映画祭情報&レポート
第10回東京フィルメックス(11/21~29)
2つの世界の間で/第10回東京フィルメックス・フォーラムレポート

夏目 深雪

フォーラム「映画祭を考える」

毎年特集上映に関連するトークショーや映画業界に関するシンポジウムが充実している東京フィルメックスであるが、今年は10周年ということもあり例年にも増して多様なイベントが開催された。まず第10回記念シンポジウム「映画の未来へ」が、北野武監督の製作の秘密に迫る第一部、黒沢清、是枝裕和監督が映画の未来について語る第二部、それに寺島進、西島秀俊両氏が加わりセッションを行った第三部の三部構成で行われた。さらに、ルーマニアの映画評論家、マニュエラ・チュルナットさんが、近年注目を集めるルーマニア映画について、その歴史を共産主義との関わりから詳しく解説するセミナーも開催された。

フォーラム「映画祭を考える」

さらに、「映画祭を考える」というフォーラムが開催され、山形国際ドキュメンタリー映画祭のディレクターである藤岡朝子さん、TIFF作品選定ディレクター矢田部吉彦氏、TIFFアジアの風プログラマー石坂健治氏に、東京フィルメックスディレクターのお2人が加わり、現場の視点から国際映画祭について討論を行った。まずプレミア上映という議題が市山PDから出され、世界の著名な映画祭のプレミア上映の現状が説明された。次に出席者それぞれの持つ映画祭や部門に関してのプレミア上映の扱いが説明された。山形とTIFFアジア部門に関しては全く気にしていない、フィルメックスもジャパンプレミアであることしか規定にはないそう。TIFFのコンペ部門のみが、最低アジアン・プレミア(よって例えば釜山国際映画祭で上映されたものなどはNG)、カンヌなどメジャーな映画祭のコンペ部門で上映されたものもNG、ワールドプレミアが優先されるといった厳しい規定を設けている。これは国際的なステータスをあげるために厳しくしているのだが、プレミア度にこだわることによって作品の質が落ちてしまうことが実際あるので、矢田部氏自身いつもジレンマを感じる問題だそう。
そう周知された時点でTIFFコンペが議題の中心になるのは避けられないことで、早速映画上映関係者から「何故質の高いプレミア上映がTIFFコンペではできないのか? そうすれば海外からジャーナリストが来るようになってステータスも上がるのに。自分たちの税金を使っているのだから、もっとちゃんとやってほしい」という意見があがった。また自身も海外の映画祭に招聘されて行っているというジャーナリストからは、「海外からジャーナリストが来るかどうかはプレミア度はあまり関係ないのでは。自分も特色のある特集上映や、他の部門の魅力などに惹かれて映画祭に行っている」という意見があがった。矢田部氏が「映画は観られて初めて映画として成立する。映画祭は(ジャーナリストや専門家のためではなく)映画ファンのためにあると思っている」と自身の考えを述べると、会場にいらっしゃった競輪の担当者の方から「そういうことならもう競輪から資金援助しなくていいのでは」と突っ込まれる一幕も。ほかに観客の意見として、「プレミアは私たち観客にはほとんど関係がない。他の映画祭で賞を取ったものでも、日本で観られるか分からないので、ぜひやってほしい」との意見があがった。
次に映画祭で上映された作品のその後の上映の機会について議題が移り、コンペ作品を全てフィルム・ライブラリーとして収蔵している山形国際ドキュメンタリー映画祭の取り組みが紹介された。アート系映画が衰退の道を辿るなか、映画祭で上映され、例えグランプリを取った作品でも、なかなか容易に配給が決まらない現実がある。フィルメックスは配給が決まっていない作品の上映後のQ&Aで、よく林加奈子ディレクターが「ぜひ配給を!」と客席の配給会社の方に呼びかけている。矢田部氏によると、TIFFでも今後、配給がついていない作品より、配給がついている作品をより積極的に上映していくという方向性になるであろうとのことであった。
プレミア上映にしても配給の問題にしても、結局は何を優先するかの問題でもあり、様々な思惑と要因があるなかその場で結論が出るようなものではなかったが、各映画祭ディレクターが一同に会し、ジャーナリスト、観客、出資者それぞれの立場からの意見を交換することができたのは貴重な機会であったと言えるだろう。他にも増加している地方の映画祭との連携など、多くの有益な提言がされた。

て、2つの世界にこだわって論じてみた今年の東京フィルメックス。明確な2つの世界の対比や対立により、緻密かつエモーショナルな人間ドラマを作り上げた『フローズン・リバー』と『息もできない』。この2作品の映画としての完成度の高さと出来の良さは疑うべきものがないが、むしろ筆者はこの2作品に較べると、観客に委ねる部分が大きい『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』と『2つの世界の間で』に惹かれた。この2つの作品は、いってみれば2つの世界の境界線までをも観客に引かせるようなところがあり、現代への強い批評精神が感じられ、それが映画そのものの強度ともなっている。観客に多くの自由が与えられる映画は、当然ながら観客側の映画を読み取る力、映画を作り上げる力も問われる。アート系映画が衰退の一路を辿るなか、「商品として出来上がった映画」「分かりやすい映画」の方が求められるのかもしれないが、東京フィルメックスにはこれからも「呑み込みにくい」映画の居場所を作り、観客を育てる場であってほしい。『息もできない』の最優秀作品賞と観客賞の同時受賞に関しては、審査員と観客が同じ映画がいいと思ったのであればそれはそれで仕方がないとは思うのだが、TIFFに続いてということもあり、評価に関しても多様性がなくなっているのではという危惧を一瞬感じた。
繰り返しになるが、フィルメックス常連のバフマン・ゴバディ監督、ハナ・マフマルバフ監督、アモス・ギタイ監督の諸作品よりも、全く予備知識のないまま観た『2つの世界の間で』に強く魅了された。来年もこのような新鮮な才能との驚くべき出逢いを期待したい。

私たちを取り巻く世界だけでなく、境界線の向う側にある世界、複数の世界の手触りを感じること。与えられた境界線を見守るのではなく、その境界線を疑うこと。見えない境界線を可視化し、手探りで新しい世界を感じようとすること。映画を観ることが娯楽でも癒しでもなくアクチュアリティを持つというのは、すなわちそういった、一種異様で苛烈な体験ではないだろうか。

参考文献:「フィルム・アート -映画芸術学入門-」/デヴィッド・ボードウェル、クリスティン・トンプソン著 名古屋大学出版会刊

レポート1レポート2フォーラムレポート

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2009/12/06/11:39 | トラックバック (0)
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