今週の一本
(2007 / アメリカ / アンドリュー・ドミニク)
卑怯者が卑怯者らしい死を遂げられた時代

膳場 岳人

ジェシー・ジェームズの暗殺1 西部開拓時代――。兄のフランク・ジェームズと共に群盗を率いて銀行や鉄道を襲撃し、貧しい民衆にそのあがり(収益)を分配したとされる“義賊”、ジェシー・ジェームズ。本作は長年にわたる逃亡生活に疲れ果て、いささかパラノイアの症状を帯びてきたジェシーを、あろうことか背後から射殺した“卑怯者”ロバート・フォードの物語である。

 同じくジェシー・ジェームズを扱ったウォルター・ヒル監督の『ロング・ライダーズ』(80)でいえば、映画のクライマックスで彼らが銀行強盗に失敗し、散り散りになって敗走した後の、黄昏の日々が本作の主体である。コリン・ファレルが明朗快活なジェシーを演じた『アメリカン・アウトロー』(01)のような、ロビンフッドとしてのジェシーを顕彰する陽気な英雄伝の雰囲気は一切ない。ここにはヤンガー兄弟もピンカートン社の切れ者探偵も出てこない。西部劇の語り出しとしては王道である列車強盗のシーンは、無駄に銃を撃ちまくる安っぽい無頼者たち(に対する冷めた視線)、不愉快でしかない生々しい暴力描写等によって、いわゆる活劇的な魅力や興奮を感じさせないよう周到な演出が施されている。本作において支配的なのは、疑心暗鬼に陥ったジェシーが、初めっから信用の置けなかった仲間たちを粛正する、内ゲバのすさんだ空気だ。

ジェシー・ジェームズの暗殺2 ジェシー・ジェームズを演じるブラッド・ピットは、持ち前の涼しげな瞳と柔和な表情でかろうじてカリスマらしい魅力を醸し出してはいるが、かつての仲間から裏切りの気配を感じ取り、夜道に誘いだして闇討ちにする場面など、ほとんど厄病神か死神のような陰惨さを身にまとっており、一言でいうと単なる忌まわしい奴である。ケイシー・アフレックが妙演するロバート・フォードは、ジェシーを扱った小説や写真などによって少年時代から深く彼に傾倒してきたが、生身の英雄に触れるうち、徐々にその神話を解体せざるを得なくなる。幻滅とは少し違う。卑近な言い方をすれば、キレやすいヤンキーとうかつにもかかわりを持ってしまったがゆえに、恐怖の学園生活を強いられる羽目になった不運な高校生みたいなものだ。やがて彼はカンザス州警察からの圧力に屈し、ジェシーを姦計に陥れる役を担う羽目になる。それはすなわち命の危険をさらすということだ。

ジェシー・ジェームズの暗殺3 『ジェシー・ジェームズの暗殺』というタイトルからして、結末をばらすことは問題にならないと思う。ロバート・フォードは兄のチャーリー・フォードとともに、ジェシー・ジェームズを背後から射殺する。なぜロバートはジェシーを殺したか? 第一は、先述したように、いつこちらが殺されるとも知れぬ、のっぴきならない立場に追い込まれたからである。第二に、ジェシーの首には巨額の賞金がかかっていた。第三に、彼は「賞讃が欲しかったから」だとも述懐する。彼は崇拝する対象に命を狙われる羽目になった反動からか、彼の首をとって自分自身が伝説の男になることをいつしか夢想し始めたのだ。どれも本心だろうし、どれもがジェシー殺害の決定的な理由ではないのだろう。確固とした行動理念を持ち得ない男、それがロバート・フォードである。

ジェシー・ジェームズの暗殺4 この映画が俄然面白くなるのは、実はここからだ。ロバートは自らが決行した暗殺を舞台化し、兄と共にその暗殺現場を自演するという商売に手を染める。映画の観客がジェシー暗殺のすばらしい演出に粛然とさせられた、その直後のことである。さっきまでの生々しい感動を、わずか数分後に塗り替え、刷新し、パロディ化してしまう、この残酷さはどうだろう。英雄は死に、神話は解体され、悲劇は風化し、後には凡庸な人間たちだけが生き残るのだ。ロバートが暗殺劇を自作自演する無神経さは、“有名人になりたい”という欲深い功名心から出たものであることは間違いない。西部開拓時代、世に打って出るにはこうした荒っぽさと慎みのなさを必要としたのかもしれない。あるいは、現代も続く「アメリカ」という世界最大の暴力装置っぷりを象徴しているということか。すべては“Make Money”の世の中なのだ。

 もっとも、時は19世紀末。初めは物珍しさから暗殺劇に押し掛ける大衆も、すぐに生ける伝説であった義賊(少なくとも大衆はそう信じた、マスメディアが流布したジェシーの虚像によって)を背後から射殺した男に「卑怯者」の罵声を浴びせることになる。時代はまだ、裏切り者であり、卑怯者の男の成功を讃えるほど愚かしくはなかったのである。最終的にロバートは卑怯者としての報いを受け、悲惨な末路をたどる。だが、卑怯者に対してそれに見合った最期が用意されているというのは、むしろ清々しいことではないか? ジェシー・ジェームズにもなれず、ロバート・フォードにすらなれない、筆者を含むわれらの時代の若者たちは、せいぜい自分の身の丈に合った、つましい最期を迎えられるよう祈るしかない。

ジェシー・ジェームズの暗殺5 地味なエピソードの一つ一つを丹念に落ち着き払って描出する態度に徹した映画である。重たいリズムを刻むニック・ケイブによる音楽も、本作の張り詰めた雰囲気に大きく貢献し、ロジャー・ディーキンスのキャメラは雪に閉ざされたミズーリ州の景色を繊細に捉え、屋内・屋外の双方できわだった手腕をいかんなく発揮している。ロバート・フォードを演じるケイシー・アフレックは、その口元のだらしなさが、捉えどころのないパーソナリティを象徴し、妙に憎めない。その兄・チャーリー・フォードを、絵に描いたように“軽い”サム・ロックウェルが演じている。この兄弟役ふたりが並ぶと微妙に安い絵ヅラになるのだが、カリスマであるブラッド・ピットと好対照をなす的確なキャスティングである。なかでも、ジェシー暗殺というクライマックスで、窓際に立ったサム・ロックウェルが見せる演技は、この映画でもっともスリリングかつやるせないものですばらしかった。序盤にしか顔を出さないサム・シェパードが、ジェシーの兄・フランクを好演。出番は短いが、ジェームズ兄弟が大活躍していた時代を同じキャストで見てみたいという気にさせられた。

(2008.1.20)

ジェシー・ジェームズの暗殺 2007年 アメリカ
監督・脚本:アンドリュー・ドミニク 撮影:ロジャー・ディーキンズ
出演:ブラッド・ピット,サム・シェパード,ケイシー・アフレック,サム・ロックウェル
(c) 2008 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
公式

2008年1月12日より、丸の内プラゼール他全国ロードショー

2008/01/21/14:56 | トラックバック (1)
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