新作情報

2010年カンヌ国際映画祭 主演女優賞受賞(ジュリエット・ビノシュ)

トスカーナの贋作

http://www.toscana-gansaku.com/

2011年2月19日(土)より、ユーロスペースにて公開!(全国順次)

INTRODUCTION

『トスカーナの贋作』イタリア、南トスカーナ地方の小さな村。講演に訪れたイギリスの作家がギャラリーを経営しているフランス人女性に出会う。作家の新作のテーマでもある、芸術におけるオリジナルと贋作の問題について議論を交わす二人は、カフェの女主人が彼らを夫婦だと勘違いしたのをきっかけに、あたかも長年連れ添った夫婦であるように装い、美しい秋のトスカーナをめぐる。
しかし彼らがゲームのように楽しんできた関係は、時間を経るにしたがって次第に変化していき、彼らの心のなかにさざ波が広がっていく。女は偽りの関係の揺らぎから抜け出そうとし、男は現実の世界を堅持しようとする。さらに登場人物、そして我々観客までもが、何が真実で何が偽物なのかの境界線を失っていくのだ。映画の終わりとともに、夜9時の鐘の音がなるまでは……。

『友だちのうちはどこ?』(1990)、『そして人生はつづく』(1992)、『桜桃の味』(1997)ほか数多くの名作によって、イラン映画の魅力を世界に知らしめた巨匠アッバス・キアロスタミが母国イランを離れて初めて撮った長篇劇映画『トスカーナの贋作』は、一見、男と女の出会いをきわめてシンプルに描いたロマンティックなラブ・ストーリーである。
『トスカーナの贋作』2しかし、「Copie Conforme」=「認証された贋作」という原題がさりげなく暗示するように、これまでのキアロスタミ作品と同様に、一筋縄ではいかない、深い含蓄と陰翳に富んだ、虚実ないまぜの魔術的ともいえる物語世界に見る者は魅了されてしまう。

イタリア、南トスカーナの小さな町アレッツォで、「贋作」という著作を刊行したばかりのイギリスの作家ジェームズ・ミラー(ウィリアム・シメル)の講演が行われている。講演を聞きに来ていた女(ジュリエット・ビノシュ)は空腹の息子にせがまれ、途中で外に出るが、その際に、会場にいた翻訳者にそっとメモを手渡す。その後彼女は、息子に「電話番号を教えていたのは、ジェームズと恋人同士になりたいから?」「目がハートになってたよ」とからかわれる始末。しかし、メモが功を奏し、自分の経営するギャラリーにジェームズを招き入れた彼女は、近くにある中世の遺跡や美術品の宝庫である美しい町ルチニャーノへドライブに誘う。

冒頭の登場シーンとは打って変わって、ジュリエット・ビノシュは、大胆に胸の谷間を誇示するドレスを身につけ、あからさまな“誘惑モード”で迫るので、微苦笑を誘う。このように、キアロスタミは、ユーモアをまじえながら、検閲が厳しい自国イランではなしえなかったエロティックな表現を、随所で試みており、まさに新境地といえよう。
『トスカーナの贋作』3イタリア独特のやわらかな陽光が画面をすみずみまで満たし、車窓から見える泰西名画から抜け出たような糸杉が並ぶ景観は、目に染み入るほどに美しい。しかし、車中で交わされる本物と偽物の定義をめぐる果てしない議論が、二人の間に奇妙な苛立ち、とげとげしさを生じさせてしまう。
議論に疲れ果てた彼らはカフェに入るが、そこで、二人の関係に大きな変化が訪れる。

突然、語っているそれぞれの顔を正面から大写しになり、キャメラは、切り替えしを重ねながら、その表情が徐々に変化する様子を克明にとらえ続ける。観る者は、ほのかな胸騒ぎを覚えるが、同時に、このような正面からの顔のアップの切り替えしこそは、小津安二郎によって完成された技法であることに気づくのである。

キアロスタミは、小津安二郎の生誕100年を記念した『5 five~小津安二郎に捧げる』(2003)を撮っているが、この小津独特の手法を意識的に活用したのは、本作が初めてであろう。しかも、小津の切り替えしは、対話者同士の親密な関係を証し立てるのに対し、キアロスタミの映画で駆使されるそれは、アイロニカルなニュアンスを帯び、二人の間に横たわる隔たりそのものを露呈させてしまうのである。
『トスカーナの贋作』4「贋作」のアイデアをどこで得たかと問われ、ジェームズは、シニョリーア広場で、奇妙な親子を眺めているうちに思いついたと答える。と、彼女は突然、涙を浮かべ、「他人の話じゃないわ」と言う。その親とは彼女自身だったのか? ジェームズは動揺し、ちょうど携帯が鳴ったため外に出る。その間に、二人を夫婦と勘違いしたカフェの女主人は「まるで、貴方を口説いているみたいにみえるわ。いい旦那ね」と呟き、彼女は、あえて否定もせずに、長年、連れ添った夫婦のふりをし続ける。
ここからのジュリエット・ビノシュのかすかな、しかし決定的な変貌ぶりがすさまじい。彼女は戻ってきたジェームズに「女主人が私たちを本当の夫婦と思ったみたい」と告げ、彼も「僕たちはお似合いなんだね」と答えるが、以後二人は、あたかもゲームの規則を愉しむかのように、偽装した゛夫婦゛を演じ続けることになるのだ。
最初は、ジュリエット・ビノシュのほうが、確信犯的にこの<共犯幻想>のゲームを仕掛け、ジェームズも、仕方なくその遊戯に付き合っていくうちに、次第にぬきさしならない深みにはまっていく。

『トスカーナの贋作』5アッバス・キアロスタミは、もともと、<本物>と<贋物>、<真実>と<虚構>という主題にオブセッションのように深く魅せられた映画作家である。とくに映画好きの青年がイランの有名映画監督マフマルバフの名前を騙り、詐欺罪で逮捕された実際の事件を素材にした初期の代表作『クローズ・アップ』(1990)はその典型であろう。キアロスタミはこの作品で、ドラマ部分を当事者たる青年自身に事件を再現させ、裁判シーンはドキュメンタリーとして仮構するという仕掛けを施したが、本物のマフバルバフ監督自身が画面に登場するや、ホンモノとニセモノ、フィクションとドキュメンタリーの境界線が一挙に消失してしまうところが最大の魅力であった。
『トスカーナの贋作』も、<愛>というエモーションをめぐって、このキアロスタミならではのテーマを重ねあわせ、変奏させた作品といえるだろう。

たとえば、二人が、結婚式を挙げたばかりの若い夫婦を見ながら、結婚生活への幻滅を口にし、語気荒く言い争うシーンは、まるで、長い倦怠期を経て深刻な離婚の危機にある中年夫婦を描いたロベルト・ロッセリーニの名作『イタリア旅行』を彷彿させる。
さらに、十五年前の新婚旅行で泊まったとされるホテルの一室で、往時を回想する二人の奇妙にちぐはぐな会話は、まるでアラン・レネの『去年マリエンバートで』における捏造されたかもしれない過去の出会いの記憶を反芻する男女の謎めいたダイアローグのようでもある。

『トスカーナの贋作』6いったい、二人は、どこまで偽りの夫婦を演じているのか、どこまでが真性の感情なのかが、次第に不分明になってくる。二人が鏡に映る自分をじっと見つめるシーンが際立って対照的なのも興味深い。女はリストランテの化粧室で、十五年連れ添った妻に完璧になりおおすべく、嬉々としてルージュを塗り、イヤリングをつける。一方で、ジェームズはホテルの鏡に向って根源的なアイデンティティの不安を感じたかのように、困惑の表情を浮かべるのである。

『トスカーナの贋作』を見終えると、ある眩暈のような感覚に襲われるだろう。それは、この作品で、初めて男女の<愛>を明確な主題にしたキアロスタミが、この普遍的な感情に支配された世界においては、オリジナルとコピーという対立概念はもはや存在しないというきわめてシンプルな<真実>を語っているからである。

主演のジュリエット・ビノシュはこの作品で初の2010年カンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞、大女優としての貫禄の演技と、一方でキアロスタミの魔術にかかったような、剥き出しの演技とを共存させ見事大賞を手にした。
ジェームズを演じるウィリアム・シメルは、『トスカーナの贋作』7イギリスのオペラ歌手というキャリアからこの難しい役に挑み、ビノシュ演じる女性の鏡のような存在のジェームズを演じきっている。
また、美しい秋のトスカーナを流麗なカメラでとらえつつ、その登場人物の感情のブレを子細に写し撮ったのは、『家の鍵』などのイタリアの名カメラマン、ルカ・ビガッツィ。キアロスタミ作品とは初のコラボレーションとなる。

2011年2月19日(土)より、ユーロスペースにて公開!(全国順次)

Staff Profile

監督・脚本:アッバス・キアロスタミ

1940年6月22日、イランのテヘランで生まれ。幼い頃から絵を描くことに強い興味を示し、18歳の時にグラフィック・アートのコンテストに応募、優勝を果たす。テヘランで美術学校に学びながら、グラフィック・デザイン、ポスターのイラスト、CFの監督といった仕事をして生計を立てていたが、1969年、児童青少年知育協会の映画部門を創設。そこで最初の短篇映画を監督する。
その処女作品『パンと裏通り』(1970)で、キアロスタミは映像の重要性、そしてリアリズムとフィクションの関係性を探っている。その後、長きにわたる一連の短篇・中篇で、自らが好んだ“幼少期の世界”というテーマを表現し、その過程で、物語映画とドキュメンタリーの間の微妙なバランスを保つ自分のスタイルを確立するようになる。『ホームワーク』(1989)はその最後の“幼年期映画”であり、イラン社会の深刻な問題を静かに告発しながらも、詩的で心温まる作品となっている。
つづく『クローズ・アップ』(1990)で、キアロスタミは新たなページを開く。1週間にも満たない短い期間で、あるニュースの実話を元に、主だった登場人物をその本人である実在の人物に演じてもらい、現実をフィクションの領域に導入した作品に仕上げてみせたのである。それに先立つ『友だちのうちはどこ?』(1990)で始まった“ジグザグ道三部作”が、次の二作品『そして人生はつづく』(1992年)と『オリーブの林をぬけて』(1994年)で完結。後者では、イラン北部で実際に起きた地震の破壊的な影響が、映画という虚構を露わにしている。

『桜桃の味』(1997)は、キアロスタミが自分自身へと目を向けた作品であり、カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞、映画賞受賞監督の仲間入りを果たした作品でもある。映画は自殺願望にとりつかれた50歳男性の物語を語りながら、個人の自由を讃える頌歌となっており、批評家からは高く評価されたものの、イラン国内の宗教的権威からは非難を浴びた。思索的でゆっくりとしたテンポ、複雑さを排した筋立て、ペルシャの詩と西洋の哲学への目配せといった、監督のトレードマークが並ぶ、キアロスタミならではのオリジナルな作品である。また、大雑把に書かれた脚本や素人俳優の起用、自身による編集などは、彼の即興への関心に根差したものだといえる。次作『風が吹くまま』(1999)は、都市生活者の一行が田舎の村に何かを探しに行くというストーリーで、これも監督のユニークなスタイルを示す一例である。

2001年以降、キアロスタミは小型のカメラを好むようになり、その結果、デジタル作品のみを手掛けることになる。この自分にとっての≪カメラ万年筆≫によって、より大きな自由を得た彼は、それを使って様々な長さの自然主義的作品を監督した。たとえば、『ABCアフリカ』(2001)、『10話』(2002)、『5 five ~小津安二郎に捧げる~』(2003)、「10 on Ten」(2004)、「Shirin」(2008)などがそうである。『トスカーナの贋作』は、キアロスタミが母国イランを離れて制作した初の長篇作品となった。

C R E D I T

キャスト
ジュリエット・ビノシュ,ウィリアム・シメル,ジャン=クロード・カリエール,アガット・ナタンソン,
ジャンナ・ジャンケッティ,アドリアン・モア,アンジェロ・バルバガッロ,アンドレア・ラウレンツィ,
フィリッポ・トロイアーノ,マニュエラ・バルシメッリ,ルチニャーノの住民

スタッフ
監督・オリジナル脚本:アッバス・キアロスタミ
脚色:マスメ・ラヒジ 撮影監督:ルカ・ビガッツィ 編集:バフマン・キアロスタミ
サウンド:オリヴィエ・エスペル/ドミニク・ヴィヤヤール セットデザイン:ジャンカルロ・バーシリ/ルドヴィカ・フェラーリオ
製作総指揮:ガエターノ・ダニエル プロダクション・スーパーバイザー:イワナ・カストラトヴィッチ/クレール・ドルノア
製作:マラン・カルミッツ/ナタナエル・カルミッツ/シャルル・ジリベール/アンジェロ・バルバガッロ
共同製作:Bibi Film/France 3 Cinéma
協力:Canal +/France Télévision/le Centre National de la Cinématographie/RAI Cinema
後援:トスカーナ州/トスカーナ・フィルム・コミッション
提携:Artémis Productions/Patrick Quinet/Cofinova 6/Cinémage 4/Soficinéma 5
【挿入歌】 「恋する楽士」(E.カニーオ - A.カリファーノ) 「Dolce mamma」 (A.アルブリッツィオ)
2010年/フランス・イタリア合作/106分/35mm/カラー作品/1.85:1/ドルビーSRD
配給=ユーロスペース (c) Laurent Thurin Nal / MK2
http://www.toscana-gansaku.com/

2011年2月19日(土)より、ユーロスペースにて公開!(全国順次)

そして映画はつづく [単行本]
そして映画はつづく
  • (著):アッバス キアロスタミ,
    キューマルス プールアハマッド
  • 発売日:1994-12-01
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  • 出演:ドニ・ラヴァン, ミレーユ・ペリエ, ジュリエット・ビノシュ
  • 発売日:2011-03-04
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2011/02/07/21:30 | トラックバック (0)
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