SR サイタマノラッパー2
~女子ラッパー☆傷だらけのライム~
この週末、新宿のバルト9、横浜のブルク13、さいたま市のユナイテッド・シネマ浦和に足を運ぶ映画ファンのみなさんは、必ずや一度や二度は、『SRサイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~』(『SR2』)なる長ったらしいタイトルを目にし、耳にすることだろう。前作に惚れ込んで、あるいは評判を聞きつけて公開を待ちわびていた老若男女はもちろんのこと、ほかの映画を目当てにやってきたお客さんも、だ。
つまり、『仮面ライダー』を見に来た親子連れにも、肩をいからせて『アウトレイジ』を見に来た暴力業関係のみなさんにも、『宇宙ショーへようこそ』の初日に駆けつけたアニメ・ファンにも、とんでもない映画らしいよと『告白』を見に来たカップルにも、妙にギラついたポスターが目に入る。そしてそう、『アイアンマン2』や『セックス・アンド・ザ・シティ2』とも堂々と肩を並べての上映。一介のインディーズ映画である『SR2』にとってみたら、すごいことじゃないだろうか。
とはいうものの、そもそも『SR2』って何? だとか、1作目っていつ、どこでやってたの? という声が聞こえてくることも、重々承知。そこで、シリーズ1作目『SRサイタマノラッパー』(『SR1』)の公開からの1年あまりを、ざっと振り返ってみることにしよう。
畑と送電線しかないようなサイタマ県フクヤ市で、ヒップホップに夢をぶつける男たちの紆余曲折を描いた青春映画『SR1』。東京初お目見えは、2009年3月、池袋のシネマ・ロサ。毎晩1回のみのレイトショーでの公開だった。公開に先立つ2月、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオフシアター部門でグランプリを獲得していたこともあってか、シネマ・ロサの公開初日の観客動員記録を更新。ほとんど宣伝もないまま、口コミで噂は広まり、当初2週間の予定だった公開期間は1週間延長された。
私事ながら、筆者が『SR1』を見たのは、ロサでの公開3週目のこと。チラシを見て気にはなっていたものの、実際に足を運んだのはインターネットで評判を読んでからだ。ロサでの上映期間が終わってしまうと、見ることができたひと、見逃したひと、そのどちらの間にも、「今度はいつ?」と飢餓感にも似た空気が広がり始めたような気がする、と書くと、贔屓の引き倒しだろうか。
6月には、渋谷のユーロスペースで1週間のレイトショー。その後、東京では、池袋、下高井戸での上映をいずれも大好評のうちに終え、2010年4月には新宿バルト9で、なんと4度目のリバイバル上映を敢行。もちろんこの間、東京のみならず、日本各地のミニシアターでも記録的なヒットをぶちかまし続けた。さらに、勢いは日本国内にとどまらず、韓国、カナダ、ドイツの映画祭へも招待されている。
とはいえ、所詮はしがないインディーズ映画。こうしてこまごまと積み重ねてきた上映ごとの観客動員数を合計しても、大予算のブロックバスター映画が1週間で稼ぎ出す数には勝てないかもしれない。それでも、公開から1年を経ても深夜のシネコンに喜んでファンたちがつめかける映画なんて、そうざらにはないはず。スクリーンに戻ってくるたびに、もう一度見たさのあまり駆けつけてしまう者、初体験に心を躍らせる者。そんな笑顔を少しずつ増殖させていく映画、それが『SR1』だった。
さて、『SR2』は、満を持してのシリーズ第2弾。前作を知らないと話が呑み込めないのでは? と心配になるかもしれないが、それは杞憂。入江悠監督は、可能な限り敷居を低くしているから、もし『SR1』を見ていなくても、ここに挙げたいくつかの名前を覚えていけば、即座に『SR2』の世界に入り込める。
前作のサイタマを飛び出して、今度の舞台は隣県・群馬。主人公は、ラップユニット“B-hack”の元メンバーである20代女子5人。若さはじけた10代の日々はすでに過去へと流れ去り、実家のこんにゃく屋の手伝いや、実家の旅館の借金の後始末や、風俗嬢としての生活に追われる日々を送っている。
そんな彼女たちが、歌という名のわずかな夢に、手持ちのチップを丸ごと賭けた。ひょんなことからの仲間との再会、ほのかな希望とその消滅。ひびの入った友情、ギリギリの場所からのまさかの復活。世界中で数え切れないほど作られてきた青春映画と比べて、要素としての新しさはとくにないのかもしれない。でも同時に、いままでのすべてが、違った装いでここにあるのだ、とも言ってしまいたくなる。
『SR1』の特徴だった長回しは、ここでも、より自然な形で冴えわたりまくっている。ラストの居酒屋での長回しが語り草となった前作に引けをとらず、今回も、クライマックスに同様の興奮が待ちかまえている。女子同士の渾身のやり取りに加え、サイタマから来た男子ふたりや、居合わせた親戚たちをも巻き込んだ、9分間のワンカット。もはや、ここだけで短篇映画、いや、小宇宙のような輝きを持っていると断言してしまいたい。
男子ラッパーたちの分裂と再生を描いた『SR1』は、いわゆるきちんとしたライブのシーンがないにもかかわらず、従来の音楽映画がたどり着けなかった高みに到達してしまっていた。そして『SR2』は、前作で自ら掲げた高いハードルを、鳥人セルゲイ・ブブカのようにあっけなく乗り越える。ステージなし。マイクもなし。それでもってどうやって歌を響かせるか。この問いに入江監督が出した回答は、ひとつの発明でもある。
『SR1』を見ているひとならば、あまりにも同じパターンが、驚くほど新鮮になぞり直されていることに気付く。脂の乗り切った時期のプログラム・ピクチュアや、長いこと同じメンバーで演奏し続けているファンク・バンドを思わせるこなれたグルーヴ。シリーズものならではの古き良きテイストを現代に甦らせようという志を持つ入江監督は、問題作で世間を驚かせるよりも、毎日を生きるひとりひとりに、当たり前の映画をそっと届けていくつもりなのかも。そんなわけで、1作目が男子の背中を押す映画だったから今度は女子ラッパーを応援、という、題材選択の一見したところのひねりのなさも、これはもう、監督の覚悟に違いない。
入江監督は、『SR』をシリーズ化しての48都道府県制覇、はてはアメリカ行きも構想しているとか。さまざまな土地をめぐっていくうちには、若者たち以外のラッパーも当然、登場してくるはず。いや、ラッパーである必要すらなくなってくるだろう。『寅さん』や『釣りバカ』のような、国民的シリーズ。あるいは、老舗の洋菓子店のような、そこに行きさえすれば間違いなしな安心のブランド。『SR』シリーズがそうならないとは誰にも言えないはずで、『SR2』は、その大胆な第一歩なのかもしれない。
(2010.6.25)
前作『SR サイタマノラッパー』未見者向け人物紹介
● IKKU(駒木根隆介)
サイタマから群馬にやってきた男子2人組の、ずんぐりしたほう。ニートラッパー。『SR1』では、リリックを磨くべく新聞を切り抜いて時事ネタを収集するなど、生真面目な一面も見られる。ある意味ヒップホップ原理主義者。
● TOM(水澤伸吾)
男子2人組の、ひょろっとしたほう。おっぱいパブでバイトするおっぱいパブラッパー。『SR2』でのモヤシのような存在感とは対照的に、『SR1』では、高速道路を走るトラックをエアガンで撃ちまくるなどひそかな狂気を発揮。
● T.K.D.ことタケダ先輩(上鈴木伯周)
北関東一帯を股にかけて活動したDJ、トラックメイカー。「伝説のタケダ先輩」と称される。『SR1』では病気療養中でボソボソとしゃべる姿が印象的だったが、『SR2』では、雨の川原での伝説のライブシーンが見られる。その川原に今も残る「タケダ岩」にも注目。
● SHO-GUNG
IKKUとTOMが、農業を営むブロッコリラッパーMIGHTY(奥野瑛太)らと結成した、レペゼンサイタマ(=埼玉代表)のラップグルーブ。読み方は「ショーグン」、合言葉は「俺らSHO-GUNG!伸びるグンググーン!」。群馬と栃木に対して、むやみな敵意を抱く。
SR サイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~ 2010年 日本
出演:山田真歩,安藤サクラ,桜井ふみ,増田久美子,加藤真弓,駒木根隆介,水澤紳吾 / 岩松了
製作:畠中達郎、澤田直矢、國實瑞惠、入江悠
制作:ゆうばり国際ファンタスティック映画祭実行委員会、NORAINU FILM
エグゼクティブ・プロデューサー:外川康弘 プロデューサー:綿野かおり、入江悠、遠藤日登思
監督・脚本:入江悠 撮影・照明:三村和弘
音楽:岩崎太整 ラップ指導:上鈴木伯周、上鈴木タカヒロ 録音・MA:山本タカアキ
(C)2010「SR2」CREW
2010年6月26日(土)より、新宿バルト9ほか全国順次ロードショー
- 監督:入江悠
- 出演:駒木根隆介, みひろ, 水澤紳吾, 奥野瑛太, 杉山彦々
- 発売日: 2010-05-28
- おすすめ度:
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