫画」度を高めているのが、「ローレライ」のオペレーターである日系少女パウラ(香椎由宇)の存在である。 この少女は存在そのものが荒唐無稽としか言いようがないのだが、時代性を無視した奇妙な衣装を身に纏っている点といい、 片言程度のたどたどしい日本語しか話せない点といい、どういう原理だかさっぱりわからないが、 システム負荷によって一人傷つきまくる点といい、孤独で悲惨な過去を持っている点といい、どこからどう見ても「萌えキャラ」 として想定されているのは明らかだろう。ゆえに、ある意味でこの少女の存在を受け容れられるか否かが、 本作を楽しめるか否かの分水嶺となるのだが、それはこのキャラに萌えられるか否かを意味するものではない。問われるのは、 このキャラを人物として受け容れられるかという一点のみであろう。恐らく、普段から「アニメ/漫画」に親しんでいる者であればあるほど、 このキャラ造形にそれほど強い違和感は覚えないだろうし、逆に本作に「映画」 的リアリティを求めた者ほど強い拒絶感を示すのではないだろうか。いずれにせよここで注目したいのは、 本作がそれを確信犯で行っているという事実である。ここまであからさまな「萌えキャラ」を、 実写作品で何の臆面もなく堂々と描いたことは史上初の試みと言っていい。尤もこの試みによって、「萌えキャラ」というのは「アニメ/漫画」 固有の価値に過ぎず、実写に馴染ませるのは更なる工夫が必要なことがはっきりしたわけだが。とまれ、 こうした試みが作品から浮き上がってしまっては困りものだが、エンターテイメントとして一定レベルで完結させた上でのことならば、 結果はどうあれ試みそのものは大いに評価すべきだと思う。

 展開やキャラクターの扱いなどを含めた作劇の多くの点で、極めて「アニメ/漫画」的な本作は、実はなかなか歯切れの良い演出と相俟って、 最後まで見せられる作品に仕上がってはいる。ただ、前述のように本作には「映画」としての詰めの甘さが目に付くのは否定できないし、 何より勢いだけで押し通しているので、作品のテーマであるという「生きること」や「希望」を殆ど訴求させるには至っていない。しかし、 本作に見られるそうした瑕疵の殆どが、「アニメ/漫画」的リアリティやレトリックを、そのまま「映画」 の枠内に移植することの限界を露呈したものに過ぎないのであれば、今後は「映画」的リアリティの構築を目指していけばよい話だろう。 特に本作はSF色の強い作品でありながら、オリジナル設定による作品世界で勝負させてもらえていないなど、 まだ試行錯誤の域を出たものではないようにも思う。率直に言って、 筆者はこのアプローチは邦画の発展の為にも今後も続けるべきだと強く感じた。「アニメ/漫画」 的レトリックの活用が映画を細らせるだけでしかないのならば憂慮すべきだろうが、とかく「退屈」「つまらない」 と言われて久しいエンターテイメント邦画が見直される契機となるならば大いに結構ではないだろうか。 日本のアニメや漫画がその独創性によって世界中に愛好者を急拡大させているだけに、本作のような「アニメ/漫画」 的レトリックを積極活用したハイブリッド映画を上手く育てることができれば、韓流でもなく、ハリウッド流でもない、 和流エンターテイメント映画として、世界市場に殴り込みをかけられるスタイルに成熟し得る、と考えるのは早計か。

(2005.3.4)

2005/05/01/13:06 | トラックバック (5)
仙道勇人 ,今月の注目作 ,ローレライ
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