イエジー・スコリモフスキ(映画監督)
最新作『アンナと過ごした4日間』と東京国際映画祭で特集上映された初期作品――その映画技法について
10月17日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開中、
ほか全国順次公開
現在、17年ぶりの監督作『アンナと過ごした4日間』が公開中。今年の東京国際映画祭では4本の初期作品(『身分証明書』『不戦勝』『バリエラ』『手を挙げろ!』)が上映され、再び大きな注目を集めるポーランドの映画作家、イエジー・スコリモフスキ。映画評論家のわたなべりんたろうと『眠り姫』『ホッテントットエプロン―スケッチ』などで知られる映画監督・七里圭が、その映画技法を中心にインタビューをおこなった。インタビュー後に「日本で映画を撮ることがあったら喜んで協力します」と伝えたところ、「そのときはよろしくお願いします」と言っていただき、機会があれば是非実現したらと思っている。
(取材:わたなべ りんたろう、七里圭 構成:佐野 亨)
1938年5月5日、ポーランドのウッチ生まれ。ワルシャワ大学では、文学と歴史を専攻し、2冊の詩集を発表。ボクサーの選手、ジャズドラマーとしても活動する。次に入学したウッチ国立映画大学在学中に書いたアンジェイ・ワイダの『夜の終わりに』とロマン・ポランスキーの『水の中のナイフ』のダイアローグで注目され、卒業制作の『身分証明書』で監督デビュー。ジャン=ピエール・レオーを主演に迎えて撮った『出発』の後、ポーランドに戻って撮った『手を挙げろ!』がスターリン主義を揶揄しているとみなされて上映禁止になり国外で映画製作をおこなうようになる。『アンナと過ごした4日間』は17年ぶりの新作。多くの監督から尊敬されていて、それらの監督に俳優として出演した作品には『ホワイトナイツ/白夜』、『マーズ・アタック!』、『GO!GO!L.A.』、『夜になるまえに』、『イースタン・プロミス』などがある。
わたなべ 今回、スクリーンで初期の作品を拝見し、とても感銘を受けました。特に印象的だったのは、『手を挙げろ!』の追撮シーンにおける音響です。音の演出に関してはどのような考えをお持ちですか?
スコリモフスキ 私の映画づくりにおいて、音響は最も重視すべき要素です。だから、音響に対して理解の深いスタッフと組めたときほど幸運なことはありません。
『アンナと過ごした4日間』では、フランスのジェラール・ルソーというすぐれた音響クルーに恵まれ、私が求める音の演出を妥協なく実現させることができました。たとえば、主人公レオンがアンナの部屋に忍び込み、彼女の胸に触れるか触れないかというところで、遥か彼方から犬の声が聞こえてくるシーン。あれはじっさいには一匹の犬ではなくて、クルーが集めてくれた音響素材をすべて聞いたうえで、複数の犬の声をあわせました。加えて、どのタイミングで音を入れるかということにも徹底して心を砕いた。私はだからこそ、「よい耳を持った映画作家」と評されることが多いのでしょう。
スコリモフスキ それは場合によります。このシーンにはこういう音を入れたい、と前もって考えているときもあれば、編集の段になって思いつくこともある。もちろん私は、撮影中もつねにサウンドトラックのことを考えています。たとえばナイトシーンであれば、どんな音が夜には聞こえてくるのかを想像し、クルーに必要な音を集めてもらう。さきほど例に出した犬の鳴き声は、撮影前から考えていたことなので、サウンドクルーに「出くわした犬の声は、とりあえず全部録っておいてくれ」と頼みました。
わたなべ 監督はかつてジャズミュージシャンでもいらっしゃいましたね。その経験は音の演出に影響を与えていると思われますか?
スコリモフスキ 鋭い指摘です。私はジャズドラマーとして、できるかぎりの努力はしましたが、残念ながら突出した才能を発揮することはありませんでした。ジャズはコラボレーションの芸術ですから、即興で音を出したとしても、全体のリズムに瞬時にあわせていかなければ意味がない。そういうジャズの「心」を、私は無意識のうちに持ちつづけていて、映画をつくるさいの音の演出にも影響を及ぼしているのかしれません。
わたなべ 『アンナと過ごした4日間』には、印象的なカッティングがいくつもあります。たとえば、母親が死ぬシーンで、主人公が叫びながら部屋に入ってくる。そこで突然カットが変わり、クレーン撮影による葬式のシーンにつながる。
スコリモフスキ あそこは当初、母親が死んだあとに棺を運んでいるシーンを入れることも考えていたんです。しかし、それでは説明的なうえに、観客にショックを与えるような効果は得られない。そこであのようなシーン構成を考えだしました。
わたなべ 画家でもいらっしゃいますが、絵コンテは描かれるのでしょうか?
スコリモフスキ 描きません。すべて頭のなかに思い描いています。描かないですが、撮影前にカットは出来ています。
わたなべ 緊迫した空気のなかにも、非常にユーモラスなシーンが多いですね。
スコリモフスキ 私はどの映画にも必ずユーモアを盛り込むようにしています。たとえそれが悲しい物語であっても、ユーモラスなシーンを入れることで、より人物の造形が深まり、映画に新しい風が吹き込まれるのです。
わたなべ それもすごく身体的なユーモアですね。『手を挙げろ!』で粉まみれになる男女とか。
スコリモフスキ 『手を挙げろ!』は、特にユーモアが際立って見える作品かもしれません。スターリンのポスターを掲げたあとに、一人の男が走ってきて、「いままで勉強してきたことはどうなる!」と叫ぶシーンは、ポーランドの観客にとっては、より直感的にユーモラスな場面です。同時にそれは、男がこのまま捕まってしまうのではないか、という緊迫した場面でもあるわけですが、私はそういうシーンにあえてユーモアを盛り込むことで、ドラマティックな瞬間を印象づけたいと考えているのです。
七里 『アンナと過ごした4日間』のアイデアには、日本人の生活から触発された部分も大きく反映していると伺っています。監督は日本の社会に対して、どのような考えをお持ちですか?スコリモフスキ 私は日本人の生活をそれほど長く観察してきたわけではないので、たいしたことは言えません。ただ、率直な感想を言えば、日本の若者は非常におとなしく礼儀正しい。ヨーロッパやアメリカの若者は酒を浴びるほど飲んで、汚い言葉を吐き散らすようなところがあるけれど、日本の若者はそういう醜い姿を、公衆の場ではあまり見せないように思います。
わたなべ いずれ日本で映画を撮ってみたいと思われますか?
スコリモフスキ ええ、ぜひ撮影したいですね。日本には、ヴィジュアル的に心惹かれるものがたくさんある。また、そこには外国人だからこそ目に留まるものもあるでしょう。そうやって「外部の目」から見た日本というのは、おそらく世界の人々にとっても興味深いものなのではないでしょうか。
たとえば、『ザ・シャウト さまよえる幻響』ではクリケットをあつかいましたが、あれはとても進行が遅くて、ひどくつまらないゲームなのです(笑)。ところがそれを5、6時間つづけていると、そのなかにちょっとした興奮がある。それを映画で描いたら、イギリス人の観客に「クリケットというのは、こんなに面白いものだったのか」と言われて……(笑)。つまり「外部の目」で覗いたからこそ引き出せた面白さですね。そういうことを日本でもやってみたいと思います。
スコリモフスキ 私は、いまの若い世代が背負っている物語に興味があります。現在、次回作の準備を進めているのですが、それも若い男が主人公です。今年の8月に来日したとき、若者と年輩の世代がかかわるような物語を描きたいというアイデアが浮かび、そこから構想を膨らませていきました。
『アンナと過ごした4日間』の主人公レオンには、当初、年齢の設定はなかったのです。オーディションの結果、3人の俳優を残したのですが、そのうちの2人は20代の青年だった。じっさいにキャスティングしたのは中年にさしかかったアルトゥール・ステランコだったわけですが、それは彼がキャメラの前で自然体でいることを知っていたからです。たしかにもっと若い俳優がレオンを演じていたら、作品の印象は大きく変わっていたでしょう。
わたなべ なるほど。今日は尊敬するスコリモフスキ監督からいろいろ貴重なお話を伺うことができて、本当にうれしかったです。時間を割いていただき、ありがとうございました。
七里 ありがとうございました。スコリモフスキ とんでもない。こちらこそ感謝します。
2009.10.25 六本木にて
取材:わたなべ りんたろう、七里圭 構成:佐野 亨
- 監督:ジャン=ピエール・レオー
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- 監督:イエージ・スコリモフスキ
- 出演:アラン・ベイツ, スザンヌ・ヨーク, ジョン・ハート, ティム・カリー, ロバート・スティーヴンズ
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主なキャスト / スタッフ
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