試写会放浪記
(2007 / 日本 / 岩淵弘樹)
誰のせいでもない雨だったね

若木 康輔

遭難フリーター1「INTRO」読者のみなさん、こんにちは。ライターの若木康輔と申します。現在「映画芸術」のサイト「映画芸術DIARY」レギュラーですが、今回、「INTRO」にデビューです。気分は、他団体に参戦する売り出し中のレスラー。よろしくお願いします。

初参戦ですからね、やはり息の合う映画と四つに組み、冴えた言い回しや映画史的教養なんつうものを小出しにしつつ、うまいこと作品を立てる方向に持っていって、オッと思われたい、なんて下心が出るわけですが。
あいにくタイミングが合ったのは、全編ずっと不機嫌で、見ている人に何を訴えたいのか、あるいはアンタたちに俺の気持が分かってたまるかと甘えてるだけなのか、判然としない個人ドキュメンタリーでした。『遭難フリーター』という題名です。

派遣社員として埼玉の大手メーカー工場で働き始めた岩淵弘樹という青年が、単純作業が続き、将来の展望が開けない毎日に鬱屈する自分の姿をビテオカメラに収めます。生活を変える突破口になるかと、非正規雇用労働者の権利を求めるデモやトークイベントに参加したり、ニュース番組の取材を受けたりするものの、どうも確かな手応えが見つからない。その不安や苛立ちを率直に見せ、語る映画です。
製造派遣の現場で働く人たちの実感、ナマの声が詰まった現場レポートは、時代の記録としてたいへん貴重。心ある人にとっては「大きな社会問題」という他人事ライクな表現そのものを考え直す契機となるかもしれません。「私たちの課題」として、強い問題意識を覚えながら本作を見る人は多いでしょう。
公開前から評判を呼び、反響を得ているこの『遭難フリーター』をつかまえて、「作者がいつもプリプリしてるおこりんぼな子だから、現代社会を撃つ、どんなに意味のある内容だとしてもダメ。見る人からお代を頂くことの意味が分かっていない」と言ってのける人がいたら、かなりの偏屈か粗忽者だと思います。で、それは僕だったりする。

ざっくりと問題点を指摘します。実はすごく単純な話で、岩淵くんという人はまだ幼い。自分の考えに芯が通る前の段階なんです。派遣労働問題当事者の立場からセルフ・ドキュメンタリーを作る、この肝心要なコンセプトに自分自身、ピンと来ていないんですね。学生さんの体験レポートってのは常に結論に導く力が弱いものですが、まあ、あれとほぼ同じと考えてください。
遭難フリーター2もちろん、その至らなさ、消化不良な点を含めての社会に抑圧された個人の活写であり問題提起なのだ、と労働問題の観点から評価する考えは尊重します。あるいはドキュメンタリー映画発達史の目線から、〈ダイレクト・シネマ〉の一種として興味深く見る方もいるでしょう。そこらへんを丁寧に構築してくれている評論があれば僕も読んでみたい。
しかし、やっぱり僕はですね、出版物に例えれば編集者のチェックや校正が入っていない持ち込み原稿に近いものを、なんだかスルスルとお膳立てされて、新人監督として発表することになってしまった岩淵くんを、いささか気の毒に思ってしまうのです。

社会で生きるリアリティというか実感というか、ともかく何かを掴むために、あえてキツい仕事をし、苦しい立場に身を置きたい。一度しっかりダメ人間になりたい。人生をマジメに考える潔癖な若者なら誰でも通る道です。でも、それはある種の低廻趣味じゃないか、「伊豆の踊子」のいけすかない学生さんとオレは変わらないかも、とドキッとしたり悩んだりする日々は、青春の宝です。
本作のそういうところは、とても好感を持っているんです。僕も高校の頃からわざわざ養豚場でアルバイトして、大学に行かず就職もしないキリギリスな生き方をしてみよう、と決めた人間なので。岩淵くんの工場勤務には止むを得ない事情があるようでいて、やはり何がしかの下降指向があったと思われ、おや、ちょいと小骨はある子だね、と。
ところが。どうせ就職に失敗したならガッチリと停滞状況を味わってやれ、将来はクリエイティヴな仕事をしたい自分にどんな歌が歌えるものか揉まれてやれ、と考えていたら、今どきはオレのような派遣社員が社会不安の最前線で。おちおちゆっくりとモラトリアムも出来ないのだった。 そういう素直な道筋で語っていけば、いい映画になる可能性はあったのに。

岩淵くんはどうしてこう、ブレているのか。自分の問題は自分の問題だとよく分かっているのに、敵は格差社会だという身振りを始めたり、途中でやめたり。「東京へ行って出版社で働きたい」と言うからには、そこの工場でずっと働きたいとは思っていないわけだから。正社員と待遇が違う事例をオレは虐げられているんだ式に提示されても、どこか筋が通りません。
全編通してプリプリと不機嫌という話に戻りますが、迷う姿をそのまま見せるのがイケナイのではありません。個人ドキュメンタリーなのに、なぜか本作には好き勝手に作っている、伸び伸びしたところが無い。どうしても、そこが気になる。
どうも誰かにリードされているような窮屈な感じがあり、それが不機嫌につながっている、と僕のなかのセンサーは反応するのです。「アドバイザー 雨宮処凛」のクレジットに注意せざるを得なくなります。

遭難フリーター3不安定な状況で働く人たちの立場を代弁し、発信する雨宮さんの活動に僕は敬意を持っています。新聞や雑誌などで発言を見つけたら、なるたけ目を通すようにしていますし、教えられたことはたくさんあります。でも、なぜか、いつも得心のいかないものが残るんだな。
非常に子供っぽい疑問なんですが、雨宮さんがよく言う「一握りの金持ち」って、具体的にどう悪い人たちなのでしょうか? ともかくいろんな意味で悪いとして、そういう人たちは「生きさせろ」と主張する声を聞いて、これは自分に向けられた言葉だと認めるものでしょうか? 「ハイ分かりました、そう計らいます」と答えてくれる人なら、最初から雨宮さんたちの敵になっていないんじゃないかな。実際には既得権益みたいなものに執着する人ほど、「私なんか責任が重くてもっと大変なんだ。生きさせろと言いたいのはむしろこっちのほうだ」などと、ムキになって突き放すのではないでしょうか。

先日、一流どころの本社に勤める同年代の知人が「自分勝手な上司の下で辛い。転職したいが収入が減るのが怖い」と暗く愚痴るのをたっぷり聞かされました。こそっと漏らした彼の年収は僕のほぼ四倍で、貯金額は(僕にとっては)天文学的数字でした。それでも、本人が不安だって言うんだから仕方ありませんやね。「がんばって」なんてこっちが温かく励ましたりして、ほとんどイソップ童話の世界。なかなか面白い経験をしましたが。社会的不安を恐れるエゴに少しずつ蝕まれてしまったら、例えエリートでも毎日が戦々恐々、人生あんまり楽しくはないみたい。

綱渡り人生しか知らないキリギリス人間から見ると、プレカリアートと非プレカリアート、どちらも会社というものに期待し過ぎて、それで精神的内戦状態を起こしているような気がします。
自分と家族さえよければ……と縮こまっている人たち相手に「生きさせろ」と叫ぶより、「みんな仲良く会社に頼るのを止めて横並びビンボーになりましょう」と笑顔で誘う〈あかるい破壊思想〉のほうが、ひょっとしたら有効かもしれません。日本は持病と言えるほど多数決に左右される国ですから、そこを利用すればいい。もしも失業者や不安定労働者が過半数に達してしまえば、今までの対応の遅さは何だったんだと拍子抜けするほど、行政は迅速にセーフティ・ネット作りに取り組みますよ。
……ムチャクチャなことを言って申し訳ありませんが、半分はマジです。切っ先の鋭い対立項の考え方に馴染めず、お互いグズグズ、グニャグニャしながら少しずつ妥協点を探したほうがいい、と考える僕は、言葉通りの意味での保守主義者なのだと思います。雨宮さんのほうがきっと男性的、益荒男的な精神をお持ちで、僕のほうが女性的、おばさん的なんです。

遭難フリーター4話がずいぶん逸れたようです。
雨宮さんは、本作中にも登場します。岩淵くんの良き相談役であり頼もしいお姉さんの様子。与えている影響は、かなり大きなものでしょう。その雨宮さんが、岩淵くんのモラトリアム・ビデオ日記を、ワーキング・プア世代の現状告発ドキュメンタリー=彼女たちの活動の武器になるよう働きかけ、誘導した……かどうかは分かりません。よくよく考えると、そこまで露骨な振る舞いは無かった気がします。論旨がストレートな反面、相手に逃げ道を与えない生硬さが欠点という方ですから、うまいことなだめすかして自分たちのおいしい方向へ持っていき、利用するような真似はむしろ不得手なのでは。
まだ芯の通らない岩淵くんが一人で雨宮さんたちの影響に縛られ、ひきずられていただけなのかもしれない。
雨宮さんたちから多くを学んでいるけど、自分が向かいたいのは違う道ではないか。でも、とても可愛がってもらっているし、こうして世に出るきっかけを作ってくれたし。オレには別の生き方があると言い切るほど世の中を知らないし……。岩淵くんの煮え切らない、イライラした感情のもとは、案外、そこにありそうだと僕は想像しています。実は本作の巧まぬテーマは若者の精神的自立。至極普遍的なものだ、と言ってもいいぐらいです。

もちろん、いったん影響を離れ、自分の歌の歌い方を掴んだ後でまた雨宮さんたちと合流するなら、それはいいことです。そしたらやっと対等な仲間になれる。だから、もっと違う考え方を勉強しろよ岩淵くん。映画を見ている限りでは、いくらなんでも本を読まなさすぎ。例えフワフワした希望でも「出版社勤務志望」と言ってしまったからには、無理やり自分自身に対してポーズをとらなきゃ。どんな労働条件で疲れていようと、一日三ページは読めるでしょ。本は高いとか言わないように。岩波文庫なんかさ、その栄養価に比べたらもうバカみたいに安いんだぜ。……これは岩淵くんに限らず、勉強しないですぐクリエイターになりたがる全ての子に言いたいことなんですが。

長くなってしまいました。つまるところ僕は、長引く雇用不安で空気がドンヨリした今こそ、相手にチャンネルを合わせて話し合う基本的なたしなみが大事なのではないかと。『遭難フリーター』の苛立ちに付き合った後、急にものすごく言いたくなったのです。
人のチャンネルに合わせて話をする。これは、重信メイさんの本を読んで知った、すごく好きな言葉です。なんでも彼女が子供の頃、お母さんから教わっていた言葉だそうです。僕にもムシの居所が悪いと「どいつもこいつも」とつい言いたくなる、面倒なところがありますから、こういうシンプルな戒めがとてもありがたい。

岩淵くんがいろんな意味で一本立ちしたら、また映画を作ってもらえればと思います。たぶん、それが本当のデビュー作です。

(2009.2.28)

遭難フリーター 2007年 日本
監督・主演:岩淵弘樹 (c)2007.W-TV OFFICE
公式

3月28日、ユーロスペースにてロードショーほか全国順次公開

遭難フリーター (単行本(ソフトカバー))
遭難フリーター (著)岩淵 弘樹
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遭難フリーター劇場公開記念イベント~
「俺たちは誰の奴隷でもない!!」~開催決定!

映画監督モラトリアム突入中の監督・岩淵弘樹は、祝劇場公開に際しても尚、派遣労働者。非正規労働者自身が自らの言葉で、語り始めた時、いろいろと突っ込まれながらも、社会責任・自己責任、そんな言葉では片付けられない何かが見えてくる!

【出演】岩淵弘樹(『遭難フリーター』監督)/雨宮処凛 /土屋豊/湯浅誠/松本哉/他

日時2009年3月7日(土) OPEN 18:00 / START 19:00
前売¥2,000/当日¥2,200(飲食代別)
共に『遭難フリーター』前売り券付
※『遭難フリーター』前売り券を提示すれば当日1000円で入場可!
店頭販売・ウェブ予約・電話・携帯予約にて受付中!
会場:阿佐ヶ谷ロフトA
2009/03/02/16:10 | トラックバック (0)
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