高橋 泉 (映画監督)
映画『ダリー・マルサン』について【1/5】
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第15回東京フィルメックス コンペティション部門出品
耳がないからだるまさん、から転じて付けられた「ダリー・マルサン」という子供時代の呼び名をなぜか気に入って自ら名乗る、聾唖のペット探偵・ダリー。彼女の元に、2年前に逃がしたインコを探してくれと訳ありな依頼人がやってくる。また動物を無惨に殺す「キラー」の出没もペット探偵事務所を騒然とさせる……。自主制作の映像ユニット「群青いろ」で活動を続ける高橋泉監督の新作『ダリー・マルサン』は、驚きの多い作品だった。それまでの等身大の世界からフィクショナルなものへと飛躍が見られ、映像の美しさや音の迫力も増して、持ち味であった常連俳優の演技アンサンブルはひときわクリアに発揮される。そして一見バラバラな出来事が、幸せをもぎ取られる者たちの声にならない叫びで繋がれる緻密な群像劇に、またも強く心を揺さぶられた。1作ごとに進化を遂げてきた「群青いろ」作品の中でも本作の躍進ぶりは劇的なものに感じられ、その背景を伺うべく、脚本執筆のお仕事で多忙な高橋監督に、初披露された東京フィルメックスの会期終了後あらためて取材の場を設けていただいた。本作だけではなくこれからの「群青いろ」についても明るい展望がお聞きできて、とても嬉しい取材となった。(取材:深谷直子)
――東京フィルメックスで高橋監督の作品が上映されるのは『ダリー・マルサン』で3回目ですね。コンペ作は毎年10本前後と厳選されているところ、3作連続で選ばれているというのはすごいことですよね。
高橋 はい、光栄としか言えないですね。
――コンスタントに映画を撮り続ける中で、監督としては今までとは違うことに挑戦したいと思い、今回は「身体を使った対話」を描こうとしたとのことです。聾唖の女性を主人公にしているので、手話でそれを表現するのかな?と思ったのですが、作品を観るとそういうことではないんだなと。「手話もメールもツールに過ぎない」という台詞があって、それを超える本当の「対話」が確かに描かれた作品でしたが、監督のおっしゃる「身体を使った対話」とはどういうことを目指されたんですか?
高橋 シンプルに「むきになって話す」ということをやりたかったですね。今まで言葉で気持ちを伝えあうということはずっとやってきていたんですけど、脚本に「むきになって話す」と書いても、実際の映像ではわざと唾を飛ばさせるとかそういうことしかできないじゃないですか。そのむきになった感じを他の方法でできないかなと考えました。あと、本来は自分の作品に大道芸を入れるということもやらないんですが、今回大道芸人の踊りを入れたのも彼女と喋っているイメージですね。
――お芝居の方法を変えるということなんですね。確かにみなさんしっかりとした力強い演技をしていると思いました。今回は他にもいろいろな部分で高橋監督の今までの作品と比べて一段とスケール・アップしているのが感じられました。主人公のダリーがペット探偵をしているというのも面白い設定でしたが、どうやってこの職業を思い付かれたんですか?
高橋 最初はペットシッターだったんですよね。ダリーが留守の家でペットの世話をして、そこで依頼人の善川と出会う、みたいなことを考えていたんですけど、善川像を考えていくうちに「何かを探している人」というイメージが強くなったので、そういう人と出会わせる設定としてペット探偵にしました。
――そうすることでストーリーが飛躍し、ファンタジーの要素が入ってきましたよね。その一方で、社会の厳しさが今まで以上に明確に描かれています。「水は高いところから低いところへ流れるもの」「逆流はなし」といった台詞が何度も繰り返され、ダリーと善川それぞれの人間関係の中で、強い者が弱い者を抑圧するということが描かれています。前作の『あたしは世界なんかじゃないから』(12)でもいじめというテーマで弱い者の苦しみを描いていましたが、今回は弱い者がさらに小さいものをいじめていく際限のない連鎖を描いていて、とても衝撃的でした。重いテーマですが、これは「対話」を描くストーリーを作っていく中で、また別にできていったんですか?
高橋 そうですね、元々ではないです。ダリーの婚約者は普通の人にしたくて、普通にしたときにそうなっていったんです。……分かりにくいですね(苦笑)。
――いえ、高橋監督が元々お持ちの社会的なテーマも自然ににじみ出てきたということで。それが「水」というキーワードとともに全編に織り込まれて、脚本もすごい完成度だと思いました。この作品はかなり時間をかけて作られたようですよね。作品の映像を初めてネットで観たのは昨年(2013年)4月の特集上映「『群青いろ』のすべて」の頃でしたが。
高橋 その頃撮り始めていて、ネットで流していたのは初めての撮影のものですね。脚本はその1年前に書いていました。
――今回の舞台挨拶でも、脚本を渡してから撮影までの1年でダリー役の大下(美歩)さんの手話が上達していて驚いたとおっしゃっていましたよね。脚本を書いてから1年間もあたためることになったのは、何か事情があったんですか?
高橋 実はこの作品はサンダンス映画祭に応募するために書いたんですよ。だから基本的にあんまり予算を考えないで書いたっていうところで、多分今までの映画との違いが出たと思うんです。
――ああ、そうなんですか。実際に応募はされたんですか?
高橋 出したんですけど、これは僕らの弱みでもあるんですけど、1回映画にしないとみんなに分かってもらえない(苦笑)。脚本とかプロットの段階だと、何が行われているかよく分からない、イメージができないって言われて通りませんでしたね。
――すごく面白い脚本だと思うんですけど、残念でしたね。でもそれで作品のスケールが大きくなったんですね。
高橋 そうなんです、出がそれだったので。実際にはテーマは変えずに自主映画で撮れるスケールに落として撮りました。
――お芝居もよかったので選ばれてほしかったですね。特にダリー役の大下さんは撮影までの期間にかなり役作りをされたのだと思います。手話も上手でしたし、発声も完璧に身に付けて。
高橋 手話の感じは試し撮りをしたときに見てどんなものか大体分かっていたんですけど、喋るのはそこでやっていなくてぶっつけ本番で(笑)。本番で初めてチェックして「本物だ!」と思いました。大下さんは元々動きが早いんです。バババッと喋ってバババッと動くのであの役には合っていましたね。
――聾唖者が主人公と聞いて想像していたものとはまったく違い、生き生きとした躍動感がありましたよね。ほかもみなさん爆発していました。廣末(哲万)さんも新恵(みどり)さんもいつも以上に緊迫したお芝居をされていましたし、サンダンスのために書いたと聞くとなんか納得がいくんですけど、今回はシリアスなんですけど笑える要素もかなり入っていましたね。廣末さん演じる善川がロッカーに閉じこもるという設定も、立って閉じこもっているのは大変だろうなあ……と思っていたら屋上で棺桶のようにして寝てて(笑)。
高橋 もうちょっと笑いが起きてもいいと思うんですけどね。あの関西弁の彼が腕にゲータレード留めてるところとかももっと笑いが起きてもいいんじゃないかと(笑)。
――いや~、あれは怖いシーンでもあったんですよね。こんな変態プレイがあるんだ……とビクビク観ていました。なかなか群青いろの感度についていけずすみません。
高橋 (笑)。
監督:高橋泉 出演:廣末哲万、大下美歩、松本高士、並木愛枝 ほか
製作:群青いろ 製作協力:カズモ
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